第27話 テロ・アンド・スイッチ 後編
コビドたちが露の国で起こした動物爆弾テロは本人たちが想定していた以上に甚大な被害をもたらした。さらにオーガを使ったサイコロリアン殲滅戦で偶然にも生き残っていた彼の手下が、オーガが軍の人間に殺されたという誤った情報を裏社会にもたらした。それを聞いたオーガ信奉者たちが一斉に蜂起し暴動を起したのはそんなときだった。
警察機関だけでは対応できず軍の人間たちは復興作業もままならない中で暴動鎮圧に駆り出されることとなった。その様子はワールドワイドで連日のように報道され、いやでもコビドたちの耳にも入った。それにより自分たちが爆風に飛ばされる前にいた場所が判明した。そして、その暴動の混乱に乗じてコビドたちは思いの外すんなりと露の国へ戻ることができたのだった。
サズとマズが最初に降り立った山へやって来た3人。宇宙船ははじめにマズが木と岩で隠したままの状態だった。3人はその頂点に上り、マズが自慢のパワーでハッチの上の岩をどけた。
「おお! さすがマズちゃんなんだぞ!」
コビドが感動する。
「えへへ~。それほどでも~」
マズは照れくさそうに可愛らしい笑みを浮かべた。
コビドとサズはマズをその場に残して宇宙船の中に入り、機械を作動させコビドの宇宙船が今どこにあるのかを調べた。
画面には縦横等間隔に並ぶ線が表示されコビドの宇宙船があると思われる場所に赤い点が灯る。わかるのは自分たちの現在位置から見ておおよその方角と距離だけ。サズはそれをしっかりと記憶した。そして機械の電源を落としてバッテリーを取り外した。
「はい。これ」
コビドの手に渡されたのは煙草の箱ほどの大きさのバッテリーだった。
「バッテリーってこんなに小さいんだぞ? こんなに小さいのが宇宙船を動かしてたんだぞ?」
「アンタ……まがりなりにも女王の娘でしょ? なんで自分の星の技術を知らないのよ」
「教えてもらってないからだぞ」
「そういうのは自分で学ぼうとするもんでしょうが、まったく……。――アンタがヴィル星の次期女王だって思ったら将来が不安になってきたわ」
コビドがバッテリーをポケットにしまうのを見てサズが絶対失くすなと釘をさした。2人は宇宙船の外に出てた。
「どうだった~?」
「目的は果たしたんだぞ」
それを聞いたマズがどかした岩を戻して宇宙船を隠した。
「それじゃ、さっさとアンタの宇宙船のとこに行きましょう」
「あのね~。これでいどーしちゃだめなの~?」
マズが隠れた宇宙船を指差す。
「無理よ。この宇宙船には武装が積まれてないから敵に見つかったら撃ち落とされて終わり。しかもこの船は2人乗り。――さらに言うと無駄なバッテリーは使わないほうがいいでしょ?」
「たしかにそのとおりだぞ。面倒だけど歩いていくしかないんだぞ」
こうして3人はコビドの宇宙船のある方角に向かって歩き出した。その場所がサイコロリアン討伐軍の基地であることも知らずに……
……………………
…………
テラペタの研究所で眠っていたいろはは目を覚ました。体を起こして腕の調子を確かめるように軽く動かしてみる。痛みは消えていた。
「ほっ? 起きとったのかの?」
部屋に入ってきたテラペタがベッドの上で上体を起こすいろはを見て驚く。
「いえ、目が覚めたばかりです。……腕の痛みは消えました。ありがとうございます」
頭を下げるいろはにどこかいたたまれない気持ちになるテラペタ。
「ワシは何もやっとらん……。何もできんと言ったほうが正しいかの」
「そうですか……」
いろはの顔に陰りが差す
「お前さん。気づいとるんじゃろ? 自分が何をされたのか」
「……はい」
インフェルの剣を受け止めたときほとんど痛みを感じなかったこと、その戦いで切断されたはずの腕が生えてきたこと……普通ではありえないことが確かに自分の身に起きていた。そしていろははそれと似たような芸当が可能な存在を知っていた。
「私は……。サイコロリアンに……なったんですか?」
「それは、サイコロリアンが何を以ってサイコロリアンと呼ばれているのかによるの。じゃが本来の意味合いで言うならお前さんはサイコロリアンではないのぉ。フォッフォッフォッ……」
サイコロリアン――サイコパス。ロリータ。エイリアン。
いろははその意味を心のなかで反芻する。少なくとも自分はそのどれにも当てはまらない。しかしいろはの表情は険しいままだった。
「つまらないことを聞いてすいませんでした。――私は自分が何者でもいいんです。また奴らと戦える機会をくれた。それだけで十分です」
そう言うといろははベッドから起き上がり本部へ戻る準備を始める。そんな彼女にテラペタは餞別と言って3つの手榴弾を渡した。
「これは?」
「それはハイパークラス製の手榴弾じゃ。銃弾はロッチロが持っておる銃がなければ使えんが、これなら他の人間にも使えるじゃろ? ま、使える場所は限られるがの。――お前さん軍に戻るんじゃろ? だったらついでにこれをロッチロに渡してほしいんじゃ」
「はい、わかりました」
いろは3つの手榴弾をベストのグレネードポーチに仕舞って研究所を後にした。
……………………
…………
サイコロリアン討伐軍本部内に侵入者を知らせるサイレンの音が鳴り響いたのはヨランとダイアンが司令室で会話に興じていたときだった。
「なに事だ!?」
ヨランが驚いて立ち上がると同時にその疑問に答えるように司令室に通信が入り、基地内にサイコロリアンが侵入したことが伝えられた。
「なんということだ……」
ヨランの顔に絶望の色に染まる。
「どうするのですかヨラン中将!?」
「――ダイアン中佐。これよりこの基地の指揮の全権を君に委ねる。直ちに全隊員に指示を出したまえ」
「は……はぁ?」ヨランのいきなりな命令に面食らうダイアンだったが、「りょ、了解しました!」それを受け入れた。
ダイアンは敬礼もおろそかに急いで部屋を後にして制御室に向かった。
「まさかロッチロ中佐の言っていた事が本当になるとは……」
部屋にひとり残ったヨランはアタッシュケースを取り出し、部屋においてあった私物をそこに収め始めた。
「私はこんなところで死ぬわけにはいかないのだよ……」
ぶつくさいいながら荷物をまとめ上げ、最後にデスクの上に置いてあった家族の写真を入れて蓋を閉めた。机の引き出しを引いて、天面にある隠しスイッチを押すと本棚が横にスライドして隠し通路へつながる扉が現れた。
ヨランはアタッシュケースを手に隠し通路を走った。
――――
一方司令室を出たダイアンは一目散に制御室に向かい室内の兵士たちに事情を説明した。
ダイアンはすぐさまモニターの映像を切り替えながらサイコロリアンがどこにいるか把握する。画面に映し出されたのは基地内の通路を走る3人の少女の姿だった。
「こいつらが基地に侵入したサイコロリアンか!? そもそもなぜこんなに簡単に侵入を許したのだ!?」
現在、兵士の何人かはオーガの手下たちによる暴動の鎮圧に駆り出されていた。そのため基地の守りが手薄になり、それがコビドたちの侵入を容易にしてしまった。
兵士を分散させるためにインフェルが計画した動物爆弾作戦は巡り巡ってコビドたちの役に立っていた。
「あの……中佐殿……」
室内にいた兵士が恐る恐るダイアンに声をかける。
「ん、何だ?」
「この映像を見て下さい」
映像が切り替わると先程とは別の通路を走る3人が映し出される。
「それがどうしたのだ? サイコロリアンが移動しているだけだろう?」
「それはそうなんですが……。このままのルートですと、奴らの辿り着く先は……ここです」
「なん……だと?」
ダイアンの額を嫌な汗が伝う。
「中佐、ご指示を」
「くそっ。このままでは――。……やむを得ん、今すぐ隔壁を下ろせ!」
「は、はい!」
ダイアンの命令を受けた兵士は急いでコンピュターを操作する。
「何をまどろっこしいことを――。そんなものはこれでいいのだよ!!」
ダイアンは非常事態が発生した際の緊急用のボタンを叩き壊す勢いで押した。これによりサイコロリアン討伐軍本部のいたるところに設置してある隔壁が一斉に閉じることになった。
……………………
…………
突如鳴り響いた警報を聞き、その音が何を意味するのか詳細を確認せずともわかっていたロッチロはすぐさま自分が指揮する部隊員を招集した。
「おそらくサイコリアンが基地内に侵入したと思われる」
ロッチロが断言すると、集められた隊員たちがどよめきだつ。
「本当なのですか!?」
「このご時世、ここに侵入しようという
「た、たしかに……」
「これより我々は基地内に侵入したサイコロリアンを叩く。仮にそれがサイコロリアンではなかったとしても、軍事基地に侵入するような奴は敵だ。生かして帰す必要はない! ――私に続け!」
「了解!」
ロッチロの隊はサイコロリアン討伐に向けて基地内の捜索を開始した。しかし、程なくして突如降りてきた隔壁によって通路の途中で部隊が2分されてしまった。
「どうしたというのだ!? ――ドコスタ君、無事か!?」
ロッチロが隔壁の向こうに叫ぶ。
「ええ! なんとか! 中佐は!?」
「私も無事だよ! ――悪いが、そこで少し待っていてくれ!」
ロッチロはドコスタに言うと壁に備え付けられていた通信端末で制御室に通信を入れた。
「おい! どうなっている! なぜ隔壁を下ろした!!」
『すみません。ダイアン中佐の指示で』
相手はロッチロの恫喝に怯えた様子で説明する。
「ダイアン中佐だと!? 彼は君らに指示を出せる立場にないはずだ!」
『それがあるのだよ。ロッチロ中佐』通信の向こうから聞こえたのは先程とは違う野太い声だった。『先程ヨラン中将直々にこの基地の指揮を任されたんだよ』と、ダイアンは勝ち誇ったように言う。
「ダイアン中佐か。――だとしても、いきなり隔壁を下ろすとはどういうつもりだ?」
『サイコロリアンがこちらに向かってきていたからな。慌てて隔壁を下ろしたんだよ』
「ならば制御室周辺の隔壁だけ下ろせばいいでしょう!」
『あ、焦っていたんだよ!! だから緊急用のボタンを押したんだ!!』
「怒りながら言うことじゃないでしょう! 今すぐ隔壁を上げてください!」
『そんなこと出来るか!! そんなことをしたらこっちの隔壁まで上がって、サイコロリアンどもがここに来てしまうではないか!!』
「自分たちで応戦すればいいだけでしょう!?」
『1匹ならいざしらず、相手は3匹だぞ!? 無理に決まっているだろう!! 我々は君と違ってサイコロリアンとの戦闘経験はないのだからな!! それに、今この基地の指揮を任されているのは私だ。だから君にも私のやり方に従ってもらう。隔壁はそのままにする。君はさっさと侵入したサイコロリアンを倒したまえ』
通信は一方的に切れた。
「中佐? ダイアン中佐!? おい! ダイアン!!! ――くそっ!!」ロッチロが怒りに任せ通信機に拳を叩きつけた。「無能な人間に権限を与えるからこうなる。……中将は何をお考えなのだ!」
「中佐。今ものすごい音がしましたけど!?」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ、ドコスタ君! ――それより困ったことになった。この隔壁はどうやらしばらく上げて貰えそうにない。だから別ルートで合流しよう! それと今入った情報だと敵の数は3匹だ。十分注意してくれ!」
「了解です!」
「さて――」ロッチロは一緒に分断されてしまった5人の兵を睥睨する。「聞いてのとおりだ。奴らを追うのは一旦諦め分断された隊と合流することを優先する!」
「了解!!」
――――
分断されたドコスタたちは彼を含めて7人だった。皆一様に不安の色を隠せなかった。ロッチロという拠り所を失った兵士たちの志気は完全に下がっていた。
そんな彼らをなんとか奮い立たせようとドコスタは慣れないながらに気丈に振る舞い指揮を執る。
「僕らも急いで中佐と合流しましょう!」
「了解……」
しかし彼らの不安の色は消えず、それでもなんとかドコスタの指示に従い7人はロッチロたちと合流するために隔壁の下りていない通路を行くのだった……
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