第27話 テロ・アンド・スイッチ 前編

 ハイパークロラス弾を打ち込まれたインフェルの体が砂浜に倒れた。その体はまもなくして光の粒子になって風に巻かれて消えていった。文字通りインフェルは跡形もなくなった。


「無事か! いろは君!」


 腕を抑えて膝を付くいろはのもとにロッチロとドコスタが駆け寄る。その頃にはもういろはの右腕は完全に再生され、切断されて転がっていた腕も消えていた。


「ええ……なんとか……」


 いろはは俯いたままか細い声で返事をした。


「喜びたまえ! 我々は遂にサイコロリアンの討伐に成功したぞ!」


 今にも踊りだしそうなロッチロ。そんな彼女とは逆にドコスタはいろはに奇異の目を向けていた。彼はいろはの腕についての詳しい事情を知らされておらず、いつの間にやら彼女の腕が治っていたことに疑念を持っていた。そしてたしかに彼は彼女の腕が切断された瞬間を見た。にも関わらずその腕はもとに戻っている。この状況に疑念を抱くなという方が無理な話だった。


「サイコロリアンを倒した……?」


 実感がわかないいろははうわ言のように言う。


「ああそうだ。君のおかげだよ。よくやったぞ、いろは君!!」


 ロッチロがいろはを立たせようと手を差し伸べる。


「ロッチロ中佐……私……」いろはがその手を握った瞬間。「――ッ!」


 彼女の右腕に激痛が走った。その痛みはかなり激しく彼女は左手で右腕を抑え再びその場に座り込んでしまった。


「どうした!?」


「急に、右腕が――。痛んでッ……!」


「右腕だと? たしか先程……」


「……はい」


「もしかすると何か不具合が生じているのかもしれないな。一度博士に見てもらおう。――ここでの用事を済ませたらすぐさま帰国だ」


「すいま……せん……」


「なに。心配することはない。なにせ君は今回の功労者なのだからね」


 ロッチロはいろはに笑顔を向けた。


 ……………………


 …………


 海岸から逃げ出したサズとコビドを持ち上げて運ぶマズはなんとか追手を振り切ることに成功していた。自分たちがどこに向かっているのかもわからぬまま走って走って走り続けて……2人は人気のない山小屋に身を隠していた。


 マズが未だに左目の痛みを訴えるコビドを床に置いた。


「痛いんだぞ! なんとかしてほしいんだぞ!」


 コビドが駄々をこねる子どものように床で暴れまわる。


「おねえちゃー。コビドちゃーのおめめなおらないよ~?」


「わかってるわ。ねえ、コビド? 左目はどういう状況なの?」


「痛いんだぞ! すごく痛いんだぞ!」


「痛いのはわかったから!! それ以外になんかないのかって聞いてるのよ!! いつもと感覚が違うとかそういうのないの!?」


「……あるんだぞ!? 左目になんか入ってる感覚があるんだぞ! それがすごく痛いんだぞ!」


「ひだりめにはひだりめがはいってるんだよ~♪」


「マズちゃんふざけてる場合じゃないんだぞ! 助けてほしいんだぞ!」


「もしかして……」


 考え込んでいたサズがあることを閃いた。 


「ちょっと我慢しなさいよ」


 そう言うとサズはいきなりコビドの左目に人差し指と中指を突き入れた。


「ぎゃああああ!? 何するんだぞ!! サズちゃんバカだぞ!! アホなんだぞ!!」


「マズ、押さえて!」


 言われるままにマズが暴れるコビドを抑え込む。


 サズはグチョグチョと左目をかき混ぜるようにして“それ”を探し当てた。


「――これね!」


 サズが指を引き抜くと、その間に挟んでいたのは一発の弾丸だった。


「どう? どんな感じ?」


「まだ痛いんだぞ……。でもゴロゴロした感じはなくなったんだぞ……」


「そう……ならこれでひとまず安心ね」


「あんしん~。あんしん~」


 その後しばらくするとコビドは落ち着いた様子になり、やがて静かな寝息を立て始めた。しかし、彼女の左目は一向に回復する気配はなかった。


「おめめ、もどらないね~?」


 マズが心配そうにコビドの顔を覗き込む。


「うん。そうね……」


 コビドを心配そうに見守るマズとは逆にサズの返事はそっけないものだった。


 コビドが一命を取り留めたことを喜べるほど彼女たちの置かれている状況は芳しくない。サズはそのことを憂慮していた。ただひとり冷静な彼女は、あの状況ではインフェルがもう助からないことを理解していた。これからはインフェル抜きで、自分たちだけで任務を遂行しなければいけないという不安に押しつぶされそうになっていた。


 サズが深い溜め息をついて顔を上げると、いつの間にかマズはコビドの隣で芋虫のように丸くなって眠っていた。サズはマズの赤子のような無垢な寝顔を見て思わず笑みをこぼした。


 マズはサズにとってたったひとりの家族だ。彼女たちが2人だけになってしまった原因は外でもない『悪魔の雷イビルフラッシュ』によるもの。その日、サズとマズとその両親とコビドとコビドの父親の6人で遠出をしていた。その最中に起きたのが『悪魔の雷イビルフラッシュ』だった。大人だった2人の両親とコビドの父親は帰らぬ人となり、3人だけが生き残った。

 コビドの父親は元々国の要職についていたため不自由なことにはならなかったが、サズとマズは違った。

 なんの後ろ盾も持たない庶民の出の両親の間に生まれた障害を抱えた姉妹は世間一般から見ればお荷物以外の何もでもなかった。感染者に対する理解が乏しかった初期の頃は誰も率先して2人を引き取ろうとはせず親類縁者をたらい回しにされた。

 中には手を差し伸べてくれようとした大人もいたが、そういう人たちはウイルスに感染したことによって奇形化したマズの身体が目当てだった。肥大化したマズの胸をイヤらしい目で見る汚らわしい大人たちからサズは必死にマズを守った。

 そんなことを繰り返すうち、最終的に行きつた場所は遠い親戚筋に当たるノロの家だった。だが彼もまた心の底から2人を歓迎したわけではなかった。ヴィル星にある一国の長が2人を拒否したら世間体が悪くなる――という打算的な理由で2人を受け入れたに過ぎなかったのだ。ただ、マズのことをいやらしい目で見ないだけ他の男と比べて何百倍もマシだと判断したサズは彼の庇護を受け入れることにした。互いの打算が噛み合ったのである。

 その後、世間体を気にするノロは2人を王立女学園に通わせ、そこでコビドとの運命の再会を果たすこととなった。


 サズは妹に近づき寄り添うように横になる。そしてマズの髪をなでながら優しく抱きしめた。


「マズ……、マズだけは何がっても絶対にお姉ちゃんが守ってあげるからね……」


 彼女は覚悟を新たにするようにつぶやいて深い眠りに落ちていった……


 …………


 翌日の朝を迎えてもコビドは目を覚まさなかった。コビドがちゃんと生きていることを確認したサズとマズはコビドの看病を続けた。もちろん小屋の中に医療道具はないのでそれは近くの町にある家に押し入って手に入れた。同じ要領で食料なども奪取して飢えを凌いだ。

 コビドが目覚めたのは3日後のことだった。


「コビドちゃー!! よかったよ~!!」


 マズが嬉しさのあまりコビドに抱きついた。


「うお? ここはどこだぞ? それになんか視界も狭く感じるんだぞ?」


「アンタ覚えてないの? ここは山小屋。――んで、アンタの視界が狭いのは……左目が駄目になってるからよ」


 そう言われてコビドは自分の左目に触れる。そこには包帯が巻かれていた。


「目……治ってないんだぞ……?」


「アタシに言われたって知らないわよ。少なくとも元に戻らないから包帯でグルグル巻きにしといたんだけど……」


「そっか……ありがとうなんだぞ。それとインフェルちゃんの姿が見えないけどどこにいるんだぞ?」


 コビドが何の気なしに言ったそのセリフが小屋内に重い空気を漂わせた。


「アンタ、どこまで覚えてんの?」


「ん? 海の近くで攻撃されて――あ、そうだったぞ。左目はその時攻撃されたんだぞ! それで……マズちゃんに運ばれたのは覚えてる気がするぞ」


「つまり覚えてるのはそこまでってことね。――あのあとインフェルさんが囮になってアタシたちを逃してくれたのよ。……で、ここまで言えば頭の悪いアンタでも理解できるわよね?」


「も、もしかして……インフェルちゃんは……」


 コビドはそれ以上言葉にしなかった。


「インフェルちゃんはね~。おほしさまになったんだよ~」


 サズもコビドも黙ったままだった。そんな湿っぽい空気を払うようにサズが話題を変える。


「アタシたちに悲しんでる時間なんてない……。考えないといけないのはこれからどうするかよ。――って言ってもできることなんて限られてるけど」


 それはつまり、玉砕覚悟で手当たりしだいに地球人を攻撃するということだった。だがそれでは自分たちに勝ち目はないことは明らかだった。


「……でも、アタシたちには案なんてない。だったらやるしかない」


「待つんだぞ! あるんだぞ!? あたし思い出したんだぞ!?」


「な、なによ急に!?」


「あたしの乗ってきた宇宙船には“最終兵器”が搭載されてるんだぞ! それを使えばきっと地球人を殲滅できるんだぞ!」


「ほんと~? コビドちゃー?」


「ほんとだぞ。ヴィル星を出発する前に『どうにもならなくなったら使えって』ノロに言われてたんだぞ」


「ちょっと待ちなさいよ……。何でそれをもっと早く言わないのよ! ってか、そんな物があるなら最初っから使えばよかったんじゃないのよ!!」


「もちろん使おうと思ってスイッチを押したんだぞ。でもバッテリーが足りないって言われて使えなかったんだぞ」


「……そう言えばアンタここに来る前に大きく航路がそれたんだっけ? バッテリーが足りなくなったのはそのせいじゃない」


 サズは呆れてガクリと肩を落とした。


「うん~? そしたらいまもつかえないよ~?」


「そ、そうだったんだぞ。やっぱりこの作戦は失敗なんだぞ」


 話は振り出しかに戻ったかに思われたが、サズがひとつの案を思いつく。


「だったらこうすればいいわ。アタシたちの乗ってきた船のバッテリーをアンタの船のバッテリーと取り替える――こうすればその最終兵器とやらも使えるんじゃない?」


「おお! サズちゃん頭いいぞ!」


「さすがだね~、おねえちゃー!!」


「ま、まあ……それほどでも」


 サズは照れくさそうに顔をそむける。


「でもひとつ問題があるんだぞ。あたしは自分の宇宙船が今どこでどうなってるか全然知らないんだぞ」


「ちょっとアンタ、自分の船くらいちゃんと管理しなさいよね!」


「仕方ないんだぞ。建物に突っ込んでどうこうできる状態になかったんだぞ」


「まあいいわ。アンタの船の場所はこっちの宇宙船から場所を特定できるから」


「おお。そうなのか? だったら一安心だぞ」


「ただ問題は、どうやってアタシの宇宙船のある場所に行くかよね」


 自分たちが今どこにいるかすらわからない彼女たちにとっての最初の難関だった。


 ……………………


 …………


 露の国へと帰国したロッチロは状況報告のため司令室を訪ねた。しかし彼女が説明するまでもなくおおよそのことはすでにヨランの耳に入っていた。


「日の国での活躍は聞いている。さすがだと言っておこう」


「はっ! ありがとうございます!」


「これまでうるさく言ってきた連中も手のひらを返したように称賛していたよ。まったく現金なものだよ」


 悪態つきながらもヨランはごきげんな様子だった。


「中将、まだ油断はできません。私が殺したサイコロリアンはまだ1匹。あと3匹残っています」


「だが残りは日の国にいるのだろう? だったらもう我々の管轄ではないよ」


「そうとは限りません」


「どういうことかね?」


 ヨランの表情は一変。ロッチロに対して怪訝な表情を向ける。


「例えばサイコロリアンに仲間を思う気持ちがあるなら、同族を殺した私に対して復讐しようとするでしょう。――あるいは仲間が殺されたことで残りの3匹が恐怖を感じているなら地球から逃げ出そうとするかもしれません。前者なら私のいるところに、後者なら奴らの宇宙船のあるところに……どちらにせよ目的の場所は“ここ”です」


「なるほど。だがそれはあくまで君の予想であろう?」


「もちろん絶対とは言えません。ですが警戒するに越したことはないかと」


 ヨランはしばし考え……


「わかった。頭の片隅にでも置いておこう」


 しかしこの時のヨランはロッチロの進言を軽く捉えていた。


 …………


 ヨラン中将との話を終えたロッチロはテラペタの研究所を訪ねた。彼女がここに来た目的は、一足先にここを訪れたいろはの様子見とテラペタの開発した武器がサイコロリアンに有効だったことを報告するためだった。


 ロッチロは挨拶もそぞろに、テラペタの造った武器が有効だったことを告げた。


「フォッフォッフォ――。そうかそうか、有効じゃったか。そりゃよかったのう」


「そこで相談があるのだが、これを量産することは可能か?」


「急じゃのぅ。できんこともないが……資金的にちと厳しいのう。――いっそ軍の方で量産したほうが効率がいいと思うがの」


 しかしロッチロはテラぺタの提案を一蹴した。


 理由は日の国での戦いの際に花山総司令と交わした密約にあった。


 その約束は『武器の有用性が認められた際には日の軍にテラペタの作った武器情報を提供する』というものだった。そしてロッチロはすでにハイパークロラス弾を一発だけ花山総司令に提供している。

 ここでもし露の国の軍に武器の情報を提供し量産がスタートした場合。遅かれ早かれ日の軍でもまったく同一の武器が完成することになる。そうなれば、有用な情報を独占したいと考える上層部の連中は何者かが国外に情報を漏らしたと考え、犯人を探そうとするだろう。その時真っ先に疑われるのは日の国でサイコロリアンとの戦闘を行ったロッチロ自身である。


「対サイコロリアン用の武器が量産されれば、過去の功績や戦闘経験など無用の長物。私はあっさりと首を切られるだろうな」


「なるほどのぅ……そこまで言うならこっちも出来る限りのことはしようかの……」


「そう言ってもらえると助かる。――ところで、先程からいろは君の姿が見えないが彼女はどこに?」


「今は麻酔で眠っとるよ。――検診中もずっと右腕に痛みを感じていての、こっちとしても対処の方法がわからんからひとまず眠ってもらったんじゃ」


「そうか……やはりあのウイルスが原因か」


「そうじゃの」


「いろは君の前線復帰は絶望的か?」


「それはわからんの。まあやれることはやってみるが……最終的には彼女次第じゃな」


 テラペタの様子から、いろはの今後が芳しくないことは明らかだった。


 ロッチロは手にしていた銃と手の中の3発の弾丸に視線を落とす。


「敵の数は3匹で銃弾が3発。一発も無駄にはできんか……。分の悪い賭けだな……」


「じゃが嫌いではないんじゃろ?」


「命のやり取りでなければ、ね」


 ロッチロは皮肉めいた笑いを浮かべた。

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