第26話 続・地獄症状
迫り合いを制し勝ちを確信したいろはがそのままの勢いでインフェル目掛けて剣を振り下ろす。
「――っ!?」
しかし手応えはなかった。いろはの剣もまたインフェルの剣と同様に脆くなっていて、振り下ろした剣はインフェルの体に軽く当たって折れただけだった。
「クソ! ――んなっ?」
いろはすかさずインフェルに組み付いて砂浜に押し倒した。負けじとインフェルも応戦する。しかしいろはの一撃がインフェルの脇腹に入ったとき彼女は得も言われぬ痛みに襲われる。そこはハイパークロラス弾を受け傷が塞がっていない場所だった。
しめた――とばかりに、いろはは執拗にその場所を狙った。
「――ぐはっ!? ――うぐ……!」
復讐心に突き動かされるいろはの目は血走り、端から見るとどちらが悪人かわからない状態になっていた。そこに軍人としてのスマートな戦い方は一切なかった。
いろはが一方的にインフェルを殴り続け、やがて彼女の抵抗も失われていく……
「ぐ……うぅぅ……」
砂の上で体を折るようにして横たわるインフェルが呻いた……
「よし、これでなんとか……」
抵抗する意思を見せなくなったところで改めて“解体作業”に移るため、いろはは腰の後ろに差していた軍用ナイフを抜き取った。
「これで終わりよ。サイコロリアンっ!!」
いろはは軍用ナイフを振り下ろしてインフェルに突き刺そうとした。――が、その間際短刀を持ったいろはの右腕が切断されゴトリと地面に落ちた。
「へ……?」
最初は何が起きたかわからなかったいろはだが、自分の腕が切り落とされたのだと理解した瞬間強烈な痛みが彼女を襲う。
「……ぐっ――ああっあああっっぁぁ!?」
無抵抗のインフェルはただ一方的にやられていたわけではなかった。彼女はいろはの暴行に耐えながらもずっと自分の力を発動するための準備を進めていたのだ。そして今インフェルの切断能力が発動しいろはの腕を切り落としたのだ。
あまりの痛みにいろはは腕を抑えその場に膝をつく。
インフェルはいろはの切断された腕に握られていた短刀を拾い立ち上がり、
「ボクにはまだやり残したことがあるんだ! こんなところで負けられない! 生きてコビドちゃんと一緒にヴィル星に帰るんだ!」
自分を奮い立たせるように言い聞かせて勢いのままいろはに襲いかかる。
「これでえええええっ!!」
インフェルはいろはを押し倒してその腹にナイフを突き刺した。
「ぐあああああぁぁぁっっっ――!!!?」
いろはが痛みを訴え叫び声を上げる。
インフェルはとどめを刺すべくナイフを引き抜いて今度は心臓に向けてそれを刺そうとした。しかし、その時インフェルの目に飛び込んできたのは信じられない現象だった。いろはの腕――
インフェルが切断した右腕の切断面は血を流しながらもその部分だけ別の意思を持った生き物のように蠢いていた。それはサイコロリアン特有の能力、再生の予兆だった。地球人に起こるはずのないその現象を見てインフェルの脳裏に嫌な想像がよぎる。
インフェルの身体を腕一本で支えた腕力。目の前で起こっている再生現象。すくなくともこれまでインフェルが戦ってきた地球人の中にそんな芸当ができる者はいなかった。だが一方でそういう身体構造をしている者をよく知っていた。
それは――自分自身。『
「まさか……裏切ったの……?」
事情を知らないインフェルはヴィル星人の中に地球人側に寝返った者がいるのだと勘違いした。
インフェルがそんな思考に囚われたのは一瞬。――その一瞬の隙を逃さなかったのはロッチロだった。
ロッチロは完全に隙を晒していた状態のインフェルに向けて再装填が終わった銃を発砲した。
「――!?」
インフェルが銃声に反応する。しかしそれに気づいたときにはもう遅かった。銃弾が胸部に直撃。ホローポイントの弾丸は体内で留まり対ウイルス用の薬液が彼女の身体を蝕んでいく。
「ごバッ――」
インフェルは口から大量の血を吐いて砂浜に仰向けに倒れた。全身の力が抜けて指一本動かせなくなる。普通の銃弾なら致命傷にもならない一撃だが彼女が受けたのはハイパークロラス弾。それをわかっていない彼女自身も自分がもう助からないことを本能で悟っていた。
――そんな……ボクはまだ、自分の気持ちを……
インフェルの頬を一筋の涙が伝う。
インフェルの唇が幽かに揺れる。
――さよなら、コビドちゃん――
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