第25話 思い出、諸々
ネコ
これによりヴィル星では地球に報復を行うべきだという論調がいっきに高まっていった。
政府側も世論に答える形で報復の準備を開始した。このとき集められたのが『
特殊な力を有する、それでなくても常人に比べ高い身体能力を持つ彼女たちが最も適任だとされたからだ。
報復作戦の決行はそれから2年後のことだった。集められたのは当時の時点で13歳~21歳の少女たちだった。その中にはインフェルの姿もあった。彼女たちは2年間必要最低限の戦闘訓練を行った。
そして、インフェルたちが地球に向けて旅立つ一週間前。彼女たちのために壮行会が開かれることとなった。
……………………
…………
世界中のいたる所で盛大な催しが行われていた。予算はすべてヴィル星の各国から拠出された金で賄われるとあって、文字通りお祭り騒ぎとなっていた。
地球に向けて出発す者たちに与えられた最後の休暇。ある者は家族と、ある者は恋人や友人とともに思い思いの時間を過ごす。
そんな中コビドたちはインフェルを連れて夜のお祭り会場に足を運んでいた。
「あー、コビドちゃーゆかた~♪」
「そうだぞ。ママに着付けてもらったんだぞ!」
だが相変わらずピンクだった。しかも身分がバレるとまずいということで今日は茶色のストレートヘアのウィッグを付けていた。一方サズ、マズ、インフェルの3人はそんなものを買う余裕もなくいつもと変わらぬ出で立ちだった。
「それにしてもインフェルちゃんと会うのは久しぶりなんだぞ! 全然変わってないんだぞ!」
「コビドちゃんたちもね」
「インフェルさん。お久しぶりです」
サズは照れながらインフェルに頭を下げる。
「それにしてもすごいい賑やかだね。夜とは思えないくらい明るいよ」
祭の会場には所狭しとで店が並んでいて、そのどれもがとにかく自分の店を目立たせようとしてライトアップに余念がなかった。
「早速食べ物を買うんだぞ!」
「わ~い。チョコバナナがいい~♪」
「わかったんだぞ。ママからたくさんお小遣いもらったから10本でも20本でも買ってあげるんだぞ!」
「きゃ~ん!」
マズは両手にたくさんのチョコバナナを持つ自分を想像し身悶えた。
「マズ。そんなものばっかり食べてたらダメでしょ。1本だけね」
「え~」
マズはガクッと肩を落とす。
「それと、アンタもうちの妹を甘やかすな」
「その言葉はサズちゃんにだけは言われたくないんだぞ」
4人は出店の遊戯を楽しんだり、食べ歩きしたりと心ゆくまでお祭を楽しんだ。そしてそろそろ疲れてきたなという頃にとある見世物屋を発見した。
「なんだろ、これ」
最初に興味を示したのはインフェルだった。
薄く水が張られた水槽に黒くて扁平な大型のトカゲのような生き物がいた。動きは非常に鈍く表面はヌメヌメしていた。
「はいらっしゃい! いやぁ、お嬢ちゃんお目が高いね、こいつはさっきそこのか――特別なルートで取り寄せた世にも珍しい生き物さ!」
店のおじさんが営業スマイルで説明する。
「なんか今そこの川って言いかけなかった?」
「いやいやそんなことは一言も言ってないよ」
慌てて言い繕うおじさんにサズは訝しげな視線を向けた。
「なんていういきもの~?」
姉の疑いをよそにマズはしゃがみこんで謎の生き物に興味を示した。
「珍しい生き物だからね。名前は知らないんだよ」
「何それ、いい加減すぎじゃない」
「でもかわいいよ~」マズは黒い生き物の表面をツンツンとつついた。「ヌメヌメ~」
「ちょっとやめなさいよマズ。変な毒とか持ってたらどうするの?」
「そいつは大丈夫さ。少なくともおじさんはここまで素手で運んできたけどなんともないからね」
「ああ、そう。だったら、まあ……」
毒はなくともヌメヌメなことに対する不快感は拭えずどこか歯切れの悪いサズだった。
「これ売り物なんだぞ?」
「ああそうだよ。珍しい生き物だからね。世界中探してもここにしかいない貴重な生き物だろうね」
「だったら決めたんだぞ。この生き物を買うんだぞ!」
「ははは。気持ちはわかるがお嬢ちゃんのお小遣いじゃ無理さ。なにせこいつは珍しい生き物だからね!」
「そんなことないんだぞ。試しに値段を言ってみるんだぞ」
すると店のおじさんはコビドに値段を告げた。コビドはその値段に驚くこともなく言われた通りのお金を財布から取り出した。
「ひゃー!? お嬢ちゃん随分お金持ってるんだねえ。おじさんビックリだよ。でもお金があるなら交渉成立だ」
そう言うとおじさんはコビドの取り出した金を半ば引ったくるようにして店をほっぽりだす形で祭を楽しむ人混みの中に消えていった。
「ちょっとアンタ。いくらお金持ちだからってこんなキモい潰れたハンバーグみたいなイキモノに使うことないでしょ!」
「キモくないんだぞ。珍しい生き物なんだぞ?」
「きもくな~い♪」
「……騙されてるわよ絶対」
「でもみたことないいきものだから~、めずらしいいきものだよ~?」
「よし、決めたんだぞ。これは地球に行っちゃうインフェルちゃんへのお土産にするんだぞ!」
「え? ええ!?」
インフェルが突然話を振られてドギマギする。
「お土産って……それを言うなら餞別でしょうが」
「えっと、コビドちゃん。気持ちは嬉しいけど余計なものは持っていけないんだよ」
「そーよ。インフェルさんは遊びに行くんじゃないんだから」
「あう。そうなんだぞ? そしたらこれどうすればいいんだぞ?」
コビドは薄く水の張った水槽の中で微動だにしない珍しい生き物を指さす。
「しらないわよそんなの。とにかく持って帰んなさいよ」
「わかったんだぞ」
コビドは水槽の中で微動だにしないヌメヌメした珍しい生き物を抱きかかえた。
「け、結構でかいんだぞ」
謎の生物の全長は約1メートルほどありコビドほとんど変わらない大きさだった。
「コビドちゃー。なまえは~?」
「珍しい生き物だからきっとまだないんだぞ」
「じぶんできめないの~?」
「そう言われるとたしかに名前があったほうが便利なんだぞ」コビドはしばらく考えて、「ひらめいたんだぞ。こいつの名前はマズちゃんにするんだぞ!」
「えっ!? マズちゃ~ん!?」
マズは目を丸くして驚いた。
「そうだぞ。そうすれば家にいるときもずっとマズちゃんと一緒なんだぞ!」
「ああ! ほんとだね~♪」
「――んなわけないでしょ!」すかさずサズのツッコミが入った。「アンタバカなの? マズと同じ名前にしたからってその生き物がマズになるわけじゃないでしょ!」
「おおぅ。そう言われてみればそうだぞ! 困ったんだぞ!」
「コビドちゃん。本気だったんだね……」
インフェルが苦笑いする。
「だいじょぶだよコビドちゃー」そう言ってマズはコビドから珍しい生き物を受け取り、「おねえちゃーこれもって~」とそれをサズに渡した。渡し終えたマズはコビドと手をつないだ。
「えっと……どういうこと?」
サズは突然奇妙な生物を渡され困惑する。
「こうすれば~、コビドちゃーはいつでもマズちゃんといっしょ~♪ おねえちゃーもマズちゃんといっしょ~♪」
「ああ、なるほどそういうことね――ってなるかぁあああああっっ!!!!」
サズは抱えていた珍しい生き物を全力で投げ捨てた。地面に叩きつけられた珍しい生き物はグエエと濁った声を発した。
「ああ~、マズちゃ~ん!」
「何言ってるのマズ。マズはこの世にあなたひとりだけなのよ!」
サズはコビドと繋いでいたマズの手を引き剥がして彼女をきつく抱きしめた。
「おねえちゃーヌメヌメ~」
さっきまで珍しい生き物を抱えていたせいでサズの体はヌメヌメになっていた。
「いくらなんでも投げ捨てることないんだぞ」
コビドは投げ捨てられて地面にひっくり返っていた珍しい生き物を抱きかかえた。
「もとはと言えばアンタのせいでしょが!」
「でもこっちのマズちゃんに罪はないんだぞ」
「だ・か・ら! そいつはマズじゃないっての!!」
それからしばらくコビトとサズの言い争いが続いた。そんなやり取りをインフェルは少し離れたところから笑顔で見守っていた。
コビドたち3人は昔からの親友で、度々同じようなやり取りを繰り返していた。途中から仲良くなったインフェルは未だ彼女たちとの距離感をつかめず3人の輪の中に進んで入っていくことができずにいた。それでも3人と一緒にいられる時間はインフェルにとってかけがえのない時間だった。
遠巻きに見つめるインフェルがふとマズに目をやると、マズは立ちながらコクンコクンと船を漕いでいた。さすがに無視はできずインフェルはサズに声をかけた。
「あの、サズさん」
「うん? なんですインフェルさん?」
「マズさんが」
インフェルがマズの様子を伝える。
「ちょっとマズ。大丈夫なの?」
「う~ん。おねむなの~」
「もう、しょうがないわね」そう言って、サズがマズに背を向けてしゃがむとマズはその背中にすがるように倒れ込んだ。「悪いけどこのままマズを連れて帰るわ」
「マズさんが一番はしゃいでたもんね。それに時間も結構遅いしボクたちも帰ろうかコビドちゃん?」
「ん。わかったんだぞ」
祭の喧騒は未だ冷めてはいなかったが、4人は家路につくことにした。
「バイバイなんだぞ。気をつけて帰るんだぞ」
方角の違うサズとマズに別れを告げ、コビドとインフェルは2人で夜道を歩く。
インフェルはどこかそわそわしていた。あの日の出来事以来自分を救ってくれたコビドに対して特別な感情が芽生えていたからだ。それは彼女の心の裡で日毎大きくなり、やがてその想いをいつかコビドに伝えようと思うようになっていた。
サズとまずを含め4人でいるときはさほど意識せずにいられた。でも今はコビドとふたりきりだった。しかも彼女はこの2年間特別な訓練を受けていて離れて生活していたたため募る思いもひとしおであった。
でも不安もあった。それはある意味枷でもあった。
コビドが女王の娘であること。インフェルとコビドは同じ女の子であること。当時のコビドはまだ見た目通りの少女なこと……
インフェルは不意に立ち止まった。
「ん? インフェルちゃんどうしたんだぞ? ――にょわ!?」
インフェルは何も言わずにコビドを抱きしめた。
「キュゥー」
コビドが抱えていた珍しい生き物がサンドイッチになり小さな呻き声を上げた。インフェルはゆっくりと体を離した。
「あのね、コビドちゃんに聞いてほしいことがあるんだ……」
いろいろ複雑な事情があるにはある。だがそれでもこの機を逃したら次にチャンスが訪れるのは何年あとになるかわからない。
返事を聞かなくてもいい――ただ自分の思いを伝えるだけでいい――
そう思って意を決したつもりだった。だが最後の勇気が出せず黙り込んでしまう。なかなか次の言葉を紡げずに黙り込んでいると、
「はっ!? もしかして食べ過ぎでお腹痛くなっちゃったんだぞ!? それは大変なんだぞ! 早くトイレに行ってぶりぶりーってしてくるといいんだぞ!」
「え? えっと、あはは」
ムードの欠片も感じないコビドらしい反応にインフェルは思わず笑ってしまった。色恋沙汰にまったく興味のない彼女にはその空気を察することなどできるはずもなかった。
「あれ? 違うんだぞ?」
「うん。お腹は全然痛くないよ。でも、そうだよね。うん……コビドちゃんはやっぱりコビドちゃんだ」
「うん? どういう意味だぞ?」
小首をかしげるコビド。
「ううん、なんでもない。なんでもないんだけど、えっと……うん……やっぱりなんでもない」
それがインフェルが出した答えだった。
「うん? なんか変なんだぞインフェルちゃん」
インフェルは小首をかしげるコビドの手を握った。
「ん? 手つなぐんだぞ?」
「うん。夜は危ないからね」
「わかったんだぞ」
コビドの笑顔は暗い夜道を明るく照らす太陽のようだった。
2人は手をつないで家に帰った。コビドの小さな手はとてもヌメヌメしていた。インフェルは幸せを噛みしめるようにその日のことを心に深く刻み込んだ。
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