第28話 腹割くいろは
軍事施設への侵入に成功し、宇宙船のある場所に向かっていた3人は突如下りてきた隔壁によってコビドとサズの2人はマズと分断されてしまっていた。
「うわっ!? いきなり壁が下りてきたんだぞ!? マズちゃん無事なんだぞ!?」
「おねえちゃー!!」
隔壁の向こうからマズの叫ぶ声が聞こえる。
「マズ!? 今すぐそっちへ行くからね!!」
「待ってほしいんだぞ。その前にバッテリーを運ばないとダメなんだぞ」
「そんなの二手に別れればいいだけでしょ!」サズは妹のことが心配でそれどころではなかった。「アンタは宇宙船を目指す。アタシはマズと合流する。それでいいでしょ!」
サズはコビドの返答を待たずにさっさと走り出した。
「待ってほしいんだぞ……って、もう見えなくなっちゃったんだぞ」
コビドは仕方なくひとりで宇宙船のある場所に向かうことにした。2人がその場を去った後、程なくしてゴゴォーと音がして隔壁と床の間に隙間ができた。
「おねえちゃー? コビドちゃー?」
その隙間からマズが覗き込んで2人を呼ぶ。
マズの怪力をもってすれば隔壁を持ち上げることなど造作も無いことだった。しかし妹と離れ離れになってしまって動揺していたサズはその事をすっかり忘れてしまっていたのだった。
「いないね~」
マズが隔壁から手を離すとズシンと音を立てて隔壁が閉まる。隔壁の向こう側にサズたちがいないことを確認したマズは来た道を戻ることにした。
マズは特に警戒した様子もなくトコトコと通路を歩く。
「おねえちゃーはどこかな~?」
あたりをキョロキョロと見回しながら歩く彼女は開けた場所に出た。そこは軍事車輌がずらりと並ぶガレージだった。そしてその場所には車輌の他にも数名の兵士がいた。彼らは侵入者の知らせを受けたあと持ち場を離れぬよう命令されていたのだがそれが仇となって彼らは運悪くマズと鉢合わせてしまったのだった。
「あれは!? ――う、撃てえええええ!!」
先手必勝と言わんばかりに声を上げると、兵士たちが一斉に銃を構えて撃った。
「うわ~ん!」
マズはその身に銃弾を受けると近くにあった車輌の影に隠れた。相手が反撃してこないとわかると兵士たちは勢いづいた。
「よし! なんかよくわからんが押しているぞ! このままやつの隠れた車輌のエンジン部分を狙え!」
「え!? そんな事をしたら――」
「どうせ銃では死なんのだろう? だったらエンジンを爆発させてっ……ん?」
マズが隠れていた車輌が妙な動きを見せる。何が起きたのかと兵士たちが銃撃を止めた瞬間、その車輌はグワッと勢いよく宙に浮いた――ように見えた。正確にはマズがそれを持ち上げていた。
「なんだと……」
「いたいのやだ~!!」
マズは目に涙を浮かべながら持ち上げたそれを兵士たちのいる場所に向かって投げた。
……………………
…………
いろはが本部に戻ってくると、そこは戦場と化していた。入口付近に倒れていた兵士に何が起きているのか確認すると、サイコロリアンが侵入したとうわ言のように言って事切れた。
「サイコロリアンが――!?」
いろはは気を引き締め施設内へと足を踏み入れた。
本部施設内はところどころ隔壁が降りている状態で、いろははほぼ一本道の通路をサイコロリアンを探しながら走った。
「!?」
戦闘の音が聞こえ思わず足を止める。通路の先は数台の装甲車や高機動車が収納されている区画で、その方角から時折巨大な鉄の塊が壁にぶつかるような音が聞こえてくる。
いろははいつでも戦闘態勢に移れるように腰のナイフに手を添えてゆっくりと歩く。するとまたしても巨大な音。手をついた壁を通じて振動も伝わってくる。さらに歩みを進めいろははガレージに入った。するとそこには戦車を持ち上げているサイコロリアン……マズの姿があった。
「えい~!」
なんとも弱々しく聞こえる掛け声とともに彼女は持ち上げた戦車を投げる。しかしその声とは裏腹に投げた車輌の勢いは凄まじく、逃げ遅れた兵たちがその下敷きとなった。
「……まさか、あれは」
いろはは思い出していた。
はじめてコビドと戦った時、いろはが戦線を離脱した後でとんでもない怪力を持ったサイコロリアンの登場によって多くの兵士たちが瓦礫の下敷きになったということを。そしてその犠牲者の中にはターニャも含まれていたことを。
いろはは目の前にいるマズこそがターニャの仇だと確信した。
「ターニャ……」
久しぶりに彼女のことを思い出して目頭が熱くなる。その思いが一層極まりマズに対する復讐心へと昇華する。
「ん――グっ……!?」
ほんの少しだけ右腕に痛みを感じたがいろはは気にせずマズに向かって走った
「うん? うわ~!」
いろはの存在に気づいたマズは近くにあった工具やらを手当たりしだいに彼女に向かって投げる。しかし、いろははそれらを華麗に躱しながら距離を詰める。そしてマズが次に手をかけたのは近くにあった高機動車だった。
それを見たいろははさすがに立ち止まった。
「あっちいけ~!」
いろはは咄嗟に動くことができずにその場で身構える。
だがマズが力みすぎたせいで、投げた高機動車はものすごいスピードで天井にぶつかりそのままめり込んだ。
「あ~」
マズは天井にめり込んだ高機動車をボーっと見上げた。
「くっ……このっ!!」
その隙をついていろはは再びマズに向かって走った。そしてマズの顔面に向かって放った右フックがキレイに決まる。
「いた~いよ~!」
バランスを崩したマズはその場に倒れる。
「なによこいつ……」
これまで戦った相手――コビドやインフェルと比べてマズは拍子抜けするくらい弱かった。床を這いながら逃げようとするマズのツインテールの片方を掴んで無理やり引き寄せる。
「いたぁ~い~。ひっぱるのやめて~」
緊張感のない声で頭を押さえるマズ。
「こんな奴に……こんな奴にターニャは殺されたの……?」
いろはの怒りはやるせない気持ちに取って代わる。彼女は無理やりマズの顔を引き寄せそこに拳を叩き込んだ。
怪力という点だけを見ればマズは最強と言えた。しかし彼女は来争い事を嫌うタイプで、また恐怖に立ち向かう勇敢さも持ち合わせていなかった。
「なんで、こんな奴に――こんな奴が……!?」
いろはは足で相手の腕を押さえるようにして馬乗りになって何度も何度もマズの顔を殴った。マズの顔は痣だらけになって、目もとが腫れ上がるほどに何度も執拗に。いろはは相手が殲滅対象のサイコロリアンだということも忘れ、ただただやり場のない怒りを彼女にぶつけていた。
腕を封じられたマズは抵抗する手段を失くしただただ殴られ続けた。唇が切れ血が滲み、前歯が折れ、可愛く幼かった顔がみるみるうちに醜くく歪な形になっていく。
いろはは渾身の一撃をマズの鼻っ柱に叩き込んで、手を止めた。
「はあ……はぁ……はっ……。――あ……」
血に塗れた自分の手を見て我に返るいろは。
「おで……ぇ……ぢゃん――。ごびちゃ……」
マズの唇が小さく動いた。それはここにはいない仲間を呼ぶ声だった。だが、敵の名を知らないいろはにはその言葉の意味が理解できなかった。
いろはは腰のナイフを抜いてそれをマズの肩口に突き刺した。
「いだ~いの~!!!! やめで~なお~!!!!」
マズがギュッと目をつぶって痛みに耐える。それを無視していろはは何度も同じ場所にナイフを突き立てる。インフェルの時のようにハイパークロラス製の銃を持たない今は原始的な方法に頼るしかなかった。
その時だった。いろはが入ってきた方角とは別の通路から誰かを呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
「マズぅー!!!」
それは少女の声だった。
いろはは焦った。サイコロリアンの仲間が助けに来たのだと。
サイコロリアンの驚異的な回復力は健在で、ここで邪魔が入ればすぐに傷は回復してしまう。そしたらまた最初からやり直し。さらに、その後2人を同時に相手にしなければならなくなる。
「そんな……! ――は?」
いろは今自分がナイフ以外にも武器を持っていることを思い出した。それはテラペタから託された3つの手榴弾だった。
「今はこれしかない!」
思い立ったら即行動に移る。いろはは立ち膝の姿勢になって持っていたナイフを思いっきりマズの腹に突き立てた。
「うぼあ!? ごぶぅっ――」
そして縦一文字にマズの腹を割いて、それからポーチに入れていた手榴弾を取り出し、それをマズの腹の中に押し込んだ。腕を引き抜くと同時にピンを抜いて速やかにその場を離脱した。
「マズ!?」
そのタイミングでガレージにやってきたのはサズだった。ぼろぼろになったマズの姿を見て悲痛な表情を向ける。姉の声に気づいたマズは緩慢な動作でうつ伏せに姿勢を変える。その視界に姉の姿を収めると、助けが来たことに安堵し歪んだ顔で精一杯の笑顔を向ける。
「あ~! おでぇじゃー。だすけにぎ――」
その瞬間……
マズの身体は木っ端微塵に吹き飛んだ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます