第3話 侵略? バカ娘 前編

 地球から遠く遠く離れた場所にある惑星。ヴィル星。その星には7つの大陸がありそれぞれの大陸がひとつの国をなしていた。そしていまそれぞれの国の代表が集まり今後の方針について打ち合わせを行っていた。


「尖兵を送ってから10年。最後に通信があってからはや2年。どう見ますかな?」


「全滅……と考えるのが自然かと……」


「まさか!? 彼女たちは我々にはない能力ちからを持っていたのですぞ? それが全滅などと――」


「ありえない話ではなかろう。我々の中に地球について詳しい情報を持った者はいない。ならば地球人もまた彼女たちと同等――あるいはそれ以上の力を持っている可能性も否定できまい」


「であるな。そもそも我が星にあのような兵器でもって宣戦布告をしてくるような連中だ。少なくとも我々の想定以上と見るべきだ」


「ではこのまま諦めるおつもりですか?」


「不可能だ。民衆の地球人に対する怒りは未だ覚めておらぬ。彼らが納得しなければその決断も下せまい」


「それに、そうこうしている間に地球から新たな攻撃があるかもしれませんぞ?」


「うむ……」


 話し合いをしていた面々の間に重たい沈黙が訪れた。その沈黙を破るように他の老人たちと比べて二周りほど若い男、ノロが声を発した。


「皆さんよろしいでしょうか?」


「何かね?」


「私にはこの状況を打開する策があります」


「本当かね!?」


「ええ。皆さんの承認さえいただければすぐにでもそれを実行できます」


「それはいい! では今回の件は君に一任しよう!」


 6人の老人たちは安堵のため息を漏らしながら笑顔を見せる。そんな中ノロだけが含みのある笑みを浮かべていた……


 ……………………


 …………


 地球にて――


 つゆの国某所にある宇宙観測所に、突如けたたましいサイレンがなり響いた。


「どうした!? 何事だ!?」


「な、謎の物体がものすごいスピードで地球に接近しています!!」


 モニターをチェックした女性職員が応えた。


「何だと!? どうして今まで気が付かなかった!?」


「それが――。突然現れたとしか言いようが――!!」


「なんだと!? ステルスの一種か!? いや今はそれはいい。その物体の落下予測地点はどこだ!?」


 問われた女性はものすごい速さでコンピューターを操作し予測ポイントを割り出し、その結果に驚愕の表情を浮かべた。


「わ……我が国の領土、しかも首都近郊です!!」


「何だと!? 今すぐ周辺地域の避難を急がせるよう政府に連絡を――」


「ダメです! この距離とスピードでは今からでは間に合いません!! ……いえ、待ってください!! 謎の物体の速度が減速していきます!!」


「減速だと!? それではまるで……、まさか……? いや、ありえなくはないぞ」


 指示を出していた男ほんの少しの間言葉を詰まらせたかと思うとひとりで納得する。そしてオペレータに次のような指示を出した。


「謎の物体の落下予測地点を今すぐ対サイコロリアン討伐軍に通達しろ!!」


「はっ、はい!」


「ついに……奴らが我が国にも現れたというのか……」


 ……………………


 …………


 数時間前――


 露の国の繁華街で旭日あさひいろはは友人のターニャと久しぶりの休暇を楽しんでいた。


「見て見て! この服チョー可愛くない!?」


 ガラスの向こうのマネキンが着ている花がらのワンピースを指差しながらターニャが目を輝かせる。


「あのねターニャ。そんなの買っていつ着るのよ?」


 いろはとターニャは露の国の対サイコロリアン討伐軍に所属していて、日夜厳しい訓練と小難しい座学に追われる日々を送っている。たまの休みにこそ年相応の女の子らしさを取り戻せるが、休暇であっても基本的には軍の規範に縛られている。

 現に彼女たちは、いつ何が起きてもいいように身軽に動ける軽装に身を包んでいる。そして、最低限の武器も携行している。そんな彼女たちには、明らかに動きやすさとは真逆を行くワンピースなど着る機会は皆無であった。

 ただ、いろはにとっては女の子らしさと無縁の生活はまったく苦ではなかった。軍に入隊してからこの7年間、彼女はサイコロリアンを倒すためだけに努力を積み重ねてきた。その成果を発揮する時が来ないことに越したことはないが、彼女は心のどこかでそんな日が来るのを心待ちにしているきらいがあった


「もう、いろははそれでも女の子なの? ウインドウショッピングを楽しむくらいいいじゃない。それとも東洋人の女性はみんなそんなにストイックなの?」


「別にそういうわけじゃないよ。けど私は……って、どうしたの?」


 話をしていたターニャが突然ある一点に視線を向け不思議そうな表情を浮かべた。


「あれ……何、かな?」


 ターニャが上空を指す。いろはターニャの向けた指の先に視線を移した。


 空は快晴、雲ひとつない青空が広がっている。その遥か蒼穹に尾を引く謎の物体があった。一般人なら気が付かないであろう距離にあるそれを捉えられたのはターニャの視力による賜物だ。


「何あれ? 隕石……かな?」


 しかし、物体がこちらに近づくに連れそれが隕石ではないことが判明する。隕石にしてはやけに形が整い過ぎていた。隕石の尾が空力加熱によるものではなく隕石本体から吐き出されているようにも見えた。そして何よりその物体は鮮やかなピンク色をしていた。


「ねぇ、いろは。あれ、こっちに近づいてるよね……」


「うん……」


 2人は顔を見合わせ、「ヤバくない!?」「まずいよ!?」と同時に声を上げる。その頃には周囲にいる人たちも徐々にその存在に気づき始め、皆足を止めて空を見上げていた。


 そして――


 謎の物体はいろはたちのいる場所から数キロ離れた所に落下した。最初に耳をつんざくような衝撃音、それから地鳴りのような振動が伝わってくる。


「いろは大丈夫?」


「うん。こういうの地震で慣れてるから……」


「おー、さすが地震大国出身なだけあるね」


「って、冗談言ってる場合じゃなくて。急ごう!」


「急ぐ?」


「もう! こういう時こそ私たちの出番でしょ?」


 いろはは呆れたように言って、物体が落下したと思われる場所へ急いだ。その後をターニャが追いかけた。


 現場に近づくにつれ、街の人たちのどよめきが大きくなっていく。落下物をひと目見ようと集まった者たちと危険を察知して逃げようとする者たちで現場はごった返していた。


「すいません! 軍の人間です! 通してください!」


 いろはは声を上げながら人混みを縫うように器用に進む。そして現場にたどり着いた。


「……なに……あれ?」


 ターニャが見上げながら唖然とする。謎の物体は地表に落下したわけではなく、35メートルほどの高さの建物の屋上に斜めに突き刺さっていた。


「ターニャ。行ってみよう」


「え? あ、うん?」


「ほら、もしかして逃げ遅れている人がいるかも知れないでしょ? 助けに行かなきゃ!」


 実際、今なおビルから出てきている人間が散見される。


「こういうときは市民の安全が最優先。でしょ?」


 いろはがターニャの肩をたたいて、2人はビルの中へと入っていった。


 ――――


 そのビルは7階建ての雑居ビルで様々な商業施設の入った建物だった。慌てて逃げようとする民間人を外に誘導しつつ2人は上の階へ移動する。そして、謎の物体はその建物の屋上から7階にかけにめり込むように斜めに突き刺さっていた。大きさは直径約40メートル、高さ約3メートル。


「もしかして……UFO?」


 それを見たターニャがつぶやく。彼女の言うとおり、それはいわゆるアダムスキー型と呼ばれるUFOの形状に非常によく似ていた。


「いま目の前にある時点でもう『unidentified』じゃないけどね」


 いろはは冗談めかして言って、ピンク色のアダムスキー型に近づいてその表面に触れた。


「あったかい……」


「触って大丈夫なの!?」


 ターニャはどこか不安げな様子だった。


「今のとこはね。でも、ほんとに何なのかしらこれ?」


「UFOの正体は実は軍が秘密裏に開発している最新鋭の兵器だ……みたいな話を耳にしたことがあるけど……違うよね?」


「少なくとも中佐からそういう話は聞いてないわね。ま、私が下っ端過ぎて情報が降りてきてないだけかもだけど。少なくとも私たちではどうにもならないから本部に連絡を入れましょう」


「うん。わかった」


 UFOの調査を諦め、本部に連絡を入れるため2人はビルの外に出た。すると……


 先程までそこにできていた野次馬たちの姿が消えていた。


「あれだけ騒がしかったのに、やけに静かだね」


 偶然居合わせた軍の人間はいろはとターニャの2人だけ。他の人間が外の人間を安全な場所へ誘導したということはない。あるいは誰かが警察に連絡したのかとも考えたが、肝心の警察の姿がそこにないのではそれも否定されてしまう。


「まあとにかく――」


「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!!!!!」


 本部に連絡を――と言いかけた矢先、2人の耳に情けない男の叫び声が届いた。


「なに今の!?」


「裏手の方からだったよ。行ってみよう!」


「待って!」


 いろはがターニャを止めた。


「私が先行するから、ターニャは一旦本部に連絡お願い」


「そっか。そうだね」


 ターニャは軍用回線の使える場所へ、そしていろは叫び声のした方へと向かって走った。


 …………


 叫び声のした方に向かうとすぐに、空気が変わったのをいろはは肌で感じていた。それは彼女が幼い頃に経験したあの出来事を想起させた。


「血のニオイだ」


 しかも1人や2人ではない。もっと、もっとたくさんの――


「――!?」


 そのときいろはの目に飛び込んできたのは見るも無残な光景だった。


 建物の壁や道路がペンキをぶちまけたみたいに赤い飛沫に塗れていた。そしてそこかしこに倒れる人、人、人――


 10や20では足りない。いや――、そう見えるのは元は同じだったものがバラバラになっているせいで数が多く見えているだけかもしれない。


「なんなの、いったい……」


 自分の想像の埒外にある状況を目の当たりにして脳が混乱している。それでもいろはは立ち止まらず、骸と血の道を進む。


「ぎいいぃやああああああああああ!!?」


 今度はすぐ近くで聞こえた。苦悶の叫びと同時に逃げ惑う複数の人間の叫び声も聞こえてきた。


 そして遂にいろはその原因を作っている存在を捉えた。


「うそ……でしょ?」


 にわかには信じがたい光景だった。


 騒乱の中心にいたのは身長120センチほどの小さな女の子。ピンク色の髪で前髪の左右におさげを垂らしている。ピンクの服にピンクのフレアスカート。リボンの付いたエナメルの赤い靴。一見すればちょっと変わった恰好の女の子だ。だが、その子は普通ではなかった。それは、彼女が今まさに自分より背丈の大きな男の首を手にしたチェーンソーで切断しているところだったからだ。


 首を落としたあとクルリと身を翻して一回転。そして流れるような動きで首を失った男の両腕をバツン、バツンと削ぎ落とした。男の体は切断面から大量の血を流しながらドサリと地面に崩れ落ちた。


 少女は得意げな表情を浮かべていた。


「……んぃ?」


「!?」


 少女と目が合った。その瞬間女の子はなんの予備動作もなくいろはに向かって直進してきた。そして手にしていたチェーンソーを大きく振り上げた。


 いろははすんでのところで彼女の攻撃を回避した。地面を転がり受け身をとって、少女から目を離さずに立ち上がる。


「ありゃりゃ? かわされちゃったんだぞ?」


 女の子はこちらに背を向けたまま、なんてことないことだと言わんばかりの態度で言う。


 そんな彼女の後ろ姿を見ていろははまたも衝撃を受ける。先程から女の子が手にしていたと思っていたチェーンソーは、手に持っているわけではなく右肘から先が直接チェーンソーになっていたからだ。


 それを見ていろははひとつにの結論に至った。


 ――さっき見たUFOのような謎の物体。そして、腕とチェーンソーが一体化しているというあり得ない身体構造。加えて幼児体型な外見。さらには残虐な行為を平然とやってのけるその態度。


 緊張で喉を鳴らす。全身から嫌な汗が吹き出た。


「間違いない……」


 いろはがゆっくりと臨戦態勢を取ると、女の子もまたいろはに向き直った。


 間違いない……こいつは……


「サイコロリアン――!!」


 いろはが叫ぶと同時に、女の子――サイコロリアンが再び襲いかかってきた。

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