第7話 ふたりの住処

 晦日が連行されていったあとの会議室内。ごく自然な流れで阿穴が会議室の窓際に立った。その動きを見て流麗はゴホンとわざとらしく咳をした。会議室に一瞬の静寂が訪れる。


「これで今回起きた事件については終わりです。――が、……大町先生。次はあなたにお訊きしたいことがあります」


「ぼ、僕ですか!?」


 唐突な流麗の言葉で大町に注目が集まった。


「そうです。どうしても気になることがありましてねえ。少し聞いていただけませんか?」


「は、はぁ……。別にいいですけど」


 それならばと流麗は話し始めた。


 流麗が最初に大町に違和感を感じたのは会議室にやって来たときのことだった。晦日同様落ち着き払ってお菓子を食べていた大町。晦日は実際に犯行を行った張本人だったため動じていなかったということで説明はつく。だが大町はそうではない。そして福岡が言っていた炭酸水の話もある。


「先程から飲んでいるそれはコーラですよね。お好きなんですか?」


 大町は何だそんなことかと相好を崩す。


「ええ、そりゃもう。こっちへ来てからハマっちゃって」


 嬉々として語る大町を見て、阿穴と福岡が彼の妙な言い回しに首を傾げた。


「そうなんですか。すると妙ですよね、たしか大町先生は炭酸系が苦手だと聞いているのがねえ」


 痛いところを突かれたのか、大町の顔色に変化があった。


「や、やですねぇ。苦手なだけで、僕だって飲むときは飲むんですよ」


 明らかに引きつった笑いを浮かべる大町。


「そうですか。たしかにそういうこともあるでしょう」


「そうですそうです!」


 流麗は猛禽類が獲物に狙いを定めるように大町に鋭い眼光を向けて、


「しかし残念なお知らせがあります。――先程この近くであなたとまったくく同じ姿をした人物の遺体が発見されたという報告がありました」


 それはカマをかけるための適当な嘘だったが、


「え!? そんなはずないですわ!? わたくしちゃんと海に沈めましたもの!!」


 大町はそれにまんまと引っかかり、勢いよく立ち上がってそう叫んでいた。


 室内が静まり返った。


 一体何が起きたのかと誰もが目を丸くしていた。こうなることを期待していたはずの流麗でさえも、さすがに大町の口調が代わるという現象までは予想できておらず、あっけにとられていた。


 自分が過ちを犯したことに気づいた大町は、部屋にいる誰もが固まっているその隙をついて、恰幅のいい巨体を感じさせない機敏な動きでテーブルを飛び越え、目の前に立っていた流麗を突き飛ばして部屋を出ていった。


「むおっ……!」


「大丈夫かよ、うんち探偵!?」


 倒れた流麗に駆け寄る真。


「大丈夫ですとも。それよりも――」


 流麗は窓際に立っていた阿穴に視線を向ける。阿穴は急いで大町の後を追いかけた。そして……


「追いかけっこなんだぞ? 走るのは得意なんだぞ!」


 頼んでもいないのにコビドも大町を追いかける。会議室を出たコビドはものすごい勢いで走り、あっという間に阿穴を抜き去った。


「うえっ!? ちょっと!?」


 あまりのスピードの速さに度肝を抜かれる阿穴。そんな彼女を他所にグングンと大町との距離を詰めていくコビド。しかし、昇降口から外に出たところで、目の前を走っていたはずの大町は忽然と姿を消してしまったのだった。


「きみ、彼はどこに?」


 後ろから追いついてきた阿穴がコビドに訊ねた。


「おかしいんだぞ。ついさっきまで前を走ってたはずなんだぞ」


 しかし、昇降口の外に広がる暗闇には2台のパトカーと警察官の姿があるだけでそれ以外の人は見られなかった。


 ……………………


 …………


 少女の名はエボラ。ヴィル星でも屈指の富豪である首領コレラの娘。しかし、とある事件がきっかけで勘当を言い渡され、また不敬を働いたとしてどこともしれない僻地へと強制的に移り住む羽目になった。新天地での生活は決して楽なものではなかったが、それなりな生活を送れていた。ある日彼女の元に一通の封書が届く。それはヴィル星に住む13歳~21歳の『悪魔の雷』の被害者に送られた召集令状だった。


 エボラの持つ能力は見た目を他人の姿に変えるというものだった。しかし、自由に姿かたちを変えられるわけではなく、その能力にはいくつかの制約があった。

 その制約の中で最もネックになるのは、変身したい相手を自らの手で殺める必要があることだった。この条件があるため、ヴィル星では彼女が自らの能力を行使することは一度もなかった。

 その代わり最大3人分の外見が自分の中にメモリとしてその外見を保存しておくことが可能だった。ただし、新しい外見を記憶する際は既存の外見の1つを捨て去る必要があり、メモリから捨て去った外見には二度と変身することはできない。


 地球に送られた直後、エボラは見知った顔と再開する。それはデングだった。デングはエボラが僻地送りになる前に懇意にしていた人物で一番の親友だった。気心の知れた2人の連携は地球人たちを圧倒していった。しかしその力を持ってしても時が経てば徐々に劣勢となっていった。そして彼女たちは自分たちが不利だとわかるといの一番に戦線を離脱したのだった。


 その後エボラとデングは地球人に紛れて生活していた。能力の行使を最小限にとどめ生活に必要な糧を得て、同じところに留まり続けることはせず各地を転々とし……だどり付いた場所は海を望む海岸線沿いにある小さな町だった。

 エボラたちは長年の地球での生活でどういった場所に行けば食べ物にありつけるのかは理解していた。そして彼女はホームレスの姿に扮して学校に忍び込みお弁当を盗んでいたのだった。


 つまり、真たちが仕掛けたビデオに映っていたホームレスの正体はエボラだったのだ。


 しかしそれができたのも夏休みまで、夏休みを迎えた学校にはお弁当を持参する児童の姿はなかった。そこで彼女は次なる一手として学校の教師であった大町を殺害し彼になりすますことで飢えを凌いでいたのだった。


 だがそれも……思わぬ形で終わりを告げた……


 ――――


 エボラは大町の姿で廊下を走る。


「待つんだぞ!!」


 背後から聞こえるのはコビドの声。


「なんでコビド様がここにいるんですの!?」


 ヴィル星の事情を全く知らない彼女にとっては寝耳に水な出来事だった。


「いいえ、そんなことどうでもいいですわ。とにかく逃げませんと」


 単純なスピードではコビドのほうが上。このままでは追いつかれるのも時間の問題だった。それを理解していた彼女は姿を変えてコビドの目をくらませることを考えた。


 昇降口を出ると目の前には2台のパトカー。それに加えて何人かの警官が周囲を警戒していた。


「エボラさん!」


 突然自分を呼ぶ声が聞こえ、何事かとそちらを向くと、物陰に身を潜めているデングがいた。


「デング!? あなた今まで何をしていたんですの!?」


「帰りが遅いからこっそり学校に忍び込もうとしたんですよ。そしたら地球人に見つかりそうになって――


「そ、そうだったんですのね――、って、落ち着いてる場合じゃありませんわ!」


「とりあえず変身を解いてつかまってください!」


 デングに言われるままに変身を解き、元の金髪縦ロールが特徴的な少女の姿に戻る。そして彼女はデングに抱きついた。


「しっかりつかまっててくださいね」


 デングは自分に抱きつくエボラをしっかり抱き返してはるか上空へと飛び上がり、そのまま夜の空を翔んだ。これがデングの持つ空を飛ぶ能力だった。無限に飛び続けられるわけではないがコビドたちから離れるには十分だった。


 こうして一連の事件は幕を閉じた――

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