第1話 小弁探偵団 VS 怪人二十便槽

 草木も眠る丑三つ時。高架下に居を構えていたホームレスの男がもぞもぞと動き出した。


「雨か……」


 梅雨の時期特有の雨が激しい音をかき鳴らしていた。


 男が降りしきる雨の向こうに視線をやると、何やら暗い闇の向こうに影のようなものがゆらりと動くのが見えた。見間違えかと思い目を凝らすとやはり何かが動いていた。そしてそれは少しずつ自分の方に近づいてくるのがわかった。距離が近づくにつれてその何かがハッキリとした形を持ったものだとわかる。


「まさか……?」


 男はあり得ないようなものを見たかように目を見開き驚愕する。


 雨の中に現れたのは少女だった。雨に打たれずぶ濡れになった少女は特徴的な金色の髪を額に張り付かせていた。


 こんな時間に、こんな雨の中に、小さな女の子がひとりでいるなんてことはありえない。ホームレスの男はその異様な状況を理解できずに、何も言えずただじっと少女を見つめるしかできなかった。


「次はあなたの姿を貰いますわ……」


 少女が喋った。だがその言葉の意味はまったく理解できなかった。男がその意味を問い返すべきか否か思考を巡らせていると少女は突然男に襲いかかった。


 男は情けない悲鳴を上げたがその声は強烈な雨音によってかき消された。男は抵抗したがまったくの無意味だった。少女の力は男の力を遥かに凌駕していた。

 子どもとは思えない圧倒的な力によってホームレスの男はなすすべなくなぶり殺しにされた。


 ……………………


 …………


 夏休みを目前に控えた頃、浜内はまうち小学校でとある事件が発生した。その名も“お弁当消失事件”である。その事件はその日だけにはとどまらず連日続いた。日によっては複数の被害者がでた。


 子どもたちにとってお昼の時間は一番の楽しみの時間と言っても過言ではない。だがその楽しい時間は、被害を受けた児童にとっては最悪の時間となり、誰それがやったやってないの言い争いに発展し、疑心暗鬼になる子どもたちの間に最悪の空気が立ち込める結果を招いた。


 ただのいたずらでは済まされないその事件の真相を解明すべくひとりの少年が立ち上がった。


 少年の名は金田真かねだまこと――


 彼は友人の澤出さわでカオリ、川屋秀夫かわやひでおを無理やり誘って3人で小学生のお弁当を盗んだ犯人を見つける探偵団、略して小弁探偵団を結成したのだった。そして3人は事件解決に向けて行動を開始したのだった。


 真、カオリ、秀夫の3人は四時間目の前の休み時間に5年2組の教室に集まっていた。


 5年2組の次の授業は体育ですでにみんな教室からいなくなっていた。みんながいなくなったあとで真はクラスメイトのカオリと4年生の秀夫に声をかけ無理やり付き合わせたのだ。


「で、何しようってのよ?」


 カオリが真に訊ねた。


「決まってるだろ? 犯人を見つけるのさ!」


 自信満々に答える真だがカオリと秀夫はどこか疑わしい視線を向けていた。


「見つけるって一体どうやって?」


「簡単だ。カメラを仕掛けるんだよ。そのためにビデ夫をここに呼んだんだからな」


 秀夫は常にハンディカムを持ち歩いてるためみんなからはビデ夫の愛称で呼ばれていた。そんな秀夫の手にしているハンディカムを指差しながら真が言った。


「なるほど。ぼくの持っているこれを教室に仕掛けてお弁当を盗んでいる犯人を撮影しようってことですね!」


「ああ。そうだ」


 お弁当が消失するのは決まって4限目に移動教室を行っているクラスに限られていた。そして今日この時間教室を空けているのはここ5年1組だけだった。


「ふぅん。真にしては考えたわね」


「真にしてはってなんだよ……。――って、んなことどうでもいいか。早速カメラを仕掛けるぞ!」


 秀夫は真の指示に従って教室全体を見渡せる位置にカメラを仕掛けた。それを仕掛け終わるのと同時に授業開始のチャイムが鳴る。真とカオリは体育館に、秀夫は自分の教室に大急ぎで走った。


 ――――


 体育の時間が終わり教室に戻ってきた5年2組の面々。そしてやはり事件は起こった。


「んなぁー!? オレの弁当がねえぇぞ!?」


 クラスメイトのひとりが驚嘆の声を上げた。その声でクラス中のみんなが自分のお弁当が失くなっていないかを確認した。その結果、被害にあったのは最初に叫んだ彼だけだった。


 そこで真が仕掛けてあったカメラを取り教壇の前に立った。


「みんな聞いてくれ!」


 クラスの視線が真に集中すると、手にしていたビデオカメラをみんなに見せびらかすように掲げた。


「じつは、こんな事もあろうかと休み時間の間にこいつを仕掛けておいたんだ! だからここに犯人の姿が映ってるはずだ!」


 するとクラス中からは真を称賛する声が上がった。


「これでお弁当を盗んでいた犯人が判明するんですね!」


「おい金田さっさとそれ見せろよ!」


「そうだそうだ! さっさと犯人をあぶり出して警察に通報だ!」


 子どもたちが騒ぎ出す中、真はビデオを操作して録画されていた映像を再生した。


 最初は誰もいない教室がただ映し出されているだけだった。


「なんだよ。何も映ってねぇじゃねぇかよ!」


「そう焦るなって!」


 はやるクラスメイトを諌めつつ真は映像を早送りした。すると教室内にひとりの男が入ってきた。


 年季の入った服にボサボサの頭。顔に無精髭を生やしたその男はパッと見では年齢の判別ができない。だが少なくとも子どもではなく大人だった。その男は教室に入ってくるなり最初に被害を訴えた男子児童のカバンをあさって弁当を盗み出しそのまま教室を出ていった。


 映像を見ていた子どもたちは唖然となっていた。なぜなら彼らの中では犯人は学校に通う児童の誰かがいたずら目的でやっていると思っていたからだ。


「フローシャだ……」


 カメラに映る男の姿を見て誰かがボソリとつぶやいた。


「食うもんに困ったフローシャが食べ物を求めて学校に忍び込んだんだ!」


「やだー、キモーい!」


「まさかこういうオチだったとは」


 真も思わぬ展開に驚いていた。


「でも変じゃね?」


 そう言いながらひとりの児童がビデオを巻き戻す。


「変? 何が?」


「これ見てみろよ」浮浪者が教室を出ていくところまで巻き戻した児童が再生ボタンを押す。「こいつさ教室を出た後あっちの方に歩いてってるだろ?」


 浮浪者は教室を出て左の方に歩き去っている。


「こっちってさ行き止まりじゃん? あるのはトイレだけだぜ?」


 児童の言う通りで、浮浪者の向かう先は突き当りになっていて、ちょうど5年2組の教室の隣にトイレがあるだけだ。


 しかもそれだけではない。ビデオはずっと再生され続け真がそれを取り外すまでの一連の流れが収められている。その間浮浪者がトイレのある方向から再び戻ってきた形跡がないのである。


「まさか!?」


 それを見て真があることをひらめいてトイレに向かって走った。


「おいどこ行くんだよ!?」


 事件に興味津々の児童たちがその後を追いかける。


「トイレから出てきてないってことはそこに隠れてるかもしれないってことだろ?」


 真は言った。


「なるほど。ってことは便所で弁当食って、誰もいなくなった頃に外に出て行こうとしてるのか?」


「それって先生呼んだほうがいいんじゃないか?」


「じゃあオレが呼んでくるよ!」


 言った児童が職員室に向かう。


「おい金田。先生来るまで待とうぜ?」


「大丈夫だよ」


 自分の力で犯人を捕まえたい真は後先考えずに男子トイレに入った。しかし……


「いない……」


 個室はすべて空。用具入れの中にもいない。つまり浮浪者の姿はどこにも確認できなかった。


 ただ、入り口の向かい側の壁の上の方にある換気用の窓が空いていた。大人が通り抜けられるようなサイズではなく真でもギリギリ抜けられるかどうかだ。逆に小柄人間だったとしたらそこまで背が届かない。


 その後真はカオリに頼んで女子トイレの方を見てもらったがそちらにも誰もいなかった。それから児童に呼ばれてやって来た先生に事情を説明した。なかなか信じてもらえなかったので直接ビデオの映像を見せながら説明すると先生はようやく事の重大さを理解した。

 その映像はすぐに他の先生たちにも伝えられることになった。事態を重く見た先生たちは学校の警備を強化するとともに警察へ相談した。これでお弁当の盗難事件もなくなるだろうと誰もが思っていた……が、翌日も翌々日も被害に遭う生徒が発生した。

 さらに警察に提供された映像に映っていた男は隣町で何者かに殺害されていたホームレスの男に瓜二つなことが判明。しかしながらその男が殺されたのはお弁当の盗難事件が発生するようになるよりもずっと前のことだった。


 本来存在していないはずの男がビデオに映っていた。この事実はすぐに学校中に広まった――


 ……………………


 …………


  真が住んでいる浜内町にはうんち探偵と呼ばれている名探偵が住んでいた。本名は馬場流麗ばばながれというのだが、彼が極度の運動音痴であるため運動音痴探偵を略してうんち探偵と呼ばれ子どもたちに親しまれていた。


 そしてその日、うんち探偵ならお弁当盗難事件を解決できるのではないかと考えた真、カオリ、秀夫の3人は彼の家を訪れていた。


 3人はテーブルを挟んで流麗と向かい合うようにソファに座って、浮浪者が映っている秀夫のハンディカムの映像を見せていた。


「ふむ。死んでいる人間がビデオに映っていたですか……」


 白髪の混じったソフトクリームみたいな髪型の紳士が髭を撫でながら唸る。


「そうなんだよ」


「申し訳ありませんがオカルトは専門外なんです」


「そんなぁ」


 真はガクッと肩を落とし落胆する。


「いやいや。お力になれずに申し訳ありませんねぇ」


 結局真たちは何の成果も得られず流麗の家を後にした。


 ――――


「やっぱりオバケだ……」


 帰り道、秀夫がつぶやいた。


「何言ってんだよ、足はちゃんと映ってただろ? それだけじゃなくて姿形もハッキリ映ってたしな」


「でもこの人、ずっと前に死んでるんでしょ?」


「そ、そうですよ!? それにうんち探偵だってオカルトだって言ってたじゃないですか」


「そんなもんいくらでも説明できるだろ? 例えば他人の空似とか双子とか整形とか」


「それだったらとっくに警察が調べてるはずですよ。これはやっぱりオバケの仕業ですよ!」


「オバケと言えば、最近うちの学校でオバケを見たっていう生徒がいるのよね」


「ほらやっぱり!!」


 秀夫がオーバーなアクションで驚く。


「オバケなんているわけないだろ」


「そうとも限らないですよ。少なくともぼくらの学校では」


「なんだよそれ」


「真は知らないかもしれないけど、昔この学校で殺人事件があったのよ」


「はぁ? そういうのってどうせ作り話だろ?」


「違いますよ。ぼくが小さかった時の話ですから結構最近なんですよ」


「凶悪な殺人犯が夜の学校に立てこもって、はっきりと覚えてないけどそのとき私も近くの公民館に避難したもの」


「マジかよ。そんな事があったのか……?」


 真は小学校に上がると同時に都会からこの町に引っ越してきたのでそれ以前に起きたこの町の出来事を知らないのだった。


「それで殺人犯は逮捕されたって話だけど、殺されちゃった人も何人かいて」


「その殺された人たちのオバケが度々この学校に現れるっていう話なんですよ」


「だから今回のお弁当盗難事件の犯人がオバケだって?」


 秀夫はウンウンと首を振った。


「バカバカしい。たとえオバケの仕業だとしても、ビデオに映ってるフローシャとは別人じゃないか。しかも昼だぜ? オバケって言ったら普通夜だろ?」


「朝とか夜と関係ないですよ。それに、フローシャに関しては呼ばれたのかもしれませんよ、この場所に」


 そう聞いても納得できなかった真は2人にこんな提案をした。


「そんなに言うんだったら、そのオバケとやらが本当にいるかどうかどうか俺たちで探して見ようぜ?」


 こうして、3人の目的はお弁当盗難事件の犯人を探すことからオバケ探しへと変わった。


 その後、肝心のお弁当盗難事件は小学校が夏休みを迎えたことで自然と発生しなくなった。


 しかし、この事件の真相は後に意外な形で明らかになるのだった……

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