第8話 異邦人、来る来る 後編
ロッチロの報告を受けた対サイコロリアン討伐軍本部は近隣住民を避難させるためギャリコ大尉率いる第三中隊を派遣した。彼らは文句ひとつ言わずに淡々と市民の避難誘導を行う。これといったトラブルもなく速やかに終わり、それをロッチロに伝えた。
「これより我々は撤収作業に入る」
作戦区域から少し離れた噴水公園に設営を行っていたギャリコたちは撤収作業を開始した。
その時ひとりの兵士がありえない光景を目にした。
「大尉。あれは……?」
兵士に言われ、ギャリコがそちらに目を向けると、避難が終わっているはずの街中に2人の少女の姿があった。それはコビドを捜しに来たサズとマズだったが、そうとは知らないギャリコたちは彼女たちをまだ避難していない民間人だと勘違いした。
「おい。避難は終わったのではなかったか?」
「そのはずですが……」
「自分が行きます!」
そう言って、撤収作業中だった別の兵士が2人に近づいていく。そして、彼がその2人に声をかけたかと思うと、2人は兵士から逃げるように走り出した。
「何をやっているんだ……まったく」
ギャリコは呆れたように言って、彼もまた少女たちに近づく。
「おい! 君たち、ここは危険だすぐに避難しなさい!」
しかし、サズとマズがギャリコの言葉に耳を貸すはずはなく、2人は何事かを相談して二手に分かれて走り出し、マズはロッチロたちが作戦を展開している方へ、サズは公園の噴水のある方へ向かって走った。
「おい、まずいんじゃないか!? あっちは作戦区域だ。戦闘に巻き込まれるぞ!?」
兵士のひとりが慌ててマズを追いかけると、突如その背中に短刀が刺さり、その場で倒れて動かなくなった。
「なんだ!?」
その場にいた全員が戦慄する。短刀の飛んできた方向にいたのは噴水に向かっていたサズ。その傍らには先程まで彼女を追いかけていた兵士が屍となって転がっていた。
「妹に触ったらぶっ殺す!!」
サズは叫んで右手を噴水にかざす。すると不思議なことに彼女のかざした右手に水が吸い上げられるように集まり、それは30センチほどの氷の剣となった。
液体を凝固させる力――それがサズの持つ
サズはそれを手に次々と兵士たちに襲いかかる。あっけにとられていた彼らはなすすべなく彼女の剣の餌食となっていく。
「まさか奴は……サイコロリアン……? そうだサイコロリアンだ!! 応戦せよ!!」
数人の兵士が殺されてようやく状況を理解できたギャリコが叫ぶと残りの者たちが急いで銃を構える。
「でもそんな!? サイコロリアンはロッチロ中佐が引きつけてるはずじゃ――」
戸惑いながらも応戦する兵士たち。だが彼らはサイコロリアンとの戦闘に関してはまったくの素人で、引き金を引けぬままサズの剣の餌食となっていく。
「ひっ、ひぃぃぃぃ……」
恐怖のあまりに乱雑に銃を撃つ兵士。その銃弾が偶然にもサズ右手を掠め彼女は持っていた剣を取り落した。
「くそっ!」
サズは慌ててそれを拾おうとするが、機転を利かせたギャリコがその剣を銃で弾き飛ばした。
「チャンスだ!!」
ギャリコが叫ぶと、兵士たちはサズに銃弾の雨を浴びせる。彼らの中にはその幼い見た目に罪悪感を覚え涙を流しながら引き金を引く者もいた。しかし、どれだけ銃弾を浴びせてもサズにはほとんど効果がなかった。やがて弾も撃ち尽くした頃、サズは地面に落ちていた剣を拾い直し反撃に転じた。
「あ、アイツはバケモノだ! 勝てっこない!」
勝ち目がないと判断し背中を向ける兵士に容赦なく襲いかかるサズ。
「た、大尉……い!?」
助けを求める兵士がまたひとり命を落とす。
「近接戦闘だ!! 奴に勝つ方法はそれしかない!!」
それをちゃんとわかっていてもなかなか行動に踏み切れないのが実践である。すばしっこい動きに翻弄され、やっとの思いで近づいても剣の餌食となってしまう。ひとり、またひとりと勇猛果敢に攻めるも誰一人としてサズに触れられない。
そうこうしている間にも数を減らしていき、気づけば残り5人となっていた。
「万事休すか……」
ギャリコの額に嫌な汗が流れる。そして彼は軍用ナイフを手に気勢を上げてサズに向かって走った。ギャリコの振るったナイフはあっさりとサズの剣に受け止められてしまった。
だがナイフを弾かれたわけではなく鍔迫り合いのような状況になった。身長差から見れば体重を乗せられるだけギャリコに分があるように見えたがその力は拮抗していた。
サズはギャリコを押し返そうと剣を握る手に力を込めた。すると――
「があっ……!?」
「うん!? 何が……!?」
2人は同時に驚いた。サズの剣の刃が折れて勢いのついたギャリコの軍用ナイフが彼女の右腕を切り裂いたのだ。
折れた刃が地面に落ちた。落ちた刃は液体となって地面を濡らし染みていく。それを見てギャリコが気づいた。サズの持っていた剣は水から作り出したものだということに。
「そうか――氷か!?」
サズの剣は氷でできていたため少しづつ溶け出し強度を失なっていたのだ。そうとわかればやることは簡単だった。公園にある水場は噴水。サズは再度剣を生成するためにそこに近づこうとしていた。
「奴を水場に近づかせるな!!」
残りの4人の兵士がギャリコの号令で動く。そして、その内のひとりがサズを補足。彼女の細い腕を掴んだ。
「クソっ!! 触るな!!」
サズは掴まれていない方の腕を振り回して兵士を攻撃する。武器がなくともサイコロリアンは身体能力が地球人の比ではないため大の大人でもかなり衝撃だ。兵士が掴んだ腕を離しそうになると、追いついた別の兵士がそれをフォローする。そうして、ギャリコ以外の4人がサズに食らいつきその体を地面に倒して押さえつけた。
まるで大人が4人がかりで少女に乱暴しているように見えて、ギャリコは目を背けたくなったがそれを堪えた。相手は人間に牙を剥くサイコロリアンなのだ――と自分に言い聞かせて。
「早くやれ!」
ギャリコは4人に近づき命じた。しかし誰もサズに攻撃しようとしない。誰もが躊躇っていることは明らかだった。
「仕方ない……」
ギャリコもまた気乗りはしなかったが、誰かがやらねばまた人が死ぬ。彼は覚悟を決めて持っていた軍用ナイフを押さえつけられているサズの足の付根に突き刺した。逃走が不可能になるように足を狙ったのだ。
「いやあああああああああああ!!!」
それは見た目通りの少女の叫び。
ギャリコ以外の4人が目を背けた。どうしてこんなことをしなくてはいけないのかと自責の念に駆られる。しかしギャリコだけは目を背けなかった。突き刺したナイフに力を込めて推し進める。直接伝わってくる肉を割く感触は気持ち悪いことこの上なかった。傷が広がる度にドプドプと流れ出る鮮血。ギャリコはまるで自分が傷つけられているかのように悲痛な表情を浮かべながらそれでも手を止めなかった。
「ヤメろ!! この!!! クソがっ! ぶっ殺してやる!! オマエら全員ぶっ殺してやる!!」
サズが喚き散らす。
ギャリコのナイフが骨に当たる。それを断つためギャリコが体重を乗せようと体勢を変えたその時だった――
すぐ近く、ロッチロたちが作戦を展開している辺りからものすごい衝撃音が聞こえてきて、次いで地響きのような振動が伝わってきたのだ。
それによりサズを押さえていた4人の力が緩んでしまった。サズはその隙を逃さなかった。すぐさま上体を起こしてギャリコが持っていたナイフを奪い取った。
「なっ、しま――!?」
サズはさっきまで自分を押さえていた兵士の腹にそれを突き刺した。ナイフを引き抜いてそれを別の兵士に突き刺す。ギャリコは咄嗟の判断で彼女から飛び引いたが、判断が遅れた4人は命を落とした。
「くっ……」
ギャリコに引くことは許されなかった。
このまま何もしなければサイコロリアンは傷が回復してしまう。そうなれば自分にはもう勝ち目はない。そしてそれは多くの市民が犠牲になることを意味していた。
「ならば――」
負いの状態のサイコロリアンにとどめを刺さなくてはと、彼は足を負傷しその場から動けないサズに立ち向かう。
ナイフで応戦しようとするサズの手を足で捌きナイフを弾く、そしてそのまま勢いよく足を上げ、先程まで切断を試みようとしていた傷口に向かって踵を叩き込んだ。
「うう、ぐぅああああ!?」
サズは痛みに悶え苦しんだ。
その隙にギャリコは足で弾いたナイフを回収しサズ目掛けて振り下ろした。だが、サズはとっさの判断で手を伸ばしてそれを防ぐ。
「うがあっ!?」
ギャリコの振り下ろしたナイフがサズの左手を貫通した。だが、サズは怯まず刺さったナイフを握るように力を込める。これでギャリコはナイフを引き抜くのに手間取ることになった。
「くそ……小癪な真似を――」
ギャリコの意識がナイフを抜くことに集中し、周囲に気を配ることが疎かになった。
「んぐっ!?」
そして突然やってくる腹部の痛み。何が起きたのかと視線を向けるとそこには、真っ赤な色をしたナイフが突き刺さっていた。
「……?」
それはサズの作り出したナイフだった。彼女はギャリコと奮闘する中で、直ぐ傍で死んでいる兵士の死体から流れ出る血を使ってナイフを生成していたのだ。
サズの能力は液体を凝固させる能力であり、必ずしも水である必要はない。
ギャリコはゆっくりとサズの顔を見る。彼女は笑っていた。
「ハハッ!! ザマァ見ろ地球人!!」
それがギャリコが最後に耳にした言葉だった。
……………………
…………
サズと分かれてひとりでコビドのもとへ向かったマズは人目を避けながら行動していた。
「コビドちゃー、どここかな~?」
独り言を言いながらコビドを捜していると、近くから銃撃戦の音が聞こえてきた。その音に誘われるように近づいていくと、そこにはコビドに向かって弧状に隊列を組む部隊が見えた。
「うわ~! ヒトがいっぱい~!」
マズがのんびりとした声で驚く。
周囲に戦車の大砲の音が響いて、真っすぐ飛んでいったはずのその弾は兵士たちの先にあるビルの上方に当たった。その時、コビドが発した痛がる声はマズのもとにも届いていた。
「うん~? コビドちゃーのこえがした~?」
マズはそれを確認しようと兵士たちのいないところへ回り込む。続けて放たれた砲弾はコビドに当たって彼女の体は壁際まで飛ばされた。続けて撃ち出された砲撃がコビドの足を抉る。
そしてそれは起こった。最初の一発目が当たったビルの上の部分がコビド目がけて落ちてきたのである。
それに気づいたコビドは自分に迫る巨大な塊を見て絶望の表情を浮かべる。同じくそれを見ていたマズは急いでコビドのもとに駆け寄り、ギリギリのタイミングで巨大なコンクリートの塊を支えた。そしてそれを兵士たちの方に向かって放り投げたのだった。
ものすごい音と衝撃が周囲に響く中、マズはこれと言って気にした様子もなくコビドに声をかけた。
「コビドちゃー、だいじょうぶ~?」
「マ、マズちゃん!? どうしてここにいるんだぞ!?」
コビドは自分の足が失くなっていることも忘れて慌てて立ち上がろうとするが、当然立ち上がれるはずがなかった。
「コビドちゃ~、けがしてるの~」
「うう、歩けないんだぞ」
コビドが弱音を吐くとマズは重量挙げの要領でコビドの体を軽々と持ち上げた。
「にゅほ!?」
「それじゃ~、とりあえずおねえちゃーのとこにつれてく~」
マズはそのまま来た道を戻るように走った。
……………………
…………
ロッチロの乗った戦車は運良くビルの塊に押しつぶされなかった。だがその衝撃で転覆していた。
「くそ……」
悪態つきながらロッチロが転覆した戦車から這い出た。彼女はかろうじて無事だったが戦車に乗っていた他の兵士たちは車中で事切れていた。
膝に手をついて立ち上がる。周囲を見渡せば目に映る景色はまるで戦争の跡のようだった。
ロッチロはゆっくりと歩きだし周辺の状況を確認する。ロッチロと同じく運良く生き残った者たちの姿が見える。だがその誰もが戦意を喪失していた。疲れ切った表情で、あるいは絶望の表情で地面に座り項垂れる。
火の手が上がっているところも確認できるが、それを誰も消そうともしていない。
「これはいかんな……」
ロッチロの懸念は今この状況で再びサイコロリアンに襲われることだった。そうなったらもう彼女たちに勝ち目はない。
「ロッチロ、中佐……」
「うん?」
下から自分を呼ぶ声が聞こえ視線を移すと、そこにはひとりの兵士がいた。額から血を流し虫の息でもう助からないことは明らかだった。
ロッチロは屈んでその声に耳を傾けた。
「自分は……誇りに思っています……。貴方の下で――」
男はそこで事切れた。
自分の隊に所属していたであろう名も知らぬ兵士に弔いの言葉をかけロッチロは再び歩き出した。その後、ロッチロは生き残った者たちを取りまとめ撤退の命令を出した。そのさなかに瓦礫に押しつぶされて死んでいるグレゴリー大佐を発見したのだった。
……………………
…………
噴水公園で死闘を繰り広げたサズは切断されかけた足を引きずりながら這うように移動し、その身を公園の茂みの中に隠した。
「うんぐっ! いたたっ……」
茂みの中で仰向けになり傷が癒えるのを待つ。そんな彼女の耳に「おねえちゃー」という聞き慣れた声が届いた。
「マズ!?」
サズは一度うつ伏せの体勢になって顔だけを茂みの外に出した。
「ああ~!! おねえちゃーかくれんぼ~?」
サズの姿を目ざとく見つけたマズが彼女に駆け寄った。
「隠れてるけどかくれんぼじゃないのよ。ちょっと足が酷いことになって敵に見つからないように隠れてたのよ」
「でもでも~。チのあとがついてるからバレバレだよ~?」
そう言われてみると、たしかに地面には血を引きずったような跡が残っていてそれは今サズがいる茂みの中に続いていた。
「……不覚だわ」
「それよりね~。みてみて~」
マズが持ち上げていたコビドを地面に落とした。
「あだっ!? ひ、酷いんだぞ。もっと優しくおろしてほしかったんだぞ」
「コビド! ……アンタ無事だったのね」
「無事と言えば無事なんだぞ。でも足が取れて腕も折れてるんだぞ」
「あ、そう。でもそんだけ喋れれば問題なさそうね」
「それより何で2人がここにいるか説明がほしいんだぞ!」
「うんとね~」
マズが話だそうとするのをサズが止めた。
「こんなところで話し込んでたら誰かに見つかっちゃうでしょ。場所を移動しないと」
「でもあたし動けないんだぞ?」
「マズ、お願い」
「は~い!」
マズは元気よく返事をして、コビドとサズの体を持ち上げる。そして3人はサズの宇宙船の場所まで移動するのだった。
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