第5話 侵略? バカ娘 後編
――速い!?
いろははすんでのところでコビドのチェーンソーを避ける。わずかにかすめた髪の毛がチェーンソーに刈り取られはらりと宙を舞った。
「くっ!?」
コビドは手を休めることなくいろはに向かって何度もチェーンソーを見舞う。いろはそれを躱し続け防戦一方を強いられる。
いろはの持っているサイコロリアンの情報から考えれば、このまま行けば最初に疲弊するのは間違いなく自分の方だった。
逃げているだけでは勝てないと判断したいろははなんとか反撃に転じようとして、携帯していたコンバットナイフを構えたがそれはすぐにチェーンソーによって弾き飛ばされてしまった。
武器を失いまた防戦一方になるいろは。敵の攻撃を躱しながらなんとか打開策を見つけようと思考を巡らせる。
その時だった、コビドの放った横薙ぎの一撃を躱した際に、そこにあった街灯にコビドのチェーンソーが食い込んで止まった。
「うわ!? 引っかかったんだぞ!?」
チェーンソーがガリガリと街灯を削っている間にいろはは距離を取る。そして周囲に視線を巡らせ武器になるようなものはないか探し、運良く見つけた鉄パイプを手にコビドに向き直った。
「あ、いちいち切り落とさなくても一旦普通の手に戻せばいいだけなんだぞ」
コビドはひとり納得して、一度チェーンソー状態を解除し再び手をチェーンソーに戻した。
その様子を見ていろはは改めて奇妙だという感想を抱いた。
各国で得られたサイコロリアンに関する情報は基本的には世界で共有されているが、いろは手をチェーンソーに変えることができる個体がいるという情報を聞いたことがなかった。
「新種……ってこと……?」
つい先程宇宙船でやって来たということは、それに乗っていたサイコロリアンが新種であっても不思議ではない――といろはは考えた。
「よし。仕切り直しなんだぞ!」
コビドに緊張感のようなものは見られない。先程からずっとそうだった。戯れるような、それがごく当たり前だと言わんばかりの行為。
逆にいろはは緊張で震える手を押さえるように、鉄パイプを握る手にぐっと力を込めた。
最初に動いたのはやはりコビド。いろはそれを躱さずに鉄パイプで受け止めた。
――重い!?
小さな体に華奢な腕。その見た目とは裏腹にコビドの一撃は非常に強力だった。だが幸いなことにチェーンソーの削る力はそれほどではなかった。腕がチェーンソーに擬態しているということは、鉄より柔らかい素材でできているのかもしれない。そうであるなら鉄パイプでも十分に対処できる。
そのことがいろはの自信に繋がり、そこから彼女の反撃が始まった。
「うわ? わわ?」
コビドは鉄パイプの連撃をチェーンソーで防ぎながら後退し歩道へと追い詰められていく。そしてチャンスは訪れた。コビドが車道と歩道の境目にある縁石ブロックに足を取られて後ろに転んだんのだ。
「あだっ!」
背中から倒れたコビドが地面に頭を打ち付けた。その衝撃でコビドの右手のチェーンソーが解除された。
「取った!!」
いろははすかさず彼女に馬乗りになった。それを許すまいとコビドは右腕を振り上げたがそこにチェーンソーはない。いろはコビドの右腕を弾き、持っていた鉄パイプをコビドの肩口に突き刺した。
「ぎいやあぁぁぁぁっぁ!!?」
コビドは大きく目を見開いた。
「これでもう怖くない!」
だが油断はしない。
サイコロリアンの驚異的な再生能力のことは十分に理解ている。それ相応の痛みは感じるようだが少しくらい傷を負ったところで致命傷には程遠い。もっとも効果的とされているのは胴体から四肢を切り離し、再生できなくなくなるまでそれを繰り返すという戦法。
そしてこれまでの短い戦闘で、コビドの危険性はチェーンソーに変態する右腕であることはわかっている。そこでいろははコビドの腕に刺した鉄パイプを捻り右腕の切断に取り掛かる。
「んぎゃあ!!? やめるんだぞ!! いたいんだぞ!? バカ!! おまえ!! バカバカ!! うんこ野郎だぞ!!」
駄々をこねる子どものように暴れるコビド。だがいろはは意にも介さない。こういう幼い子どもじみた仕草を見て、攻撃を躊躇って死んでいった先人たちが多くいることをいろはわかっていた。
「私は――躊躇わない!!」
鉄パイプを捻る。腕により一層の力を込めると、バキッという音ともに鉄パイプを押し返す力が軽くなった。
「ぎにゃあああああああああああ!!!!!!!!」
砕いた!? ならば――
いろははすかさず腕ひしぎの要領でコビドの腕をロックする。そして、その腕をねじり思いっきり力を込めて引っ張った。
「くたばれっ! サイコロリアンッ!」
「ぐう! やめるんだぞ! ちぎれるんだぞ!? アホアホアホだぞ!!!」
コビドの腕の付け根が引き伸ばされ青黒く変色する。ぶちぶちと皮と肉を引きちぎる感触がして、コビドの右腕が胴から外れた。
「あんぎゃあああああああああ!!!?」
コビドが右腕の切断面を抑えながらのたうち回った。切断された箇所からは多量の血液が流れ出る。
いろはは立ち上がってコビドから少し距離をとる。手にしてたコビドの右腕を放り捨て、地面に転がしていた鉄パイプに持ち替えた。
「まだ終わりじゃない。息の根を止めるまでは――」
いろはは警戒しながらコビドに近づいて鉄パイプを振り上げ、それを今なお痛みで転げ回る彼女に向かって振り下ろした。
「んぎゃ!?」
それからいろははコビドを延々と鉄パイプで殴り続けた……
…………
「はぁ……はぁ……」
数分ほど殴り続けコビドの動きが弱々しくなった。体中腫れと痣だらけで、衣服も所々破れ肌が露わになっている。いつの間にか靴も片方脱げ落ち、まるで少女が乱暴されたみたいになっていた。
右肩を抑え丸くなるコビド。切断面から流れる出血は量も少なくなってきて徐々に再生の兆しが見える、人間なら間違いなくショック死している状況だがコビドはまだ生きていた。
「よし、これで改めて解体ね――」
いろはは手始めにコビドの足の付根を狙って鉄パイプを大きく振り上げた。
「――ぐぶはっ!?」
しかし、いろはの左太ももに突如として激痛が走った。足に力が入らなくなって彼女は手にした鉄パイプを取り落しその場で膝を着いた。
自分の身に何が起こったのか確認する。
「ぇ……な……んで?」
最初は左の太ももから子どもの手が生えているように見えた。正確には子どもの腕が太ももを貫通していた。その手はひとりでに動き出して引っ込んだ。
「ぐおっ!?」
痛みで気が遠くなりそうになるのを堪える。
そんな彼女の前にスッと影がさした。
「…………」
いろははゆっくりと影の正体を見上げる。
「!?」
そこに立っていたのはコビドだった。彼女の体にできた痣や傷、腫れが徐々に消えていき、右腕も肘のあたりまで再生が完了していた。いろはが苦労して散々痛めつけたのが無に帰していく。
「あ……ぁぁ……」
サイコロリアンの再生能力を目の当たりにし、改めてコビドが人間ではないことを思い知る。しかもコビドはいろはの知っているサイコロリアンの情報を遥かに上回っていた。
――ダメだ。ダメだダメだダメだダメだ。勝てない! 少なくとも私には無理だ。ひとりでは勝てない。勝てっこない!
いろはの顔がみるみると青ざめる。脳が逃げろと警鐘を鳴らす。それに従うようにいろははヨロヨロと立ち上がり、しかし足に力が入らずその場で転倒する。
「ぅあ!?」
それでも這いつくばって逃げようとする……が、なにかに引っ張られているように前にまったく進めなかった。その理由は彼女の足に先程見た謎の腕がしがみついていたからだった。それを見ていろははようやく理解した。
その腕は自分が切断したコビドの右腕だった。それがひとりでに行動していたのだ。いろはの頭の中にはサイコロリアンにそんな芸当ができるという情報は存在していなかった。
でもそれは、腕がチェーンソーになるサイコロリアンが初めて見るタイプだと思った段階で、これまでのサイコロリアンに対する情報が通用しないことを理解すべきだったのだ。自分の認識の甘さにいろは悔しさで下唇を噛んだ。
コビドがいろはに近づいてくる。引きちぎったはずの右腕が自分の足を掴んでいるのに、近づいてくる彼女にも右腕があった。完全に腕が再生していた。
「そん……ぁ……」いろはは弱々しい声で言った。「腕が……3つ? なんで……?」
コビドの持つ能力はもはやいろはの理解を超越していた。コビドがいろはの直ぐ側で立ち止まった。
「おまえさっきの男よりもムカつくんだぞ!」
さっきまでの明るい声とは違って威圧するような低い声。そして鋭い眼光でいろはを睨みつけた。実際にはコビドは普通に立っていただけだが、恐怖に打ち震えるいろはにはそういうふうに見えていた。
コビドが右腕を伸ばし手を広げる。すると一瞬にして右腕がチェーンソーに変化した。
「さっきのお返しなんだぞ!」
「い……や……」
いろはは必至に這って逃げようとする。でも足が腕が掴まれていて全く進まないう。いろはは地面の上でクロールするみたいな醜態を晒す。
そして無慈悲にもコビドのチェーンソーがいろはの右肩に食い込んだ。
「あがががががががあああっっ――!!!!」
血飛沫を上げていろはの右腕は切断された。
「ぅ……ああぁぁ……ぁ……」
そこで、いろはは気を失った……
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