第4話 侵略? バカ娘 中編

 今からおよそ13年前、ヴィル星の一部地域を未曾有の大災害が襲った。後に『悪魔の雷イビルフラッシュ』と呼ばれるようになったその災害は、突如ヴィル星に落下してきた謎の飛翔体を某国の軍が撃ち落としたことに起因する。

 最初はデブリの一種だと思われていたその物体はただのデブリではなくその中には未知のウイルスが搭載されていたのだ。そしてそれを破壊してしまったがために地上に大量のウイルスが降り注ぐこととなってしまった。規模はかなりの広範囲に及び、ウイルスに感染したものはことごとく命を落とした。しかし不思議なことに当時18歳以下だった少女たちだけは死ななかった。だからといって彼女たちが完全に無事だったかというとそういうわけではない。少女たちがウイルスに感染していたことは紛れもない事実で、そのウイルスに感染したことによって体の成長が著しく低下するという機能障害に見舞われた。また、そのほかにも様々な障害や弊害をもたらした。


 そしてその出来事はヴィル星の世界情勢に大きな影響を与えた。それまでいがみ合っていた7つの国をひとつに纏め上げヴィル星にウイルス兵器を送り込んできた敵を究明すべきだと訴えた女性がいた。彼女は7つの国の重鎮たちのもとに足を運び幾度も交渉をこなしその傍らでウイルス兵器の出本を調べ上げ、結果彼女はその両方を成し遂げた。

 彼女の偉業はまたたく間に世界中に広がり崇められ、7つの国が手を取り合うことを決めた後この世界の行く末を導く女王として君臨することとなった。


 それがヴィル星の現女王、マラリアである。


 彼女がそれらの活動に必死になったのには理由があった。それは、彼女は夫をその災害で亡くし、娘であるコビドはウイルスの感染者となったからだ。


 いわば復讐……それこそが彼女の原動力だった。


 ……………………


 …………


 女王マラリアにあてがわれた王宮の廊下をコビドが歩いていた。そんな彼女に正面から歩いて来たノロが声をかける。


「これはこれはコビド様。丁度良いところに」


「ん? ああ、ノロだぞ。なんのようだぞ?」


 ノロはコビドの友人であるサズとマズの後見人であるため、コビドとの関係は他の重鎮よりも気安い。


「実はコビド様の地球行きが決定したんですよ」


「そうなのか!? いきなり過ぎてビックリなんだぞ!?」


「ええ。急遽決まりましたので。ですから今すぐにでも出発していただきたいのです」


「これは大変だぞ。今すぐ準備するんだぞ! それから急いでママとサズちゃんとマズちゃんにも挨拶しないとだぞ!」


「それには及びませんよ。この決定を下したのは他でもないマラリアですから。それにこれは遊びではないので必要なものは全てこちらで用意します。あとは、サズとマズには私の方から伝えておきますよ」


「そうなんだぞ? ママの命令なんだぞ?」


「ええそうです。コビド様、あなたに下った命令は地球人の殲滅です」


 ――――


 コビドとノロは宇宙船が配備されている場所へとやってきた。そこには鮮やかな桃色に塗装された宇宙船が鎮座していた。


「おお! ピンクだぞ! すごくかっこいいんだぞ!」


 ピンクが大好きなコビドはワーキーな宇宙船を前に目を輝かせる。


「コビド様の好きなピンク色に塗り直しておきました」


「嬉しいんだぞ! ありがとだぞ! ノロは気が利くんだぞ!」


 コビドは前髪の左右のおさげをピョコピョコと揺らし飛び跳ねながら喜んで宇宙船に駆け寄った。そして宇宙船によじ登り上部のハッチを開き搭乗席に乗り込もうとする。そんな彼女をノロが呼び止めた。


「お待ちくださいコビド様。ひとつ大切なことを伝えておきます。――地球人殲滅は一筋縄ではいかないでしょう。ですからもしも任務の遂行に行き詰まった場合にはその宇宙船に搭載されている“最終兵器”を使用してください」


「うん。わかったぞ。それじゃあ行ってくるんだぞ!」


 こうしてコビドは単身地球に向けて出発した。


 …………


 コビドを送り出した後ノロは私室で休息を取る女王のもとへ足を運んだ。そしてコビドが地球へ旅立ったことを報告した。


「なんですって!?」


 マラリアの顔が一瞬にして青ざめる。


「ええ。コビド様がどうしても地球に行きたいと申し出てきまして。自らの意思で旅立たれました」


「どうして……」


 マラリアは唖然とするばかりだった。


「おそらく尖兵たちから連絡が途絶えたことをどこかで耳にしたのでしょう。その中には彼女の友人もいたみたいですし。助けに行ったのではないかと」


「な、なぜ止めなかったのです!?」


「何度も止めました。しかし聞き入れてもらえませんでした。それから女王陛下にも内緒にしてほしいと言われましたが、どうせすぐに皆の知ることになるだろうと思いこうやって報告に参ったのです」


「そう……ですか……」


「では、私はこれで」


 ノロは深く頭を下げて部屋を出て扉を締める。その顔は不敵な笑みで唇が歪んでいた。


 ――――


 一方地球に向かったコビドは悲劇に見舞われていた。


 宇宙船は自動で地球に向けて進むよう設定されていたが、地球に到着するまで何もすることのなかったコビドは暇すぎてコンパネを適当に弄ってしまったのだ。そのため進路が大幅に変わり、ようやくたどり着いた地球でも当初入力されていた着陸地点の座標がズレてしまったため、見事ビルに突っ込む形になってしまったのだった。


「いてて。頭打ったんだぞ。最悪だぞ」


 コビドは頭をさすりながら周囲の様子をモニターで確認する。そこには青空が映し出されていた。反対側のカメラに切り替えるとそこに映し出されたのは崩れたコンクリート。


 コビドの乗った宇宙船はビルに斜めに突き刺さっているためこのような映像になっていた。だが、そうとは知らない当人はどういう状況か理解できていなかった。


「ま、どうでもいいんだぞ。まずは地球人の殲滅だぞ」


 そう言ってコビドは何の躊躇いもなくノロに言われていた最終兵器のスイッチに手をのばした。

 どうにもならない時のための最終手段という事をすっかり忘れ、それはコビドの中で地球人を殲滅するための手段のひとつに置き換わっていた。そしてスイッチを押した。


『バッテリーノザンリョウガフソクシテイマス』


 しかし、機械音声がそう告げるだけで何も起こらなかった。


「おかしいんだぞ! 何も起こらないんだぞ!」


 コビドはムキになってボタンを連打した。


『ババッバババババッバッババババババッバ――』


「あはは。なんかこれ面白いんだぞ!」


『バッバババッテバッテバババッテバッテリーバッテバッテリーノザンリョウガフソクシテイマス』


「――って、遊んでる場合じゃないんだぞ!」


 コビドはハッと我に返り、何も考えずに宇宙船の外に出た。


 上部のハッチはめり込んだビルの壁に引っかかりほとんど開けることができなかった。それでもコビドの小さな体がギリギリ通れるくらいはあり、彼女はなんとか外に這い出ることに成功した。


「きっとマズちゃんだったらおっぱいが引っかかって出れなかったんだぞ……」そう言いながら自分の薄い胸を見る。「言ってて悲しくなってきたんだぞ」


 ハッチから這い出たコビドは地面に飛び降り斜めになった宇宙船を見上げた。


「なんかすごいことになってるんだぞ。これはきっと不良品だったんだぞ。――それよりもこれからどうすればいいかわかんないぞ」


 コビドはそのまま建物内を適当に歩き階下へ足を運ぶ。そして、いろはとターニャが入ってきた入り口とは逆の方角にある裏口から外に出た。通行人のほとんどはビルの正面に突き刺さった宇宙船を見ようと反対側に集まっていたため裏口の方にはほとんど人影はなかった。


「うぅん。地球はヴィル星とあんまり変わらないとこだぞ」


 コビドは初めて都会にやってきた人のように高いビルを見上げながら道を歩いていた。そのため前から歩いてくる2人組の男性に気づかずぶつかってしまった。


「あいたっ!」


「痛ッテェな、ゴラ!! どこに目ぇ付けて歩いてんだよクソガキが!!」


 ぶつかった男はオラ付いた態度で怒鳴った。


「どこって、目は顔にしかついてないんだぞ。おまえ頭悪いんだぞ? それとも地球人はいろんなとこに目が付いてるんだぞ?」


「はぁあん!? 何ワケわかんねぇこと言ってんだテメェ!! ぶっコロすぞ!!」


「落ち着けって、相手は子どもだろ?」


 もうひとりの優男がオラ付いた男をなだめようとするがオラ付いた男の怒りは収まる気配はない。


「何言ってやがる。オレは今このガキにバカにされたんだぞ!! ナメられたままで終われるかよ!!」


「おまえは言ってることおかしいんだぞ。おまえもあたしにぶつかったってことは、おまえもあたしが見えてなかったってことだぞ!」


 コビドが男を煽るような発言を続けた。


「ったりメェーだろーがよ!! テメェがチビすぎて視界に入らなかったんだからよ!! モンクあっかよ!! ああん!?」


「おまえ声でかいんだぞ。そんなうるさくなくても聞こえ――」


 コビドが言い終わる前にオラ付いた男がコビドの顔面を蹴り上げた。その衝撃でコビドの身体が地面に倒れた。


「お、おいやめろって! 子どもだぜ? しかも女の子だろ?」


「うっせぇ!! バカにされて黙ってられっかよ!! それにな、女だろうが子どもだろうが関係ねぇ。ただ、髪の毛ピンクに染めてるような勘違いしたガキにわからせてやろうってだけだよ!!」


 オラ付いた男は倒れ込んだコビドの胸ぐらをつかんで無理やり起こそうとする。


「いいかテメェ! あんまナメた口聞いてるとマジでぶっコロすぞ!! しかもぶっコロす前にお前を――がぼぁ!?」


 胸ぐらをつかまれたコビドはいきなり右手を男の口に突っ込んだ。そして次の瞬間男の顔の上半分がちぎれて吹き飛んだ。コビドが右腕をチェーンソーに変化させたことで男の顔が切断されたのだ。


「お前ムカつくんだぞ! 謝れなんだぞ!」


 しかし、オラ付いた男はすでに死んでいた。


「あ、あああ……」


 もうひとりの優男は突然のことに腰を抜かしその場に座り込んでしまった。


「よく考えたら、最終兵器なんか使わなくても自分で殲滅すればいいだけだぞ」


 そう言って、チェーンソーになった右手を尻餅をついた優男に向かって振り下ろした。それからコビドは街ゆく人を見つけては片っ端から殺していった。


 その果にコビドはいろはと出会うのだった。

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