最終話 最終兵器幼女 中編

「…………」


 爆発が終わってから一分ほどでいろはは顔を上げた。先程まで赤い化け物がいた場所には元の姿に戻ったサズが仰向けで倒れていた。


「消滅、してない……」


 サズはまだ生きていた。だが鎧を剥がすことには成功していた。


「今のうちにとどめを!」


 いろははなんの武器も持たずにサズに近づいていく。自分はもう人間ではない。どちらかと言えばサイコロリアンに近い存在であることを自覚したいろはは相手を素手で殴り殺せるだろうという確信があった。だがその前にサズが意識を取り戻してしまった。

 サズは頭を振りながら起き上がってその目に近づいてくるいろはを認めると驚愕の表情を浮かべた。


「なんで動けて――!?」


 いろはが大量の血反吐を吐く姿を見ていたサズにしてみればいろはが自由に動けているなんてありえないことだった。

 サズは慌てて立ち上がって自分の左手首を思いっきり引き千切った。


「ぐあっ!」


 痛みに耐えながらしとどに流れる血液を硬化させ間に合せの剣を作って構える。


 狂ってる……


 いろはは不快な表情でサズを見据える。いくら敵を迎え撃つためとは言え自分の手を犠牲にしてまでやることではない。だがそれ以上に自分もこれと同じ存在なのだということが彼女を心底不快にさせた。


「黙れ!! 今すぐオマエを殺しててやる!!」


 サズは叫びながら片手で斬りかかった。


 一方のいろははそれを躱そうともせず正面から受けた。サズの剣がいろはの左肩にザックリとめり込んだ。


「は?」


 あまりの呆気なさにサズは戸惑いの声をもらす。


「ハハ……あっはははは――!!」


 いろはは笑っていた。


「何よこれ……どういうこと!?」


 状況が理解できないサズは剣を引き抜いて距離を取ろうとしたが、それをさせまいといろはがその剣を左手で掴んだ。


「逃さない――あんたはここで死ぬんだよ!!!!」


 剣を掴んでいた左手を渾身の力で引き寄せるとそれに釣られるようにサズの身体が引き寄せられる。


「くそっ!?」


 サズは瞬時に剣から手を離そうとしたが、いろは彼女の髪の毛をつかんでそのまま地面に叩きつけた。


「ぐぎゅぶっ!?」


 それからいろは何度何度も執拗にサズの頭を地面に叩きつけた。サズはなんとか体勢を立て直そうとするも再生していない自分で引き千切った左手がアダとなって思うようにいかなかった。


「うグッ? ――ふごあっ。 げぎゃ……」


 いろはは抵抗の鈍くなったサズを仰向けにして、その口を無理やり開けてテラペタにもらった手榴弾の最後のひとつを無理やりねじ込んでいく。もはやロッチロに渡せという命令などどうでもよくなっていた。


「くたばれクソエイリアンっ!!」


 口にねじ込んだままの手榴弾のピンを抜いて退避しようとして――


「え?」


 体が動かなかった。見れば、サズの引きちぎられた腕から流れ出る血がいろはの足とくっついていた。まるで血が接着剤になったかのようにガッチリと固まっている。


 サズがブッと息を吹いて手榴弾を口から吐き出す。


「ひとりじゃ死なない!! オマエも道連れだっ!!」


「ふんっ!」いろはは鼻で笑う。「何が道連れよ。今のあんたに何ができるってのよ!!」


 サズは何も言わずただ天井を眺めていた。その視線に気づいたいろはが何気なく顔を天井に向ける。


「うそ……」


 そこにあったのは天井にめり込んでいた高機動車。マズが投げたあの高機動車。天井でぐらつくそれが今まさに地面落下しそうな状態になっていた。そしてその真下にいるのはサズといろはである。

 恐怖でいろはの表情がひきつる。だがそれも一瞬のことで、フッと乾いた息を吐いて相好を崩す。


 自分はもう人ではない。あれに押しつぶされたところで死ぬことはない。ただ少し痛いのを我慢すればいいだけだ――と。


 いろはは勝ち誇ったように視線をサズに戻す。する彼女は再び表情を曇らせる。サズの手に手榴弾が握られていたからだ。そしてそのピンを口に咥えていた。いろはが目を離した隙に無事な方の手でそれを回収していたのだ。


 巨大な重しに潰されても死ぬことはない。だがその手榴弾は別だった。


「ふざけるなっ!! やめろっ!?」


「ヤだね!」


 サズは嘲りの笑みを浮かべピンを引き抜いた。それと同時に天井の高機動車が落下。


「うわわわわぁぁぁぁぁぁっぁぁ――!!!!」


 いろはは慌てて回収しておいたナイフを取り出し自らの太ももに突き立てた。固まっているのは膝下。足を切断すれば逃れられると思ったからだ。痛みはあるが耐えられないほどではなかった。だから何度も繰り返し突き刺した。自分が嫌悪感を抱いた自傷行為を自らが行っている矛盾に気づくこともなく。


 でも、肉は切れても骨を断つのは無理だった。そもそも間に合うはずがなかった。ふたりはそれの下敷きになって、手榴弾が爆発した……


 ……………………


 …………


 ドコスタを含む7人の兵士はロッチロとの合流に向けて通路を進んでいた。しかし、彼女との再会を果たす前に彼らの目の前に現れたのはコビドだった。

 通路でコビドと鉢合わせした瞬間に兵士たちはコビドに向けて発砲、しかしそれはチェーンソーとなった彼女の右手によって容易く防がれてしまった。

 銃が駄目だと判断した者がナイフを手にコビドに特攻をかけようとする。


「ま、待って下さい! それでは無駄に命を散らすだけです!」


 ドコスタがそれを止めようとした。しかし……


「うるせえっ!! これが最も効率のいい戦い方なんだろ? だったらやるしかねぇだろ!!」


「そうだそうだ!! だいたい何であんたが俺らに命令してるんだ?」


「それは――っ。この中では自分が一番階級が上なので――」


 ドコスタはなぜ自分が責められているのかわからず、それでも冷静に自分の考えを述べた。


「はんっ! なにが階級だよ。みんな知ってるぜ、あんたは大した実力もないくせにただロッチロさんに気に入られてたから昇進したに過ぎないってな」


「そんなことは――」


 ない……と自信を持って言えないドコスタだった。


 対サイコロリアン討伐軍は、陸海空軍に所属する兵士の寄せ集めて作られた軍隊で、ドコスタは元陸軍に所属していた。そこで彼は特別な功績を上げたわけでもなく、どちらかと言えば弱卒の部類だった。にもかかわらず彼はロッチロの指名で対サイコロリアン討伐軍に異動になった。それと同時に階級も上がった。それが特別なことだということをドコスタは理解していた。


「お前は黙っとけ!! 俺がサイコロリアンとの戦い方を見せてやるってんだよ!!」


 兵士が踵を返してコビドの方へ向かおうとしたそのとき、コビドのチェーンソーが彼の腹を突き破った。


「お前ら話長いんだぞ。敵の前で話し込むとかバカなんだぞ」


 コビドは無慈悲だった。彼女はヒーローが変身し終わるまで待っていてあげるようなお行儀のいい子ではない。


 そうしてコビドはあっという間に兵士たちをチェーンソーで切り刻んでいき、気づけばドコスタひとりになっていた。

 殺らなければ殺られるというこの状況でもドコスタの中には少女――のような見た目をした敵――を攻撃することに躊躇いがあった。


 床に尻餅をついているドコスタに、今まさにコビドのチェーンソーが振り下ろされようとしていた。


 そんな時、彼が取った行動は――


「待って下さい!」


 大声で待ったをかけることだった。彼自身それでなんとかなるとは思っていなかったが、以外にもコビドの動きは止まった。


「なんだぞ?」


「……えっと、」まさかの事態に、次の言葉を用意していなかったドコスタは逡巡して。「あなたの目的はなんですか?」と、質問した。


「そんなの決まってるんだぞ。地球人を殲滅するんだぞ」


 それはこれまでのサイコロリアンの行動を見れば理解できることだった。次にドコスタはなるべく話を引き伸ばして時間を稼ごうと考えた。そしてもうひとつ対話によって事態を収集できないかとも考えた。

 ロッチロは無理だと断定したがドコスタはやってみる価値はあるはずだと思っていた。もしそれが成功すればこれ以上無益な争いをしなくていいはずだと。


「なぜ殲滅するんです? その先の目的は何なんですか?」


「ママに殲滅しろって言われたから殲滅するんだぞ。それが目的でその先は考えてないんだぞ」


「ママ……って、それだけの理由で地球人を殺すんですか!?」


「そうだぞ。ママはヴィル星で一番偉いんだぞ。ママが言うことは正しいんだぞ」


 その感覚はドコスタには到底理解できないものだった。星が違えば文化も違う。倫理観や道徳観だってそうだろう。そうとわかっていてもやはりドコスタには受け入れがたい事実だった。


「おかしいですよ! 君はまだ子どもだ。君のお母さんが本当に君のことを愛しているなら、君にそんな命令はしないはずだ!」


「子どもじゃないんだぞ! あたしは19歳だからもう立派なオトナなんだぞ!」


「大人だったら尚のこと、自分たちのやっていることが正しいことなのか間違っているのか自分で判断すべきですよ。子どもは親の操り人形じゃないんですよ?」


 ドコスタは明らかに子どものような見た目をしているコビドがオトナだとはどうして思えなかったが、それは惑星の違いによるものだと判断しそれを受け入れ冷静に会話を続けようとする。


 ……が、コビドの方はそうは行かなかった。


「ママの悪口を言うやつは許さないんだぞ!!」


 ドコスタは知らぬ間にコビドの逆鱗に触れていた。コビドは止めていた手をドコスタに向かって振り下ろした。ドコスタは声を出す間もなく、その場に転がる死体の仲間になった。コビドは何事もなかったかのようにその場から立ち去った。


 それから数分後、ロッチロの隊がその通路を通りかかった。彼女の目に飛び込んできたのは変わり果てた姿となったドコスタだった。


「ドコスタ君!? ドコスタ君ッ!!」


 ロッチロはドコスタの遺体を抱きかかえ叫んだ。しかし彼の体は彼女の腕の中で力なくダラリとなるだけだった。


「そんな……そんなことが――!」


 ロッチロはゆっくりとドコスタをその場に寝かせた。


「ゆるさんぞ!! サイコロリアン!!」怒りに震えながら立ち上がる。「よく聞け! お前たちはこのままサイコロリアンを追え! 私はこれから制御室に向かう!!」


「え? なぜですか?」


 ロッチロのの行動の意図が理解できず疑問を口にする兵士。そんな彼をロッチロがギロリと睨みつけた。


「不服か……?」


 これまで聞いたことのないおどろおどろしい声に兵士はすくみ上がる。


「い、いえ! 失礼しました! ――我々は引き続きサイコロリアンを捜索します!」


 その場にいた全員が逃げるようにその場から去っていった。


「待っていろドコスタ君。君の仇は必ず取ってやる!」


 力強く拳を握ってロッチロは制御室へ向かった。

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