最終話 最終兵器幼女 後編
ロッチロは制御室の扉を勢いよく蹴り飛ばして開けた。その音に驚いた兵士たちが一斉に扉に向かって臨戦態勢を取る。
「な、なんだロッチロ中佐か。驚かすんじゃない、まったく……」
緊張を解きながらダイアンが悪態つく。
「今すぐすべての隔壁を上げろ」
ダイアンに突っかかることなくロッチロは冷徹な声を制御室内に響かせた。
「な、何を言い出すかと思えば。さっきも言ったが我々はサイコロリアンから身を守るためにだな――」
「聞こえなかったか? 今すぐ、すべての、隔壁を、上げろ」
ただならぬ雰囲気を感じ取った兵士のひとりが隔壁を上げるためコンピュターを操作しようとすると、ダイアンがそれを止めた。
「やめんか!! ここの指揮官は私だぞ!! ――だいたいだな、君がさっさとサイコロリアンを駆逐していればこんなことにはならなかったのではないのかね? うん? グレゴリー大佐もギャリコ大尉もサイコロリアンと戦って命を落とした。だが貴様はどうだ? やったことと言えば『BUTABAKO』の囚人を使って罪のない民を殺したことと軍事車輌を数台おしゃかにしたことくらいだ。そんな無能な人間に私に命令する権利など断じてない!!」
「いいから隔壁を上げろ……」
ダイアンの言葉はロッチロの耳には届いていなかった。
「だめだ――ッ。……」
ダイアンが言った瞬間ロッチロは腰だめに構えていた銃を何の躊躇いもなく撃った。弾は恰幅のいいダイアンの腹を貫通し彼の体は床に倒れてブヨンと波打った。
ロッチロはすぐさま銃を別の者に向けた。
「貴様も死にたいか?」
「ひいいいぃっ!?」
「情けない声を上げるな!! さっさと隔壁を上げろ!!」
銃を向けられた兵士は急いで隔壁を上げる作業に取り掛かった。
……………………
…………
対サイコロリアン討伐軍本部。地下3階――
そこにコビドの乗ってきた宇宙船があった。
「ついに見つけたんだぞ……」
コビドはいつになく真剣な表情でピンク色の宇宙船を見上げる。そして、上部にあるハッチを目指して宇宙船をよじ登り始めた。
ロッチロが地下格納庫にたどり着いたのは、コビドが羽化のために木を登るセミの幼虫のように宇宙船をよじ登っているところだった。
「見つけたぞ!! サイコロリアン!!」
ロッチロは叫ぶと同時に銃を構えコビド目掛けて撃った。しかし銃弾はギリギリで外れた。
「うわ!? 危ないんだぞ!?」
驚いたコビドがほんの少しずり落ちる。コビドが振り返って確認するとそこには烈火の如く怒りを湛えたロッチロが銃を自分に向けているところだった。
「ヤバいんぞ!! 急がないとだぞ!!」
コビドは宇宙船をよじ登ることに集中する。そこへ再び銃弾が届くがそれも外れた。今度はコビドは振り返らなかった。
ロッチロは軽く舌打ちし、今度は絶対外さないようにと心を落ち着かせる。新しい弾を込めようとポケットに手を入れた。
「……は?」
しかしそこにあるはずの弾はなかった……
「なぜだ!? どういうことだ!?」
ロッチロは頭の中で弾の勘定を始める。
最初にもらった弾丸は7発。――日の国でコビドに1発、インフェルに1発、いろはが止めに1発。花山総司令に渡したのが1発、そして今コビドに向けて撃ったのが2発。
「どう考えても足りないではないか!! 落としたのか――この私がそんなミスを犯すなどと!!」
実際は制御室でダイアンに向けて撃った1発を足して合計7発になる計算だが、あの時の出来事は冷静さを失くしていたロッチロの頭から完全に抜け落ちていた。
「クソがッ!!!」
ロッチロは手にしていた銃を放り捨て宇宙船に駆け寄った。そしてコビドと同じ要領でそれをよじ登り始めた。――が時既に遅し、コビドは宇宙船の上部にたどり着き中へ入ってしまった。
宇宙船に乗り込んだコビドは急いでバッテリーを交換し、最終兵器発動のスイッチを押した。
『最終兵器発動承認。搭乗者ハ座席ニ深ク座ッテ下サイ』
コビドが機械音声に従い椅子に座り直すと、突然椅子から出てきた拘束具によって身体を固定されてしまった。
「うお? なんだぞ? 取れないんだぞ?」
コビドは手足に力を込めるがサイコロリアンの力をもってしても、ガッチリと固定された首、胴、手、足の枷は外れなかった。コビドの身体が椅子に固定されると今度は船体内部から先に針のついたチューブが複数出てきて、それがコビドの体のいたるところに刺さった。
「い、痛いんだぞ!? なんなんだぞ!? 最終兵器ヤバいんだぞ!?」
なんとか逃れようともがくコビド。その時正面のモニターが自動的にオンになった。そこに映し出されたのはヴィル星にいるノロだった。
「ノロ!? ノロなんだぞ!?」
『おやおや、これはこれは。また随分と変わり果てたお姿で……。それにしても最終兵器始動まで結構な時間を要しましたねえ。コビド様のことですから地球に着いた瞬間に最終兵器を作動させるだろうと思っていたのですが』
「ほんとはそうしようと思ったんだぞ。でも、バッテリーがなくてできなかったんだぞ」
『そうですか。まあ、コビド様らしいと言えばコビド様らしいですね。ともあれ最終兵器が発動できて何よりです』
「そんなことよりなんかヤバいんだぞ。変な管がいっぱい出てきて刺されたんだぞ。今すぐ外してほしいんだぞ」
『できません。なぜならコビド様は最終兵器の起動に必要なパーツなのですから』
「……ノロ? 冗談言ってる場合じゃないんだぞ!」
『冗談などではありませんよコビド様――』
ノロは画面の向こうで不敵な笑みを浮かべた。
『
ヴィル星圏内に降下してきたウイルスを搭載した鉄の箱をデブリと勘違いして破砕したのは隣国の防衛軍だった。それが原因で搭載されていたウイルスがノロの治めている国に降り注いだ。もしそれを撃っていなければこんな自体になっていなかったのではというのがノロの考えだった。
『私は地球への復讐など一切望んでいなかった。私が真に望むのは自国の民の幸福。――だが世間では地球への復讐を支持する声が多く、それを扇動しているのはほかでもないあなたの母、マラリア女王です』
「それならママに相談すればいいんだぞ?」
ノロはわざとらしく盛大なため息を付いた。
『あなたは何もわかってない。言っても変わらなんですよ。私のような弱小国家の長ひとりの意見で世界の行く末が変えられるとでも思っているんですか? むしろ反感を買うだけです。――いいですか。他国の支援なしではやっていけないということは、すなわち我が国の民を人質に取られているも同義なんです。私は逆らえないんですよ、……誰にもね。そこで私はこう考えたんです、ならば自分が上に行けばいいのだと』
そう考えた時ノロの壮大な計画が始まった。彼の考えたその計画は王位簒奪だった。方法は至極単純、マラリアを手篭めにし自分との間に子を儲け、その子どもの摂関を務めることで間接的に実権を掌握すればいいだけ。
だがそれには懸念もあった。
マラリアとの間に子どもを作ったとしてもマラリアが生存している限りはヴィル星の政治は彼女が担うことになるのでノロは口出しすることはできない。仮に子どもが生まれたあとでマラリアを亡き者にしたとしてもコビドがいる。彼女が嫡子であることは周知の事実でその存在をなんとかしないことには彼の計画はままならない。しかもコビドは簡単には死なないという特異体質で暗殺等は不可能。そこでノロが導き出した答えはコビドを手の届かない所に送るとういうものだった。
そしてノロは報復のために地球へ兵を送り込む計画を利用してまんまとコビドを地球へ送り出すことに成功した。この段階で彼の計画の半分以上は成功と言えた。
「そんなの無理なんだぞ。ママは今でもパパが好きなんだぞ! いつも一緒にお墓参りに行ってるんだぞ! だからノロを好きになったりしないんだぞ!」
『そんなことは百も承知ですよ。ですので今からあなたには死んでもらいます。そしてあなたが死んだことを女王に報告すれば彼女はひどく悲しむでしょう? そこに優しく声をかければたとえ身持ちの硬い彼女と言えど……。まあ、それでもなびかないのであれば無理やり計画を実行するだけです』
「――!? ママに酷いことしたら許さないんだぞ!!」
コビドは怒りのあまり画面に向かって叫んだ。
『心配しなくとも丁重に扱いますよ。まあそれも次代を担う新たな子が誕生するまでですけどね……』ノロはアハハとひとしきり笑った。『――話は終わりです。では最終兵器始動!!』
ノロの声に反応するように装置が動き出し、コビドの身体に刺さったチューブが彼女の血液を吸い上げ始めた。
「ふざけるなだぞ! 絶対に許さないんだぞ!」
コビドが体を動かせる範囲で暴れてなんとか拘束を解こうとする。だが少しずつ血を抜かれコビドの顔がみるみるうちに青ざめていくと徐々に威勢のよさが失われていく。
「う……あぁ? なんか……気持ちわるいぞ……」
『その装置はあなたの体内に流れるウイルスを吸い上げ、増幅し、地球上にばら撒くというものです。なけなしの予算を投入して完成させた秘密兵器ですよ!』
コビドを地球へ送ったとしてもちょっとやそっとでは死なない体質であることに変わりはない。それ故に万が一ヴィル星に帰還することも考えられた。だからノロは念には念を入れてこの兵器を密造させたのだった。
「ママ……」
コビドの身体に巣くっていたウイルスが装置に吸収されていく。彼女の体内から体の成長を阻害していたウイルスが取り除かれると、抑圧されたエネルギーが開放されるかのように彼女の体が一気に成長を始める。
手足が伸び体つきも女性らしいものへと変貌する。しかしそこからさらに血液が失われるとコビドはまるでミイラのように干からび、特徴的な桃色の髪も一気に白くなった。
人の一生を体現するかのように、子どもから老体へと成長する過程を早回しで再生する映像を見ているようだった。
『なんと醜い……』
ノロは干からびていくコビドに吐き捨てるように言ってそのまま通信を切った。
「マ――んマ……た、す、け……て……」
コビドはか細く
だがその声も遠き母星にいるマラリアには届かない。
「ママ……。マ……マ……」
消えたモニターをじっと見つめ、コビドは命の炎が消えるそのときまで母に向かって助けを求める。
「……ゆ……ゆるざない……らぞ……」
ノロに対する恨みが募る。コビドは心中で彼に対する復讐の念を増大させていく。
しかし――
「いつか……いづ、か……」
コビドの首がもたげ動かなくなった。
彼女の復讐が成就する日は永遠にやってこない――
……………………
…………
コビドの生体エネルギーを根こそぎ吸収し終えた宇宙船が光熱を帯び淡い光りに包まれる。
「何だ……? え、あ!? あ、あ、うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
船体にしがみついていたロッチロの身体が骨も残さず一瞬にして蒸発し、淡い光はさらに膨張していく。
ひとり基地から逃げ出そうとしていたヨラン中将がようやく隠し通路を抜け、近くに停めてあった車に乗り込み急いでエンジンをかける。その瞬間、彼は車ごと光りに包まれ蒸発した。
膨れ上がった光は周囲の広い範囲を巻き込むようにして爆発。爆炎の中から一筋の光が天に登る。それは遙か上空で傘を開くように徐々に手を伸ばして広がっていき地球の表面を覆った。しばらくの間宙空に滞留していた光の膜は小さな粒となって世界各地に降り注いだ。
まるで煌めく雪が降るようなその現象に世界中の人々が目を奪われる。しかし、それは紛れもない最終兵器の産物であった。
地球人たちはそれとは知らずにその幻想的な光景に酔いしれる。だが確実に彼らを蝕んでいた。
そして……
この光の粒子を浴びた者たちの中に後に特殊な力に覚醒める者があらわれ、それがまた新たな戦いの火種となるのだが……
それはまた別のお話――
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