第23話 ヴィル星やつら 中編

 十分に泣きはらして落ち着きを取り戻したインフェルは、楡の木に背を預けるようにして芝の上に座った。


「コビドちゃん。助けてくれたのは嬉しいけど、ネコぐるまレース勝負を受けるのはまずいよ」


「そうなんだぞ? でもああでも言わないと追い払えなかったんだぞ」


「そうだよ~。そうじゃないと~、チョキチョキされちゃうよ~」


「う……たしかにそうだけど。でも、彼女……エボラはうちの学園のネコ車部のエースなんだよ。――コビドちゃんネコ車レースの経験ある? もしないなら初心者の付け焼き刃でどうこうできる相手じゃないよ」


「だとしてもやるしかないんだぞ! やらなかったらインフェルちゃんが切り刻まれちゃうんだぞ!」


 コビドの自身はまったく根拠のないものだったが、その姿にインフェルは救われた気持ちになっていた。


 …………


 後日、エボラから正式なレースの日取りとルールの詳細が伝えられた。


 レースが行われるのは一週間後。会場は学園内にあるネコ車レース専用のコース。ルールはデスマッチ形式となった。コビドは早速このことをインフェルに伝えた。


「とんでもないことになったよ……」


 コビドの説明を受けたインフェルが神妙な面持ちで言った。


 ヴィル星でポピュラーなスポーツの1つに数えられるネコ車レースは二人一組で行うレースで、最低5組から最大16組で順位を競い合うスポーツだ。

 基本的なルールは、ひとりが操手そうしゅとなってネコ車と呼ばれる一輪車を押して走り、もうひとりが従手じゅうしゅとなってネコ車の荷台部分に乗ってバランスを調整する。


 そして今回行われるデスマッチ形式とは、そのルールに一部改良を加えたものである。その改良された部分というのは本来許されていない他車への妨害が可能というものだ。荷台に乗ってバランスを取る役目を担う従手が対戦相手に対して妨害行為が行えるのだ。

 ネコ車レースでは転倒するなどして従手が荷台から落ちたら即失格となる。また、ネコ車が著しく破損するなどしてもアウトである。これはレース中にネコ車を故意に破壊したり変形させたりすることで走りやすくするのを防ぐためである。

 デスマッチ形式ではこれらを逆手に取り、失格を狙い他のチームのネコ車を攻撃したり、転倒させたりするのである。しかも、妨害を加えるための武器の持ち込みも許さている。武器を荷台に積んで走る分操手の負担が大きくなるがそこは駆け引きの問題である。


 ちなみにこのデスマッチも本来なら5組から16組で競い合うのだが今回はタイマン形式である。


「エボラさんの操手としての腕前は言わずもがな。そしておそらく従手を勤めるのはいつもバディを組んでるデングさん。正直勝ち目はない。それに……」インフェルはコビドの顔をじっと見つめ、隣りにいるマズに視線を移した。「ボクはコビドちゃんたちが傷つくのを見たくないよ」


「大丈夫だぞ! 怪我してもすぐ治るんだぞ!」


「うんうん!」


「それに友だちのために頑張るのは当たり前のことなんだぞ」


「コビドちゃん……」何を言っても引き下がるつもりがないとわかったインフェルは覚悟を決めた。「わかった。そこまで言うならやれるだけのことをやってみよう」


「頑張るんだぞ!」


 3人は「おお!」と拳を天に突き上げた。


 ……………………


 …………


 ネコ車レ-スの日取りが決まってから、コビド、マズ、インフェルの特訓が始まった。


 まず最初にレース用のネコ車を用意しなければならなかった。ネコ車のサイズと重量には世界基準がありその範囲内でならどんなものでも出場できる。そこでコビドは女王の娘という立場を使い金に物を言わせ丈夫で軽いネコ車を特注し、それをたった1日で作らせた。


 次に操手と従手の組み合わせ決め。最初はパワーに自身があるマズが操手になるべきだとインフェルが提案したが、彼女には足が遅いという欠点があった。デスマッチのルール上相手を失格にしてしまえばたとえ足が遅くても勝つことは出来るのだが、スピードで差をつけられてしまったら妨害行為以前の問題なので、操手はコビドでマズが従手を務めることとなった。


 操手と従手の組み合わせが決まり、いよいよ実際に走ってみることになった。コビドの家の敷地はムダに広いので実際のコースでなくとも十分練習になった。


「それじゃあ準備はいい?」


「大丈夫なんだぞ!」


 コビドはネコ車の持ち手を握る。


「マズさんはバランス担当だよ。攻撃することはまだ考えなくていいからとにかくバランスを取って安定した走りができるように専念して」


「わかった~♪」


 荷台に乗ったマズは振り落とされないように荷台の縁に捕まる。


「それじゃあ……スタート!!」


 インフェルの掛け声とともにコビドは猛ダッシュでネコ車を押した。50メートル先にあるコーンを回ってスタート地点に戻ってくるだけのシンプルな練習。しかし、勢いをつけすぎていたコビドはそのままのスピードではコーンを曲がる事ができず急ブレーキをかけた。すると慣性が働いて荷台に乗っていたマズがはるか遠くへ飛ばされ生け垣の中に突っ込んだ。


「あ、失敗しちゃったぞ!」


 コビドが慌ててマズが落下した生け垣へ近づくと、葉っぱだらけになったマズが這い出てきた。


「コビドちゃーひどいよ~」


 マズは涙目になりながらコビドを見上げた。


 3人の練習はまだ始まったばかり……


 …………


 練習開始から3日が過ぎコビドとマズの走ることに関する仕上がりは上々だった。しかしここまでの練習はあくまでネコ車レースの基本で、デスマッチルールの練習はここからが本番と言えた。


 従手は荷台の上でバランスを取りながら相手に攻撃を仕掛けたり防いだりしなくてはならない。そしてそれに合わせて操手がスピードを調整する。

 この練習は実際に対戦相手がいなければ練習にならないということで、急遽マズの姉であるサズが練習に加わることになった。普通のネコ車をもう1台用意してインフェルが操手にサズが攻手になって実戦形式での練習を始めた。


 しかし……


「おねえちゃーいたいよ~」


 サズの放った練習用のゴムボールがマズの頭に命中すると彼女は不満げに頭を擦る。それを見たサズは自らネコ車を下りてマズに駆け寄った。


「大丈夫!? ごめんねマズ……」


 仕切り直して練習を再開するも、サズはマズにボールを当てたくないと言い出して一切攻撃しなくなった。サズは妹のマズに対して過保護すぎるためまったく練習にならなくなってしまった。

 インフェルが操手と従手を逆にしようと提案したが、サズはマズが誰かに傷つけられるのが嫌だと言う理由でそれを全力で拒否した。結局攻撃面の戦術に関してはインフェルが言葉で説明するというやり方を取るしかなかった。


 そうしてあっという間に1週間が過ぎ……決戦当日を迎えることとなった。


 ……………………


 …………


 決戦当日の朝、学園内は異様なくらい盛況であった。女王の娘がネコ車レースをするというウワサはこの1週間で世界中に広まり、近隣に住む人たちはその勇姿をひと目見ようと学園内に押しかけていた。また各種メディアも来場しレースの様子は全世界に中継されることになった。


 そんな中、コビドとマズはネコ車レース会場の受付へと足を運んでいた。


「コビド様とマズ様ですね。チーム名はお決まりですか?」


「チームのなまえ~?」


「そんなの全然考えてなかったんだぞ?」


「今回のレースはテレビ中継されますので実況用に名前を決めていただきたいのです」


 コビドとマズはその場でチーム名を考えることになった。


「どうするの~?」


 マズに問われ、しばし考え込むコビド。そして閃いたと言わんばかりに手を叩いて、


「こういうときは好きな食べ物の名前にすればいいんだぞ! マズちゃんの好きな食べ物教えてほしいんだぞ!」


「うんとね~。マズちゃんはチョコバナナがいい~!」


「わかったぞ。そしたら次はサズちゃんの好きな食べ物を教えてほしいんだぞ」


「おねえちゃー? なんで~?」


 どうして関係ないサズの好きな食べ物を訊くのかとマズは目をパチクリさせる。


「サズちゃんも仲間に入れてあげないとかわいそうなんだぞ」


「あ、そっか~! コビドちゃーやさしい~!」


「そうでもないぞ。――で、サズちゃんの好きな食べ物はなんだぞ?」


「うんとね~。ちんみがすきってゆってたよ~。とくにはちのこがすきって~」


「はちのこ? 聞いたことない食べ物だぞ。サズちゃん変わってるぞ」


「うん。マズちゃんもそうおもうよ~♪ おねえちゃーはへんたいさ~ん♪」


「それ、絶対に本人に言っちゃダメなんだぞ……。あとはインフェルちゃんの好きな食べ物はわかんないから今回はパスなんだぞ。それで、あたしは肉まんが好きだからチームの名前は『珍味のはちのこ肉まんバナナ号』で決まりなんだぞ!」


「わ~! かっこいいね~!」


 コビドはチーム名を受付の人に伝えた。すると、文字数制限の関係で短くしてほしいと言われた。


「短く……? だったら『珍肉バナナ』なんだぞ!」


 すると、受付にタイミングよくエボラが現れた。例のごとくたくさんの取り巻きを連れていた。


「まあ! 聞きましたか皆さん!」


 聞こえよがしに言って一緒にいる取り巻きたちに同意を求める。


「『珍肉バナナ』だなんて、なんて卑猥な響きですの! それを口にしなければならない実況の方が不憫でなりませんわ!」


 取り巻きたちもザワつく。


「ひわい~? どこが~?」


「そんなの決まってるんだぞ! エボラちゃんの頭の中なんだぞ!」


 コビドが言うと、周囲にいた者たちの間に小さな笑いが起こった。


「んま!? な、なんですって!!」


 エボラは顔を真赤にして怒り、たまたま近くにいた取り巻きのひとりの頭を叩いた。完全にとばっちりだった。


「ま、まあいいですわ。その、ちんなんとか号もワタクシたちのサラマンダー号でギャフンと言わせてあげますわ。――オーホッホッホッホ」


「皿何枚だーってなんなんだぞ?」


「さらやしき~?」


「ぐ……。バカにできるのも今のうちですわよ。たとえ相手がコビド様でも手加減はしませんから」


「望むところなんだぞ!」


 コビドとエボラは熱い火花をちらした。


 ……………………


 …………


『さあ! 試合開始の時が刻一刻と迫ってまいりました! 今日はなんと! マラリア女王陛下のご息女、コビド様がネコ車レースに出るということで世界中が沸き立っております! 会場は王女様の通う王立学園。そして対戦相手となるのが学園のエースであるエボラ選手のチームとなっております』


 珍肉バナナ号とサラマンダー号がスタート位置に着いた。


「オーホッホッホッホッホッホ!! 逃げずにここへやって来たこと……その意気だけは認めてさし上げますわ!!」


 エボラが口元に手を当て高笑う。


「当たり前なんだぞ。この勝負に勝たないとインフェルちゃんが大変なことになるんだぞ」


「ふん。まだそのようなことを……。まあいいですわ。コビド様には本物のネコ車レースというもの見せてさし上げますわ。……ええ、たとえ相手が女王の娘であるコビド様でも手は抜きません!」


 コビド、エボラの両者がそれぞれのネコ車の持ち手を握る。それぞれの荷台に乗ったマズとデングも気を引き締めた。


 スタート地点で真剣な表情のコビドを観客席から見つめるインフェル。彼女は胸の前で手を組んで祈るようにコビドの名をつぶやく。

 その隣では、サズが「マズにゲガさせたら承知しないわよ」とコビドに向かって叫んでいた。


 そして――


 スタートの合図の空砲が鳴り、二組は一斉にスタートした。

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