第14話 ヴァイオレンス・ネヴァーデッデン 後編

 ロッチロの作戦が開始される数分前――


 集団を離れひとりで行動している男がいた。オーガだった。


「チッ。シケてんねェ」


 オーガはもぬけの殻になった家に勝手に上がり込み金品を物色していた。


 オーガは自分を捕まえたロッチロの性格をよく理解していた。彼は端っからロッチロの依頼をまともに受ける気はなく、外に出た後で依頼を放棄して逃げ出すことを考えていた。ただ普通に逃げようとしてもすぐに捕まってしまうのがオチ。だから彼はかつての仲間たちを集め騒ぎを起こしてその混乱に乗じて逃げようと考えたのだった。


 ロッチロがオーガを利用しようとしたように、オーガもまた仲間を利用したのだ。そしてオーガは逃げ延びるために必要最低限の金品を物色していた。


 オーガは少ない報酬をポケットにねじ込んで家を出るのと、その家の正面にあった瓦礫の山の中からコビドが顔を出すのは同時だった。


 2人はバッチリ視線が合った。


「うわ!? 筋肉星人だぞ!?」


「こいつが例のあれか……」


 驚くコビドとは対照的にオーガは冷静だった。 コビドは急いで瓦礫から出て右手をチェーンソーに変えて構える。


「――ま、そうなるわなッ!」


 チェーンソーを構えるコビドに相手に怯むことなくオーガは地を蹴って拳一本で挑む。


 コビドは向かってくるオーガにチェーンソーを振りかぶるがいつも以上に切れがなく、チェーンソーに振り回されるようによろめいた。


「うわぁ、なんか調子が出ないんだぞ?」


 原因は空腹である。


 オーガはよろめくコビドに鉄のような拳を振り下ろした。


「ぐえぇ!?」


 コビドの身長は120センチ、体重はおよそ30キロ。片やオーガの身長は2メートルを超え体重も100キロを超えている。その圧倒的体格差から繰り出される渾身の一撃をまともに食らって、コビドは潰れたカエルのような声を出して地面に伏した。


「なんだァ? エイリアンッてなァこんなもんかよ?」


 本来ならコビドの力はこんなものではなかったが、そうなってしまっている背景をしらないオーガは完全にナメきっていた。


「――はんッ! こんなのに苦戦してるなんて軍の連中も終わッてんなァ!!」


 オーガは地に伏すコビドの髪の毛を掴んで軽々と持ち上げて瓦礫の山に向かって思いっきり投げ捨てた。


「痛い……んだぞ……」


 コビドくらいの体型の地球人なら死んでいてもおかしくないが、そこはサイコロリアン。コビドは生まれたての子鹿のように四肢をぷるぷる震わせながらなんとか立ち上がろうとする。


 オーガは息も絶え絶えと言ったコビドの様子に心を痛めるようなことはなかった。むしろ『BUTABAKO』に入れられる以前の調子を取り戻し生き生きとしていた。


「いいじャねの!! 殴ッても殴ッても死なねェッてなァよォ!! 生きたサンドバッグだぜェこりャア!!」


 立ち上がろうとするコビドの背中を思いっきり踏みつけ。更に頭を蹴り上げる。その一撃でコビドは完全に気を失った。それでもオーガは暴行を加え続けた。傷口から大量の血を流し骨が折れても、ちょっと時間が経てば修復が始まる。殴っても殴ってもその形跡が消えてゆくことがオーガの嗜虐心に火を点ける。だがそれもしばらく続けば嗜虐的な感情は徐々に煩わしさへと変化する。


「チッ! まだ死なねェのかよコイツはよォ!!!」


 一切の反応がなくなりまるで人形のようになったコビドの胸ぐらを掴んで渾身の一撃を叩き込もうとしたその時だった。


 ズドン――という轟音が町中に響いたかと思うと、ほんの少し離れたところで爆発が起こった。


「何だ!?」


 オーガが反射的に爆発音がした方に視線を向けると、また、ズドン――という轟音が響く。偶然にもオーガはその音が聞こえるのとほぼ同時に遠くに見える丘の上に白煙が上がるのを見ていた。


「オイオイオイオイ!? メチャクチャじャね―かよッ!!」


 オーガは慌てて掴んでいたコビドを投げ捨て姿勢を低くして比較的安全な場所まで移動し身を隠す。すると先程まで自分がいた場所に砲弾が打ち込まれた。


「間一髪じャねェかよ……」


 その後も町に向けて数発の砲弾が打ち込まれ続けた。


 ……………………


 …………


 ロッチロのもとに無線通信が入った。


『中佐。間もなく弾が底をつきます』


「そうか。とりあえず全弾撃ち尽くすまで砲撃を続けろ」


『すべてですか?』


「ああ、そうだ。何か問題でも?」


『い、いえ。ではこのまま砲撃を――ん? ゲボっあ!?』


 通信の相手が突如嘔吐したみたいな声を出した。


「おい? どうした?」


 しかし返事はなかった。


 ロッチロは急いで双眼鏡をを使って通信相手の乗っていた戦車が配置された場所を確認する。


「何!?」


 すると、なぜかそこにある戦車の砲身がこちらに向いていた。


「ドコスタ君! 伏せろ!」


「え? は、はい!」


 2人はその場に伏せると次の瞬間、戦車の砲弾が頭上を飛んでいく。そして後方に止まっていた戦車に直撃した。


「これはいったい……!?」


「わからん。だが異常事態が発生した。このまま安全なところまで後退するぞ」


 ロッチロとドコスタは身を低くしたまま移動を開始した。


 ……………………


 …………


「今のは……?」


 物陰に身を隠しながら周囲の状況を確認していたオーガは一台の戦車が別の戦車に攻撃する瞬間を見ていた。


「おいおい。この状況で仲間割れかァ?」


 その疑問に答えるかのように、町を狙っていた戦車の砲塔はターゲットを変え次々と別の戦車に対して攻撃を始めた。しばらくその様子を眺めていると、やがて砲撃が収まった。オーガは物陰からヌッと頭を出し周囲の状況を確かめる。戦車が停まっていた丘の上には黒煙が立ち上っていた。


「アイツらあんなに戦車用意してたのかよッ!?」


 ところどころに立ち上る煙の数で戦車の総数は丸わかり。オーガはその多さに辟易とする。町の方を見渡せば砲弾を打ち込まれたのは最初の数発で、巻き上がっていた砂煙もすっかり収まっていた。


 オーガは町を歩く。戦の後――あるいは跡――の寂寥とした雰囲気は、BUTABAKOに閉じ込められ外界との交流を一切絶たれていたあの感じを思い出させた。


「俺様は自由になッたッてことかい?」


 その質問に答える者はいない。


 町のいたる所には死体が転がっていた。そのほとんどが、コビトとマズが暴れまわった結果死んでいった町の者たち。そのほかにはオーガに誘われて集まった者たち。


 生きている人間は確認できない。


 そんな中、オーガは地面に転がるひとりの少女に目が止まった。ほかが原型を留めていない死体ばかりなのにそれだけが割ときれいな状態だった。


「マジかよ……、こいつまだ生きてやがんのかよッ!?」


 それは死体ではなく気を失っているコビドだった。身体の至るところに怪我を追っていて、左腕が消し飛び、片足も変な方向に折れ曲がっていたがまだ生きていた。そして失くなった左腕の傷口が小さく蠢き少しずつ再生が始まっている。


「マジのバケモンかよこのガキはよォ!?」


 ありえない状況を目の当たりにしたオーガは、人間相手には抱いたことのなかった恐怖という感情を抱いていた。


「再生されちャかなわねェ。今のうちにトドめを――」


 地面に倒れるコビドに襲いかかろうと体勢を低くし拳を振り上げたその時、オーガはその振り上げた腕に強烈な痛みを感じた。


「ぐおわァッァァァ――!! ……はァあ?」


 オーガは自分の振り上げた腕を見て度肝を抜かれた。手首の先がなくなっていたのだ。それも鋭利な刃物で切断されたかのように綺麗に切断されていた。


「なッ――、なんじャこりャあァああ!!?」


 理解できない状況に混乱するオーガ。そんな彼に近づいてくるひとりの少女がいた。歳は15歳ほどに見える端正な顔立ちの少女。空色のグラデーション柄のワンピースを着た彼女は艶やかな菫色の長い髪を風に揺らしながら整然と歩いていた。


「な、なんだテメェ……」


 その存在に気がついたオーガが言う。


 彼女は何も言わなかった。だが静かな怒りを湛えていた。そして菫色の髪の少女は目を瞑り両手の手で拳を握って強く念じ始めた。


「あァん? 何してんだテメ……ェ?」


 首に違和感を感じたオーガが左手でそこに触れるとヌメりとした感触があった。血だ。オーガの首には真一文字の傷が出来上がっていた。そして察した。


「まさかテメェ……?」


 ――が、遅かった。


 次の瞬間オーガの首は切断されゴトリ……と地面に落ちた。


「ふぅ……」少女は息をついて、「もう大丈ですよ。コビドちゃん」


 気を失ったコビドに微笑みかけ、傷ついた彼女を抱えて町の外に向かって歩いた。

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