第15話 ボムボムぷりん 前編
のどかな町を突如襲った一連の事件は、その町を襲った犯罪者集団を鎮圧するために軍が出動したという筋書きとなった。オーガの存在は当然のように隠蔽された。
この報道により世間からは「軍を出動させるまでの事態だったのか?」、「本当にその必要があったのか?」と疑問の声が上がった。
前回の街中での砲撃騒動も相まって、庶民たちの軍に対する信用はガタ落ちだった。こうなると誰かが責任を負わなければならなくなり、それは直接指揮を取っていたロッチロに向けられた。
「前回の警告通りだよ。何か申し開きはあるかい?」
「いえ……ありません」
今回の作戦の失敗はロッチロ自身もひどく責任を感じていた。仲間を失ったことや戦車数台を台無したことよりも己自身の甘さを強く責めていた。
突如味方に向けられた戦車砲……あのタイミングで仲間が裏切るはずもなく、考えられるのは別のサイコロリアンが潜んでいたということ。彼女は完全に油断していたのだ。
「君にはしばらく謹慎してもらうことになる。正直君を前線から遠ざけるのが我々にとってマイナスなことは承知しているが、こうでもしないと他の者に示しがつかなくてね。――降格処分にならなかっただけマシだと思ってくれ」
「はっ! お心遣い感謝します!」
ロッチロは一礼して部屋を後にした。司令室を出ると外にはダイアン中佐が腕を組んでふくよかな腹を突き出すかのように立っていた。
「今回は随分と派手にやったそうだな」
ダイアンが厭味ったらしく言う。
「どんな批判も甘んじて受けるつもりだよ」
「ふん。めずらしく殊勝だな」
ロッチロのしおらしい態度にダイアンが面白くなさそうに鼻を鳴らした。
「謹慎処分が下されてね。――ここのところ忙しかったから、良い休暇ができたと思って羽根を伸ばさせてもらうよ」
「謹慎だけとは……中将はアマすぎるのだ……まったく! だいたいオーガを殺したことの重大さを理解しているのか?」
「彼を殺したのは私ではないよ。おそらくサイコロリアンだ」
サイコロリアンの襲撃を受けた町はほとぼりが冷めた後で軍の人間が検分を行った。結果、死体の中には鋭い刃物か何かで首を切断された状態のオーガも含まれていた。それは明らかに砲撃によるものではなかった。
「サイコロリアンの存在は秘匿されているんだ! つまり世間的には我々がやったと同義なんだよ!」
「ええ。わかっていますよ。ですがオーガの処刑はすでに決まっていたことです。それがただ早まっただけのこと。あとはその情報が公にならないのを祈るばかりです。それでは私は失礼しますよ。――私の謹慎中にサイコロリアンたちが暴れないことを祈っています」
それはロッチロの本心だったが、当のダイアンは皮肉と受け取った。
「いい気になりおって……」
ダイアンは去りゆくロッチロの背中をに目を向けながら苦虫を噛み潰した。
……………………
…………
街なかにポツンと佇む年季の入った一軒家。1DKの一室に寝ていたサズがゆっくりと目を開けた。
「ここは……?」
しばらく、判然としない頭で状況の整理を行う。そして、彼女にとってもっとも大切なことを思い出し飛び起きた。
「マズ!? マズはどこ!?」
すると、直ぐ側のちゃぶ台でご飯を食べていたマズがサズが起きたことに気づいた。
「あ、おねえちゃー! やっとおきた~」
「マズ!!」
サズはマズに飛びついてキツく抱きしめた。
「わわ!? どしたのおねえちゃー。ちょっとくるしいよぉ~!」
「マズ……マズぅぅぅー」
サズはまずの頭をなでながら頬擦りして泣いて喜んだ。
「よかったねサズさん」
そんなサズに優しく声をかける少女がいた。菫色の髪の少女である。
「え!? あなたは……イ、インフェルさん!?」
インフェルと呼ばれた少女はお久しぶりですねと微笑んだ。
インフェルはヴィル星から地球に送られた尖兵のひとりだった。彼女はテレビで報道されたビルに突っ込んでいるピンク色の宇宙船を見て、それがヴィル星で採用されている宇宙船と形状が似ていたことから、増援が来たのだと判断し合流するために家を飛び出したのだ。
身分を隠し数年間地球人として露の国で生活していたため、おおよその地理は彼女の頭の中に入っていた。だからまっすぐその場所に向かっていたのだがその途中で
「そう言えば、コビドはどこに?」
「隣の部屋で寝てるよ」
「そうですか。よかった……。それにしてもインフェルさんが生きていたなんて驚きです」
「はは。ボクもまさかコビドちゃんたちが応援に来るとは思ってなかったよ」
インフェルとコビドたち3人はヴィル星に住んでいた頃からの知り合いだった。
「でも、インフェルさんが一緒なら心強いです!」
「そ、そうかな」インフェルが照れながら頬をかいた。「ところで、さっきマズさんに聞いたんだけど今回地球に来たのは3人だけってほんと?」
「あ、えっと。正確にはコビドひとりだけです。アタシたちは無理やりついてきたっていうか……」
「え!? たったひとり!?」
「そう聞いてます」
「たったひとりだなんていくらなんでも無謀すぎるよ……」
インフェルはどこか訝しげな様子で考える。
「そう言われると……たしかにそうですね」
こうして手をこまねいている状況はヴィル星の政府連中も知っているはずで、だったらもっとたくさん応援を送り込むべきじゃないかとサズは考えていた。
ちょっとだけ重たい空気が立ち込める。そんな空気を吹き飛ばすようにマズがのほほんとした口調で語る。
「ひとりじゃないよ~。いまは4人だよ~」
「それはそうだけど。4人になったところでってやつよ。これまでの戦いでアタシたちかなり苦戦してるし、正直地球人ナメてた」
「うん。そうだね。ボクたちも最初はなんとかなるって思ってたんだけど、どんどん仲間がやられていって……」
「そっか~」
「もしかしてのほかの人たちは」
「……正直なところわからない。通信手段なんて持ってないから安否確認は無理だからね。少なくともここ近辺にいるのはボクひとりだけだよ」
「そうなんですか」
サズは落胆したように項垂れた。
「でも、どうにもならないわけじゃない。ボクだって何もせずにここで生活してたわけじゃないからね」
「それって。何か作戦があるってことですか!?」
「うん。でも、それを実行するとしてもまずはコビドちゃんが起きるのを待たないとね。――と、そうだサズさんはお腹すいてる? よかったらご飯用意するけど」
「そう言えば……」
サズは自分たちが食糧難に苦しんでいたことを思い出すと、急激に空腹感が蘇ってきた。するとサズの腹の虫がギュオ~よ鳴いた。
「それじゃあお言葉に甘えて」
サズは顔を真赤にしながら言った。
こうして彼女は久しぶりの食事にありついた。
…………
それからコビドが完全復活するまで丸一日がかかった。無事復活を遂げたコビドは旧友であるインフェルとの再会を心から喜んで、4人で改めて親睦を確かめあった。
そしてその日の夜。インフェルが話があると切り出し、4人はちゃぶ台を囲むようにして座った。
「おほん。コビドちゃんも意識を取り戻したことだし、早速作戦会議を始めるね」
インフェルが話を始めようとしたとき、コビドが居心地悪そうに体を揺すった。
「この部屋狭いんだぞ。あたしの部屋の半分もないんだぞ」
「王女のアンタの部屋と比べたらどんな部屋も敵わないに決まってんでしょ。――文句言わないでインフェルさんの話ちゃんと聞きなさいよ!」
「なつかしいね~。コビドちゃーのおへやでかくれんぼとかしたね~」
マズが昔を懐かしむように言う。
「おお! 懐かしいんだぞ。2人でやるかくれんぼは最高だったんだぞ! でも、マズちゃんは隠れるの下手くそだったんだぞ」
インフェルの作戦会議は始まる前から脱線していたが、
「いいから話を聞きなさいよ!」
サズの注意でなんとか収束した。
インフェルは苦笑しながら話を再開する。
「えっと、まず注意してほしいのは今後は絶対に事を荒立てないこと。
地球にはいくつかの国がありそれぞれの国が軍という戦闘に特化した部隊を所有している。一人ひとりの戦力で言えばボクたちに遠く及ばない。だけど彼らは弱い代わりに徹底したチームワークでその弱点を補強している。
おそらく10人程度までならひとりでもなんとか対処できるかもしれないけど、それ以上になったり前回のように大型の兵器が導入された場合、ボクたちは苦戦を強いられることになる。
最初に地球に降り立ったときボクらは地球人を余裕で殲滅できると思っていたけど、実際問題ほんの一年足らずで半数以上がやられて……。これがどういうことかわかるよね?」
コビドとサズは黙ってインフェルの話を聞いていた。コビドは最初にこの地に降り立ったとき軍の部隊に追い立てられてたうえに、空腹状態だったとは言えオーガやその手下に手も足も出なかった。
サズも同様にたった数人の兵に苦戦を強いられた経験があるので、この国の軍の戦力はある程度把握していた。
故にインフェルの話は心に刺さるものがあった。
ただひとりマズはインフェルの話の内容をよく理解できていなかった。話に興味をなくした彼女はあたりをキョロキョロと見回していた。
「だから、やたら無闇に戦闘行為を始めればすぐに軍が出てきて一気に形成が逆転しちゃう。だから事を荒立てるのは得策じゃない」
「そしたらあたしたちは一生地球人を殲滅できないってことになるんだぞ?」
「うん、たしかに今のままだとそうなっちゃうね。だからこそ策を弄する必要があるんだ」
インフェルは自信たっぷりに言って、ちゃぶ台の上にノートパソコンを置いた。
「パソコンだぞ! ヴィル星にも同じやつがあるんだぞ!」
コビドが目を輝かせる。
「ゲームするの~♪」
マズもすぐに興味を示した。
「ゲームはしないのよマズ」
サズがノートパソコンに手を伸ばそうとするマズを諌める。
「地球で生活している間、これを使ってボクはこの星のことを色々調べたんだ。それである作戦を思いついたんだよ」
インフェルがパソコンを操作し、1枚の画像を画面に表示させた。それは白黒の写真だった。そこには一匹の犬とそれを抱える軍服を着た兵士が写っていた。
「あ、いぬさ~ん♪ かわいい~♪」
マズが顔をほころばせて画面に表示される犬を愛でる。
「注目するのはここ」
インフェルが犬の首元を指差す。そこには金属製の首輪が嵌められていた。
「首輪、ですよね……?」
「うん。でもただの首輪じゃないんだ。この首輪には“爆薬”が仕掛けられてるんだよ」
「ヒドイんだぞ! もし爆発したら死ぬんだぞ! 犬死なんだぞ!」
「コビド、それ意味違うから」
「いぬさんかわいそ~だよ~?」
犬が普通に歩いていればその首輪に爆弾が仕掛けられているなどと普通は思わない。それを逆手に取った残酷な戦術であった。爆薬を首に付けた犬を野に放ち、それと知らずに敵兵が保護して基地に持ち帰る。そしたらいきなりボカン――
それで敵を仕留められればよし、仮に仕留められなくても爆発の起きた場所に敵が隠れているという事がわかるという寸法だ。
「たしかに可愛そうだよね。でも昔の地球人は国同士で戦争をしていたとき実際にこういう手段を使っていたらしいんだ。それで、ボクはこれを応用することを思いついたんだ」
インフェルの主な作戦は地球の軍を分断させることだった。複数相手だと勝てないなら少数にしてしまえばいい。そのために動物爆弾を使って、時間差で不特定多数の場所で爆発を起こして相手を分散させようという作戦だった。
爆弾を直接仕掛けるのではなく敢えて動物を使うのは人目につかないためだ。自分たちが直接爆弾を仕掛けに行けば必ず誰かに目撃されてしまう。不審な態度を取れば声をかけられることもある。そういったことを避けることが目的だった。
「ダメだよ~! いぬさんかわいそうだも~ん!」
反対したのはマズだった。
「マズさんの気持はよくわかるよ。でもね、ボクたちの使命は地球人の殲滅なんだよ。そしたら地球に住んでいる動物に餌を与える人がいなくなって結局死んじゃうんだよ」
「ぜんぶつれてかえろ~?」
マズはサズに縋り付いた。
「無茶言わないでよマズ。1匹や2匹じゃないんだからさすがに宇宙船に乗り切らないわよ」
「あ~、そっか~。じゃあ、しかたないねぇ~」
マズは悲しそうにパソコンの犬の画像を見つめた。
「それで、具体的にはどうするんです?」
「うん。必要なのはたくさんのペットと爆薬だね。実はこの計画は前々から実行しようと思って機を窺ってたんだ。コビドちゃんたちが手伝ってくれれば今すぐにでも実行できるよ」
「そうなんだぞ!? だったら今すぐやるんだぞ!」
こうしてコビドたちインフェルの作戦を実行に移すのだった。
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