本編

第1話 寸止めの殺人 前編

 時は20XX年――


 なんの前触れもなく地球に複数の隕石が落下。奇跡的にもそれによる死傷者はひとりも出なかったが喜んでばかりもいられなかった。なぜならそれらはただの隕石ではなく、隕石にカモフラージュされた宇宙人の乗った船だったからだ。その宇宙人たちはひどく好戦的でなんの警告もなく次々と地球人を襲い始め、各国はその対処に追われることとなった。


 宇宙人の数はそれほど多くなかったが、その戦いは辛く厳しいものだった。ひとりひとりの戦闘力が地球人のそれを遥かに凌駕していたことも理由のひとつだが、何よりも地球人を苦しめたのがその外見だった。


 宇宙人たちは皆地球人と同じ姿かたちをしていてしかもそのすべてが少女だった。このことが地球人に攻撃を躊躇ためらわせ、戦いが長期化していった。

 長期化するに連れ被害は拡大していったが、交戦を重ねることで敵の特性を少しずつ把握し地球人側は徐々に攻勢に転じていった。


 このまま押し切れば宇宙人の掃討も遠くないと思われたがことはそう簡単には行かなかった。宇宙人たちの中には地球人たちの生活圏に紛れ地球人のフリをしながら残忍な殺戮を繰り返すものもいたからだ。


 残忍な殺戮を繰り返す少女の姿をした宇宙人……


 いつしか彼女たちは、サイコパス・ロリータ・エイリアン――縮めて『サイコロリアン』と呼ばれるようになっていった。


 ……………………


 …………


 時刻は夜の7時過ぎ――


 とある街で複数の惨殺死体が発見された。その残忍さからサイコロリアンの仕業である可能性が考慮されすぐに軍へ連絡が入った。その通報を受け街の哨戒を行っていた6人の兵のひとりが、郊外にある空きビルに入っていく少女を発見。直ちに廃ビル内の捜索に当たることになった。

 6人の兵が廃ビルの入り口前に集まると、彼らは3人ずつのチームに別れ一方は正面から、もう一方は非常階段を登り最上階からそれぞれビル内に入った。


 正面から入ったのは、隊長の花山はなやまと古株の在原ありはら、そして新人の女性隊員小野おのの3人だった。


 サイコロリアンの存在は一般には公開されていないため、周辺の住民たちには『この辺りに世間を騒がす殺人鬼が潜んでいる』という体で避難を命じていた。

 そのため周辺住居の灯や喧騒はない。街灯の光はあるがビル内を照らすには頼りない。暗がりの廃ビルの中、携行ライトの細い明かりだけが彼らの道先を照らした。


「隊長。本当にここに潜んでいるんですか?」


 小野が緊張を孕んだ声音で先頭を歩く隊長の花山に訊ねた。


「ああ」


「怖気づいたのか? 新入り」


 殿しんがりの在原が茶化す。


「そんなことは!?」


「無駄口をたたくな。集中しろ」


 隊長の鋭い言葉で2人は押し黙った。


 サイコロリアンはこれまで多くの兵士の命を奪ってきた。子どもだから簡単に殺せるだろうというのは間違いで、子どもであるがゆえに油断し躊躇い、そして返り討ちに合う。そんなことが延々と繰り返されてきた。相手は残忍な殺戮を繰り返すエイリアンだと頭では理解出来ていても、いざその姿を目の前にすると判断を誤ってしまうのだ。


 隊長の花山は左目を眼帯で覆っている。これは彼が初めてサイコロリアンと戦ったときにできた傷だ。花山は隊長を任せられるだけあって戦闘の腕は国内でも屈指。にもかかわらず負傷した。

 サイコロリアンの戦闘力が想定を上回っていたこともあるが、彼はサイコロリアンを目の前にしたとき躊躇した。対象の姿が自分の娘とそう変わらぬ外見をしていたからだった。そして彼はサイコロリアンに左目を奪われた。


「奴らは狡猾だ。俺たちの弱点をよく理解している。絶対に油断するなよ」


 実際にはサイコロリアンがなぜ少女の姿をしているのかは判明していない。だが花山は地球人を油断させるために少女の姿に擬態しているのだと信じて疑わなかった。


 1階の捜索が終わり2階へ続く階段に足をかけた時、上階から銃声が聞こえてきた。


 上の階にいるのは別チームである。花山はすぐに無線をオンにし連絡を試みた。


「どうした!? 何があった!? 応答しろ、文屋ぶんや!!」


 しばらくして無線にノイズとともにか細い声が届く。


『……た、い――ちょ……奴……です――』


 文屋が虫の息であることはすぐに理解できた。しかしまだ銃声は聞こえている。全滅はしていないということだ。


『隊長! 大伴おおともです!』


 文屋との通信が切れると入れ替わるように別の通信が入る。


『7階です! 今、喜撰きせんがひとりで応戦してます! 応援をお願いします!』


「わかった、すぐ行く! 必ず持ちこたえろ!」


 花山は通信を切って振り返る。話を聞いていた2人は何も言わずとも理解できていた。花山に向かってしっかりとうなずくと3人は7階に向かって一目散に階段を駆け上がった。


 階段を上がり5階に到着。上から間断なく続いていた銃声がピタリと止んだ。それと同時に3人の足もピタリと止まった。


「銃声が……」


 小野が不安げな声を漏らした。


「――!?」


 その時、在原が反射的に階段の反対側に伸びる廊下の先に向けて銃を構えた。


「どうした、在原?」


「今、向から音が聞こえたような……」


 そのまま数秒ほど経って、「確か?」と花山が訊く。


「自身はありません」


 ここは5階。報告のあった場所は7階。在原の中に確証のようなものはなかった。


「ならばこのまま3人で上へ行く」


「「了解!」」


 花山の命令に2人の声が重なった。


 ――――


「こいつは……!」 


 7階にたどり着いた3人が目にしたのはおぞましいほど異様な光景だった。


 周囲をライトで照らすと床や壁が真っ赤に染まっていた。鼻をつく臭いでそれが血だということはすぐにわかった。その真新しさからここで何かが起きたということも……


「う……」


 小野は思わず袖で鼻を押さえると、手にしていたライトが偶然照らした方向に、胸部が抉られている状態の大伴の死体があった。


「ひえぇぇ!!」


 それを見た小野が情けない悲鳴を上げる。そんな小野をよそに花山と在原が周囲を警戒する。――と、他の2人のもすぐに見つかった。喜撰は四肢をもがれた状態で、文屋は頭部を砕かれていた。


「相変わらずヒデぇやり方だ」


 こういった事態に遭遇するのが初めてではない花山と在原は無残な姿になった仲間を見てもひどく冷静だった。


 一方小野は、初めて目にする凄惨な光景に震えが止まらなくなっていた。小野がこのチームに配属されたのはほんの一月ひとつき前。隊のメンバーとはほとんど交流と呼べるようなものはなかったが、メンバーの死は小野の心に深い悲しみを抱かせた。立っているのも辛くなり自らの身体を掻き抱くように膝を付いた。


「おい、小野。警戒を怠るな――!!」


 小野に対して花山が怒号を浴びせる。そんな彼女に背後からそっと近づく影があった。


「――小野!? 躱せ!!」


 それにいち早く気づいた在原が小野の背後に向かって銃を構える。


「え? ――ぁイタっ!?」


 小野は判断が遅れはしたが、在原の声で体を前に傾けていた。そのおかげで背後にいた存在の攻撃は肩を掠める程度で済んだ。


 小野はそのまま床に寝転ぶような体勢になって、転がるように仰向けになり先程まで自分がいた場所にライトを向ける。そこにいたのは、15歳くらいの髪の長い女の子だった。


 だがこんな時間に、こんな場所に女の子がいるはずはない。つまりそれこそがここに逃げ込んだサイコロリアンだった。


 花山はすかさずサイコロリアンに向かって銃を撃つ。それは見事にサイコロリアンの肩に命中した。肩を撃たれたサイコロリアンは撃たれた箇所を手で押さえながら踵を返す。


「隊長。自分が!!」


 在原が叫ぶ。


 花山の判断は速かった。彼はすぐに頷いて、在原はすぐにサイコロリアンの後を追った。


「わ、私も――」


「駄目だ!!」


 小野が在原の後を追うとすると、花山に首根っこを捕まれ後ろに引き倒された。


「――っ!? ど、どうしてですか!?」


「今のお前は冷静ではないからだ」


「そんなことは――!?」


「仲間たちの死を見て震えていたのは誰だ? 挙げ句敵に殺されかけた」


「それは……。でも、在原さんひとりでは――」


「あの男は引き際をわきまえている。――とにかく今は冷静になるよう努めろ。在原を追うのはその後だ」


 それから花山は廊下に転がっている遺体をあさり始めた。まだ使える銃弾をすべて回収し、最後に3人のドッグタグを外しそれを自らのポケットにねじ込んだ。そしてさあ立ち上がろうかという時に、彼の目に遺体の傍に転がっていた黒い筒が飛び込んできた。花山は訝しげな表情でそれを拾いよく確認すると、それが軍が採用しているアサルトライフルを構成しているパーツの銃身から銃口にかけての部分だとわかった。分解された状態のものではなく銃身の途中で斜めに切断されていた。その切断面はどうやればそうなるかと疑うほど綺麗だった。花山は視線を傍らにある無残な姿となった文屋に移すと彼が肩から下げているアサルトライフルの銃身がそれだった。


「奴らの仕業か?」


 花山はつぶやきながら手にしていた銃身も回収し反省中の小野に語りかけた。


「小野。サイコロリアンを直接見るのは初めてか?」


「はい」


「あの姿を見ても……戦えるか?」


「……はい」


 その返事にはほんの少しだけ躊躇いが含まれていた。


 小野が見たサイコロリアンは紛うことなき少女だった。その少女と対峙して引き金を引くことができるかどうかは正直その時になってみなければわからなかったが、軍人である以上ここで『いいえ』という言葉を口にはできなかった。


「そうか……ならば――」


 花山が話を続けようとしたところで、それを遮るようにして無線に通信が入った。


『在原です。ちょっと厄介なことになりました』


「聞こう」


 在原が追いかけたサイコロリアンは最悪なことに空きビルの外へと逃走した。見失わないように追いかけると、対象はここから少し離れた海岸沿いにある学校の窓ガラスを割ってその中へと侵入してしまったとのことだった。

 その話を聞いて花山はビルの割れた窓ガラスの向こうに視線を向け「まずいな……」と小さく声を漏らした。


 サイコロリアンの逃げ込んだ学校がある場所は避難区域外にあった。学校の向こう側は民家の明かりが煌々と照っている。向こう側の住民たちを新たに避難させる必要があった。


「今からそちらに合流する。それまで学校内に逃げ込んだサイコロリアンが外に出ぬよう周囲の警戒にあたってくれ」


『了解!』


「聞いたな?」


「はい」


「では、すぐに発つ」


「了解!」


 小野は立ち上がり花山の後に続いた。

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