第2話 寸止めの殺人 後編
花山と小野はサイコロリアンの逃げ込んだ学校の正門前で在原と合流した。本部にも既に連絡済みで、周辺住民の避難も始まっていた。
「隊長、校内への潜入の許可を」
在原が申し出た。
「なに?」
「奴は今手負いです。このまま時間が経てば奴の傷は回復してしまいます。そうなる前に決着をつけるべきかと」
サイコロリアンは地球人と違い驚異的な再生能力を有している。どんな致命傷を追わせても最後の最後で逃してしまえばまた一からやり直し。地球人がサイコロリアン討伐に手を
花山はしばらく考え答えを出した。
「深追いしないと約束できるか?」
追い込みすぎればサイコロリアンはまた逃走を図り傷を癒やそうとする。今この状況でサイコロリアンが学校の外に逃げれば避難の終わっていない住人たちに被害が及ぶことは必至。また、秘匿されているはずのその存在が公となり無用な混乱を招きかねないという懸念もあった。
「はい」
「わかったならば許可しよう。ただし絶対に外に逃がすな! それと……死ぬなよ?」
「了解!」
在原は駆け出しサイコロリアンが割った窓ガラスを利用して校内へと潜入した。
「あの、私にも許可を!」
小野が花山に意見した。
「…………」
花山は無言で小野を見据える。
小野もまた真剣な表情で花山を見る。
「いくら手負いとはいえ、相手は3人がかりでも刃が立たなかった相手です。だから私もっ!」
「次は冷静さを失わないと約束できるか?」
「はい!」
小野は真摯な眼差しで花山の目を見る。
「……わかった。――あくまで在原のサポートに徹しろ。いいな!」
「了解!」
小野は在原の後を追うように駆け出した。
――――
校舎内は静寂に満たされていた。非常灯の明かりとアサルトライフルに取り付けられたライトの明かりを頼りに足音を立てぬように慎重に歩みを進める。
小野は小学生の頃子ども会の行事で夜の学校を使った肝試し大会をやったこと思い出していた。その頃から彼女はオバケの類が苦手でそれは今も変わっていない。彼女にとってのオバケはサイコロリアンという驚異とはまた違った怖さを与えていた。
よけいな思考を払拭し、銃を持つ手に力を込め集中し、「まずは在原さんと合流を……」と、自分に言い聞かせるようにつぶやく。
真っすぐ伸びた廊下が終わり、突き当りを曲がった。 するとすぐそこに壁を背にしていた在原がいて――
「ひ――ッ!?」
「バカヤロウ!」
叫びそうになった小野の口を慌てて在原が塞ぐ。
「敵に見つかったらどうするつもりだ」
「だ、だって――」――オバケかと思った。と言いそうになったがすんでのところで口をつぐむ。
「それよりどうしてここにいる?」
在原に訊かれた小野は事の経緯を説明た。在原はあまり納得していないようだったが上官の決定なら仕方ないと無理やり納得し、その後二人で廊下を進むこととなった。そして一階部分を哨戒し終わったふたりは階段で二階へ上がる。
先頭を歩く在原の足が最上段に掛かった瞬間止まった。
「先輩、どうしたんですか?」
小野が動かなくなった在原の顔を覗き込もうとすると、彼の首がゴロンと床に落ちて、体が倒れる。キレイな首の切断面からはこぼれた水のように血が溢れて床に広がっていった。
「――ひぃぃっ!!」
小野は予想外の出来事に思わず声を出しその場に尻餅をつきそうになる。階段上でバランスを崩した彼女は情けないことにそのまま踊り場まで転げ落ちた。
「ぐはっ……」
なんとか体を起こそうとして、傍に一緒に転げ落ちてきた在原の首が転がっているのを見て小野は慌てて飛び退いた。
「うわぁあ……あああぁぁ……!!」
あの在原が殺された。彼が死んだという事実が彼女の頭を真っ白にする。
「――!?」
ふと、何者かの気配を感じて階段の上に顔を向けると、小さな影が横切って行くのが見えた。
「サイコロリアン!? ……い……行かなくちゃ――!」
本来ならば、このことを花山に報告し次の指示を仰ぐべきだったが、小野は花山に言われたことをすっかり忘れ、完全に冷静さを失っていた。
階段を上がり二階へ。冷静さを失ったままの小野は無警戒のままに走り去った影を追うように走った。
在原に何が起こったのか。彼はどのようにして殺されたのか。本来ならば考えなければならないことも忘れ只々影を追った。そしてそのまま三階へ上がり、遂に彼女はサイコロリアンをその視界に捉えた。手にしていたアサルトライフルのライトで対象を照らす。
照らされたサイコロリアンは光を嫌がるように目をつぶって顔を背けた。
こうしてみると本当に子どもだった。黒髪のショートヘアで赤いスカートを履いている。あどけない表情はまるで小学生のよう。だがその本質は残虐非道なエイリアン。
――そう、サイコロリアンだ。
小野の脳裏に先輩たちの無残な姿が蘇る。
「よくも……よくもっ!!!!」
小野は激昂しライフルを構えて引き金を引いた。
……………………
…………
在原、小野が校舎内に潜入した後、花山は周辺の警戒にあたっていた。本来なら補充要員を集めてすぐにでも学校内に突入してやりたい気分だったがそれができないでいた。
この国の軍は今人員不足に悩まされていた。もともと軍に入りたいと思う人間が少ないことに加え、多くの仲間がサイコロリアンに殺された。補充と損失では損失の方が大きいため隊員は減る一方だった。また、軍に入隊したからといって即戦力になるわけでもないのでそれもまた大きな課題のひとつであった。
「……やりきれんな」
今は在原と小野に期待するしかない。
「ん? なんだ?」
花山は学校の校庭に面した校舎の戸が少し空いているのに気がついた。隙間は指二本分ほど。そこからそっと中を窺うと、向こうは保健室になっていた。
「不用心な……」
その時、校舎内に銃声が響く。
「始まったか……」
花山は頭上を見上げつぶやく。再度銃声が響き、三階の窓から閃光が漏れた。
『……聞こえますか?』
心配そうな顔で校舎を見上げていた花山の無線に通信が入った。相手は避難誘導を行っている部隊の人間だった。
「花山だ」
『花山さん。ちょっと
拙いと言われた花山は、どうせ避難が遅れているといった内容の報告なのだろうと思った。――が、通信相手の次の言葉で彼は脳を直接殴られるかのような衝撃を受けた。
花山は無線を切るとすぐに、先ほどの保健室の戸を開け学内へと入る。
「在原!! 小野!! 聞こえるか!? 応答しろ――!!」
無線に呼びかけながら、彼は仲間のもとへ駆けた。
……………………
…………
小野の銃弾はサイコロリアンに命中、そのまま引き金を引き続け対象を蜂の巣にしていく。
全身に銃弾を浴びるサイコロリアンは風に揺れる布切れのようによく跳ねた。
「油断はしない!!」
小野は撃ち尽くした銃を捨て腰のナイフを取り出しサイコロリアンに飛びかかった。
「痛い! 痛いの!! ――やめて!! お願いだからやめて!!」
幼い少女の声で懇願されほんの一瞬だけ躊躇した。だが無残に殺された仲間のことを思い覚悟を決める。
持っていたナイフをサイコロリアンの目に突き刺した。次いでもう片方の目も潰して視界を奪った。
「先輩たちを!! よくも――!!」
手足を振り回し暴れまわるサイコロリアンに怯むことなく、四肢の付け根をナイフで穿つ。最後に喉元にナイフを突き立て真一文字に割く。
端から見れば女子児童を惨殺しているようにも見えるその行為は、れっきとした対サイコロリアン用の戦術であった。怒りに割れを忘れながらも彼女の本能が正しい手順をなぞらせる。
サイコロリアンの再生能力の詳細は未だ解明されていない。心臓や脳に致命傷を与えても再生したという報告もあるほどだ。故に最も効果的な戦術はとにかく細かくバラすこと。そして再生し始めたところがある度にまた刻む。それを再生しなくなるまで延々と繰り返す。
小野は真一文字に割いたサイコロリアンの喉にもう一度ナイフを差し込んだ。
「ぐっ――ぎょぶっ!?」
サイコロリアンが口から多量の血液を吐き出した。
小野は両手に力を込め、頭部と胴体を力任せに切り離した。そこで一旦手を止めて立ち上がりほんの少し距離を置く。そして再生が始まるか否かを見極める。
一分……二分……と、体感覚で時間を計る。
緊張と疲弊で掻いた額の汗を拭うとヌメリとした感触が纏わりついた。そこで小野は自分の手が血に塗れていることに気がつく。その血のニオイが彼女に冷静さを取り戻させた。
「対象に……再生の予兆なし――」
訓練の甲斐あってか思いの外スムーズにことが進んだ。
「勝った……? 私、サイコロリアンを倒したの……?」
そのとき、タイミングを計ったかのように無線の呼び出し音が鳴った。
「隊長!?」
『小野!! 無事だったか……!!』
無線の向こうからは慌てた様子の花山の声が聞こえてきた。
「隊長――、私やりましたよ!! サイコロ――」
嬉しさのあまりはしゃぐ小野。しかしすぐに諌められる。
『はしゃぐな! ……いいかよく聞け』
花山からの通信の内容は、避難住民からいま小野がいる学校に忘れ物を取りに行った女の子がいるという情報がもたらされたというものだった。そして要救助者となった女の子の特徴は……
――黒髪のショートヘアで赤いスカートを履いている――
その言葉を聞いて、小野は愕然とした。彼女の視線がゆっくりと先程自分が殺したサイコロリアンに向けられる。
血溜まりの上に頭と胴体が切り離された女の子の死体……
『いいか? ここは一旦その女の子の救出を優先する。もちろんサイコロリアンに対しての警戒も……おい? どうした? 小野!! 聞いているのか!? 応答し――』
小野の手から無線がするりと落ちる。そして彼女はまるで幽鬼のように、覚束ない足取りで歩き出した。
――殺した……殺してしまった……。サイコロリアンと間違えて何の罪もない女の子を……
この手で、銃で蜂の巣に――
彼女の脳裏に命乞いをする少女の声が蘇る。
小野の頬に一筋の涙が伝う。
思えばやけにあっさりとしていた。大した抵抗もなくただ命乞いを繰り返していただけだった。それもそのはず。なぜなら相手は人間だったからだ。
そもそもサイコロリアン討伐に長けた精鋭たちがことごとく亡きものにされていったのに、自分のような新人がたったひとりで勝ちを得られるほどサイコロリアンは弱くはないのだ――
小野はべそをかくように涙を流す。
どうやって説明しよう……
「無理だ……」
どんなことをしても私の罪は許されない。だったらいっそこのまま……
学校内にはまだ本物のサイコロリアンが潜伏している。そいつを見つけて殺してもらえば罪を償わなくても良くなる。それは完全なる逃げの選択だが、絶望に打ちひしがれた今の小野にはそれが最善手のように思えた。
「……?」
三階の教室の前を通りかかったとき扉の向こうで物音が聞こえた。どんなに戦意を喪失していても身体が勝手に反応していた。
――まさか……サイコロリアン?
「……いるの?」
返事はない。
小野はすべての武装を先程の場所に置いてきてしまっていた。だから、ここでサイコロリアンに遭遇すれば勝ち目はゼロだ。だがそれはどうでもいいことだった。小野の心はすでに死に傾いていた。
彼女は扉に手を添えてゆっくりと開けた。
その瞬間、教室の中の机のひとつがガタンと揺れたのを見逃さなかった。小野はそこにゆっくりと近づいて下を覗き込んだ。
「……え?」
そこには体を縮こまらせて震えている少女がいた。
「サイコ……ロリ、アン?」――にしては好戦的な態度は見えない。
小野は少女をよく観察してあることに気づく。
黒髪のショートヘア。赤いスカート……
その特徴は花山が言っていた要救助者の特徴と一致していた。
小野は落ち着いて考えてやはりさっき自分が殺した少女の方がサイコロリアンだったのではないかという結論に至った。奴は銃で蜂の巣にした後も「痛い、やめて」と制止の言葉を口にしていた。普通の人間なら蜂の巣になった段階で死を迎えているはずだと。
「なんだ、そういうことだったの」小野はほっと一安心して相好を崩した。「お姉さんは軍人よ。あなた、名前は?」
すると少女は怯えながらも顔を上げて小野の方を向いた。
「軍じ――」
少女が話しかけてきたが、言葉を途中でやめてしまった。
疑われているのだろうか……と思い、もう一度優しく話しかけようとして、彼女の視線が自分を見ていないことに気づいた。目を丸くした女の子のその視線は小野の背後に注がれていた。
「――! まさか!?」
振り向いた――
しかし、その直後小野の脇腹に激痛が走った。
「ぐぅああっ!?」
小野の背後には、長く美しい菫色の髪の少女がいた。見た目は16歳ほどで、小野と比べて頭一つ分小さい。そしてその少女の腕が小野の脇腹を貫いていた。
「どう、いう……?」
混乱する頭で状況を整理する。
小野が倒したのは本物のサイコロリアンだった。同じ特徴をした要救助者の女の子が教室に隠れていたのだから間違いない。しかし今目の前に菫色の髪のサイコロリアンがいる。
そして思い出す。
空きビルで一瞬だけ見たサイコロリアンの特徴が眼前のサイコロリアンと同じであることに。つまり、潜んでいたサイコロリアンは一匹ではなかったのだ。
ニヤリ……とサイコロリアンが口角を上げる。そして、小野の脇腹に突っ込んだ手を内蔵に腕を絡ませるようにして一緒に引き抜いた。
「ぐげらごぉおぉぉぉぼぅ!?」
「いやああああああああああああ!!!!」
机に隠れる黒髪の少女が叫ぶ。
小野は必至で意識を繋ぎ止め、少女に向かって言う。
「逃……げ、な……さ……ぃ」
それが彼女の最後の言葉となった。
菫色の髪のサイコロリアンが少女に狙いを定める。
「あ……ああ……ぁぁっ」
少女は立ち上がりもできず、恐怖のあまりに失禁してしまう。そんな少女に向かってサイコロリアンは血に塗れた右手を突き刺そうとして――
万事休すかと思われたその時勢いよく教室の扉が開かれた。
「無事か!! 小野!!」
菫色の髪のサイコロリアンは教室に入ってきた花山に向きを変えて臨戦態勢を取る。
花山は一瞬だけ床に視線を向け、そこに倒れた小野だったものを認める。
「キサマああああぁぁぁぁ!!!!!」
怒りに震える花山は持っていた銃の引き金を引こうとして既のところで指を止めた。小野の遺体の傍らで机の下に隠れる少女の姿を発見したからだ。
サイコロリアンは少女から無抵抗になった花山に狙いを変え襲いかかろうとしたた。しかし廊下を走る複数の人間の音が教室に近づいてきたことに気づき足を止める。
教室に増援が到着すると同時にすぐさまサイコロリアンに向けて銃を構える。
「撃つな!!」
銃弾が少女に当たることを危惧した花山が瞬時に叫ぶ。
一方サイコロリアンは多勢に無勢と判断し、背後にあった教室の窓を突き破り逃走した。
「追え!!」
花山の命令で増援に駆け付けた者たちがすぐさま教室を飛び出していった。
花山はみるも無残な姿になった小野に歩み寄った。そしてその直ぐ傍の机の下で恐怖に震える少女に目を向ける。
「無事か……」
彼女が要救助者だと理解した花山が安堵の声を漏らす。
こうして少女はなんとか一命を取りとめることができた。しかし、この出来事が今後の彼女の人生を大きく狂わせることになるのだった……
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