第21話 地獄症状

『サイコロリアンがそちらに向かって逃走しました』


「そうか。わかった」


 コビドたちが向かった先にはロッチロ、ドコスタ、いろはの3人が控えていた。ほかにも、日の軍の精鋭たちがギリーシートでカモフラージュした状態で砂浜に潜んでいた。


 ロッチロは1台の装甲車の上に陣取り、その脇でドコスタが双眼鏡を覗いていた。いろは装甲車の脇に立ちロッチロの指示を待っていた。


「サイコロリアンがまっすぐこちらに向かってくるそうだ! いろは君、気を引き締めたまえ!」


「っ……了解!」


 腕が復活して以降はじめての戦いを前にいろはが緊張の面持ちで声を上げる。


「うまくいくんでしょうか?」


 ドコスタがロッチロに不安を漏らす。


「正直わかんな。だが私は博士の研究を信じている」


 そう言って、ロッチロはマスケット銃を構えた。外見は普通のマスケット銃だがそこに装填されている弾は博士特性のハイパークロラス弾だ。問題は用意できた銃は一丁で弾は7発しかない事だった。


「あとは己の腕を信じるのみ。――さあ来い! サイコロリアン……!」


 ロッチロは装甲車の上でマスケット銃を構えコビドたちが来るのを待った。


「中佐! 見えました!」


 双眼鏡を覗くドコスタが声を上げた。


 引き金に掛かるロッチロの指が反射的に力んだ。


 サイコロリアンはまだ有効射程内に入っていない。問題は銃の有効射程内に収める頃には相手もこちらの存在に気づくことは間違いないということ。

 万が一ロッチロの攻撃が外れても、周囲に隠れている兵士たちに時間を稼いでもらう算段になっているがそれもどこまで通用するかはわからない。


 故に失敗は許されない状況と言っていい。


「あと少し……あと少しだ……」


 ロッチロは大きくゆっくり息を吐いた。そして、こちらの存在に気がついたコビドたちが足を止めた。しかしすぐに4体のうちの1体がこちらに向かって走り出す。


 ロッチロは若干の震える手で突出してきた1体の頭をスコープに収め、その引き金を引いた――


 ……………………


 …………


 ロッチロたちの存在を認めた4人は足を止めた。


「そんな、挟まれた!?」


 サズが不安を露わにする。こうして立ち止まっている間にも後ろからは日の国の兵たちが迫っていた。


「考えてる暇はないんだぞ! あっちは3人しかいないんだからあっちに突っ込めばいいだけなんだぞ!」


 コビドは右腕をチェーンソーに変えてロッチロのいる方に向かって走った。


「!? ダメだよ、コビドちゃん!!」


 先程から嫌な予感を感じていたインフェルがコビドを止めようとする。しかし、その声も本人の耳には届かずコビドはそのまま突っ走る。


 そして、浜辺に一発の銃声が響く――


 ロッチの撃ったハイパークロラス弾がコビドの左目に命中した。弾は貫通せずコビドの顔の中で止まった。


「ぎぃにゃあああああああああああああああああ――!!?」


「コビド!?」「コビドちゃん!!」「コビドちゃー!」


 3人は急いでコビドのもとに駆け寄った。


「うがぁ――あっ……! 痛い――ッ。痛いぞ!! 助けてなんだぞ!!」


 コビドは左目を押さえてその場でのたうち回った。左目から白い煙のようなものが吹き出し、焼けるような痛みがコビドを襲う。


「ちょっとどうしたのよ!?」


 普段ケガを負った時と違う反応に、サズを始めとする全員が動揺を隠せないでいた。

 そうこうしているうちにロッチロたちが次の動きを見せる。ロッチロの次弾装填の時間を稼ぐために砂浜に隠れていた兵士たちが起き上がり、コビドたちに向かって襲いかかったのだ。


「うわ~!? いっぱいでた~!?」


「くッ……こうなったら仕方ない! ボクが時間を稼ぐから2人はコビドちゃんを連れて逃げて!」


「え? で、でもそんなことをしたら――」


「いいから速く!!」


 インフェルは珍しく声を荒げ命令する。彼女の持つ切断能力は発動の際に時間と集中力が必要なため乱戦時には向かない。故にサズの持っていた剣を取り上げ、2刀流で敵を迎え討った。


 サズはインフェルのただならぬ気迫に圧され、マズにコビドを持つように言って3人で逃げることを選択した。


 迫りくる兵士たちを華麗な動きで捌き、3人の逃げ道を確保する。堤防側に控えていた兵士たちが逃げる3人を狙って銃弾を浴びせる。3人はその身に銃弾を受けながら走った。ロケット砲が飛んでこないことがせめてもの救いだった。

 しかしそんな3人の背中にロッチロの銃口が向けられた。それに気づいたインフェルは自らを盾にする形で射線に入った。ロッチロの銃がインフェルの右脇腹をかすめ弾がそれた。


「……っ!?」


 銃弾がかすっただけのインフェルの脇腹に激痛が走った。これまで何度となくその体に銃弾を浴びてきたがそのどれとも違う痛み。インフェルはそれが何なのかわからなかったが、とても危険なものであるということだけは理解できた。


 ロッチロがさらに次の弾の装填に取り掛かる。それを見たインフェルはロッチロを止めるため装甲車に向かって特攻する。痛む脇腹を堪え行く手を阻む敵兵をバッタバッタと斬り伏せていく。その猛攻にロッチロが顔を歪ませ、迫りくるインフェルの勢いを前に完全手が止まってしまっていた。


「行ける!!」


 インフェルは地球人には真似のできない跳躍力で飛び上がり、装甲車上のロッチロ目掛けて剣を突き出した。


「中佐!!」


 その時、脇に控えていたドコスタがロッチロを庇うように前に出た。


「ドコスタ君!?」


 ドコスタは死を覚悟し、きつく目を瞑った――


 ……………………


 …………


 ――次の瞬間ドコスタを襲ったのは刃物に刺される感覚……ではなく、横から突き飛ばされる感覚だった。


「うわっぷ!?」


 情けない声を出して倒れ込むドコスタ。自分の身に何が起きたのかと先程まで自分が立っていた場所を確認するとそこにはいろはの姿がった。


「……え?」


 ドコスタは信じられない光景を目の当たりにしていた。


 そこにはロッチロを守るようにして立ついろはの姿があった。その手にはインフェルの突き出した剣の刃が握られていた。力強く握られた手からは血が滴っていた。


 ロッチロもドコスタも驚愕の表情を浮かべてただその光景を見守るばかりだった。


 そして、インフェルもまた驚きを隠せなかった。いろはに受け止められた剣の柄を握りしめているインフェルは空中に浮いたまま。つまりいろは今彼女の体重ごと片手で支えているということ。これまで戦ってきた地球人の中にそんな芸当ができる者を見たことがなかったからだ。


 当のいろはは痛がりもせず不敵な笑みを浮かべてインフェルを凝視している。


 インフェルは剣から手を離して飛び引くと距離をとってもう一本の剣を正眼に構える。


 いろはも装甲車から飛び降りて握っていた剣をクルッと宙で返し柄を握り直し、その切っ先をインフェルに向けた。


「まさか……まさかこんな形でできるなんて思ってなかった……」


 憎悪を孕んだ冷たい声。


「……?」


 いろはの言葉の意味が理解できないインフェルは首を傾げた。


「ぶっ殺してやる!!! サイコロリアン!!!!」


 いろはは目を見開いて叫んだ。


 彼女の体の奥底から湧き上がるのは復讐という名の闘志。彼女の目の前にいるインフェルは、彼女が幼少のころに殺されそうになったあの菫色の髪のサイコロリアンだったからだ。


 いろはは砂上を駆ける。インフェルは持っていたもうひとつの剣でいろはの攻撃を受け止め迫り合いになった。


 ――え? どういうこと?


「忘れてない……。忘れるもんかっ!! おまえのせいで――、おまえのせいで――!!」


 自らの人生を滅茶苦茶にした張本人を目の前にいろはの怒りが炸裂する。だが、インフェルの方はいろがなぜ怒っているのかまったく理解できていなかった。

 サイコロリアンは成長が著しく遅いため7年たった今でもあの頃と姿形がほとんど変わっていない。一方地球人であるいろはの体は成長し、訓練を経て凛々しい顔つきになっていてあの頃の面影などない。インフェルが気付けないのも無理はなかった。


 互いが互いに攻守を繰り返し幾度も競り合いが続く。刃が打ち合う度に海岸に硬質な音が響く。あまりの激しい戦闘に、ロッチロとドコスタさらには周囲にいる兵士たちも唖然としてその様を見守ることしかできなかった。


 剣を押し合う反動で両者は距離を取る。すぐさま体勢を立て直したいろはが突っ込んでいく。


「く――っ!?」


 インフェルがいろはの攻撃を受け止めるとまた刃の迫り合いになった。


 しかしその時悲劇が起こる。インフェルの持っていた剣の刃が折れたのだ。サズの作った剣は海水製。刃を交える度に刃が削れ、さらに夏の暑さに耐えられず徐々に溶け出していたのだ。


「取った!!」


 勝ちを確信したいろはが高く掲げた剣をインフェルに向かって振り下ろした――

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