第10話 隻腕求ム 後編

 コビド、サズ、マズの3人は、サズとマズが乗ってきた宇宙船が隠してある場所へと戻ってきた。その頃にはコビドの足と腕も元に戻り、体力はすっかり癒えていた。

 サズの足もだいぶ修復されていた。コビドの方がひどい怪我を追っていたのに回復が早いのは、修復スピードに個体差があるからだ。


 周囲に人影がないことを確認した上で3人はその場に座って休息することにした。


「ところでなんでサズちゃんとマズちゃんがここにいるんだぞ?」


「ノロさんにアンタが地球に行ったって聞いたらマズがどうしても助けに行くって言い出して、ノロさんに無理言って宇宙船を手配してもらって、それでここまで来たのよ」


「おお! 2人ともすごく優しいんだぞ!」


「えへへ~。だって、コビドちゃーはオトモダチだもん~」


 マズはコビドに抱きついて頬ずりする。


「嬉しいこと言ってくれるんだぞ! でも髪の毛がこそばいから離れてほしいんだぞ」


 コビドはやんわりとマズの顔を離した。


「で、問題はこれからどうするかよ」


「どうするもこうするもないんだぞ。地球人を殲滅すればいいだけなんだぞ」


「そんなのわかってるわよ。――けど、実際戦ってみてわかったけど案外強いじゃない、地球人」サズはまだ完治していない自分の太ももに視線を落とす。「正直、このまま何も考えずに戦いを挑んだところで……」


「サズちゃんは考えすぎなんだぞ。油断しなければ大丈夫なんだぞ」


「アンタだってボロボロだったくせに、どっから来るのよその自信は」


 サズは額に手を当て盛大なため息を付いた。


「あのね~。せんめつもダイジだけどおなかすいたよ~?」


 マズが緊張感のない声で己の欲望を吐露する。


「言われてみればそうだぞ。地球に来てから何も食べてないんだぞ」


 サズの乗ってきた宇宙船内に多少の食料が積んであった。しかし、それはあくまで2人分。基本現地調達を想定しているので3人で食べるとなるとすぐに底をついてしまう量だった。


「前途多難ってやつね……」


 サズは地球人の対処をどうするかを一旦やめ、とりあえず持ってきた食べ物で腹ごしらえすることにした。


 ……………………


 …………


 ドコスタの運転する車がとある場所に向かって走る。後部座席に足を組んで座るロッチロは腕組みして次の作戦について考えを巡らせていた。


 会議の席でサイコロリアン討伐に関する算段があると豪語したものの、結局それは前回と同じ大型兵器で制圧すると言う何の捻りもない策だった。もちろんそれに頼らない戦術が使えるならそれに越したことはない。しかし、サイコロリアンは素人が束になって挑んで勝てる相手ではない。一人ひとりがそれなりに戦えて且つ熟練されたチームワークがあるならば別だが、現状の露の国の対サイコロリアン討伐軍にはそれがない。となれば圧倒的力で持って押し潰すしかないのだ。

 問題はそれが使える場所が限られているということと、サイコロリアンをその場所へ上手く誘導出来るかだった。そして留意しなければならないのはその手法は既に一度使っていることだった。相手は子どもとはいえ同じ手が通用するとも思えない。サイコロリアンの目の前に戦車を出せば当然逃げられてしまうだろう。


 ――手段を選んでいられるような状況ではない。ならば奥の手を使わざるを得ないか……


「まったく……難儀なものだ」


 ロッチロが窓の外に目を向けると、いつの間にやら車は森の中を進んでいた。しばらく道なりに進み車は舗装されていない山道に入る。そしてその先にひっそりと佇む建物が現れた。それはテラペタ佐伯という名の老人が個人で所有する小さな研究所だった。テラペタは元々は軍の研究所に勤める研究員だったが定年を迎えるのを機に軍を辞め、それ以降個人の研究所を持ち趣味に没頭していた。

 そんな彼とロッチロの出会いは、ロッチロがまだ軍に入りたての頃だ。ロッチロが一方的にテラペタの頭脳に惚れ込みそれ以来個人的な付き合いが続いていた。


 今回ロッチロがここを訪れた目的は、先日の戦いの最中さなかに入手した“ちぎれた腕”の解析をテラペタに依頼していたからだった。本来なら軍の研究機関に解析を依頼するのが鉄則のはずなのだが、ロッチロは彼らにはそれが無理だと判断し独断でテラペタに解析を依頼した。ロッチロはそれほどにテラペタの頭脳を買っていた。


 ロッチロは車を降りドコスタに待機を命じ、たったひとりで研究所に入った。そして待っていたと言わんばかりの顔で彼を出迎えたのは腰の曲がったトウモロコシのひげのような白髪の老人――テラペタ佐伯だった。


「おや。随分とはやいお出ましだのぉ」


「少しでも早く研究の進捗を知りたくてね、遅らせることの出来る予定はすべて後回しにした。――で、結果は?」


「ほっほっほ。解析はすべて終わったよ。しかも面白いことがわかったぞい」


「ほぅ……」


「あの腕は中佐の睨んだ通り人間のものではなかったよ」


「だろうな」


「落ちていた場所と状況を考えれば例の腕は異星人の物で間違いないじゃろ。そして重要なのは、その異星人腕からとある“ウイルス”が検出されたことじゃ」


「ウイルス、だと?」


「ああ、そうじゃ。それ自体は未知のウイルスじゃが、ワシはそのウイルスと酷似した物を知っておってな」


「なに? それはどういう意味かな?」


 ロッチロが眼光鋭くテラペタを見据える。


「お前さんが生まれるよりも前に起きた大戦で、我が国はウイルス兵器の研究を行っていたんじゃよ。その兵器に利用されようとしてしたものが今回見つかったウイルスにとてもよく似ておるんじゃ。変異種と言っても差し支えないくらいにのぅ」


「その話。詳しく訊いても?」


「構わんよ――」


 日に日に激化の一途をたどる大戦を終わらせるため、露の国では秘密裏にウイルス兵器を開発していた。

 その兵器に使われるはずだったウイルスの名は『DoLLドル』。そのウイルスに感染した人間は脳に機能障害をきたし、まるで物言わぬ人形のような状態になることからその名が付けられた。


 しかし、それが使われることはなかった。理由はその兵器が実戦投入される前に戦争が終わってしまったからだ。だがここで大きな問題が発生した。それはウイルスの処分方法だった。


 戦争と言っても一定のルールがある。その中で大量殺戮兵器の使用は御法度とされていた。だが、露の国ではその禁を犯し細菌兵器の研究開発に着手しそれを完成させてしまった。


 処分の際に怪しい動きを見せれば諸外国に感づかれる。もしも露の国が大戦時に細菌兵器を投入しようとしていたなどということが表に出れば世界中から避難される。そこで当時の軍部及び政府連中が考え出したのが、地球圏外……つまり“宇宙に廃棄する”というものだった。


 奇しくも戦後の世は宇宙開発競争の時代となり、それに乗じて露の国は細菌兵器をロケットに搭載して宇宙空間へと捨て去ることに成功したのだった。


「ここからは完全にワシの推測じゃが、地球圏外に捨てたはずのウイルスが巡り巡って異星人の星にたどり着き、その星の者たちがそのウイルスに感染したんじゃろう。奴らの星に落ちた時にすでにウイルが変異していたのか、それとも奴らに感染したことで変異したのかはわからんがの」


 テラペタの推論は正しかった。ヴィル星を襲った大災害『悪魔の雷イビルフラッシュ』の正体がまさにそれだった。だがヴィル星側の人間からしてみれば地球人側の事情など知るわけもなく。彼らはそれを地球側からの宣戦布告として受け取ったのだ。


「なるほど……我が国の先人たちが消し去ったはずの負の遺産が、皮肉にも我が国に舞い戻ってきたということか」


「return――帰ってきた『DoLLドル』。名付けて『Re:DoLLリドル』と言ったところかの?」


 テラピコがほっほっほと笑う。


「つまり奴らの目的は地球の侵略や征服などではなく――」


「おそらく復讐……じゃな」


「ところで、その腕は今どうなっている?」


「まだ残っとるよ」


「そうか。――ならば博士、その腕から変異ウイルスを採取することは可能か?」


「うぅん? まあ、できなくはないのぅ」


「ではそれを踏まえた上で訊くが、もし仮にそのウイルスを?」


 その言葉を聞いたテラペタの表情が険しくなった。


「お前さん。何を考えとるんじゃ?」


「いいから答えたまえ」


「まずもって死ぬじゃろうな。そもそも元になった『DoLLドル』ウイルスは人を殺めることを目的として開発したものじゃからな」


「それは絶対か?」


 科学者はみだりに絶対という言葉を使用しない。故にテラペタはほんの少し答えに窮する。


「……検証するまでは絶対とは言い切れんの」


「ならばサイコロリアンのような驚異的な力が芽生える可能性もあるといことだな?」


「まぁのう」


「ではその可能性に賭けてみたい。これまでサイコロリアンの体の一部を回収できたという話は聞いたことがない。こんなチャンスはもう二度とないかもしれない。だから出来ることは全て試しておきたい」


「お前さんの考えはわかった。研究者としてワシも興味がないと言えばウソじゃ。じゃがの、死ぬかもしれんのじゃぞ? そんな実験にまともな人間が付き合ってくれるとは思えんがのぉ」


「それに関しては問題ない。こちらで用意できるはずだ」


 ロッチロの頭に浮かんだのはひとりの兵士――片腕を失った女の姿だった。


「ふむ。そこまで言うのならやってみるかの」


「よろしく頼む。それともうひとつ。できれば異星人に対抗できる手段を講じてほしい」


「ほ? ……まったく注文の多いことじゃ」


 そう言うテラペタはどこか満更でもない様子だった。


 …………


 テラペタとの話が終わった後、ロッチロは本部敷地内にある宿舎を訪れた。その目的はいろはに接触するためだった。


 中佐が現れたことで宿舎内は騒然となったが、彼女はそれを気にするでもなくまっすぐにいろはの部屋に向かった。部屋の扉を叩くと落ち込んだ様子のいろはが返事もせず扉を開けた。


「あ、あなたは――!」


 いろはが自分の部屋を訪れた人を見てすぐに察した。


 おそらくは中佐自ら戦力外通達をしに来たのだと……


 しかし、彼女の予想に反して――


「君にお願いしたいことがあってきたのだが。とりあえず中にはいってもいいかな? 他には聞かれたくない話なのでね」


 いろはには断る理由も度胸もなく、ロッチロを部屋に招き入れた。扉を閉めると、ロッチロはくつろぐ間もなく話を始めた。


「今、我々は新たな脅威に直面している。君も知っての通り、その驚異とはサイコロリアンのことだ。そこで、是非君にもその戦いに参加してもらいたい」


「え……? ええ!? ――で、でも、私は見ての通りこの状態ですし……もう、戦うことは……」


「君はサイコロリアンとサシで戦い生き延びた。私は未だかつてそのような事例は耳にしたことがない」


「運が良かっただけです……」


「運も実力のうちだ。それに、君の腕が元に戻るかもしれない、と言ったらどうする?」


「え? ええ?」


 それはいろはにとっては願ってもないことだった。また戦う力を手に入れることができるなら、ターニャの仇を取れるかもしれないのだから。


「これは極秘に進めている研究でね。最悪死のリスクも有る。だから強制はしない。これはあくまで私からのお願いだ」


 上官のお願いは部下にとっては命令に等しい。例えそれが死を伴うものであってもだ。少なくともいろははそういう認識でいた。それを抜きにしても彼女にとってその申し出を断るという選択肢はなかった。このまま何もしなければ軍にいられなくなる。それは今の彼女にとっては死んだも同然。


 ならば――


 いろはは悩むまでもなくでロッチロの申し出を受けるのだった。

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