第11話 BUTABAKO

 ドコスタの運転する車がテラペタの研究所へと向かう。後部席に座るのはロッチロ。そして旭日いろは。


「これから向かう場所は私が懇意にしている人物の研究所だ。そこで君の腕の再生治療を行う」


「はい」


「再度確認させてもらうが、これは死のリスクを伴う。その覚悟はできてるかい?」


 いろはは一瞬だけ戸惑いを見せた。だがすぐにいつもの調子に戻って「はい」と意思を示した。その後誰も一言も話さなかった。車内に漂うお通夜のような空気は研究所に到着するまで続いた。


 テラペタの研究所に到着した車からロッチロが下りた。そして彼女の後に続くようにいろはも車を降りた。ドコスタは車内で待機となった。


 2人が研究所に入るとテラペタが出迎えた。


「博士、早速だが……」


「ああ、準備はできとる。こっちじゃ」


 いろはは2人に言われるがままに研究所の奥へと連れて行かれ、そこに置かれていたベッドの上に横になるように指示された。


「お前さん。本当にいいんじゃな?」


 テラペタがベッドの上のいろはに話しかけた。


「はい。どうせこのまま何もしなければ死んだも同然です。だったら、一縷の望みに賭けたい……そう思います」


 いろはが左手で先の失くなった右腕の付け根に触れる。


「兵士の本分は戦うことじゃからのぉ。戦えなくなった兵士は死んだも同然ということかの。まあせいぜい成功することを祈っとりなさい」


 テラペタは用意していた注射針を取り出してそれを小瓶の中に突き刺して中の液体を吸い上げる。それをいろはに刺してシリンダーを押し込んだ。


 するとすぐにいろはは意識を失った。


「――失敗か!?」


 いろはに何も起きないのを見てロッチロが言った。


「いいや。今のは単なる麻酔じゃよ。――『Re:DoLLリドル』ウイルスを人間に投与した前例などないんじゃからの。それを投与した瞬間我を忘れてわしらに襲ってきたら目も当てられんじゃろ?」


「なるほど。一理ある」


「では本命じゃ」


 テラペタは別の注射器と小瓶を取り出しさっきの要領でそれをいろはに投与した。だがやはりいろはの体に変化が起きる様子はない。


「何も起こらないな……」


「作用するまでに時間を要するのかもしれんの」


「もどかしいとはこのことだな。――ところで博士、もうひとつの依頼に関してはどうなっている?」


「弱点の解析じゃったの。実はそれなんじゃが少し面白いことがわかっての」


「おもしろいこと?」


「そう。サイコロリアンの腕に寄生していたウイルスをある程度抽出した段階で腕が自然崩壊してしもうたんじゃ」


「なんだと!? ではサイコロリアンの腕はもうないのか!?」


「うむ。そうなるの」


「何ということだ……」


 ロッチロは回収した腕から無限にウイルスを抽出できるものと考えていた。今回の実験が成功した暁には軍の兵士たちにウイルスを投与しサイコロリアンたちと戦わせようということまで考えていただけに手痛い誤算となった。


「そう落ち込むことはないぞ。ウイルスを抽出することでその状態を維持できなくなるということがわかっただけでもかなりの情報じゃよ」


 世界的に見ても、これまでにサイコロリアンの体の一部でも回収できたという報告は存在していない。が、今回は偶然にもそれに成功した。コビドの腕が身体から切り離されてもその状態を維持できていたのは、その腕の中にその状態を維持できるだけの量のウイルスが宿っていたからに外ならない。逆を言えばこれまではそういう状況に恵まれなかったということになる。

 つまり、細かく刻んでいくことで、あるいは血と一緒にウイルスを体外に流させることでサイコロリアンはその身体を維持できなくなるということ。


 サイコロリアンを討伐する際は四肢の切断、細切れにしていくことが最も効果的であるという世界共通の戦い方は偶然にも理にかなった戦い方だった。


「サイコロリアンと戦っとる連中もさすがにこのウイルスの特性を理解できとるとは思わんが、偶然にもこれまでの戦いで編み出した戦術が最適解だったというわけじゃ。――ということはの、わざわざ四肢切断などというまどろっこしいことなどせずとも、わけじゃ」


「できるのか?」


 テラペタがフォッフォッフォッ――と自慢げに笑う。


「人工的にウイルスを作り出すときは必ずそのワクチンも同時に開発する。何かあったとき即対処できるようにの。――で、この『Re:DoLLリドル』ウイルスの元となった『DoLLドル』ウイルスは我が国の先人が作ったものじゃ。そのウイルスに対応するワクチンのデータを流用すればあるいは……」


「労せずしてヤツらを殺せる!」


「そういうことじゃ」


「う……くっ――」


 その時ベッドの上で静かな寝息を立てていたいろはが呻いた。意識は戻っていないようだが呻きながら苦しそうに身を捩り始めた。


「博士、これは!?」


「おおおお!! 始まるぞっ! 神秘の時間じゃ!!」


 いろはの右肩に巻かれた包帯が突き破られムクムクと迫り出し徐々に腕の形を成していく。そして数分ほどでいろはの右腕が完全再現された。色も形も元のいろはのものと寸分違わずの腕だった。


「ほほっおお!! 成功じゃ!! 成功じゃぞ!!」


 テラペタは実験の成功に年甲斐もなく大はしゃぎだった。


 ……………………


 …………


 早朝、一台の軍用ヘリが露の国の領土内にある島に向かって飛んでいた。対サイコロリアン討伐軍に所属する操縦士が運転するヘリの後ろに座るのはロッチロとドコスタだった。彼らが向かっている小さな島には『BUTABAKO』と呼ばれる収容所がある。そこはたったひとりの男を捉えておくためだけに造られた特別な収容所だった。


「ヤツの名はオーガ。ネヴァーデッデンの異名を持つ男だ。裏社会ではその名を知らぬ者はいないほどの大罪人だ」


「ネヴァーデッデン? ……不死身、ですか?」


 ロッチロはまさかと笑う。


「あくまでヤツも人間だ、不死身なわけがない。なんでも相当腕が立つらしく、善人悪人問わず何人もヤツに殺されているらしい。それだけ多くの恨みを買っていてヤツの命を狙っているものも少なくないにもかかわらずヤツは未だ健在。そういう意味においてのネヴァーデッデンだ」


「でもそのなかなか死なない男が捕まったわけですよね?」


「ああ。聞いたところによると随分あっさりした逮捕だったそうだ。あっさりしすぎていて警察の中には何か裏があるんじゃないかと疑っている者もいるほどだ」


「ところで、中佐はどうしてそんな相手に会いに行こうと?」


「なぁに、簡単な話しさ」ロッチロは腕を組み片眉を釣り上げる。「腕が立つならその腕を利用しない手はない――そう思っただけだ」


「え!? 本気ですか!?」


「ああ本気だよ。――ドコスタ君、着いたみたいだ」


 窓の外。目下、目的の場所が見えた。


 ヘリが島にあるヘリポートに着陸する。ロッチロとドコスタがヘリを降りると施設の職員が2人を敬礼で迎えた。


「早速だが案内してくれ」


「はっ! 了解です!」


 職員が先導してロッチロとドコスタはその後に続いた。


 施設内はお世辞にもきれいな場所とは言い難く、むき出しの岩肌を削っただけの適当な造りをしていた。機能的な造りになっていないため湿度は高くじめじめとした空気が不快感をもたらす。職員とロッチロは平気な顔で歩いていたがドコスタはひどく居心地が悪そうにしていた。

 そして、一行は通路の最奥の二重格子で隔てられた穴ぐらに辿り着いた。

 鉄格子の向こうにいる男は身長2メートル超える巨漢だった。四肢は鍛え上げられたロッチロのそれよりもさらに太く手と足に嵌められた枷が窮屈そうであった。男は何も言わず地面に胡座をかいて座っていた。


「貴様がオーガで間違いないか?」


 男はゆっくりと顔を上げ鋭い眼光でロッチロを捉えた。


「ああん? 死刑宣告でもしに来たかよッ?」


 オーガは冗談のつもりで言った。


「ほほぅ、察しが良いな。そのとおりだ」


 しかし彼の意に反してロッチはそれを肯定した。


「なん、だとッ!?」


「嘘ではない。近く貴様の処刑が実行されることが決まっている」


「…………」


 オーガ自身いつかそうなる日が来るだろうことは理解していた。


 彼が捕まったのは今から約半年前。裏社会で名を馳せていたオーガ率いる団体と別の組織との間で起きた抗争が原因だった。いくらオーガが腕の立つ人間と言えど複数の人間から同時に命を狙われてはひとたまりもない。だから彼は自分の身を最も安全な場所においてほとぼりが冷めるのを待つことにした。それが刑務所だった。

 露の国始まって以来の大罪人であるオーガは、殺人、強盗、恐喝、婦女暴行等々その身柄を拘束されるまでありとあらゆる犯罪行為に手を染めていた。そんな彼が警察に捕まれば処刑されるのが筋のはずだった。だが絶対にそうならないことは彼自身がよくわかっていた。裏社会にはオーガを心酔、信奉する者たちが多くいて、彼が処刑されたとなれば各地で紛争レベルの暴動が起きることは必至だから。そういう事態を懸念して警察は安易にオーガを処刑できない。だからしばらく刑務所に身を置いて、頃合いを見て脱走しようというのが彼の計画だった。

 しかし、オーガにとって計算外のことが起きた。彼が一般の刑務所に入れられてから二月ふたつきほど経った頃、彼はここ『BUTABAKO』に移送されることになったのだ。


 たったひとりのためだけに造られた場所。オーガは今ここで生き続けている。彼がここで生き続ける限り暴動は起きない。仮にオーガが死んだとしてもここで生き続けているという情報が消えない限り暴動は起きない。


 だからこそオーガは自分の身に迫る危機を十分に理解していた。


「死ぬのは怖いか? オーガ」


 ロッチロが挑発めいた言動をする。オーガは何も言わずじっとロッチロの顔を見続けた。


「……実は私がここに来た本当の理由は貴様にチャンスをやるためだ」


「はァ? チャンスだと? ナメてんのかテメェ?」


「貴様にとって決して悪い話ではない。もしこの私の“お願い”を聞いてくれたなら貴様をここから出してやる」


「お願いだと? 気でも触れたか?」


「貴様はここを出たくないのか? それとも反省の色に目覚め死を受け入れる準備ができているのか?」


「はんッ! ……ナメた口聞いてんじャねェクソアマッ!!」


 瞬間、ロッチロは早業で帯刀していた細剣を抜き鉄格子の間に突き刺しオーガの首元に狙いを定める。


「それはこちらのセリフだ下郎が!」


 枷を嵌められ抵抗できないオーガはじっと耐えるしかできなかった。


 しばし膠着状態が続き――


「降参だ。話を聞かせてくれ」


 オーガが言うと、ロッチロが細剣を鞘に収めた。


「――先日、我が国で初めてサイコロリアンと呼ばれる宇宙人が確認された。そいつらを貴様になんとかしてもらいたい」


「宇宙人……だと? はァ? お前頭イカれてんのか? そんな話をこの俺様が信じるとでも?」


 それは当然の反応だった。サイコロリアンの存在は世間一般には公表されていない。そんなものをいきなり信じろと言われても普通は信じない。だがそんなことはロッチロは百も承知だった。


「そうか。だったらこの話はなしだな――」


 そう言ってロッチロが踵を返す素振りを見せると、オーガが慌てて彼女を引き止めた。


「待て待て! 信じる。信じてやるぜッ! だが、さっき俺様をここから出すって言ったがお前にその権限があんのか?」


「問題ない。この件に関しては私に全権が委ねられている」


「信じていいんだな?」


「ああ」


「……だッたら乗ッたぜェ!」


「良い返事が聞けてこちらも頼もしい限りだ」


「だが条件がある。そのサイコ何とかッてのを軍のおエライさん方にはどうにもできねェから俺様のところに来たッてことだよなァ? そうなるとだ、さすがの俺様でもたッたひとりでそいつの相手が出来るかどうか自身がねェ。――そこで、だ。俺様が外に出た際に仲間に声をかけたい。んで、そいつをぶち殺したら仲間たちにはそれなりの額の金を渡してやッてくれねェか。どうだ?」


「そんなっ、それはいくらなんでも――」


「いいだろう」


 ドコスタの驚きをよそにロッチロあっさりと許可を出した。


「え!? 正気ですか中佐!?」


「そんくらい切羽詰まッてるッてことだろ? んなことも理解できねェか? 雑兵さん」


「んなっ――!?」


 オーガの挑発に乗って言い返しそうになるドコスタをロッチロが制す。


「話は以上だ。詳細は追って報告する」


 ロッチロは踵を返して来た道を戻る。ドコスタと職員がその後に続いた。


 収容所を出た2人はヘリに乗り込み島を離れる。しかしドコスタはどこか腑に落ちない様子だった。そんな彼の様子を見てロッチロが声をかけた。


「浮かない顔だね。ドコスタ君」


「ええ。まあ……。でも、本当によかったんでしょうか? いくら権限を与えられているからと言っても、これはさすがに軍規にもとるのではと思いまして……」


「問題ない。私はヤツを牢から出すとは言ったが再び捕まえないとは言っていない。つまり、あの男がサイコロリアンの討伐に成功した後でまた捕まえればいいだけの話だ。まあ、さすがのヤツでもサイコロリアンに勝てるとは思ってないがね」


「え? どういう、ことですか……?」


「時間稼ぎだよ。彼女と新兵器が投入されるまでのね」


 ロッチロは含みのある笑みを浮かべ、目下、遠くなる『BUTABAKO』を見つめた。

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