第19話 独白
謹慎中であるはずのロッチロはひとりでテラペタの研究所を訪れていた。
「日の国行きが決まったよ」
「うん? お前さん、謹慎処分を受けているとか言ってなかったかのぉ?」
「そのはずだったんだが、中将からお呼びがかかってね――」
サイコロリアンに襲撃された船が
「少数では護衛にならんと思うがのぅ……」
「その点は抜かりない。有事の際は日の国側も兵を出してくれる手はずになっている。要は、私はその橋渡し役というわけだ。……が、正直言ってこちらとしてはそれだけでは面白くない。だから博士に頼んでおいたあれを試そうと思ってね。それと、できれば彼女も連れていきたい」
彼女とは旭日いろはのことだ。ウイルスを投与したあの日以来彼女はここでリハビリを重ねていた。
「なるほどのぅ。そっちが本命というわけじゃな」
テラペタは保管しておいたマスケット銃と銃弾をテーブルの上に置いた。
「ん? 旧式の銃に見えるが……」
「仕方がなかろう? ワシのところに最新鋭の銃などないんじゃから」
「それもそうか」
ロッチロがマスケット銃を手にして構える。テラペタは部屋に据え付けられている通信端末で別室にいるいろはに連絡を入れた。
「ワシじゃよ。ロッチロ中佐が君に会いたいそうじゃ。今すぐこっちに来てくれんかの」
通話を切ってテラペタはロッチロに向き直る。
「その銃はたしかに旧式じゃが多少改造を施してあるんじゃ。で、重要なのはこっちじゃ」
テラペタがテーブルの上の銃弾をひとつ手に取る。
「こいつは『ハイパークロラス弾』じゃ。『
「こちらの我儘に付き合わせたんだ。文句は言わんさ」
ロッチロは構えていた銃をテーブルに置いた。
「日の国といえばお前さん。あの国では超能力の研究をやっとるという話を知っとるかの?」
「超能力?」
ロッチロは怪訝な表情を見せた。
「なんでもサイコロリアンに対抗する力を得るのが目的だそうじゃ」
「くだらないな」
「たしかにくだらんかもしれんが、前大戦ではあの
「その話なら知っている。だが彼の国はそんな曖昧で不確かなものより、明確でより確実な核という手段をとった……。それが現実だ」
「ま、そうなんじゃがのぉ。いち研究者としてちと気になっただけじゃ。ところで――」
「失礼します!」
テラペタの言葉を遮るように旭日いろはが部屋に入ってきた。
「腕の方はもう大丈夫かい?」
ロッチロは気遣うようにいろはに問う。
「はい。たまに痛みを感じることもありますがなんとか」
「まだ完全には馴染んでおらんのじゃろうな」
「そうか。――実は私は日の国へ行くことになってね。もしよかったら君もどうかと思っていたんだが」
「日の国!? 本当ですか!?」
いろはの驚きにはどこか嬉しさが混じっていた。
「ああ。だが腕が不調なら無理にとは言わん」
「いえ。ぜひお供させてください!」
「そ、そうか……そこまで言うならすぐにでも出発の準備を始めてくれ」
「はい!」
部屋を出ていこうとする2人。そんなロッチロの背に向けてテラペタが言った。
「もしも。もしもサイコロリアンを倒すための特殊な力をひとつだけ手にできるとしたら、お前さんはどんな力がほしいかの?」
それは先程いろはによって遮られた話の続きだった。たらればの話など……と思いつつもロッチロは最後まで付き合うことにした。
「そうだな……」ロッチロは暫く考える。そして、「私は時を超える能力がほしい。その力を使って過去に戻り我が国の祖に『DoLLウイルスを宇宙に捨てるな』と警告する。そうすればその先にあるのはサイコロリアンがやって来ることのない世界……だろう? まぁ、その世界が平和な世界かどうかは別として、今よりはだいぶマシだろう」と、最後は自嘲気味に締めた。
「ほほぅ!?」
ロッチロの出した答えにテラペタは目を剥いて驚いた。
「これは一本取られたわい。たしかにそのとおりじゃの。フォッフォッフォ――」
「あの? いったい何の話を」
先程から何の話をしているのか理解できていないいろはが2人の顔を交互に見やる
「ん? ああ、他愛のない世間話だよ。それでは行こうか」
ロッチロはいろはの背中を軽く押すようにして一緒に部屋を出た。
……………………
…………
露の国の海軍が自国の艦を回収した。サイコロリアンによって引き起こされた惨状はそのままで、夏場ということもあって甲板はものすごい異臭が漂っていた。艦内にサイコロリアンが潜んでいる可能性に気をつけながら艦内を清掃し、壊れた箇所は修繕し、それが終わると海軍はサイコロリアン討伐軍を引き連れて早々に引き上げていった。
ただ、ロッチロ、ドコスタ、いろはの3人は日の国に留まった。その目的はこの国にいるサイコロリアンと戦うためである。本来ならロッチロたちが自国外でサイコロリアンと戦う必要など皆無だが、ロッチロは一日でも早くテラペタの新兵器を試したくて仕方がなかったのだ。
そして、3人は日の国での戦闘に参加させてもらうため、日の国の対サイコロリアン討伐軍の総司令官に挨拶するため軍本部に足を運んだ。3人は日の国の軍人に案内され司令官のいる部屋へとやってきた。部屋に入るとそこにいたのは、左目を眼帯で覆った髭を蓄えた貫禄ある男だった。
「お久しぶりです。総司令官殿」
「ロッチロ君か……。今は中佐、だったかな?」
「はい」
いきなり総司令官に面会できたのは2人が知り合いだったからだ。ロッチロが多国籍軍として某国に派遣されていたとき、彼女の参加している隊を率いていたのが、総司令官の花山だった。
「しかし驚きました。まさか花山隊長が総司令官になられているとは」
「大したことではない。私は生き残って歳をとった。その時たまたま総司令官のポストが空いていた。それだけだ」
「ご謙遜を」
「謙遜ではない。実際、現場の私は失敗ばかりだたからな……」
そう言うと花山は一瞬だけいろはに視線を向けた。いろはは先程から居心地が悪そうにしていて、花山に視線を合わせないようにしている。
「お話は変わりますが。今回は日の国での戦闘に参加させていただけるということで挨拶に参りまいした」
「うむ。君の参加は私としても非常に心強い。だが――」花山は射抜くように目を細めロッチロを見据える。「本来軍というのは自国のために働くものだ。軍を持たぬ国に派遣されるならまだしも、普通は軍が存在している国で一緒に戦おうなどとは思わない。ましてや相手はあのサイコロリアンだ……。あるのだろう? それなりの理由が」
「さすがにお見通しですか。――ドコスタ君」
「はい」
ロッチロに呼ばれたドコスタは前に出て、手にしていた布に包まれていた銃を机に置いて広げてみせた。
広げられた布の上には旧式のマスケット銃と7発の弾丸。
「これは内密にお願いしたいのですが。もしかするとこの銃がサイコロリアンを倒すための切り札になるかもしれないのです。それを試したく思い、戦闘に参加する決意をしました」
花山は銃に視線を落として怪訝な表情をする。
「見たところただの銃に見えるが?」
「仰る通り銃はただの銃です。特殊なのはこちらの弾丸の方です。――私の知り合いの研究者に協力してもらい作らせました。ちなみにこのことは我軍も預かり知らぬことです」
花山は弾丸の1つを手に取り潰さに観察し、気が済むとそれを戻した。
「君が日の国で戦うことに異論はない。だが1つだけ条件がある。もしもこの武器がサイコロリアンに有効であると判明した場合。我々に多少の見返りが欲しい」
「わかりました」
「即答か」
花山が面食らう。
「もとよりそのつもりでした。でなければこれを総司令殿に見せるようなことはしません」
「言われてみればな」
「では、これで失礼します」
ロッチロが踵を返す。ドコスタといろはがそれに続こうとすると、ロッチロはいろはの肩に手を置いた。
「日の国の者同士、積もる話もあるだろう」
「いえ。特には――」
「君にはなくても総司令殿にはあるかもしれないよ」
「え?」
ロッチロはいろはの肩を叩いて、ドコスタとともに部屋を出ていった。
部屋に取り残されたいろは。そんな彼女に花山が言う。
「どうやらロッチロ君には気づかれていたみたいだな」
いろはこのとき初めてしっかりと花山の顔を正面から捉えた。
「見違えたな。旭日君」
「…………」
いろはは何も言わなかった。
「まだ“あの時”のことを怒っているのか? ――本当に済まない事をしたと思っている。当時の我々はあれがベストの対処法だと信じて疑ってなかったんだ」
花山はいろはに向かって頭を下げた。
「いえ……。夜の学校に忍び込んだ私にも否はあります。それに、悪いのはサイコロリアンですから」
「そう言ってくれると私の気持ちも少しは楽になる。ところで、故郷にはもう?」
「……いえ」
「そうか。あれからもう何年も経つ。そろそろ家族に合うことくらい許可しても――」
「その必要はありません」
思い出すのはターニャのこと。彼女の仇も取れずに自分だけが家族に会って幸せな時間を過ごすことを思うと、どうしても申し訳ない気持ちになるのだった。それをするのはすべてが終わってからだと自らを戒めた。
「君がそう言うなら仕方ない。だが、今一度その目に故郷の風景を焼き付けておくのも悪くないだろう。ロッチロ君には私から伝えておく」
それくらいなら……といろは久しぶりに故郷へ赴くことにした。
…………
いろはは故郷を懐かしむように大地を一歩一歩踏みしめながら歩いた。そしてたどり着いた場所は海を望むようにして建つ小学校だった。
「懐かしいな……」
夏の日差しに照らされる校舎を見上げながら言葉を漏らした。
――思えば私の戦いはここから始まったのだ……と、感慨に耽る。
当時、いろははまだ幼い少女だった。翌日までに終わらせなければいけない課題を学校に忘れたことに気がついたのは夜のことだった。諦めようかとも考えたが真面目な性格のいろはには課題をやらないという行為が我慢ならず夜の学校に忍び込むことを決意した。それがすべての始まり。彼女が学校に忍び込んでしばらくすると校舎内に銃声が響いた。いろはは怖くなって近くの教室に隠れた。
そこへ現れたのは軍服に身を包むひとりの女性……と、長い髪の少女。
長い髪の少女はいろはの目の前で軍服の女性を惨殺した。その女性は最後の力を振り絞っていろはに「逃げろ」と言ったが当のいろはは腰が抜け足が震えて動けなかった。
そして、長い髪の少女の魔の手がいろはに迫る。そこへタイミングよく別の軍人たちが現れいろはは救助された。その時現場に駆けつけた兵士のひとりが花山だった。
しかし、いろはの本当の災難はここからだった。
サイコロリアンの存在が世間一般に秘匿されているため絶対に口外しないとの誓約書を書かされた。当時のいろはに誓約書というものが何かなど理解できるはずもなく、ただただ大人たちに言われるままに書類に必要なことを書いた。
その後いろはの身に起きたのは目を疑いたくなるような辛い現実だった。
いろはは無理やり軍に入隊させられた。これはいくら誓約書を交わしたとは言えいろははまだ子ども。どこで口を滑らせるかわからないので、いろはを目の届く範囲に置いておきたいという政治的な思惑が働いた結果だった。
親には自らの意思で入隊を希望したと説明されいろはは半ば攫われる形で軍に引き取られていった。当然いろはの両親がそれを快諾するはずがなかったが、口止め料として対価が支払われると、それですべてを察した。いろはの両親も大切な娘を金で売り渡すようなことはしたくなかったが“保身”のために苦渋の決断を下した。
それからいろはにとって地獄のような日々が続いた。そこでは年齢性別問わず厳しい訓練が待ち受けていた。自分の意思で来たわけではないのに訓練を強制されるという処遇に子どもながらに理不尽さを感じていた。
それでもいろはは
自分の置かれているこの辛い境遇はすべてサイコロリアンのせいだと思い込むことで、それをバネにして日々の訓練に勤しんだ。するといろははその頭角を現していき、いつしか皆から一目置かれる存在になっていった。そしてたまたま視察に来ていた露の国の軍人がいろはのことをいたく気に入りその流れで彼女は露の国の軍隊に移籍することになった。
思い出を懐かしむように目を閉じていたいろははゆっくりとまぶたを開ける。すると学校の昇降口からこちらに向かって歩いてくる3人の少年少女の姿があった。
少年たちは何か面白いことがあったのかあれやこれやと会話に興じていた。
「やっぱ外国人だったんだって! 髪の毛だってピンクだったしよ!」
「違いますよきっと。だって、言葉が通じてたじゃないですか?」
「そうよ! だいたい海を泳いで行っちゃったのよ? あれはどう説明するの? きっとあの子の正体は人魚よ!」
「はぁ!? いくらなんでも人魚はないだろ!? せめて宇宙人とかにしろよ!」
大声で話す会話の内容は嫌でもいろはの耳に入った。
――髪の色がピンク? 海を泳いでいった? 宇宙人? ……まさか!?
その言葉が彼女の記憶の中にあるサイコロリアンの姿を思い起こさせた。
「ねえ。君たち!? その女の子ほんとに見たの!? そいつはどこへ行ったかわかる!?」
いろは3人組のひとりの肩をグッと掴んで詰め寄っていた。
「うわっ!? いきなりなんだ!? 知らないし、痛てぇよ!」
「あ……ごめん。でも、ピンク色の髪の子がいたっていう話は本当だよね?」
「ああホントだぜ! すげぇ変なやつだったけどな! ガキのくせに自分はオトナだとか言っててさ」
「そう。ありがとう!」
いろはは、それが彼女が最初に戦ったサイコロリアン――コビドのことだという確信があった。このことを伝えるためいろはは急いでロッチロの元へ向かった。
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