第33話 親衛隊入隊 戦友
ゼオは師匠の家を離れ、王城に向かい歩き始める。
途中で、鍛冶屋のジムが鉄を鍛える音が小気味良い。
雑貨屋のボリスがお客さんと話し込んでいる。
……王城へ真っ直ぐ繋がるメインストリート、店舗が連なる中央通りに出る……馬車が片道2車線の計4車線の広大な道幅。
つい数日前、ヤーンとゼオはこの道を陰鬱な気持ちで王城へと向かっていた事を思い出す……こういった交通量の多い道に出ると、ゼオは多くの浮遊する霊を観る。
半透明の霊達が往来を闊歩する……その道の反対側から、見知った顔が歩いてくる。
両目に、切りっぱなした布を巻き、頭の後ろで無造作に括ってる。
杖を地面を突いて、健常者と同様のスピードで歩いてくる小柄な少年……交差する人を器用に避けて、まるで視えている様にしか思えない。
すれ違う人達が『何故、自分の方が避けられているのか?』と不思議そうに目を覆った少年を振り返る。
ゼオは馬車に気を付けて道を渡り、少年の元に歩いて行く。
「ゼオ兄、おはよう!」相手から先に挨拶される。
「!……ッ、ライド、おはよー!っていうかライドも親衛隊だったんだ」ゼオも挨拶……何故、ライドは僕が判るんだ……訳が解らない。
「そうだよ、僕も親衛隊勤務なんだ!」ライドは友人が同じ配属だった事に嬉しそう。
「……えっと、ねぇ、ライド、お前、目が見えてないよな……」おずおずとゼオは先程の疑問をライドに尋ねる。
「うん、視えてないよ、けど観えてる……」そしてライドの視線はゼオの顔を見る、包帯の奥の視線(無くした眼球)が、ゼオの視線と交わる。
「どうして、僕の顔の位置まで、そこまで判るの……」ゼオは驚嘆。
「あの峡谷、殺し合い、あの舌打ちで僕は敵を感じた……ううん……感じないと死ぬと理解した……それしか無かった……反響定位は元々、目が見えていた時も使っていた技術……けどお遊び程度だったんだ……それがいきなり実戦投入だから焦ったよ……」ライドはニコニコ話す。
「はんきょ……てえい???なん……なのそれ」ゼオ。
「反響……定位……はん、きょう、てい、い、と言って、音の反射で物体の位置を探る技術だよ、そんな能力を持つ動物もいるんだ」ライドは嬉しそう……その最中にも、杖で石畳を叩いている。
「舌打ちだけじゃなく、杖で叩くのも、それなの?」ゼオ。
「そう、たまに、盲いた人が道を杖で叩きながら進んでいると思うけど、あれは前方の確認も有るけど、道の材質や、凸凹、その上で反響定位を行っている人もいると思うよ」ライドは饒舌だった。
「行こう……時間が……」ライドが王城への出勤を促す。
「あぁ、そうだね、行こう」ゼオはライドと共に歩き出す。
ライドはゼオの歩行スピードと遜色無い……両目が無く、片足義足の少年……身体的な損失を感じさせない恐ろしい異能……
またそれ以上に、あれから数日でニコニコと笑っているこの精神の頑強さ……
いや、この少年の中で無くしたモノの絶望感で、猛烈な嵐が逆巻いた筈……
それなのに……この少年は既に歩き始めた……物理的にも、精神的にも……
ゼオは自分より、ライドの方が余程、異能者だと痛感する。
二人して、王城への道を急ぐ……時々、ゼオは女性から声を掛けられる。
ゼオは覚えていない……しかし相手は覚えている……丁寧に挨拶して王城へ急いている事を伝え、その場から退散する。
「相変わらずモテるね~」ライドからちょっかい。
「大事に出来る人間の数は限られている……」ゼオは話す。
「どういう事???」ライドはゼオの言葉の意味を計りかねている。
「あの人を大事に出来ないって事、僕には他に大事にしなきゃ成らない人達がいる」ゼオはライドを見て言う。
「あの人は見捨てるって事???」ライドの眉間にシワが寄る。
「皆、そうだよ……ライドだって大事な人が居るだろ……」とゼオは一刀両断。
「そりゃ、もちろん!けど他の人も大事にしたいよ」とライド。
「全員は無理だ……」とゼオ。
「ゼオ兄、怖いな……」とライド。
「お前だって、僕達の家族や友達を護る為に、相手を殺したろ……」ゼオは峡谷での殺戮を言っているのだ。
「確かに、けどそれは、向こうから襲い掛かって来たから止むおえず」ライドは反論する。
「僕は想うんだ……本当に殺されていい人って、それほど多くないんだよ……」ゼオは続ける。
「あの敵は皆、兵士じゃなかっただろ……強制的に駆り出されて、僕らに殺された……老人も、若者も、やせっぽちも、お腹の出た人もいた、彼等は敵だし、過去にどんな事をして、あんな目に合ったのかは知らないけど、少なくとも、彼等を切り刻むだけの理由を、僕らは持っていない……そうじゃないか?」ゼオはライドを見る。ライドが少し立ち止まる。
「そうだった、だから僕は彼等に……隙を見せてしまった……そう憐れに思った……どうして農民がと……」ライドは下を向く。
ゼオはライドの心の傷を抉ってしまったかと思い、あたふたして言う。
「ごめんな、ライド……僕が要らない事……」ゼオの言葉を手で制す。
「ううん、大丈夫、あれは、いい教訓なんだ、僕にとって……もう失えないんだ」ライドは真っ直ぐ道を観る……その盲目の目で。
そうこうしている内に二人は、王城に至る最後の架け橋の前まで着いた。王城には大きな掘りがあり、その掘りに架けられた唯一の橋がこれだった。
二、三日から、民間人の立ち入りを制限している。
橋の入口前には、アルテ峡谷で見た事のある二名が警備に当たっていた。
「おお!そなたら、今日から配属かな?」
「おお!おまえら、今日から配属か?」
二人同時に質問して来た。
「はい、クライスの弟子ゼオです!」
「はい、トラバーの息子ライドです!」
二人は大きな声で答える。
「よしよし、許可証を見せてくれたまえ」丁寧な物言いの警備員が訊いてくる。
ざっくばらんな話口調の警備員はニコニコ、二人を見ている。
ゼオとライドはバッグから剣匠許可証を出して二人に見せる。
「すまぬな、二人ともアルテ峡谷で存じておる故、分かってはいるのだが、これも規則と思うてくれ」丁寧な警備員が許可証を見て二人に返す。
「顔パスでも良いくらいよな、ハハハ」ざっくばらんな警備員は相変わらず。
「いえ、とんでもないです」二人とも恐縮する。大の大人がこんな若輩の二人に、丁寧で優しく相手してくれる事がビックリした。それが顔に出ていた二人なのだろう。
察した丁寧な警備員が話す。
「我等は剣匠、その者の実力を計るのは覚悟と技量であり、年齢は関係ない、そなたらは私達と同様、強力な戦力足り得る剣匠……同じ仲間だ……」警備員が言う。
「アルよ、お前は堅苦しくて敵わん、お前らは俺達と何も変わらん、年等どうでもいい、必要なのは、戦いの覚悟と、ハギより誉められる技量の獲得、そしてお前らはその両方を持っている……」ざっくばらんな警備員が言う。
「ありがとうございます」ゼオとライドは、もうこの警備員二名を好きになっていた……
剣匠の思考……覚悟と技量……それが全て……
年を経ていても、覚悟も無ければ、技量も無い……
そんな人間より、今は目の前に居る、青年二名の方が遥かに大人である……
警備員二人はそう言っている……
だから自分達と同じ様に接する。
丁寧な警備員がふと思い付いた様に話す。
「すまぬ、我らの自己紹介が未だだった、私はアルバート、コイツはザグレブだ、宜しく」アルバートが手を出す。
「俺はザグでイイ、コイツもアルでイイ……」ザグレブが手を出す。
ゼオとライドも手を出し、握手をする。
……何の問題も無く相手の手を握るライドを見て、二人は感嘆する。
「素晴らしいな……良き鍛練をされた様だ」とアル。
「お前の修練……研ぎ澄ましたな」とザグ。
ライドは、恥ずかしさに頬を赤らめる。
そしてアルとザグの二人に見送られて王城の橋を渡る。
大きく長い橋の幅は、二人が横並びに両手を拡げても、まだまだ、端には届かない……
自分達と以外にも様々な人が歩く……
商売、申請、報告、その他色々な事情でこの橋を渡り城に向かう。
橋の途中、二人を追い越す、すらりとした長身の浅黒い肌の男性……ゼオの目に止まる。
自分達より、少し年長、20代半ばだろうか、あまり、キルシュナで見る事が無い肌の色、南方の人なのだろうか?
キルシュナには生息していないが、長身の彼を見て、ゼオは黒豹を思い浮かべた……
そして彼の背後に霊を見る……師匠程では無いが、数人の霊を……彼の風体を覚える。
同時に「ライド、観えるか……身長180㎝弱、細身、筋肉質……」尋ねる。
「うん、8時の方向から僕らを追い越し、今は10時の方向、足腰はかなり健脚だね……嗅いだ事の無い匂い、香水かな……あと何か金属製の……左足の靴底が地面に着く時の音が、右足と違う」ゼオはライドの観察を聞く。
キナ臭い……
しかし殺人を犯していない人でも霊は付く、『護りたい』と思う霊はその人の周囲に漂う、肉親や友人、恋人はその最たるモノだ。
だが、この黒豹は違う気がする……憎しみを持った霊達、しかし確信は無かった。
また肌の露出が多い衣服で、武器らしきモノの携帯も有り得なかった。
……考え過ぎか……
それでも、ゼオは黒豹を観察しつつ橋を渡った。
若い二人は王城へと入る……
向かうは親衛隊棟……
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