第5話 互いに喪い、そして得るもの……

 寝室を出て……

 台所に向かう……


「水……水……」俺は砂漠の放浪者の様に水桶に辿り着く。

 ジョッキに水を汲み……呷る。

 寝ている間にどれだけの汗をかいたのだ。

 ジョッキに2杯の水を飲み、やっと一息。


「フゥー……」大きなため息……

 朝から疲労している、特に頭……考え疲れの様な。


 エライ事だ……

 こんな事が続くのか?

 悪夢……しかし、もう覚えていない。

 なんてこった。


 水を飲むのに一生懸命で忘れていた、寝床を直しに行く。


 枕がグッショリ濡れている。


「兄貴……」後ろにゼオが立っていた。

「何だよ」振り向きもせず俺は答える。

「耐えられる?……」訊く。

「お前はどうなんだよ……」尋ねる。

「僕は、兄貴程じゃないみたい……昨日は寝れた……」ゼオの答え。

「そうなのか……良かった」俺は安心する。

 見鬼の弟が心配だった。

 後は俺の問題だけ……

「僕は、ライドを見舞いに行くんだけど兄貴どうする……」

「俺も行くよ……一寸待ってくれ」俺はゼオを止める。

「わかった、待ってる」ゼオは食卓の椅子に座り俺を待つ……何時もゼオは静かだけれど……今日は増して静かだ……じっと座っている。

「ゼオ……どうかしたか」

「ライドが心配で……」ゼオが少し暗い顔……


 俺は急いで布団を持ち上げて、外の物干し竿に掛ける。

 ずっしりと汗を吸い込んだ布団を干す……重い。


「よし、行こうか!」

「了解!ライドん家に行く前にお見舞い品買っていこう」ゼオは提案する。

「そうだな……ボリスん所へ行こうか?」

「うん……」ゼオは頷き歩き始める。


 ……古くさい看板の雑貨店に着く……


 中から、息子のボリスが鼻をほじりながら出てくる。

「どうした兄弟?」鼻をほじった指で目を擦る。

 こいつ起きたばかりなのか?

「おう、ボリス!ライドん家に見舞いに行くんだ、なんか、土産無いかな?」俺は尋ねる。

「おおっ!お客様、そんな時はこれ!果物詰め合わせ、これに限る!」ボリスは、ほじった指で差す。

「2000Gって結構高いな……」俺は財布をゴソゴソ……まぁ、払えるけど……

「ライドは多分寝込むだろうから、甘い果物……いいんじゃない……」ゼオが提案する。

「わかった!ボリス奮発するよ」俺はボリスに金を払い、詰め合わせの籠を掴む。

「まいどありー」ボリスは上機嫌。


 籠を片手に、ライドの自宅に向かう。

 目と鼻の先だ……

 家の前に、黒くてデカイ鞄を両手に抱えたおっさんが入っていく。

 あぁ、王国の医療専門の僧侶だ、僧侶系魔法と治療のスペシャリスト。

 師匠も隻腕の調子で、たまに世話になっているから知っている。

 確かあの人は外科が専門だった筈……

「ヤーン!ゼオ!」

 僧侶と入れ違いにライドのお母さんが俺達を見つけて声を掛ける。

 お母さんは元気一杯だった。

 細い腕に、重そうなお湯が一杯に張られた桶を持っている。

「今からライドの右足を切るの……」お母さんは青い瞳に力を込めて言う。

「今ならまだ、膝が残せる……って先生が言ってくれたの……だから急がなきゃ……」ライドのお母さんはテキパキと準備を整える。

 ……消毒用アルコール・包帯・お湯 etc……

「……貴方達、ご免なさい、手伝って……助けて頂戴……」ライド母は歯を食いしばる。

 先程の元気一杯は悲壮な決意だった。

 泣いてなんかいられない!息子が脚を切断するのだ。

 そんな暇は無い、そういう決意……

 それが俺達に伝わる。

「よし!!!分かった!!!」兄弟は同時に返事する。

 医療品を、邪魔な庭木を排除した中庭の机に並べ、お湯を運び入れる。

 中庭には木の担架が置かれており、ライドが寝ていた、薄い布が体に掛けられている。

 盲いたライドがこっちを向く「ヤーン兄、ゼオ兄、二人とも来たんだ……僕、泣き叫ぶかも……」と言う……見えていない筈なのに、足音だけで俺達だとライドは分かった。

「お前はスゴいヤツだよ!!!ライド!!!」俺達はライドを見る。

 まだ、子供に半分脚を突っ込んでいる年齢のライドが、両目を失った翌日に片足を失う。

 よく我慢していると思う。

 肉体的苦痛も……

 精神的苦痛も……

 十代半ばの青年がこんな苦痛を我慢できるとは……立派だ……尊敬する。


 ……

 ……


 やがて俺達が手伝い、全ての医療器具が中庭に揃う。

「二人とも中庭から出なさい……」おっさん僧侶が、大きな声で言う、そして俺達が中庭から出たのを確認して、地面四隅に希少金属を置く。

 中庭の軒先にも希少金属を吊る。

 おっさんが僧侶がもぞもぞと呪文を唱える。

 薄く柔らかい光が、希少金属から放たれる。

「手術室、消毒終了……そして継続……」とおっさん僧侶は言い、希少金属を指差し確認。


 おっさん僧侶が、トラバー隊長、ライド母に白衣を渡す。

 白衣にも希少金属のネックレスが付いている。

 二人は袖を通す「シューー」と小さな音……

 殺菌されているのだろう。

 僧侶も白衣を着る。

 そして手術室に入って、二人を手招きする。


 二人は僧侶に引き続き手術室に入る。


 俺達は、蚊帳の様に薄く張られた希少金属の結界の外から四人を見る。


「只今より、切断手術を始めます……術式及び行程をお伝えします……お二人準備は宜しいですか……」僧侶は二人の顔を見る……二人は頷く。

 そしてライドに掛かった布の右足部分を捲る。

 脛下部……

 外側に深い傷が見てとれる、周辺部は黒く変色してる。

 僧侶は、ペンを使い、ライドの脛に当てる。

 膝下10cm程度から脛を切断する様に線を引く半分程度線を引いたら、そこから、曲がりふくらはぎを残す様に更に10cm程度L字型にライドの右足に黒い線が引かれた。


 ■僧侶が二人に伝えた術式は以下の通り……


 術名は『下腿切断術』


 脛の前面から切断開始、そして、けい骨と腓骨を切断するが、そのまま裏側までは切断しない。

 そこからは約90度曲がり、ふくらはぎの肉を10cm程度残しつつ斜めに切断する。

 そして残したふくらはぎの肉を用いて切断部を覆い縫合する。


 そのまま単純に切断しない理由は上にも書いた通り、切断面を縫合する肉を確保する為だ。

 真っ二つに切断して仕舞えば、切断部は丸ごと露出したままになる。

 それでは切断面の雑菌の侵入が防げないし、血管は切断されたままだ。

 だからふくらはぎの肉と外皮を残す事で、縫合は脚の切断面前面半分程度となり、また外皮で覆うことで雑菌の侵入も防げる。

 

 つまりは治りも早くなる。


 僧侶がライドの右脚、線を引いた患部に、塗り薬を塗布する。

 そして希少金属を右足を真ん中にして左右に置いた。

 左足は切断時に邪魔に成らぬ様に担架から下ろす。

「痛みが消える……⁉️」ライドが言う。

「その程度ならば、痛みは消えますが、切断時の痛みを相殺する事は出来ません……覚悟なさい、しかし貴方なら耐えれます……身体は出来るだけ動かさぬ様に」僧侶は優しく言い、担架に付いた革ベルトでライドの上半身と右足首を固定する。

 母にライドの頭を擦り安心させる様に指示する……

 僧侶は右太股を止血する。

 そして念の為に、患部に凝血の魔法を唱える。


 そして僧侶がトラバーに声を掛ける。

「宜しくお願いします」

「判りました」トラバーが剣を抜く。

 俺は剣の側面に嵌められた付与魔法を確認する……

 十式入る全てが『切れ味強化』になっている……

 出来るだけ、綺麗に、患部を痛めず、斬る……

 トラバー隊長の意思を感じる。


 トラバー隊長は据物斬の達人だった。

 だから、峡谷時の戦いでも、両手持ちの大剣を使っていた。

 剣匠の剣はアルテアの騎士が使う剣とは根本的に異なる。

 アルテアの剣など剣匠からすれば鈍器だ、斬る武器ではない。


 ........

 我が国で昔、据物斬が流行った頃、罪人の胴を何体斬れるか試した事があったそうだ……

 その際の記録は『七つ胴』だったらしい。

 積み重ねた死体七つ分の背骨や筋肉全てを切断する剣……

 付与魔法無しに、それが剣匠の剣だった。


 しかし今の御時世、死体切断など余り誉められた行為で無い為、トラバーや他の据物斬の剣士は竹束や絨毯を巻いた据物を使い試斬を行っていた。


 トラバーが剣を振り上げる。

 荒研ぎしている、切れ味を増す為だ……相反する様だが、剣は荒い方が切れ味が増す。

 見栄えだけを求め、化粧研ぎすれば鏡のように美しいが、よく斬れるかと言えば否、荒研ぎだけを行うのが正解だ。


「ヒュッ」空気を斬る音……綺麗に僧侶が線を引いた箇所に剣が当たる……

 しかし音がしない……「スッ……」刃が入る、2つの骨を切断して、ピタリと止まる。

 ふくらはぎが担架に当たる音が微かに、腕だけで止めていない……

 腰も使い……

 膝も使い……

 線の通りに止まる……


「ッアアアアアアッ!!!」ライドの悲鳴!

 僧侶が脚を載せている担架の右足部分を外す……

 ライドのふくらはぎが顕になる……

 トラバーは今度は剣を横に凪ぎ払う……

 また音もせず……

 ライドのふくらはぎに剣が吸い込まれ……

 線通りに斬る、ピタリと止まる。

 トラバーは剣を仕舞う。


 僧侶は、綺麗に切り離された右足首を掴み上げて、盥に右足を入れる……

 血が盥に貯まる、しかし直ぐに止まる。


 止血した右足の切断面のからは、太い動脈を斬ったにしては、血が噴き出さない、じわじわと滲んでいる程度……しかし縫合に支障は無い程度だろう……

 凝血魔法と止血が効いている。


 ライドはまだ、呻いている、脂汗を額に滲ませている。

 それでも身動ぎ一つしない。


 母はライドの額に自身の頬を当てて「大丈夫……大丈夫よ……」と呪文の様に言っていた……


 断面は恐ろしく綺麗だった。

 白い骨が大小2つ

 赤い肉、白い筋が至る所……

 しかし全てが潰されもせずに、綺麗に切断されていた。

 どうすればこれ程までに綺麗に切断出来るのか?

 どうすればこれ程までにピタリと剣を止められるのか?

 俺には全く判らん……

 据物斬の達人だけの事はあった。

 また、音もせずに切断した事から、剣も相当の業物らしかった。


 僧侶は傷口の縫合を始める。

 ふくらはぎの肉を持ち上げて、切断面に宛がう……

 脛の周囲の肉とふくらはぎの肉を摘まみ縫合する……

 自動機械の様に作業が進む、細かい作業が遅滞無く進む……

 ライドの額から脂汗が滴り落ちる……それでも微動だにしない……

 縫合は30分程度で終わった。

 ライドの母が、清潔な包帯で患部を包む。

 念の為、僧侶は消毒・解毒・鎮痛魔法を複数回唱える。


 ライドの頬は紅く火照っている。

 痛みに耐えている。今夜は熱が出るだろう。


 側で母がずっと手を握っている。

 そしてライドの顔を見ている。


「施術は完了した、トラバー隊長感謝します……お陰で、時間も血液の消費も大幅に短縮できた……」僧侶が手を差し出す。

 トラバーがその手を握る「感謝します……」と一言……

「後は義足が出来ましたら、歩くには支障は無いでしょう……」僧侶はそう言い……

「お母様、ライド君は我慢強いお子さんですね……動かないでくれたので、縫合が非常に楽でした……綺麗に縫えたと思います、傷の治りも早いでしょう……」と母に伝える。

「本当にありがとうございます……」母は顔を上げて、感謝の言葉……

 僧侶は両親に向かい話す。

「彼はこれから片足での生活に慣れねばなりません……義足も万能ではありません……しかし、慣れれば愛着も沸き、自分の分身に成るものです」と言い、僧侶は片脚のズボンの裾を上げる……

 木で出来た義足が見える。

 今まで俺は、彼の脚が義足とは気が付かなかった。

 それを見た両親は「これからもライドを宜しくお願いします」と深々とお辞儀をする。


 僧侶は医療機器を、自身の大きな鞄に入れて立ち上がる。

「それでは、ライド君には、鎮痛剤と化膿止めを処方しておきます、鎮痛剤は七日間分入っています1日3回食事の後に服用して下さい、化膿止めは包帯を取り替えた際に塗布して下さい」僧侶は紙袋に入れた丸薬と小瓶を渡す、丸薬は鎮痛剤……小瓶には化膿止めが入っているのだろう……

 僧侶は「明日の朝になれば、鎮痛剤の効果も出て、大分痛みも引くでしょう……では、また1週間後に伺います……」と言い、義足とは思えない歩調でライド邸を後にする。


 恐ろしくも手際のよい手術を傍観した。

 俺達は自分達が部外者である事を痛感する。

 もうそこには試練を乗り越えた家族しかいないからだ。

「ゼオ、お暇しよう……」俺は弟に伝える。

「うん……」ゼオは頷く。


 最後にライドに帰る旨を伝える。

「俺達は帰る、お前はよく頑張った……俺なら泣き叫んでいた……お前は俺達の誇りだ」そう言う。

 ライドは歯を食い縛り喋れないが、それでも二人を見て頷く……横に居る両親も深々を礼をしてくれる。

 俺達が二人は、渡すタイミングを逸した果物籠を食卓に置いた。そしてライド邸を辞した。

 一応俺とゼオの名前も書いてあるから、大丈夫か……

 

 ライドは喪したものを痛みで感じるだろう……痛みが大きい程、喪したモノが大きい事を知る……

 

 しかし俺達はライドが又、不死鳥の如く復活する未来が視える。

 アイツは、今に桁外れな剣匠に成って戻って来る……あの峡谷の最後、盲しいたまま、人斬りを続けた……俺の背中を護り続けたライド……


 あんなのを観た俺は……そう思わずにはいられない。


「アイツは喪ったのに、逆に強くなった……」ゼオの独り言……

 判る……ライドはこの2日間で恐ろしい程、強くなった。

 あの全てを見透す超感覚だけでは無い、精神的にも頑強になった。

 それは『覚悟』と言っても構わない。

『覚悟』……師匠が良く使う言葉……


「ヤーン、ゼオよ……人は『覚悟』するから強くなる……覚悟は不退転の決意であり……自分の許容量を越えて責任を持つという事だ……」

「戦場での生死が掛かった判断……国政で国民に応える判断……多くの命を殺める判断……そして代償に他者の命を見捨てる判断……」最後の一文に苦々しい表情……

「今言った判断で起きる結末を、只の一人の人間では背負いきれる訳もない……しかしそれでも問答無用で負うのだ……故に人は覚悟する……」師匠の言っていた事が今なら判る……俺達は到底背負えぬ以上の命を奪った……戦なのだ、当たり前……

 それでもお互いに全力で戦ったので在ればまだマシ……しかし、あれは虐殺だった。

 勝つ見込みの無い戦に自暴自棄になった平民を、予想通りに……殺した……


 ……

 ライドは喪いそして、ナニかを手に入れた……

 ……

 俺は、ゼオは、喪い、ナニか手に入れられたのか???


 人殺しをしておいて、ナニかを手にいれる……

 意味が解らない……

 人から命を奪っておいて自分が何かを手に入れる……

 お前は何を言ってるんだと……

 おかしいと思うだろう……

 けど、俺はその時『ナニかを手にいれないと申し訳ないと』思った……


 俺の殺した人達……

 その人達が生きていれば得たであろう知恵と技術、俺はそれを断ち切ったのだ……

 ならば俺は、その人達が得る筈だったナニかを得なければ成らない……

 そうでなければ....帳尻が合わない……

 いやこんな事は……

 思い込みだ……

 言い訳だ……

 俺の心の中の免罪符だ……

 俺がそのナニかを得た所で、殺した人達が生き返る訳も無い……

 彼等に赦される訳も無い……


 それでも、言い訳が欲しい……


 友人に、恋人に、家族に、顔を見て話せる理由が欲しい……


「兄貴、思い詰めたら……ダメだよ……」ゼオが険しい顔で俺を見る。


 ……あぁ、コイツには隠せない……


 ……ならば、アイツにもバレるのだろう……ユナ


 彼女に逢う顔を俺は持たない……

 しかし逢わずにいられない……


 ユナなら救ってくれるのでは……

 と願わずにはいられない……


 狡猾な俺……

 俺を慰めて欲しい……

「仕方無かった……」と言って欲しい……

 下衆な俺だ……


 俺が帰都している事は、当然知っているだろう。

 行かなくては成らない……逢う顔を持っていなくても、そのままで逢おう……全て話そう。


「ユナに逢いに行く……」ゼオに伝える。

「判った……素直に話せよ、兄貴……ユナ姐さんなら判ってくれる」ゼオにはやっぱりバレていた。

「夕方までには戻る……」そう言うと、俺はユナの仕事先に向かった。


 振り向き様、ゼオを見るとホッとした顔をしていた。

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