第40話 お爺のお仕事・参
4人は中に入る。
……薄暗い……
養生の布が日光を遮っているのだ。
更に至る所に、建設材料の材木が積み上げられて、視界を遮る。
大工道具が床に放置されている。
床が出来ておらず、基礎が丸出しの部分も散見される。
地形効果も確認しないままに……
「オイッ!アイツ何処行った?」一応リーダー格の大柄な若者が他の三人に叫ぶ。
その声で、自身の位置が特定される事を、彼等は理解していない。
前方の暗闇に薄っすらと、先程のシルクのコートがしゃがみ込んでいる。
4人の中の1人がリーダーの肩を叩き、無言で指を差す。
「オイッ、お前!」リーダーが怒鳴る。
工事現場に不似合いなシルクのコートは無言。
微動だにしない。
「黙ってないで何とか言え!」リーダーが叫ぶ。リーダーの後ろでは、童顔な青年が影の様に隠れている……色白で華奢……末成り。
当たり前だが、クライスは彼等を二階から観ていた。
コートは囮だ。
ただ材木を立ててコートを引っ掛け、キャスケットを被せただけ。
薄暗いこの環境でしか騙せない程度の即興。
それでも案の定引っかかる。
ヤツ等は、
焦っている。
ワシは、
判っている。
先ずは封じよう……
リーダーが下っ端の猫背な小柄な男を見て、シルクのコートを指差す。
猫背な小柄は一瞬露骨に嫌そうな顔を浮かべたが、直ぐに右隣りの顎が割れているゴツい男の脇腹を突く。
顎割れは、「フンッ」と鼻を鳴らし、
指で左から回り込めと指示する。
自身は右側の壁伝いに回り込む。
猫背はビクビクしながら小剣を持ち、言われた通り左から回り込む。
顎割れは、メイスを腰から抜き構える。
二人共、思いっきり振りかぶっている。
『おいおい……殺す気満々だな……』クライスは呆れる。
それでは、情報を訊きだせんだろうが……
しかし二人は目配せをした後に、思いっきり剣とメイスを振り下ろした。
「ドカッ!!!」メイスと小剣に引き裂かれるコート。
「バコッ!!!」コートの横の材木が跳ね上がる。梃子に成っていたのだ。彼等の打撃で反対側の木材が跳ね上がり、
「イデッ」猫背の顎に当たる……罠だった……しかし致命傷ではない。
そして、えらくホコリが舞う。
梃子の木材の上には……何らかの粉が入った袋が有った模様。建築材料だろう。
跳ね上がった為に、部屋中に粉が撒き散らされた。
お陰で二人は粉塗れ。
建築中の放ったらかしだから仕方無い。
そんな事も有るだろう。
二人はそう思った。
クライスの眉間に皺が寄る。
高価なシルクが台無しだ。
まぁ……元々台無し予定だし構わぬ。
「ゴホゴホ……畜生がぁ」猫背が顎を擦り悪態をつく。
「ブオッホ……運がわりいなぁ〜」顎割れが嗤う。
「ゲホッゲッ……汚たねぇ」リーダー格が叫び。
その後ろで、末成りな青年は怖いのか、目を瞑り、両手で耳を覆って座り込んでいる。
『ほぅ……』クライスは微笑む。
そして床板の隙間から……
四人に……小さな光?……炎?……最後に見た景色……
「ドッ!!!!!!」バカでかい爆発!!!
吹き飛ばされる4人。
建物の養生の布が一瞬、風船の様に膨らむ。
そして、隙間から爆風を吐き出す。
建物の外側で「何だ!」「何が起きた?」と野次馬達の声が聴こえる。
4人は微動だにしない。恐らく気絶、そして爆発源に近い2名は、鼓膜や眼球を損傷している可能性が高い。
一番の軽傷は末成りの青年だろう。
リーダーが遮蔽物と成っていたから。
『ほほぅ……なるほど……』
クライスは何かに気付いたらしく、髭をしごく。
『早いな……こりゃ、無理か?』
スルスルと柱を支えに降り、布を潜り、隣地との間の路地裏へ抜け出る。
直後、勇敢な野次馬が布を跳ね上げて入ってくる。
入るや否や、
「人が倒れている!4人いるぞ!」大きな声で外に助けを呼ぶ。
吹き飛ばされて火傷を負った4人に意識が有るか?確認してまわる。
クライスは路地裏から表通りを盗み見て、そそくさと表通りに出る。
シャツとパンツのホコリを払い、道向かいの喫茶店へ入った。
窓際の席を確保して、珈琲とサンドイッチを注文して夕刊を拡げて足を組む。
新聞越しに、建物から養生布と角材で作った簡易担架に乗せられた4人が次々と出てくる。
あの勇敢な野次馬は、かなり救急対応に慣れた人物の様だ。
お陰で、奴等に神経毒を仕込む時間が無かった。
このまま病院に運び込まれれば、彼等から犯人つまり、クライスの証言が少しばかりは出てくるだろう……
『困ったな……慣れない仕事はコレだから……』クライスは心の中で愚痴る。
計画変更。
まぁ、元々病院に入院させる迄は、予想通りだった。
通常時ではクライスもそんな選択はしない。
病院は、拘置所や刑務所に匹敵する管理体制だからだ。
患者の体調が悪化すれば、深夜でも対応する。
数時間毎に患者を看に来る。
だから、忍び込むにも難しい場所だった。
但し今は、戦時下だ。
病院は人手不足で火の車だった。
医療兵として、軍医として、かなりの人員が引っ張られた。
故に、病院に忍び込んで始末する事も、この状況下では、現実的な策だった。
怪我を負わせ、弱って逃げられなくしてからゆっくり始末するのは理にかなっていた。
クライスの前の道路に、病院付きの馬車が到着する。馬車収納式の担架に患者を移し替え、慣れた手付きで、周囲の交通を停止させて病院へ向かい始めた。
この方向、行き先の病院は『封印戦・戦傷者記念病院』だった。
長いので、皆、記念病院と呼んでいる。
キルシュナ王立病院では無さそうだった。
「まだ、ツキが有ったか……」
クライスは珈琲を一口含んで、思わず口角が上がる。
「少しは楽させて貰おうか」
クライスは珈琲を味わい、再度、出来たてホヤホヤの新聞を読む。
一面は当然ながら、ガゼイラとの戦況の報告であり、港町トスカでの激戦が書かれてあった。
同時の前線への民兵の配備が完了したとも書かれてあった。
ペラペラと新聞を捲る。
クライスの手が止まる。
地方欄の下、絵も無く文章だけで、朝のクライスの事件が書かれていた。
『朝の暴行事件、将来有る若者が犠牲に!』
と言った見出しの後、事件の場所と被害者の状況が書かれてあった。
但し、怪我の程度は書かれておらず、名前も伏せられていた。
文屋にとっては、部数を稼げる戦争の記事に全勢力を割きたいのは当然。
この様な書き入れ時、小さな暴行事件は、時系列だけ載せておけは大丈夫とでも考えているのだろう。
クライスは夕刊を綺麗に畳み、喫茶店の棚に戻す。
マスターに金を払い、珈琲の感謝を述べて喫茶店を後にした。
爆発させた4人は一時、捨て置く。
クライスに繋がる、唯一の物証、コートとキャスケットは爆発により証拠隠滅完了。
燃え尽きている……もう灰しか無いだろう。
そういう魔法を付与してある。
爆風で縒れたシャツの襟を正し、歩き始める。
パンツのポケットから懐中時計を出す。
パカリとガタのない動きから、時計がそれなりの一品で在る事が判る。
時計では無かった……
いや、時計でもある……
文字盤は時計だ……
時計の形を成している。
しかし、長針がゆらゆら揺れている。
単身は12時を指して微動だにしない。
長針の示す方向をクライスは歩く。
徐々にでは有るが、時計回りとは逆に短針が11時に近づき始める。
長針は対象の方角。
短針は対象との距離。
恐らく、そういう事だろう。
マクシミリアーノ……ヤツから訊きたい事も有る。
あの耳糞なのか?なんなのか?あれでマクシミリアーノの位置情報を得ている様だ。
先程の爆発の情報もそのうちヤツの耳に入るだろう……悠長にはしていられない。
今なら、未だ知らない筈。
颯爽と、片方の袖をパンツに差し入れ、歩道をすり抜けていく。
向かう方向は、もう見えていた……
王城……天守が青空に突き刺さっている。
それを長針が指していた。
「おいおい……」とゴチた。
『先程のツキはもう無くなったか……』と思う。
『アイツ、王城に何の様だ』
『いや、金持ち息子何だから、ワシより用事は有るかもな?』
クライスは髪を撫で付け歩く。
何れにせよ、警護も厚い場所だ。
『あぁ〜面倒臭い』後頭部を掻く、お陰で、折角撫で付けた髪がピョコンと跳ねる。
お構いなしに、歩き始める。
……そうなれば……仕方なし……過去など変わらん……考えるだけ無駄……待てば待つほど、ヤツに情報は届く……
早々に始末しよう。
時刻はまだ三時前。
クライスは軽い足取りで歩いて行く。
人々に会釈をして、あっという間にすり抜けて本通りに向かって歩いて行った。
王城へ……
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