第19話 構えとは制限

 遮蔽の長机から跳び出した俺に、ナイフが投げられる。


 走る俺の後ろを通過し、正面玄関口の扉に突き刺さる。


『現在の近距離戦闘の距離では無く、近距離格闘の距離まで……俺の持ち味を生かす距離まで……』俺の思考はそれに埋められる。


 受付を挟んで、階段・穴から降りた敵軍の反対側に位置する。対敵との距離は対して変わっていない……しかし受付内は遮蔽が多く、投げナイフ程度では遮蔽自体破壊出来ない。

 俺にとって敵に近付くに有利な地形効果がある。


 受付の壁に身を屈めながら、敵に近付く……これ以上敵が増えると面倒だ……追加の敵が来る前に始末していかないと……俺が圧倒的な人数差で磨り潰される。


 対敵との距離、受付を挟んで恐らく5m……走れば直ぐに格闘距離に入れる。


 靴の床との擦れ音が止む、敵三人が1階の俺の反対側の受付に集まったのが判る。


『何故集まる……』無意識に俺の口角が上がる……


『それは悪し』相手の技量と心の不安が観れる……


 ……相手に向かい移動する時……


 これこそが最も相手にとって敵を狙いやすい……

 投擲武器ならその射線上に己を晒す行為……


 故に可能な限り、直ぐに索敵される正面からの接近は最後の手段な訳だ……背中から不意討ち出来れば重畳。


 だが無理だ、待てば援軍の可能性がある……今の未熟な敵でケリを付けておかないと、俺の生存の可能性が低くなる……左手の小刀を小指に引っ掻ける……片手剣を抜き、肩に担ぐ……


 俺は敵に向かって受付から飛び出す……


 受付から頭を出して索敵している敵を見る……投げナイフを投げる……殺れなくて良い……俺が格闘距離に入れるまでの時間稼ぎ。


 担いだ剣を両手で掴む……


 脚がごそごそ動くのが聴こえる……


 ……一瞬……だが長い……長く感じる……


 走って三歩……


 手が届く距離に三人……


 見た瞬間に担いだ剣を袈裟に振る……


 先程の頭を出した敵が俺の剣を受ける……


 その左右直ぐ後方に2名、剣を構えようとしている……


 俺は剣を手離す……


 右足で右側の敵、膝を足裏で前蹴り……


 右側の敵が膝を折り……呻く……


 左拳で先頭の敵にアッパー……


 先頭の敵が顎を陥没させながら後ろに吹き飛ぶ……


 先頭の敵が左側の敵にぶち当たる……


 右側の敵が膝の痛みに堪えながら、剣を振りかぶる……


 右手で右側の敵、振りかぶった剣の茎尻を掌底で打つ……同時に敵の右足を踏む……


 右側の敵の両手から剣が飛び出し、後方の階段の手摺に突き刺さる……


 右側の敵頬を左拳で殴る……頬骨の砕けた音……吹き飛ばない……何故???俺が敵の足を踏んでいるから……そっちに倒れると困る……


 左側の敵が漸く、先頭の敵を払いのける……


 右側の敵の踏んだ敵の足を離す……と同時に右腕全体で敵の側頭部を叩く……


 右側の敵が吹き飛び……折角、先頭を払い除けた左側の敵にぶち当たる……


 右側、先頭、最後左側の順で、敵が重なる……予定通り……


 足で剣を拾い上げる……左手に握り……横に払う……


 一人目、右側の敵の頸動脈を切断する……赤い噴水が吹き上がり……一瞬で、敵三人を赤黒く染める……一番下の左側に居た敵が……血に濡れ鼠……狂った様に喚く……


 二人目、先頭の敵の頸動脈も斬る……間欠泉の如く……吹き出す大量の血液……一番下の敵が血に溺れる……蒸れた血の臭い……鉄臭い臭い……ヌルヌルとした血液……死体に下敷きになった生き残りの叫び声が、正気の沙汰ではない叫び声……


 恐らく2階まで鳴り響いている……


 それで良い……


『恐怖よ伝播しろ!!!』1階に降りるのが恐怖であると、身を縮こまらせ……身体を硬直させ……実力の半分も出ない様に……俺は願う……


 下敷きの敵の脇腹に剣を刺す……

 絶叫が長く延びる……致命傷だが……即死では無い……内蔵を傷付けた……恐らく暫くすれば失血して死ぬ……それまで申し訳ないが叫んでくれ……


 直ぐに敵の投擲の射線上から外れる為、俺は階段の下先程アリーが居た付近に移動する……


 既に俺は残りの敵兵の索敵を行っている……


 二つの侵入口の内、爆発の穴からは、俺が殺した或いは死の途中の敵が見える筈……


 囮になるか……

 脅しになるか……


 どちらでも良い……


 ……


 屋外ではまだ剣激の音がする……そりゃまだ、10分程しか経っていない……

 2階の敵も一刻も早く屋外の応援に駆けつけたいだろう……阻止せねばならぬ……


 ……

 ……。。。……


 微かな音……滑る……音……


「トンッ……」床に何かが接地した音……


 階段下から正面玄関口側を観る……黒装束の痩せた男がユラユラゆれている……一人……柱を遮蔽にして身体の正中線を隠している……


 ……口が動く……


「2階のヤツは……お主の知り合いか……」柱に半分隠れた薄い唇が少しだけ開く……囁き声だが、一語一句聴こえる……言葉に驚愕の感情が漏れ出ている……隠しきれなかったのだ……


 暗殺部隊ならあり得ない……喋るなんて……


 喋る必要は無いのだが……俺は答えた……

「仲間と言えば仲間なのだが……正直話したのは今しがただ……」俺は正直に答える……答えたところで情報漏洩にも成らぬ……今の答え以上、何も知らぬ。俺は使わなかった小刀を仕舞いながら話す。


「お主たち、隊……剣士……なのか???一体、お前ら何なのだ???」矢継ぎ早の言葉が彼の困惑を表す。


「我等は剣匠……それ以上でも……それ以下でも無い……」俺はまた、相手にとって答えに成らぬ返事……相手をしながら索敵を続ける。

こんな愚痴に気を取られて不意討ちされては敵わない。


 だが…今の目の前のコイツ以外……降りてくる気配が無い。

 恐ろしい事だが、2階が静かなのだ……静寂……まさか……


「お……お前もアイツの様な……」敵の声が上擦る。


 どうやら、本当に2階では物音一つしない……あの人数を……どうやって……


 俺は無言で戦闘体制と間合いを詰める……アリーが怪我を負ってい無いとも限らない……もう、無駄話から得られるモノはない。


 敵の携帯武器

 投げナイフ:1本 胸の収納スロットに2本空きがある。

 片手剣:1本

 丁字寸鉄:1本:見えぬが恐らく……持っている。


 静かに近付く……


「カチャリ……」敵が片手剣を握り直す。

「お前は……何なのだ……」再度訊いてくる。


 俺は答えない……もう答えない方が相手は困惑する……スルスルと近付く……もう時間稼ぎは不要……


 胸のスリットから最後の投げナイフを抜き取り俺に向かい投げる……


 俺はもう、受付前の広場に居る……広い空間で避けるに容易……右に一歩……また前進……


 敵は寸鉄を左手に握る……投げナイフは勝手口右側の壁に突き刺さる……


 間合いだ……剣の……敵の投擲武器は無い……そして投擲の間合いでもない……


 敵は右手に片手剣……左手に丁字寸鉄……


 俺は自身の片手剣を両手で握る……俺の片手剣は厳密に言えば、片刃の片手半剣(バスタードソード)に近い……俺は両手で剣を握る……敵を正面に捉え……剣を振り上げ……上段に構える……


 ……敵に先程までの困惑が消える……


 ……目に力が宿る……動きに無駄がなくなる……


 そして俺のがら空きの胴体を見て……敵が笑みを隠さない……猫背で両手に武器を持ち……更にじわじわと自身の剣の間合いに入る……


 リーチは俺が優位……腕の長さも、刀身もどちらも……


「お主……ヤツほどでは無いな……」敵の声に余裕……


「その通り……」俺は素直に認める……


「それでは動けんぞ……」敵の御教授……


「痛み入ります」俺は感謝の言葉……


『動けんぞ』意味は判る……他の動きが出来ないと言う事だ……こんな構え……もう動きは上段から剣を振り下ろす行動しか無い……丸見えの動きだと云う事、攻撃の方向や位置が事前に判っている程、避けるに容易い事はない……


 敵は更に近付く……しかし、身体の胴体……致命傷を与える急所は未だ、間合いの外……


「タンッ!!!」床に片手半剣が在った……


「ポトトッ……」床に芋虫が数匹落ちる……


 ……芋虫から赤い液体が流れる……


「ポタッ……ポタッ……」片手半剣が小さな音を立て……る……赤い液体が鋒から落ちる……



 ……。。。……


 彼は『勝てる』と……自信を宿した表情のまま……俺の振り下ろされた両腕と剣を見ようと……


 視線が降りる……


 俺の両腕を視線が舐め……

 俺の両拳を見……

 剣の棟を通過し……

 刃の鋒に視線が移る前に……


 自身の右手が見えた……

 親指が在った……いつも見る指……

 戦闘前に切りすぎて深爪した爪……


 その他の指も爪を切った……

 爪が無い……

 いや……

 指さえ無い……

 ピンク色をした断面が……赤く染まる……ボタボタと床に赤が落ちる……


「ギィ……ィィィィィ」指が……指が三本無くなっている……激痛……よく見れば白い骨が見えている……芋虫な訳がない……自身の人差し指から薬指だった……小指は何とか掌に繋がっているが、皮でぶら下がっているだけ……


「バスッ!!!」銀光が跳ね上がる。

 右腕が斜め上に吹き飛んだ!!!……丁字寸鉄が高い天井にぶち当たる……


 俺は剣を上段の構えに戻す……


 イソギンチャクが室内をくるくる飛ぶ……


 海沿いの街だからそんな生物も居るだろう……


 受付机の上に丁字寸鉄が落ちる……


「アガッッ……」敵の右手首から赤い放水……断続的に……


「ベタッ……」湿った音……イソギンチャクが落ちたのだ……しかしよく見れば右手だった……まぁ、判っていたが……


「なっ……何なのだ……お前もあいつも……」息絶え絶え……


「間合いに入った……」ボソリと答える。


「間合いには……まだ入っていない」と敵。


「お前の指が俺の間合いに入ってる」ボソリと俺。


「……!!!……な……指……」唖然としながら左掌で右手首の出血を止めようと奮闘している……


 無駄なことだ……

「ズッ……」敵の首に俺の片手半剣が突き刺さる……

 頸動脈を切断した……

 吹き出す血の勢いに比例して敵の動きも鈍くなる……身体をくの字にし、尻を一番高くして床に突っ伏した……死んだ……


 戦いが終わった。

 恐らくこの建物内にもう敵は居ない。

 アリーの鉈は使わなかった。

 そして結局、剣で倒した。

 上手く行かないもんだ。

 血を拭い剣を仕舞う。


 勝手口を叩く音……我等だけの暗号……ノックの回数……


 勝手口に向かい解錠する。


 扉から見える、冷徹な表情……


「如何か?」低く静かに問う声……ローレン大将……


「2階にアリーが居るかと……」俺は答える。


「そうか……よく凌いだ」ローレン大将が労う。


「様子を見てくるとするか……」大将が階段へ向かう。


「気を付けて下さい、踏み板をアリーが斬ってあります」俺は忠告する。


「そうだろうな……」大将は器用に踏み板を避けながら……階段を昇る


 2階はどうなっているのだ……


 俺は大将に続いて階段を昇る……



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