第20話 備え有れば憂い無し
ローレン大将と共に2階へ上がる……
その他の人員は、1階の防衛と街中に敵が潜んで居ないか再度確認する為、各所に散った……との事。
「よく耐えた……」大将が再度、労う。
「アリーです……彼が居なければ……今頃……」俺は首を振る。
2階の床は血の海だった……
死体が床に転がる……死体の殆どが、首、心臓、脳への刺殺だった……無駄な傷がない……傷は全て致命傷……どうすれば、この人数を相手に……
アリーの仕業に見惚れていると階段を昇る足音が聞こえる。
ヴィンスだった……いつもの調子で俺を見ると……「ヤーンお前は、見切りが達者なのだな……」と言い、笑う。
「ヴィンス、外はどうでしたか?被害は……」ヴィンスに訊く。
「2名、ロイズとライだ……お前も知っているだろう」ヴィンスは答える。
「あぁ、片方は既に死んでいたが……もう片方は助けられなかった……」俺は自身が知っている被害以外、無い事を知りホッとする。
彼等は、暗殺向きではなかった……今回の戦闘は剣匠の良い面も悪い面も出た戦いだった……元々、我等は個人の塊なのだ……習熟度・得意分野がそれぞれに異なる。
死んだ2名は公の戦向きだった……
隠密、暗殺、は得意では無かった……
だから敵からすれば、我等はよく分からない集団だろう……
武器もバラバラ
防具もバラバラ
技術もバラバラ
思考もバラバラ
まぁ、実際はバラバラではない、全て『相手を制圧する』という、共通の目標に向かって我等は邁進する。
方法など、どうでも良い……
斬殺でも撲殺でも刺殺でも圧殺でも……毒殺でも……
『殺せるなら、全てヨシ』だ。
我等は死体を避けながら通路を歩く……
前を歩くローレン大将が振り返る……
「ヴィンス……そなたにも街の警備を任せた筈だぞ……」ローレン大将の苦言……しかし表情は笑っている。
「大将……警備の人員は足りております、お許しください……自身の好奇心にあがらえず、来てしまいました」ヴィンスが頭を垂れる。
「好奇心……」俺はヴィンスの言葉に反応する。
「そう……好奇心……アリーの戦いが見えるのだ……」ヴィンスの目が輝く。
「アリー……あの人は何者なんです???」俺は訊く。
「何者???剣匠だよ……」ヴィンスの答えに俺ははぐらかされた様に感じる。
「ヴィンス、それは判っている」俺は不満を隠さない。
「いやいや、そう怒るなよ……私も知らないのだ」ヴィンスが肩をすくめる。
「なんだ……あんたも知らないのか……」俺は落胆。
「彼を存じ上げてはいるよ……しかし、彼の戦場を見る事はそうそう無い」ヴィンス真顔になる。
「アリーは暗殺者か……」ヴィンスも言葉を受けて、俺は独り言……そう師匠の様な……
そんな話の最中にも死体が埋めている床を通り、管理長室の前まで来た……
「ギャ……ギャイィィ……」甲高い叫び声……アリーの声ではない……敵の生き残りが居るのか……
「大将……万が一です……私が開けます」
ヴィンスが前進し、ドアノブを掴む。
静かにドアを開ける……
「おぉ……」
「あっ……」
「げっ……」
三人三様……言葉は違えど、感情は同じ……
管理長室に合計5体の死体……
しかし我々が驚愕したのはそれではない……
……!!!……
管理長の椅子……ここを統べる長たる人間の座る御立派な、そして尻の座りの良さそうな重量級の椅子。
そこにいた……黒装束……
椅子に座って……???……
いない……
何処に座っているのだ……
後ろ手に縛られ……両足首も固定されている……
三人が近付く……
よく見れば座っているのは、肘掛けの部分……
ただ、そこに座っているだけ……
そんな、絶叫が発せられる……訳が……
「ギィィィィィーーーー」歯を食い縛る……苦悶……我慢……
どういう理由かは知らぬが、この体勢が彼を痛め付けているらしい……
「極東の拷問だよ……効果的なんだ……」理知的で静かな声……
三人が振り返る……ドア横に……声の主……
「ご苦労様ヤーン……ローレン大将……管理事務所は死守致しました……」声の主が近寄って来る……
「アリー……お前が敵でなくて心底嬉しいよ……」ローレン大将が手を差し出す。
アリーが大将の手を握る。
そしてアリーは敵に近寄って訊く。
「貴方達本隊の駐屯地は何処ですか?」
「おおよその兵士数は?」
「ユーライ帝は出陣していますか?」
優しく……ゆっくり少し大きな声で質問する。
敵は歯を食い縛りながら話さない……アリーの頬に唾を吹き掛ける。
アリーは離れ……胸元から引き出したハンカチで頬を拭う……そのハンカチで敵に猿轡をする。
「そうですか……」アリーは敵にそう言うと、皆を管理長室から出る様に促す。
4人全員が、部屋から出て1階まで降りた。
「向こうから懇願するまで待ちましょう」アリーは皆を見て言う。
俺はもう、付いていけない。アリーはここの死守だけでなく……既に拷問で相手から情報を得ようとしている。
「放っておいて大丈夫なのですか……」俺は深く考えずに訊く。
「その方が良いのです。もし貴方が彼と同じ拷問を受けた時、どうされるのが一番堪えますか???」アリーが訊いてくる。
「え……それは、少しでも長く苦痛が続く事でしょうか?拷問が未来永劫続く事……」俺は答える。
「そうですね。ならば、今の状況は彼にとってどうでしょうか?」アリーは微笑む。
「彼にとって私達が自身の解放の鍵です、今の時点で彼が痛みから逃れる術は、私達が拘束を解く以外に無い、その者達が自分を放って出ていったのです。彼には時間が長く感じられるでしょう。何時までも苦痛は続く、もしかすると死ぬまで続くかも……」アリーは続ける。
「痛みそのものは与えてしまえば過去です。人の真の恐怖とは、自身の未来の苦痛を想像してしまい、受けてもいない、そしてもしかしたらこれから受ける、終わらないかも知れない苦痛に心が埋められる事です」静かに……まるで教師の様に俺に話してくれるが、言ってる内容とヤっている行為は子供には言えない。
「自白する時期は彼が決めます。彼から打診があるでしょう。床を叩いて音を出したり、猿轡の上から叫んでみたり……我慢できなくなったら、四の五の言ってはいられません。如何なる手段をとっても我等とコミュニケーションをとる筈」アリーは柱にもたれ掛かる。
そして「まぁ、待ちましょう。後1時間程度……」と言うと目を閉じた。
……。。。……
数刻の間……皆無言……静寂……
「あのー……」と控え目な声、静かだから聴こえた
ボーイズソプラノの声……
……!!!……
『忘れていた……』カシム以下若年剣匠と民間人達……
「ヤーン出してあげなさい。書庫下の移動用車輪の横の車輪止めを外せば出れます」アリーの言う通り、書庫の下を見ると、大きな車輪に固定用の木片があてがわれている……俺はそれを外す……「ズズッ」と鈍い音を立てて書庫が横に動く……
「ヤーン兄貴……」カシムが恨めしそうな顔で俺を見る。
「すまん……忘れてた」戦闘が終わったら真っ先に解放してあげるべきだった。狭い隙間に7人が立ったまま、横並びで隠れていたのだ。
民間人の三人は外に出るなり、床に尻餅を付いた。
若い剣匠達は何事もなく、ローレン大将の元まで歩き、片膝を突いて待つ。
「立ちたまえ、若き剣匠達……ここでは城内の様な儀式は不要……よくぞ民間人を守護してくれた」ローレン大将は彼等の肩を叩き、立たせる。
「市民の皆さん、次の攻撃まで今暫く時間が稼げました。お疲れでしょうが、一休み後は、王都へ向かいトスカ脱出をお願い致します」ローレン大将は椅子を用意して、三人を座らせた、皆、恐縮している。
「職業軍人を数名護衛に付けます、時間は貴重、慣れないとは思いますが、本日夜間より出立願います」ローレン大将の言葉は拒否出来ない強さがあった、三人全員が「コクリ」と頭を下げた。
「御安全に」ローレン大将は三人の安全を祈念する。
ローレン大将は三人との会話が終わるとこちらを見る。そして「知っている者が居れば、教えて欲しいのだが……」と前置きした上で、
「この付近で、ガルバとか言う四つ足の獣が繁殖していると聞き及んでおるのだが、間違いないかな?」
「はい、大将、元々トスカの外壁はヤツラから市民を守る為に造られたそうです」俺は聞き齧りの知識をひけらかす。
「ヤーンその被害はつい最近まで起きていたのかな?」ローレン大将が更に訊く。
おっと、俺はその答えは持っていない……俺は誰か知らぬかと、皆に視線を向ける……
「はい……その様です……」代わりにヴィンスが答えた。
「ガルバは何でも喰います、野菜、虫、小動物、それらの死肉、そして人間……子供の被害が多かったと聞きます……小さく弱い子供……そして、夜間単独で歩く人間を囲ん噛み付く」ヴィンスは詳細に説明する。
「夜行性か……そして死肉も喰らうか……」ローレン大将は考えながら独り言。
「完全に夜行性とは言えませぬ、昼間でも子供が街外で遊んでおれば、攻撃してきた記録もあります……ヤツラは節操が無いのです。何でも、いつ何時でも獲物が有れば寄って集って喰います」少し忌々しげにヴィンスは語る。
「それは重畳。願ってもない……」ローレン大将はまたボソボソと話す……俺達に聞かせる風でもない。
「ガタン!!!ゴトッ!!!」上で何やら騒がしい……
……!!!……
アリーが目を開ける……
「我慢の限界の様だ……」
また、踏み板を器用に避けて四人は2階へ上がる。
管理長室では、敵が泡を吹いて呻いていた……
ほんの1時間弱……
アリーの読みは正解……
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