第21話 粛々と

ハンカチの猿轡を外す。

「お答えいただけますか……」アリーの丁寧な話口調と実行している内容のギャップ酷い。

敵は大きく何度も頷く。

アリーは再度相手を観る。

そして、足の拘束を緩める。

解きはしない。

それだけで敵は深呼吸……尻を浮かせる……顔には安堵……

「貴方達本隊の駐屯地は何処ですか?」

「……。。。……」敵は答えない。

「もう一度だけ……訊きます……貴方達本隊の駐屯地は何処ですか?」アリーはゆっくりと訊く。

「……。。。……」答えない。


今になって、痛みが緩和されれば……直後に頷いた事も帳消しにして話さない。


口をへの字にして黙秘を決め込む。


「そうですか……では……」アリーは足の拘束を再度強める。激痛が再度彼を襲う。直ぐに懇願。

「いや、喋る、待ってくれ!!!」と矢継ぎ早に言う。


しかしアリー素知らぬ顔。

相手の話を無視して管理長の机に向かう。

一番下の引出しを開ける。

片手を突っ込む。

引っ込んだ手を引き出すとソコには四角い箱。

アリーの細い腕には似つかわしくない金属製の金庫だった。

激烈に重そう。

ジャリジャリと硬貨の音を立てながらアリーは椅子まで戻る。


既に敵は恐ろしい程の脂汗……これから起きる事を誰より理解している。


「耐えて下さいね……」とアリー。

「喋る……喋るから……それだけは……」大きく首を振る……

「駄目です、貴方は嘘を付いた……」アリーの声は冷たい。

身動きとれぬ彼の 太腿に重い金庫を供える。


「……!!!……アガガガガガッッッ……」部屋内に響き渡る絶叫……叫ばねば痛みを我慢出来ない。


これが数分続いた。訊くに堪えない。

如何に彼が懇願しようと止めない。

ローレン大将もヴィンスも流石に眉間にシワを寄せて、それでも情報収集の為、心を無にして見ている。


彼の声が弱々しくなる頃、

アリーあっさり金庫を外し、足元を緩める。

そして、耳許で話す。

「……◯□……△◯◇……」何を言っているのかは聴こえない。


「この糞野郎ガァァァッ……」罵りの中でも最大級の台詞が大音量で室内に轟く。


また、足元を締める。金庫を太腿に置く。

「……ィイイイイイ……」歯が砕けん程に噛んでいる。


拘束……

地獄……

絶叫……

悲鳴……

罵倒……

懇願……

緩和……

天国……


そして……また……拘束……


3度コレを繰り返したか……


時間経つ程に相手の顔が萎びた様に見える。

何度も顔を縦に振る「……は、話す、話します……」


アリーは先程の冷徹さを丸で感じさえない柔和な表情で、

再度訊く。


Q1「貴方達本隊の駐屯地は何処ですか?」

A1「我等の民は遊牧民……駐屯地など明確には持たない……現在はトスカ南方20km付近を進軍しているとおもう」


Q2「おおよその兵士数は?」

A2「知らぬ……我等は暗殺部隊の単独行動……他の隊の状況など知らされておらぬ……本当じゃ……ただ、トスカ侵略の兵員は恐らく8000人程度……総員2万の半分弱と思われる」


Q3「ユーライ帝は出陣していますか?」

A3「同じく知らぬ……我等の様な先鋒部隊にその様な重要情報など教える訳など……無い……これは本当に知らぬ……我の様な下級兵士に言う訳が……」


今回、彼は素直に答える。

質問が待ち遠しい様な表情さえ浮かべる。

質問の間に、「本当に知らん」「信じてくれ」等、自身返答の正当性を言葉と身体で表現する。


アリーは相手も顔を見ながら真偽を判断する。

「判りました……信じましょう……」アリーは爽やかな笑顔で彼を見る。


すがり付く様な敵の顔……『助けてほしい』という感情が、これ程顔に出ている人間を初めて俺は見た。


「ならば、貴方に利用価値は無いですね……」爽やかな笑顔のまま言う。


相手の顔がねじ曲がる。自分がこれからどうなるのか?恐ろしい不安……そんな感情が渦巻いているのが俺にも判る。


「最後に、何か言っておきたい事は有りますか?」アリーは飽くまで涼やか……夕食の献立を訊くが如く。それが余計に怖い。


……。。。……


……この『最後』という言葉の意味は……彼の頭脳がフル回転する……


敵は考えあぐねている……返事次第では死ぬ……いやまだ死ぬ方が良い……この拷問を受けたまま放置される方が絶対に避けたい……死ぬのは一瞬……拷問は死ぬまで続く……そしてこの拷問では中々死ねない……


「頼むから一思いに殺してくれ……」絶え絶えに出た小さな本音……もう嫌だ。死んだ方がマシ。味方の応援が来るまでこの拷問に堪えたくない。明日、援軍が来て解放されるとしても、今死ぬ方がマシ。口の端に泡を貯めて、正に死にもの狂いで……

「殺してくれ……」と希望する。


アリーの目が少し哀しく曇った様に見えた。

「……そうですか……」只一言……相変わらず、涼やかに優しく……


……振り返り、ローレン大将を見る。


……ローレン大将が頷く……


「……ヒュン……」


……アリーのレイピアが、敵の首を弾く……


頸動脈が切断され、恐ろしい勢いで血が吹き出す……床と壁に赤黒い絵の具がぶちまけられる。


数秒で彼は死んだ……


「すみません、室内を血で汚しました……神経斬りすれば飛び散らなかったのですが……」アリーは謝罪する。

「いや、キツい役目、ご苦労様……」ローレン大将がアリーの肩を持つ。


「残す敵兵を見誤りました……」アリーの独り言。


「この様な、状況下で情報収集出来る敵兵を残しただけでも至難の技だよ……君だから出来た事だ」ローレン大将は再度感謝を述べる……そして振り返り

「貴重な情報だ……敵8000人……想像するに、遊牧民……山の民……そしてゲリラ戦に長けておる……外に打って出れば、地形を利用した罠が仕掛けられている可能性が高い……だがな……」ローレン大将が誰ともなく話す。そして俺は最後の言葉の先が気になる。


「……トスカで籠城……」ヴィンスがボソリ。


「地形を理解していない外に打って出るくらいなら、この外壁付きのトスカに籠城した方がマシか……」俺は続ける。


「トスカの地形なら今理解しただろう……」ローレン大将の言。

「我が民間兵と職業軍人はこのまま国境沿いの防衛に就いてもらおう……トスカの守護は我等で死守するか……」ローレン大将は事も無げに言う。


俺は頭がこんがらがる。ローレン大将の言葉を俺の頭が拒否する『……聞き間違いか……敵は8000人と言ってなかったか……我等は、既に2名の死者を出して、職業軍人2名もトスカ重鎮の3名を守護してトスカから出たのだ……現在、トスカには19名の剣匠しか居ない筈……』これ以上考えたくない、結論を知りたく無い。


「敵にとって、トスカは是が非でも奪取したい重要拠点……8000人を割いている事でも、それは真実なのだろう……ならば我等がここを死守すれば、8000人をここに縛り付ける事が出来る。逆に我軍の残りの殆どは迂回して最前線に進軍出来る。先に駐屯している2500名に加算して3800名……今回の増援全てを、国境守護に充てる事が出来る」ローレン大将の静だがハッキリした声が室内に響く。

「我等は勝たなくて良い。護れれば良い……敵軍の多くをこのトスカに縛り付ける囮となる……まぁ、只では喰われんが……」大将は下を向いて通信用の希少金属で話し始めた。


俺は眩暈がしそうだ……8000人vs19人 しかも相手は前回の様な農民だけでは無いだろう……統率された兵が来るのだ……


俺は無意識の内にユナの人形の頭を擦っていた。

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