第22話 下拵えが肝要

 エライ事になった……更に状況は至難に成った。


 8000人vs19人……


 ローレン大将は、街外の自軍と話している。

「……そうだ……敵は今、トスカから南方20km程度との情報……あぁ、迂回して国境へ向かえ……国境の軍備が整った後は、連絡をくれ……やってもらいたい事がある……但し、国境の警備が最優先だ……そうだ……兵は温存しろよ……」


 通信を終わる。

 そして又違う相手と話す。

「ローレンより各員へ伝達……街中の索敵が完了した者から管理事務所に戻れ……今後の計画を話す」ローレン大将は通信を切る。


「さて、降りよう、すまないが二人でこの敵兵を事務所外に出しておいてくれまいか」ローレン大将はやんわりと俺達に指示してアリーと共に1階へ降りる。


 俺とヴィンスは、力の抜けた敵兵を担ぎ上げ階段を降りる……アリーが踏み板を斬った事を恨めしく思いながら……通路の死体を避けながら……


『ローレン大将も恨めしい……まさか、こんな人数で籠城戦を8000人と行う計画を立てるなんて……』


 階段をスルリと降りる、とても60過ぎとは思えない逆三角形の背中を見つめる……


『しかし、大将の事だ……何かしらの、秘策が有るのだろう……』と必死に思い込む。


 正面玄関口を開けて敵の死体を地面に置く。

「アッ……」と驚愕したままの顔が下から俺を見つめる。


 思わず、手で彼の瞼を閉じる……


 視線を上げると、街を警戒していた剣匠達が戻りつつあった。若年の剣匠も真面目に列になって待っている……微笑ましい。


 ローレン大将が通信用希少金属に着信……希少金属を耳に充てる。

「……繁華街の門が……開いていただと……」ローレン大将。

「……そうか、敵兵の総数は……海から上陸した敵兵は全て殺してある……あぁ、人数は合っている……ならば、正門から入った敵兵達の中の……」ローレン大将。


『……もしかして、あの敵の中の異分子……勝手に動くアイツ……』盗み聞きしていた俺は思い出す……敵の行動規範から外れていたヤツ。


「長身、褐色の肌、手練れ、20代中ば……」俺は独り言。


 ローレン大将が通信しながら、目だけを俺に向ける。


「確かに居たな……一人だけ武装が違っていた」はヴィンス。


「長身、褐色、武装が違う……そうだ管理事務所外……居たか?」ローレン大将が訊いている。


「……そうか……やはり居らぬか……」ローレン大将の確認。


「ならばソイツが繁華街の門から逃げたか……」とヴィンス……推論……


 管理事務所前に散乱する敵死体のいずれにもヤツは居なかった……


 周囲を見回し俺は答える「恐らく……アイツはあの部隊の兵員では無いと思う……勝手気儘に動いていた」


「勝ち目が無いと判断し……ならば情報を持ち帰る為に、本隊に戻ったか……」通信を切り上げたローレン大将が話に入ってくる。


「……かもしれません……ただ……」俺は口ごもる。


「どうした……ヤーン」ローレン大将が俺を見る。

「いや……なんというかヤツはその様な、殊勝な心持ちでココから離れたのか……少し違うような……いや、すみません……気にしないで下さい」俺は頭を振ってローレン大将に答える……


『今はヤツの感情など、どうでも良い事だ……いずれにせよ、ヤツは本体と合流して我等の情報を全て話すだろう……』


 人数……

 能力……

 地形……

 侵入経路……


 我等の不利に成る事ばかり……


 眉間にシワを寄せたローレン大将が目だけをランランと光らせて考え込んでいる……少し前にも見た表情……


 ……

 ……

 剣匠全員が管理事務所前に集合した。

 総勢19名 周囲は死体だらけ……

 管理事務所の周囲はどす黒い血でまみれた死体が至る所に散見される。

酷い有り様、鼻を突く異臭だが、俺達は既にその臭いに慣れていた。


 ローレン大将が大きな声で話し出した。

「剣匠諸君、ご苦労様、敵は一時排除した……これで数十時間は時間が稼げよう……しかしながら、敵は必ず貿易の拠点となる、このトスカを奪取しに必ず戻ってくる」

「諸君、更なる脅威がやって来る……先程までの様な暗殺部隊では無く、おそらくは民兵とそれを統括する職業軍人……人数は約8000人……」


 ……。。。……

 皆から、深い深呼吸……

 ……。。。……


「我等は8000人とは戦わねば成らぬ訳ではない……我等の目的ははココ、トスカに敵の侵入を許さぬこと……皆そう思わぬか?」ローレン大将は剣匠全員を見ながら言う……

「勝算の無い戦いに君達を放り込む訳では無い……生き残る為に、敢えて我等はこの地を19人で守る」ローレン大将は言い切る……そして険しい表情を浮かべ続ける。


「その為に、皆には少し、肉体労働をして貰わねばならん、まだ戦った後ではあるが、我慢して欲しい……次の敵が来る前に準備を完了させねば成らぬ……」


 ……嗚呼……ローレン大将のあの目だ……本人は至って普通だが、俺には判る……多分ヴィンスも……絶対にアリーも……この目の意味を判っている。


 上品も……

 下品も……

 綺麗も……

 汚いも……


 何も関係ない、目的を達する為に必要ならば、ローレン大将は何でもする……大将と大仰な位に就いているが……この人の根っこは剣匠なのだ……いや……頭の先から爪先まで何処を斬っても剣匠なのだ……


 ……そしてローレン大将が指示した事は以下の通り……


 1:敵兵の死体を大まかに解体し……街の外……周囲300m程度に捨ててくる事。更に広範囲に撒ければ尚良、特に正門~繁華街の出入口からは重点的に……可能な限り叢等に隠す事。(約30体分)


 2:トスカの外を流れる河川(ロス川)のキルシュナ側上流に死体を捨ててくる事(約15体) また、下流側に架かる小さな橋を落とす。


 3:街外の畑用の肥溜めの糞尿を、畑用の用水池(2ヶ所)に撒く事。用水池の入水側と出水側いずれも塞ぐ事。次いでに死体も数体放り込む、死体(2体)は浮かび上がらぬ様に漁業の網と重石で細工する事。


 4:残りの3体分の死体は、同じく解体して、街周囲の常緑樹の葉に隠す様に吊り下げる事。


 ローレン大将は以上の内容を指示した後、その影の様に存在感無く付いていくアリーと共に、街内の金物屋の方に歩いていく。


 俺達は指示に従い、死体をぶつ切りにして運ぶ……港に有る一輪車に死体を載せる……閂を外し……街外へと……文字通り、撒く……満遍なく……


 別の班は、梃子の要領で、死体を常緑樹に引き上げている。


 若者の剣匠は鼻を摘まんで肥溜めから糞尿を桶に入れている。


 夜間の作業ではあるが、皆、夜目が効く。

 おまけに晴れて、月が顔を出している……夜間作業には持ってこい。朝が来るまでには仕上がるだろう。


 皆、疲労していたが、この程度、屁でもない。


 ……作業は深夜3時過ぎには終了した……


 再度、皆が管理事務所前に集合する……月明かりに照らされて、血と汗が染み付いた顔が見える。


 皆、一刻も早く水で身体を拭きたいと思っている筈。


「諸君、深夜までご苦労様……作業は完了した、沐浴後は二交代制を引いて就寝としよう……索敵は、凄腕の斥候達が街外で警戒してくれておる……安心して休みたまえ、鋭気を養う事も大事な任務だ……」ローレン大将は手短に話を終わらせた。

「では解散……次回集合は1班が10時起床……」

 若者の剣匠達がよたよと持って来る……大きなバケツが地面に置かれる、バケツのフチにタオルが掛けられている、


 皆が鎧を外す……沐浴とは名ばかりの、絞った濡れタオルで身体を拭く……ローレン大将も気にせずに上半身裸になり、タオルで

 俺も身体を拭く……身体は疲れているが、気持ちはスッキリする……


 睡魔が襲ってくる……管理事務所には、1階の受付前を利用して所狭しと長机が敷き詰められている。

 その上に寝具が置かれていた……


 皆が、無言で武装を解き、脇に置く。

 各自、小型の得物を脇に抱えたまま眠る……

 俺は癖で枕の下にナイフを隠し、長剣自体を握ったまま眠る……鎧を着たまま寝ても良いのだが、折角の寝床だ……

 街外の斥候も居ることだし安心して寝る事にする。


 ヴィンスはもう寝てしまった……

 軽くイビキをかいて……

 この平常心……

 この日常感覚……

 戦場なのに……

 やはりこの男もシニグルイだった……

 そうでなければ、この状況下、8000人の敵を前にイビキをかいて寝るなんて……


 そんな事を想いながら……ユナ人形の頭を擦る……


『お前の元へ戻る……必ず……』


 そして俺も直ぐに眠りについた……







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