第12話 トスカ着 落日
目覚めた……
良い寝床だった……多分、師匠の家のベッドよりも……
まだ、同室の皆は寝ている様だ……
死に鍛練をする……横に人が居ようが居まいがやらなければいけない……自分が悪夢を観ない為に……
虚ろに……なる……慣れた作業……日常業務。
……。。。……
……静かに落ちていく意識……
……見えた……アイツ……
……顔の見えない、長剣を持つ……
じわり……じわりと俺に近づく。
案の定、俺は身動きが取れない。
なにもない空間に縛られる……上下左右も分からない。
目の前まで来たアイツ……俺の耳を掴む……耳と側頭部の間に長剣を滑り込ませる。
「ブッ……」下手くそな剣使いで、中々切断出来ない。
「アガガガ……」俺の絶叫……しかし聞こえない。
「ブチ、ブチィ……ブッ」たった耳1つに大層な時間を掛けて、俺の耳は離れた。
…次は、もう片方の耳だ。剣を持ちかえる。
「ブチ…ブチ…ブッ……」こいつは多分左利きだ……利き手でない方で剣を振るっている為、さっきより更に時間が掛かる。
…もう切っているのか?ちぎっているのか?激痛が終わらない
「へっ!!下手くそがぁぁぁぁ!!!」俺は叫ぶが届かない。
永遠とも感じる時間を要して俺の両耳は離れた。
耳が在った場所が猛烈に熱い……
否や、剣が片目に突っ込まれた……眼球だけ……
引きずり出す……視界の半分が暗転する……
もう判っている……そうだろ……そうだろ……そうだ……もう片方の目に剣が突っ込まれる……光がなくなる……やっぱりな……
飛びそうになる意識の中、俺は相手の思考が判る。
『殺さないぞ!ずっと、激痛の中、のたうち回れ……簡単には殺してやらない』
「こっ…殺せ…殺せ……」切れ切れに……いつの間に俺はこんなか細い声に成ったんだ。
暗闇の中、俺の鼻に刃が当てられる……
『そうだよな……そうなるよな……』俺は観念する。
剣を引きもせずに、押し付けて切る……切れる訳がない……
「ブブッ……ブリッ……」鼻を裂いていく。
俺の顔はもう、痛みより灼熱を感じる。
「アッ……ヴァ……」声にならない。
刃が軟骨に当たる……当たる度に、ガンガン刃をぶつける。
俺の暗闇に雷光が飛び散る。
鼻血で呼吸が出来ない……
まぁ、これを鼻血と言うならば、だが……
もう俺の顔面は只の赤黒い塊だろう……
「もう殺して……」喋れたのか?思っただけなのか?もう俺には分からない。
血に濡れた頭髪を掴まれる。
頭皮に刃が当たる……頭皮を越えて刃が頭蓋骨に当たる。
砥石で研ぐ様に……頭皮を削る……捲る……
「ガッ……ガェ…ガェ……」言葉でない悲鳴……しかし聞こえない。
俺の頭の周囲に頭皮が「ビチャ、ベチャ」という音と共に叩きつけられる。
何回も……何回も……何回も……
致命傷に成らずとも……もう……俺は静かになった……弱々しい心拍だけが己の内に聴こえる。
唐突に、衝撃を感じる……肋骨を叩き折り、心臓を突き刺そうと、何度も何度も……
俺はもう……動かない……受け入れる……
「殺してくれてありがとう」そんな事を言ったような……
……
……
……!!!……
「はぁ、はぁ、はぁ……あぁ……」目を開く。
「だっ……大丈夫ですか??」西部出身のアレックスだ……寝床が俺のすぐ横だから気付いたらしい。
他の兵士はまだ寝ていた。
どうやら俺は叫び声の類いは発していない様だった。
「大丈夫……いつもの事なんだ……気にしないで……」切れ切れに言う。
アレックスは半信半疑で
「分かりました、何か必要なら言ってください」と言い……洗面所に歩いていった。
手で自分の顔を触り確認する。
目、鼻、耳、頭髪、全部ある。
ベッドに横たわり、気分が落ち着いてくる。
そして、身体が軽くなる……飄々とした気分……
考える……三度目の死に鍛練に慣れはしないけど、共通点を見つける。
毎回別人、だが、全員剣士では無い……剣術とはいえない武器の扱い方。
そして、残酷な殺し方、否、いたぶっている、殺すのは最後。
ベッドから起きて柔軟体操をする……身体が軽い……決断も早いのが判る……合理的で即決……悪く言えば……情け容赦ない……しかしそれは他者に対してではなく自分に対してだ。
己の命が無いからだ……怖いもの知らずという意味でも、無駄死にでも構わない、と言う事でも無い。
命が無いのに変だと思うだろうが、今俺は、
躊躇が無い……生きる事に。
生きれるなら、腕など要らぬ、
生きれるなら、脚など要らぬ、
生きれるなら、目など要らぬ、
その判断が早いのが判る……戦場での『待ち』は死に近付くだけだ。
思考は深い方が良いのは当然だが、躊躇は要らない。
考えても仕方無い事を悔やまない……考え込まない。
そういう思考。
今、俺はそういう人間になっている。ヒョイっと部屋の扉を開けて、朝食を食いに食堂へ行く。
通路の往来ですれ違う兵士の顔は皆一様に暗く、鬱々としている。
そりゃそうだ、死にに行くのだから……万が一行き残れれば僥倖。
なのに、俺の足取りは軽い。ただ朝飯を食いに行くという気持ちだけ……今日朝飯の献立が何か興味しか無い。
『卵料理があると良いな』等と思っているのだからたちが悪い。
食卓につき、「頂きます」と小声で言い、料理を見回す。
コーンスープ
スクランブルエッグ
薫製肉のスライス
オリーブオイルとチーズの掛けられたサラダ
バケット
彩り豊かな朝食を望み、思わず「旨そう」と声がでる。
そんなヤツは俺だけと思いきや、「ドスッ」と音がして、隣にヴィンスが座るや否や「私はここの薫製肉が大好物なんだよ」と挨拶も忘れて話しかけてきた。
彼も俺と同類らしい。まるで自宅での食事と同じ様な風体、平常心、真っ先に薫製肉をフォークで突き刺し舌鼓。
「うーん、やっぱり旨い」と一言。
俺以外の人間は、口には出さぬが一様に『こんな時によく食えるな』と言う言葉が顔に出ている。
「……戦場が平時よ……」ボソッとヴィンスが俺にだけ話す。
「戦場は異常な空間よ……それを平時とせよ、お前は若くして出来つつ在るようだな……ヤーン」と言いながらまた薫製肉を頬張る。
ヴィンスは好きなモノから食べてしまうタイプらしい。
……カシムが、目を擦って食堂に入って来るのが見える。
俺を見つけた様だ。
「おはよう、兄貴」
「おおっ、一寸マシになった様だな」俺はカシムの顔を見て言う。
「久しぶりの『死に鍛練』なんて中々、虚ろに入れなかったよ……」
「まぁ、出来た様だな」俺は嬉しい。
「まあね、ただ、酷い……ね……」カシムはげっそりした顔をする。
「だが、軽いだろ」と俺。
「うん、そういう意味か、確かに軽い……うん、軽いって言い方が一番合ってる」カシムは変に納得する。
「食えよ……旨いぞ」俺はカシムの為に椅子を引いてやる。
「『死に鍛練』……先人の知恵よ……言い伝えみたいな思考訓練だが、実は意味が在るんだ、精神の鍛練と、免罪符としてな……」ヴィンスは俺達を見回して薄く笑う。そして最後の薫製肉を口に運び、口内でゆっくりと味わう。
「……借金みたいなモンだ、放っておけば借金取りが取立てに来る、故に借金取りが来る前に自身から多少なりとも返しに行けば、その日は何とか成る……まぁ、虚ろで極悪非道に殺されるだろうがな……そのくらい我慢せよ」と付け足した。そしてサラダにフォークを突き刺して口に運ぶ。
しばらくして三人が食事を終え、俺はコーヒーを淹れる。
ヴィンスは早々に「ご馳走さん」と言い自室に戻って行った。
カシムはオレンジジュースの2杯目だ。
カシムも昨日よりマシになっていた、飯をしっかり食えているのが何よりの証拠。
「ヴィンスさん……強そうだな」カシムの独り言。
「多分、俺の師匠と同類、ヤバい所をくぐり抜けている」俺の独り言。
二人とも飲み終わり、食事に感謝して食堂を出る。
出発時間迄に出立の準備を完了させよう。
途中でカシムと別れ、自室に戻った。
数名が、自室のベッドで座り込んでいる……多分飯も食っていないだろう……
クルスとカインとシモンとだった。
「朝飯は食わないのかい?」俺は返事を知りつつ尋ねる。
「よく食えますね……これから……」クルス。
「食欲無いんで……」カイン。
「食べた方が良いのは判るんですけど……」シモン。
言い方は違うが、意味は同じ。
「緊張しているのは、判るが、食わないと動けないよ……」俺は忠告する。
それでも結局3人は朝食を食わずに、出立となった。
残りのドレイクとアレックスは少しは食べたようだ。
二人とも食堂から戻ってきた。しかし表情は暗い。
無言で、出立の準備を始める。
簡素な鎧を身に纏い、腰に剣を差す。
ユナの人形をポケットの収める。
…………
「さぁ、時間だ……」俺は誰ともなく言う。
そしてバックパックを担ぐ。
皆の腰が上がるのが明らかに重い。
「さぁ、行こう……」俺は歩き出す。
返事もなく皆、立ち上がる。
これから俺が彼等のリーダーに成る訳では無いのだが心配になる。
これでは生き残れない。
こんな、気持ちでは……彼等は気持ちを切り替えられるのか。
宿の外の広場が集合場所だ。
そこでは大将が眉を潜めて、幹部の話を聞いている……
横には小さい背格好の男性が立っている……
隙がない……只立って居るだけなのに……
彼のレザーメイルは動いても擦過音がしない、無音。
付与魔法で消音している。
ギロリとした眼光、暗黒を底の底まで観た様な……彼が小声で大将と話している。そして、消えた……否、他の兵士に紛れて見えなくなった。
直後、否応なくで点呼と挨拶が始まる。
……あっという間に終わり、皆で歩き出す。
そしてトスカへの行軍は進む……
狭い山道を抜けてトスカに入るのだが、山道とは名ばかりのほぼ登山であり……食事を取っていない兵士が心配だった。
案の定、行軍から遅れる兵士が出る……離脱する兵士が出ぬ様に行軍の速度が落ちる。
暫くして……大将からの伝令が伝わる……
剣匠及び、職業軍人は先に進めとの事。
つまり、市民兵を残して先にトスカ入り進めよ、という事だ。
意味無く、大将がその様な指示を出す訳が無かった。
つまりそれは、敵の行軍よりも先にトスカ入りしたい、或いは何らかの情報で、このままの行軍では敵軍の方が先にトスカ入りする可能性がある事を掴んだ……という事だろう。
多分さっきの、険しい目の小男からだ……
我ら剣匠約20名が誰ともなく前方に向かい駆け足……
同じく職業軍人が前方に早足になる……
まだ、兵士同士が行き違える幅のある道だ今なら隊列の横をすり抜ける事が可能だった。
それも暫くすれば、その道もボトルネックになり、すり抜けが困難になる。
今が隊列を避けれる最後の場所だ。
大将はだからここで決断したのだ。
隊の前方に剣匠、職業軍人が行軍しながら集まりつつある。
そして、徐々に市民兵と幹部軍人を残し、先に進む。
武装が軽い剣匠はほぼ、ジョギングの様な速度で、大将及び幹部の馬に付いて行く。
職業軍人と剣匠の隊列も細く長く伸びる。
昼過ぎ、剣匠がいち早くトスカを見下ろす高台に辿り着くと同時に下からトスカ市民が登って来る。
俺達が辿り着いてからの入れ替わりと聞いていたが、予定が変わったのか?
もしそうなら、明らかに敵軍の進行が早いのだろう。
我等の横をすり抜ける市民の列が通り過ぎる。
皆慣れない山道を歩くに難儀している……俺達は脇へ退く。
皆、口々に、
「ご武運を……」
「頑張って下さい」
「町を守って!」
と子供、女性、老人関係無しに激励される。
殿で、見張っている市民から話しかけられる……「斥候の方から、『逃げろ!』と言われ、着の身着のまま逃げて参りました、敵は近くまで来ているのですか?」馬上の大将を見る。
「急な逃走、誠に申し訳ない、敵は既に国境を超えて、すぐ側まで来ておる、乱戦になれば、そなたらを完全に護る事は出来申さん、速やかにお逃げなされ」大将は、静かに低い声で、だがはっきりと言った。
「町は、町は破壊されるのでしょうか?」呑気とも取れる質問……
「やつらの目的は港と船を得ること、それ以外はどうでもよいと思われます」大将の厳しい返答。
「……やはり、そうですか……我等の町は……」殿は口ごもり、そして歩き始めた。
最低限の町の重鎮を残して市民の撤退完了。
重鎮は、町中の港の管理事務所に居るらしい、彼等は謂わば最終の町の運営者だ。
町の地理を知る。
食料庫、井戸の位置、地下道、見張り台、etc
そういう事だ……
彼等の知識はトスカでの戦いに重要なファクターだ。
夕方……日が暮れる……夜が来る……
大将の目の色が変わる……
光っているように見える……
昼間よりも夜の方が……
発言も変わる……
「町に入る、斥候からの情報だが、敵は軽装な先発隊を1小隊50名程度送り込んで来る様だ。本隊到着迄に町の情報を集めたいのだろう、敵は我等が先にトスカに辿り着いているとは知らぬ!やつらを生きて返すな!全員を抹殺せよ!如何なる手段を持ってしても確実に葬れ!絶対に情報を持ち帰らせるな!町中は遮蔽物が多くなる。索敵は慎重にせよ。獲物が大剣の者は建物に当てるな。若しくは無手か小剣での戦闘を行え、剣は予め抜いておけ、全て音を立てない為だ……」
先程迄の真摯な振る舞いからは想像出来ない。
人殺しの目……そうだ、この眼光……
大将に続く……
剣匠達は真っ直ぐ正門を抜けて町に入る。
小さな町は直ぐに港を着く……
職業軍人は山道で待機、斥候との戦闘が始まり次第、斥候を逃がさぬ様にガゼイラ側の山道へ向かう。挟撃だ。
俺達は港の一番奥で一番大きな建物、管理事務所に着く
中に入る。
数名の町の重鎮が居た。
町長、港管理長、上下水道の施設長の3名。
皆、死に怯えながらも、それでも町に残ってくれた。
ローレン大将は3人に頭を下げる。
戦闘が始まる……夜戦だ……
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