第11話 ローレン大将~行軍
集合先は、王城の正門前の広場だ....歩いても10分程度。もうじきに集合時間の八時半になる……
左手の手甲の具合は良い……
隙間無く俺の前腕に装着され……移動時の動きでズレる事も無い。
……王城前の広場に着いた……
既に何名かが、集合場所に荷物を立っていたり、石畳に座っていたり色々。
少し離れた場所から一人の男から声に掛けられる。
「おお、お前もトスカ行きか……」視界の外から聴こえる……聴いた事がある声……俺は声の方を見る。
中年男性がスラリと立っている。
「あぁ、アンタは、ライドに手当てを……」俺は言葉半ばに会釈する。
「アンタのお陰でライドは助かった……有り難う御座います」俺はもう一度深く礼をする。
「気にするな……」と男性は少しはにかんだ……年齢は30代後半か……
「俺とて同じ目に遭えば、助けて貰わねばならぬ」男性は手をヒラヒラと振る。
その手の色が、紫色だった……
あの時の腕……武器の毒を見抜き……
ライドの応急措置をしたあの剣匠。
「アンタもトスカか……心強いな……俺はヤーンと言います、よろしく」
「こちらこそ、私はヴィンスだ」ヴィンスが手を差し出す……握手。
握った瞬間……判る……手練れだ……
この人は相当強い……握れば判る……
俺達以外にも、続々とトスカ行きの兵士が集まる……それと共に、家族や恋人が兵士たちを囲う……
泣きじゃくる者……
兵士の肩を叩き武勲を祈る人……
無言で抱き合う人……それぞれ……
わずかな時間を可能な限り兵士と共に過ごす……
……八時半……5分前に……ローレン大将が皆の眼前に立つ……我が国の叩き上げの軍人だ……
この人をオルセー王が選んだ事が、如何にトスカ防衛を重視しているかが判る。
ローレン大将は、オルセー王政下でこの国の防衛を任されてきた人物だった……
剣匠上がりの大将……貴族ではなく、平民上がり。
トラバー隊長より更に年配。
大将の側近が叫ぶ!
「各自、整列」声を聞き……兵士は名残惜しそうに……各自の部隊に並ぶ……俺とヴィンスも一旦別れて自身の隊に整列した。
見送りの人達も脇に避ける。
整列が完了したのを見て、大将は付与魔法で拡声される魔石を口元に近付け話す。
「兵士諸君!祖国の為に集合頂き、誠に有り難う……これから我等は、ガゼイラによる侵略の可能性が非常に高い港町、トスカの防衛にあたる」ローレン大将は良く通るが、低い声で話す……
無駄に扇動せず……淡々と……戦意を鼓舞する様な話し方はしない……剣匠らしかった。
「これから皆が向かう、トスカについて私の知る事を皆に伝える……参考として聞いて欲しい」ローレン大将はこう前置きして始めた。
「トスカは後方の山脈と前方の海に挟まれた港だ、天然の城壁を後方に持つ、数える程しか道はない、道を塞がれれば籠城するしかない、王都からの援軍が来るまでな」ローレン大将が過酷な地理環境を説明する。
「兵士諸君!覚悟せよ!トスカ市民を王都へ逃れさせた後は、トスカは我等3800名が防衛する、アルテ峡谷戦の間に先立って配置された先鋒隊2500名は南部陸軍1番隊として既にガゼイラとの国境沿いに進軍を開始している……王都への道は我等の生命線だ……それが断たれれば、即ち兵站が断たれ篭城と成る、その様な状況は絶対に避けねばならん……兵站さえ円滑に機能しておれば、我等は幾日でもトスカを防衛できよう」ローレン大将は話す。俺は大将を観る……揺るぎ無い信念が感じられる。
……大将の話は続く……
……
……?!っ……
……??もしや、あれは……
大将の後方、大きな家の2階の出窓……こちらを見る人影……上半身……親指の先程の大きさ。
恐ろしく遠いのに、俺には美しいデコルテまでが観える……帰ると約束した女。
柔らかい笑みを湛えて俺を観ている。
……ユナ お前、泣いているぞ……
……笑顔のまま……泣いている……
……一生懸命笑っているな……
……俺の為に、泣かないのか……
……出迎えに来れなかったか……
……目の前の俺を見て……泣き叫び……行かないで!とすがり付いてしまえば……俺の覚悟も濁る……
……そう思い……気遣ったのか……
……ありがとう……良い女……
『戻る……必ず……お前の本当の笑顔をまた見る為に……』
泣いてる様な、笑っている様な、窓枠に切り取られた小さな姿を鮮明に観る。
「…………兵士諸君!これから行く戦場は、広き大地で勝鬨をあげる様な戦場ではない!市街に潜み、暗闇で静かに行われる戦いだ!我らは、静かにそして深く暗闇に沈み……敵を殲滅する……皆覚悟せよ!我等より多量の敵軍を排除する為、我等は如何なる手段を使っても勝たねば成らぬ!」
ローレン大将の朝礼を兼ねた指令が終わる。
はっきりと、暗殺せよと言っている。
この隊には当然素人も居る、その中でも賢しい人達は驚いているかもしれない……
華麗なる戦さ場……
勇猛な……
誇り高き……
そう思っていた……いやそうであって欲しかった……
自身が死ぬとも知れぬその場所が、せめて美しく、死に値する場所であって欲しい……
祖国の家族に誇れる死であって欲しい……
そんな場所では無いと、大将は言ったのだ、「我等は暗闇で、誰とも知れず死に行くのだ」と、そう言っている。
それを大将は、皆の前で、兵士達の家族の前で、恋人の前で、友人の前で、そう言ったのだ……
気付いているか?どうかは知らないが……
我等は、隊列を組んだまま、大通りを街外へと歩いていく、道横の家から手を振る人々……
大通り脇まで出てきて応援する人々……
キルシュナの国旗を振る人々……
一人の老婆が群衆から飛びだそうする。
「ばあさん!ダメだ!」
脇の住民が羽交い締めで抑える。
「死ぬだけじゃ……孫を帰しておくれ……」しゃがれた切れ切れの声で叫ぶ。
「ばあちゃん、大丈夫だよ……帰ってくるよ」隊列から声が聞こえる……若い、いや幼い声。
「お前は分かっとらん!あそこは地獄じゃ!」老婆は口に唾して叫ぶ。
「そうです……地獄です……我等は地獄に参ります……お婆様」そう答えたのはローレン大将だった……いつの間にか先頭からこの現場まで後退してきていた。
「……!!!…!!!」大将直々の返答に老婆が口ごもる。ローレン大将は下馬し、老婆の前に跪き言う。
「必ず生きて帰れます、などと御約束は出来申さぬ……しかし、徒に死人を増やす事は致しませぬ……何卒、彼を連れて逝く事をお許し下さい……大事な戦力なのです……」老婆を真正面に見つめローレン大将が静かに話す。
「……おおぅ……おぉぅ……」老婆の嗚咽。
「分かります……分かっているのです……大将、申し訳御座いませぬ、それでも死地に孫が旅立つとなれば……この様な覚悟の無い事を……老い先短い私が替われるなら……そう思うのです……」老婆は途切れ途切れに話す。大将は老婆の曲がった背中をさすり…
「よきお婆様をお持ちだな、君は今の言葉を肝に命じよ、無駄に命を棄てる事無きよう」大将は振り返り老婆の孫を見て言う。
「はい!」カウンターテナーの音域で返答……まだ若い、十代半ばだろうライドを思い出す。
老婆は周辺の人々に支えられている。
本人は孫の無事を祈り手を合わせている。
我等はまた、大通りを歩く……もう正門は直ぐだ。
数日前に峡谷から後悔の念を持ちくぐった正門を今日は出ていく。
馬車が往来できる広い道を歩く……
石が詰められた平坦な道を快適に進む……
王都が徐々に小さく、そして、王城しか見えなくなってくる……
そしてそれも森林や山に遮られ消える。
しばらくして隊列を見回すと、ヴィンス以外にも剣匠を見つけた。
……前回の峡谷時に見たことがある面々……
至るところにポツポツと歩いている。
『結構居るな……』俺の感想。
峡谷時の半数程度がこのトスカ線に配属された様に見受けられる。
その後も行軍は進み……
赤き日は沈み……日が暮れる。
ようやく街道をトスカとの中間地点の宿場町、フーリに辿り着く。
今日はここで夕食を頂く……夕食後は隊内での親睦を深める為の話会となった。
酒を持ち皆が挨拶回りを行う。
俺はウィスキーを持ち、回りの人々と談笑していた。
……
しばらくして、ヴィンスが発泡酒を片手に近寄ってきた。
「剣匠が多いな……20名程度は居るな……」ボソリと言う。
「暗殺に素人集団では厳しい……」俺は密かに言う。
「故に剣匠が多いのだろう」ヴィンスが応じる。
ローレン大将の言う通り、今回は市街戦のゲリラ戦なのだろう……
「だが、20名ソコソコでどうにか成るものか?」俺は不信感。
「難しいだろうな、暗殺など一石二鳥で教えられるモノではない」ヴィンスは同調する。
「厳しい戦いになる……」俺は独り言。
……
「ヤーン兄……」カシムだった……
「おお、カシム!お前もか!」ゼオと同い年の友人だ。峡谷でも共に戦った。
カシムの目の下にくまを見る。
「お前、寝てないのか……」俺は訊く。
「……早朝に起きるんだ、寝汗がスゴくて……寝不足なんだよ、ヤーン兄」カシムは目を擦る。
「カシム!お前悪夢観てないか?」尋ねる。
「う~ん、分からないよ、けど起きた時は不快感で一杯」カシムはげんなりしている。
「俺もだよ、カシム、ただ俺は何か悪夢らしいモノを観た事は覚えてるんだ」
「けどヤーン兄は、疲れて無いじゃん」
「あぁ、昨日は熟睡出来たから……けど最悪だった」俺はカシムに言う……そして考えが浮かぶ……
「お前、死に鍛練してるか?」俺は訊く。
「え~……あれヤなんだよ、あんな古い作法の訓練……」とカシム、確かに師匠は俺にあの訓練を指示していたが、正直な所、とても古典的な思考訓練で、剣匠が皆がしている訓練ではない。そりゃそうだ、あくまで頭の中だけの訓練だ、そんな暇があるなら、木刀でも振っていた方が筋肉もつくと考える剣匠もいる。
「もうしかしたら、やれば熟睡出来るぞ」俺は勧める。
「ホントかい、そしたらやってみようかな……」カシムは熟睡出来るという俺の誘いに乗る。
「そうだ、明日の朝からやれ、眠たくてもやれよ」俺は更に勧める。
「わかった……」とカシムは言い、ヴィンスにもお辞儀をして自己紹介し、峡谷でのライドの応急処置について感謝をのべていた。
俺は、ベランダに出て、酒で火照った体を冷ます。
ポケットに手を入れる。
引っ張り出す。
手にひょろりとした人形が握られている。
希少金属に触れる……
「……ザ……ザ……おかえり……」雑音混じりにユナの声。
あの時の窓から俺を観るユナ。
それはまるで、協会で見た聖母の絵の様だった。
静かな笑み……少し寂しげ……その寂しさが美しさを際立てる……
……
黒い瞳の人形をじっと観ていると、話会の終了を知らせる幹事の大声が聴こえる。
俺はベランダから、室内に戻る。
幹事に指示の元、整列しローレン大将が中央に立つ。
「あすの夕方には、トスカに到着する、万が一では有るが、近隣には既に敵軍の斥候や先発隊が潜んでいる事も考えられる、用心しトスカにはいるのだ、兵士諸君!戦いは始まっている……」大将は静かに皆の顔を見て話す。
「今日はゆっくりと休みたまえ、十分な睡眠をとり、明日に備えてくれ」大将は締め括る。
最後に皆で明日からの勝利を願い乾杯をし、話会は終了した。
皆と別れて、6人部屋の寝室に向かう。
同じ隊の6人、これから命を共にする。
先程の話会で話したメンツもいたが、剣匠は一人もいなかった。俺の他は全員一般市民上がりの兵士。
再度の自己紹介。
ヤーン(俺)
クルス 王都出身
カイン 北部山村出身
ドレイク 王都出身
シモン 南部漁村出身
アレックス 西部採石集落出身
の6名だった。
各自に訊いてみたら、各々が少しながら剣の心得が有るようだった。先程の話会では、全く今まで剣も槍も持った事が無い、兵士とは名ばかりの市民もいた筈なのに、ここには何故か経験者しか居なかった……
……
何かしらの考えが在るのだろう。
ただ、そんな事を考える暇もなく、明日の行軍を考えれば、もう寝る時間だった。
俺達はお互いに就寝の挨拶をして床についた。
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