第10話 死に狂い

 陽光が窓から射し込む……

 嵐の様な昨日が終わり……

 今日、出征の朝だ……

 昨日、ユナには本当にやられっぱなしだった……


 不退転……生きて帰るしか……


 ……けど、なんだ、

「ハハハ……フフフ……」俺は笑っている???

 意図せず顔が破顔してしまう……


 もういい……そうだ……もう選択はない……

 行く先が地獄であれ……

 俺が地獄行きであれ……

 知ったことではない……

 俺はユナの元に必ず戻る……


 今日も死に鍛練をする……強くなりたいからだ……少しでも……生き残る為に、苦痛だが、ヤるしかない。


 いつもの様に虚ろ……半分起きて、半分寝る感じ……

 意識が半分……何で殺されるか……

 あぁ、いつもの感じ……墜ちて行く……


 ……

 ……


 暗黒の空間で俺だけが居る……

 いや……前方に浮かび上がる……人影……


 ……


 あれ、アイツ……昨日の下手くそ……

『オイ!』と声を掛ける……声がでない……昨日と同じ……嫌な予感……


 ……身体も動かない....微動だにしない……

 ……


 ……近付いて来る下手くそ……

 ……脂汗が吹き出す……デジャブ……


 下手くそが目の前に……

『赦してくれ、許してくれ』昨日の激痛を思い出す……思わず謝る……声はでない……


 俺の様子は意に介さず剣を振りかぶる……これは最悪……刃が俺の方を向いていない……


 ……剣の腹が振り下ろされる……

「ガヂッ……」形容しがたい音……

 側頭部に当たり頭蓋骨を滑り耳を削ぐ……肩で止まった……


『ゴ……グッ……』声にならない……

 耳の在った所が熱い……

 頭蓋は割れた筈……

 視界が歪み....音が聞こえない……


 ユラユラ揺れる下手くそが、俺を観ている……

 いや揺れているのは俺の方か……

 剣を横に凪ぎ払う構え……俺の頭を標的にしている……


 ……勢い良く振る……案の定刃を向けない、またもや腹で撲る……


「ゴギッ!!!」

 俺のテンプルにぶち当たる……頬骨が砕ける……眼球が溢れる……首の骨がズレる……


 首から下の感覚が無くなる……

 それなのに首の下が熱い……


「ザグッ」……

 下手くそが剣を俺の口に差し込む……

「ゴリ……ゴリィ……」渾身の力で俺の上顎を突き破り脳に達した時、俺の意識は飛んだ……


「あっ……あっ……」目を開ける……

 酷い……なんだ、また昨日のアイツ……

 覚醒していく……頭が痺れる……

 ベッドから起き上がる。


 まただ……

 俺の意思では無い……

 俺が妄想した仮想敵では無い……

 昨日も今日も……



 そして案の定、とても身体が軽くなってくる。

 師匠の言う通りに、これを続けるのか。

 明日はどんな殺され方をされるのだろう。


 しかし鍛練なら殺されても良いが、現実では生き残りたい。

 ユナに帰ると約束したんだ。

 何がなんでも生き残る。

 生きると成れば、学ばなければいけない、生き残る為に、戦況を、戦場を、そして敵の意図を……

 食卓に行き、食器を揃える師匠を見かけ話し掛ける。

「師匠、昨日のガゼイラの外交の件なんだが……」

「どうした?今更?」師匠は不思議そうな顔。

「いや、気になって、俺が駐屯する町だしね」

「ハハハ……珍しい……前のお前なら、考えもせずに出陣するだろうに……」師匠は笑う。

「そうかな……俺は変わったか、師匠」俺は尋ねる。

「そうだな……良い思考になった……」師匠の答え。

「昨日、ガゼイラが貿易したい国は何処だ???って問いだ……」俺は昨日を思い出す。

「まぁ、ここからはあくまで地理を考えた推論だぞ……先ずはトスカを奪う意味だが……まぁ、ガゼイラは、フォーセリアの敵国であるタナトに希少金属を売り付けたいのだろう……適正価格でな……」師匠は頬を掻きながら、無精髭を1本抜く……

「あぁ、確かにタナトとトスカは目と鼻の先だな……」

 現に我が国キルシュナは、トスカ港を使いタナトと取引している。

「ホゼ港は我が国のトスカ港とは正反対に位置する……」師匠は話す……北ラナ島で雌雄を決する三国は簡単に言えば、

 島の西側をアルテア、

 島の東側をキルシュナ、

 島の南側をガゼイラ、

 と大まかに領地を分けている。

「それが地理って事か???タナトとトスカの距離が近いから貿易がホゼよりやり易い……」俺は自問する。

「それだけじゃない……」師匠は言いながら食卓をキョロキョロ……


 師匠はテーブルに置いた今日の朝飯だろう、歪に丸い押しパンをナイフでTの字に三等分した。

 三国を表しているのだろう。

 そして干し葡萄2つをガゼイラとキルシュナに一つづつ置く、パンが北ラナ島で干し葡萄がホゼとトスカだ……そしてパンの横に大きな食器を二枚並べた……そこにも干し葡萄をそれぞれ置く……フォーセリアとタナトの港、セレスとリュズだろう。


 ★★★★パンと食器の図★★★★


 |ーーーーーーー||ーーーーーーー|

 |フォーセリア || タナト   | 北↑↑↑

 |  ※ セレス  ||  ※リュズ  | ←食器

 |ーーーーーーー||ーーーーーーー|

     ~ 内海 ~

   |ーーーー|ーーーー|

   |アルテア|キルシュ|

   |    | トスカ※| ←パン

   |ーーーー|ーーーー| 

   |※ホゼ  ガゼイラ|

   |ーーーーーーーー|


 そして小さな内海を挟んで北側に大陸……敵対する2つの大国、西側フォーセリアと東側がタナトだ。

「フォーセリアとタナトはこんな小さなサイズでは無いがソコは理解しろ」と師匠は注釈する。


「なるほど……ホゼ港はタナトとの貿易には不便か……」

「そうだ、タナトとの貿易ならトスカだ……ホゼからでは、北ラナ島の南側海岸をぐるりと航海せねばならん」そして添って人差し指で半円を描く……「確かにタナトとの貿易には余分な航路だ」俺は得心する。

「だが航路ならもう1つ存在するな……」師匠。

 ……確かに、ホゼから北上するルート……北ラナ島と大陸に挟まれた内海を航行するルート……俺はパンの周囲を指差す、これなら距離もトスカ迄とはいかないが、十分に短い航路だ。

「……しかし嫌だな」師匠は答えを言わない。

「フォーセリアからの干渉を受ける……」俺は答える。「そうだ航路中にフォーセリアの領海を通過するからな……ガゼイラ建国以降、フォーセリアはガゼイラからの希少金属の輸入が途絶えているだろう……そんな最中、所在不明の船舶が、領海内を通過して敵国タナト方面に向かうのを見つけたら……」師匠はもう言わない……判るだろ……という表情。

「ガゼイラは目の敵にされる……まぁ、既に目の敵にされてるんじゃないのか……輸入が途絶えているんだから……フォーセリアからこの途絶えた理由を探る為に調査団という名の軍隊が来ていても不思議では無いよな」俺は自身の推論を述べる。

「ガゼイラの長なら既に対策を講じて在るだろう……」師匠は現場を見ていた様に断言する。

「よくそう言い切れるな……師匠」

「ユーライ帝は切れ者よ……考えも無しに戦争など始めん……彼が戦争をするなら、する意味がある……内政復興だけで、国が立ち上がるなら、戦争などしないだろう……ガゼイラは今、弱いのだ……植民地と言いながらも在る意味フォーセリアの庇護を受けていた時代は終わり、自国にて自立せねばならん……人間で云えばガゼイラは今、赤子よ、早々に自らの力で歩かねばならん……今、他国から侵略されれば、建国即、亡国に成りかねん……それをユーライは分かっている……」珍しく饒舌な師匠……判る……師匠はユーライが好きなのだ……おそらく……

『だから一刻も早く、トスカを奪取して、タナトとの国交を再開し、安定した外貨を得たいのか???』俺は考える、そして王の言葉を思い出す……『理知的で正しい判断をする人物』王はユーライをそんな風に評していた。

 そんな人物が戦争を仕掛ける……食器とパンの地図を観る……

「ガゼイラは外交が難しいな、そして戦争に関してもアルテアは後回しだ……先ずキルシュナを奪う」俺は感じたままを言う。

「ほぅ……何故だ……」師匠の目が細く、鋭くなる。

「ここ三国は島だ……外交は必ず、大陸のフォーセリアかタナトだ……大海に出て海の向こうの極東の国と貿易するなど航海の危険性と経費、使用日数から考えて割りに合わん」

「それは良し……続けよ」と師匠のいつもの言葉。

「……ならば、フォーセリアとタナトのいずれかと貿易を望むが、前者は師匠が言った様に元々植民地であった為に、今後も不平等な交渉を突き付けられる可能性高い……故に後者のタナトとの国交を拓きたいのがガゼイラの魂胆……タナトとの貿易にはトスカを奪取……あわよくば、キルシュナ自体を占領したい……占領してしまえばタナトとの貿易時に、キルシュナの領海を通過する危険が無くなるからだ、アルテア側を通る航路は現状ガゼイラは使用しない、先程の理由でフォーセリアとの貿易は行うつもりは『今は』無いからだ……」俺は『今は』を強調する。

「ガゼイラは地理的に外交を求めようとしても、アルテアかキルシュナ、何れかの領海、領地を経由してしか、大陸国と国交を交わせない……ガゼイラにとってアルテアとキルシュナは地理上の目の上のたんこぶなんだろう……どちらかを属国にして、リスクなく大陸国と貿易を行い、外貨を得たい……そして属国にするならキルシュナだ……タナトとの外交を求めている以上……そういう事かな……」俺は半信半疑の自分の推論を師匠に話した。

「まぁまぁ正解か……即興にしては良い線だ」師匠の寸評。

「ユーライ帝の心の内は分からんが、ガゼイラ軍の動きからそんな想定が可能だわな」師匠は手をヒラヒラ振り……

「あくまで推論よ……事実はお前が現地に行き、感じた事が『真』よ……それに応じて流動的に考えを変化せよ……常に最新の情報を仕入れ、自身の推論をより良き推論に昇華させよ……さすれば相手の行動も透けて観える」師匠は話を切り上げた……

「承知した師匠」俺は師匠の謂わんとしている事が何となく判った。


「バタバタバタ」……足音……ゼオが欠伸をしながら

 食卓へやってきて開口一番

「僕のパンが小さい……なんで……」ゼオはパンのガゼイラを指差す。

「俺のやるよ」俺は自分の手前に置かれたキルシュナ国土のパンと取り替える。

「えっ、良いの兄貴」とゼオ。

「喰えよ、気にするな」俺はサラダを皿から取り分けて、口に運ぶ。

「何だか良く分からないけど、頂きます~」ゼオは食事開始。

 俺もサラダを摘まみ、パンをちぎりつつ早々に朝食が終わる。

 ゼオも少しして食べ終わる……そして、俺を見つめて

「兄貴、兄貴なら生きて戻って来れる、ユナさんが待っているから、絶対帰ってきて……」と言った……そして俯いた。

「判ったゼオ、俺の帰りを待て、必ず戻る。」

「結婚したんだ!!!帰って来ないとダメだ……」ゼオは俯いたまま……

「お前、結婚したのか?」横から師匠、驚きの表情。

「そうらしいんだ」と俺。

「そうらしいって、お前なぁ……」師匠も流石に呆れて……

「昨日結婚したんだ……そうだよなゼオ」俺は確認する。

「う、うんそう……兄貴、結婚した……」片言のゼオ。

「ヤーンどうしてゼオに確認するんだよ……ゼオも何か隠して居るのか?変な奴等め……まぁ、いいわい……ならば生きて帰る甲斐が在るな」師匠はそう締めくくった。

 そしてゼオは直後に鍛練場に行くと言い家を出ていった。別れの場に居るのが辛いのだろう。

 そして食卓には俺と師匠が残る……

 師匠がコーヒーを淹れてくれる……淹れながら言う。

「ぼんやり聞いておけ……お前に、『一兵卒だから、戦いのみに注力すれば良い』などと言う輩の事は信じるな……それは自力で考える事を放棄した愚か者よ……戦いは、戦いはだけで勝てぬ……戦いに至る、相手の目的・策略を理解していなければ、安い命を散らして終わりよ……」師匠は俺をじっと観る。

「確かに……師匠、俺もそう思う……戦う前に既に戦いは始まっているのだな……」俺は同調する。

「それは良し……」師匠の顔が笑う。

「ありがとう師匠……」俺は感謝する……生き残るとはそういう事だ……命を他人に委ねてはイケない……自身で考え、判断する……それが肝要。

「ヨシ、戦いの準備が出来たな……コーヒーを飲んで……正門へ行くが良い」師匠はそう言い、

「ありがとう師匠……生きて帰る」俺は師匠の顔を見る。

 珍しく師匠が引き留めて話す。

「前にも言ったが、お前とゼオに施した教育・鍛練は死に狂いに成るためだ……毎朝に死ね……死んで覚悟せよ……覚悟して乗り越えよ……死んでこそ生き残れる……」師匠はコーヒーをスプーンでかき混ぜ、その渦巻きを見つめる……

 そしてボソボソ話続ける……




「刹那に生きよ……

 今しかないと生きよ……

 過去も無く……

 未来も無く……

 すべては今の連続……

 過去に後悔せず……

 未来に期待するな……」

 珍しく唄う様に饒舌な師匠……



 いつも謎掛けの様に……

 俺の心に答え無く引っ掛かる。


 俺はコーヒーを飲み干す。

 師匠の話を反芻する。

 師匠のこういった抽象的な話は重要だ……俺は今までの経験からそれを知っている。


「ありがとう、行ってきます師匠」俺はそう言い、コーヒーカップを洗い場に置き、玄関に向かう。


「御安全に……」師匠はそう言い、俺を見送らず……洗い場に歩いていった。

 今日の当番の家事を行うのだ……

 いつも通り……

 そう毎日の日常の様に……

 何事もなく死地に向かう……


 そう成らねば成らぬ……


 俺は独り玄関を出て、ジムの作業場に向かう。


 俺の武器が出来ている筈だ。

 しばらく朝日を浴びてほのぼの歩いて直ぐに作業場に着いた。


「よう、ジム、ヤーンだ」俺は作業場に入るや否や、ジムを呼ぶ。


「声がでかい、聞こえてる」ジムの不機嫌そうな声。

「仕上がっているか」ジムの不機嫌を無視して訊く。

「上出来だ……全て仕上げた……柄のぐらつきも無い」ジムは仏頂面で言う。

「すまない、突貫仕事ありがとう」俺は礼を言い、武器を装備する。

「おぃ、ヤーン、因みに試作品を持って行かないか???」ジムが俺に胡散臭い笑み。

「なんだよ、怪しいな」俺は疑心。

「こいつだ、俺の自信作」ジムは背中に回した手を俺の前に出す。

「……何っ、グラブの様な、ゴツいな」俺は頭に疑問符。

 ジムの左拳には手袋の様な防具が着いていた……但し、なにやら防具以外のギミックがある様な……

「様々な武器を内包したグラブだ、暗器に近いか……」ジムは着装した甲を見せる。

「見ての通りの防具兼打拳武具だ」甲には鉄板が在り、その下は衝撃吸収材が敷かれていた。

 更に、拳の部分には鈍く尖った金属が並んでいる。

 打撃時に破壊力を増す為だ。

 そして前腕がほぼ丈夫な革で覆覆われていた、革の内側は衝撃吸収材が縫い付けてある。

 その革は紐で縛れ装着時にグラブが緩まない様に確実に固定出来る様だ……しかし……

「普通じゃないか……」俺は失望する。鉄甲やブラスナックルみたいなもんじゃ……そう言おうかと……

「まあまあ待てよ!」ジムが俺を止める。

「そんな普通じゃない」俺の前で人差し指を振る。

「今回、磁力が付与出来る魔法をレイモンドが開発したらしくてな……」ジムの要領を得ない返事。

「???それが……」俺は促す。

「まぁ、急ぎなさんな……まぁ、レイモンド曰く、『磁力と言うより、吸着と言った方が適切』らしい」と言いつつ……ジムは作業台に無造作に置いてある折り畳み式ナイフをグラブに近付ける。

「コッ」という音を立てて、ナイフがグラブにへばり着いた!革製品に金属製品が吸いつけられる。

「なっ!なんだそれ?」俺は意味が分からない、まぁ、変態な防具だが……それが何の役に立つのか意味不明。

 ジムは作業台の引き出しから、小型のナックル付き短刀を出す、ナックル付き短刀を折り畳む。

 刃がナックル部分には収納され、半分の大きさになる。

 それをグラブ前腕の内側に近づける……途中から吸い付く様にジムの手から離れてグラブにピタリと収まる。

 そして前腕の外側は断面が円筒形を半分に割った様な構造だ。手甲では一般的な形だが、装甲は薄い……とても……片側に不釣り合いな位ガッチリとした蝶番が付きパカりと開く。

 そこに棒手裏剣をペタペタと貼り付ける....貼るとまるで1枚の装甲の様に隙間無く配置される。その上からカバーの様に円筒形の装甲を戻す........棒手裏剣が見えなくなる。

 装甲が外れない様にロックする……その金具の方が余程頑丈に作ってある

 ボソリとジムが呪文を唱える……蒼白い光が一瞬手甲を覆い、消える。

「ヤーン、お前は、元から手甲で剣を受け止めよう等とは考えて居ないだろう」また、話が変わる……何だよ……言ってる意味は判るが……

「盾なら受けるが、基本、手甲などで攻撃を受け止めはしない……骨折の元だ、受け流すんだ」俺の返事。

「そうだろう……コイツの装甲は観ての通り薄い……頼りない」ジムの顔には悲観的な話の割に、笑みが浮かんでいる。

「しかしそんな薄い装甲では、いくら受け流しをしたとしても、斬撃は防げても打撃は流せん……」俺はジムに苦言。

 剣であれ、

 斧であれ、

 槍であれ、

 威力の違いはあれど、刃が有る武器なら、斬激があり、また重さを持つ武器を当てる事により、打撃も発生する。

 斬激を装甲で防いでも打撃は通る……

 先程言った通り、受け止めて刃が身体に届かなくとも、打撃にて、前腕の骨が折れたり、機能不全に陥る事は容易に起こり得た。

 だから、戦士は鎧を着装する以前にクッションになり得る服を内側に着るのだ。直に鎧を着ていたら、衝撃はそのまま身体に伝わり……激痛と打撃の損傷で戦い処では無いだろう。

 まぁ、それをいくばかりか軽減する為に、俺は受け流すと言ったのだが……

 ジムがニヤニヤ「押してみろ……」と言い手甲を着けた腕を俺の前に。

 訝しげに俺は装甲を押す「!何っ?」……再度押す「何の反発だ」装甲の内側にインナーのクッション以外の強い反発を感じる。

「言ったろ、磁力だ……」ジムは小鼻を拡げて自慢気。

「磁力の反発か……」俺は独り言の様に言う。

「吸着と反発、磁力の特性だ……俺の新しい装甲の概念だ……磁力複合装甲とでも言うか……」あぁ、ダメだこりゃジムの講釈が始まる。

 俺は直感した……しかし今回は訊いておかねば成るまい……興味深い。

「表の軽量で薄い装甲は常に磁力に反発している……そこに攻撃が加わった場合、反発が打撃の衝撃吸収を行い、更にその下にある棒手裏剣が攻撃を受ける....俺は試したんだが、磁力が無くとも、両者の間に空間が有るだけでも防御力はかなり上がったんだ……更に俺はそれに磁力の反発を加えた……」

「えらく頑丈な蝶番なのはそういう事か」俺は納得する。

「その通り!磁力の反発に耐えねば成らんからな」と答えて続ける。

「棒手裏剣は武器でもあり、同時に防具の衝撃吸収部位になる、磁力の付与数は考えたぞ、余り付与しすぎてもイカン。衝撃で弾け飛びかねん……コイツは磁力を4式と軽量化を3式、材質強化を3式の計10式だ……レイモンドに付与して貰った」ジムは髭を扱き自信たっぷり。

 ジムから手甲を受け取り嵌める。

 あれほどの機構と武器を内包しているのに……

「軽いな」俺は評する。

「それだけかよ」ジムの落胆、もう少し驚けよ、と言った所か。

 付与魔法だけじゃない、表の装甲が薄い事も軽量化の一因だ……俺には判る。

 付与魔法では無く、金属バネを使用しても同様の構造が出来るのかもしれないが、ここまでコンパクト且つ軽量には出来ないだろう。

「素晴らしいな、良くコノ重量に収めた……日常嵌めていても苦にならん」俺の喜悦の顔。

「そうだろう、そうだろう……軽さは正義だ」ジムは頷く。

「持っていけ、そして帰ってこい、そして必ず俺にはコイツの使い心地を教えてくれ、良い所も、悪い所もな……必ずだ……」ジムは手甲が付いた俺の拳に自身の拳を当てて俺を見る。

「判った、必ずお前に教えるよ、コイツの使い心地……」俺は店を出ようと歩き出す……店の扉を開けた時……野太い声が響く。

「おーい、ヤーンわすれてた……付与魔法の始動・停止呪文は『φファイ』だ、まぁ、唱える事は無いと思うが……お前の声で登録して在る」暖簾向こうからジムの叫び声。

「おぅ、判った!」と俺が返す。

 俺は手甲を嵌めた左腕を振り上げ、ジムの店を後にした....

 トスカ行きの隊が待つ、集合場所に急ぐ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る