第7話 R・T・B

 どこに行くとも知れず、ユナの後をついて歩く。

 初対面は完全に俺の面食いだった訳だが……

 まぁ、『面食い』というか、『骨格食い』だ。

 素晴らしいスタイルの女性……


 しかし今となっては、この優しく・強い性格にぞっこんだった。

 そして彼女の美しい姿勢・背筋はこの意志が創り上げているのだと判る。


 ユナは俺の手を握り締め……ズンズン歩く。

 彼女らしくない。

「おいおい……ゆっくり歩こう」俺はそんな事を言った。


 あっという間に、1軒の比較的大きな家の前に着く。

 ユナは俺を引っ張り中に入る。

「ここ私のお家なの!」

「!!!....そっ、そうなの……ありがとう」……何故『ありがとう』と言ったのか俺自身にも判らない。

「どういたしまして」ユナの返事。

「お母さーーーん」ユナの大きな声。

「はい、はい……」奥から割烹着を着た銀髪のご婦人が出てくる。

 顔がユナに似ている。

 特に黒い瞳……

「……あら、大きいお方ね、ユナ、どちら様???」ユナ母は俺を見上げて会釈をする……猫背になって俺もお辞儀……

「ヤーンと言います……ユナさんの、こっ……友達です……」この展開についていけない。

 俺はしどろもどろ……

「お母さん、この人私の結婚相手!!!」ユナの似合わない大きな声。

「……!!!!!!!!!……」俺は死ぬかと思った。

 モノには順序が有る……こういったナーバスな問題はゆっくり段階を経て、一段一段、相手の表情を観ながら話すのもだ……それをこんな、出会って直ぐに弩弓を放つ様な……

 ユナは俺の面食らった顔を見て、

「ヤーン、貴方、私と結婚したくないの???」と訊いてくる……俺は首をブンブン横に振る。

 いや、これは尋問……逃げ場の無い。

 先程まで俺の味方だと思っていた彼女が敵に……

 どうやらここに俺の味方は居ない……

 どうなって……るんだ……


 ……後から本人に訊いたんだが、ユナはこの時一世一代の大博打を打ったらしい。

 喫茶店での俺の表情を観て、俺と添い遂げ様と覚悟したらしい。

 あんな顔の俺を観て、良くそう考えたモノだ……


 しかしユナ母はユナに輪をかけて豪胆な人だった。

 女傑と言って良かった。

「結婚式はいつ???」ユナ母は驚きもせず俺達に質問する。

 俺は意識が飛びそう……無言……

「まぁ、直ぐにはしないけど……その内ね……」代わりにユナが答える。

「そうね貴方も二十歳越えたんだから、早めに済ましときなさい」ユナ母の催促……結婚を予防接種の如く宣う。

「あの~」俺が何とか会話に割って入ろうと……

「貴方達、体の相性はどうなの???」

「!!!ブホッ!!!」とうとう俺は吹いた。

 まだそれは確かめていない。

「それはとっても大事な事なのよ……心と体の両方の相性が合ってないとダメ……私なんか、相性が良くなかったら、とうの昔にお父さんとは別れていたと思うわ……二人の心の相性は良いみたいだけれど……」ユナ母は真剣な顔……お母さんとお父さんの体の相性は良いみたい。

「それは試してないけど……何とかなるわよ!!!」ユナは楽観的……

「何とかなるわよね!!!」そして俺を見る。

「え”ぇ”……あぁ、多分大丈夫です……」俺はもう一蓮托生の気分。どうにでもなれ……

「まぁ、回数こなせば段々馴染んでくるかしら……」ユナ母はえげつない。

「まぁ、兎に角、私は何があってもヤーンと添い遂げるの!!!」ユナはキッパリ言う。

「そう、私は構わないわよ……長身だし、お顔も荒削りだけど、目鼻立ちハッキリしてて好みだし」とユナ母。ユナ母の好みは、この際どうでも良い……

「お父さんは今日も仕事???」ユナが訊く。

「相変わらず……軟禁状態よ、戦争が始まったしね」ユナ母が嘆く。

「お父さんにも報告したかったんだけど……仕方ないか」ユナは綺麗な鼻の先端を人差し指でポリポリ掻きながら独り言……しばらくして……大きな黒目で見つめながら俺の両手を握り……上に上げる……万歳のポーズ……

「……という事で、ヤーンと私達は家族になりました……」

「貴方の苦痛も、貴方の幸福も、私達で分かち合うの!!!ねっ!判った!家族なんだから!!!」ユナは真っ直ぐ俺を見る。


 今までの茶番がひっくり返る……

 俺の笑顔が消える……

 ユナは相変わらず大きな目を細めて俺に笑いかける……

『判ってるわよ……大丈夫....家族なんだから……』

 そう言っている....


 俺は……


 ……思い出す、つい先程、両目と片足を無くした息子を抱き締める父と母……駆け引きのない無条件の愛情……


 ……そうなれと……

 共感も理解も出来ないけど、共に悲しみ……喜ぼうと……俺の業を共に背負おうと……

 俺は酷い顔をしていたと思う……

 糞餓鬼の様な、口をへの字にして……

 つい数週間前迄は、何の関係もない道端の大道芸人の俺に……


 こんな話が有るわけない……

 道端で生活していた時、こんな話に喜び勇んで食い付いて、何度騙された事か……

 学んだ筈だろ……


 だが……だから……


 でもユナ……俺は、こんな上手い話が頓挫したとしても、この今の想いだけで十分だ……

 今のこの暖かい気持ちそれだけで……


「貴方はとっても素直なの……それが一番の宝物……」ユナが俺の顔を見ていう。


「……素直……普通だな……」俺は泣きそうな顔のまま言う。

 素直、何て事は無い……性格を表す特徴……その一部分……

 まぁ、悪い資質では無いけど……


 突然、ユナが俺の顔を両手で挟む……

「むむぅ……なんだよ……」頬を押されて上手く言えない。

「普通じゃない……全然……普通じゃない……」

「私は知ってるの……貴方が今までずっと大変な目に遭って来て、それでも染まらなかった、今も……多分、これからも……」ユナは預言者の様。

「……!!!……」俺は何も言えない。

「そんな貴方が好きなの……一層染まった方が楽なのに、そう成らない貴方が……」ユナの大きな黒い目が俺を見つめる。

「……俺には自分の性格のなんて良く判らないけど……ありがとぅ……」両頬を優しく挟まれながら、俺は精一杯……モゴモゴ話す。

「良くできました……」ユナは俺の頬を擦り、ニコリと笑う。

「まぁ~お暑い事で……お似合いの二人ね....」ユナ母は割烹着の袖で顔を隠しながら笑っていた。両の目はしっかり俺達を観ていたが……


 ……


 ユナ母への報告が終わり……俺とユナは、脈絡もなく、周囲を歩き、雑談した……

 二人とも只、話したかった。

 時間は貴重だった。

 明日、戦地に向かうとも知れぬ……

 だからこそ、今可能な限り話しておきたかった……思いを伝えておきたかった。

 戦場でいつ死ぬとも知れぬ俺と添い遂げると……その感謝を……


 ……河川敷に木々が立ち並ぶ昼過ぎ。

 二人して座り込み、峡谷での戦いの記憶……生々しい記憶……上手くは言えなかったが、自分の言葉で一生懸命伝えた。

 ユナはずっと「うんうん……」と言い俺を見つめて拙い話を聞いてくれた。


 何人殺したか判らない事、

 相手は、平民で老若色々いた事、

 それら全てを殺した事、

 悪夢を観た時は一部始終思い出せた事、

 起きたら全て忘れていた事、

 それでも、罪悪感だけは、恐ろしく溜まっている事……


 ……話続けて、もう日が沈んで……


 それでもユナは嫌な顔一つせず、俺の話を聞いてくれた……俺は全てを話した。


「有り難う……もう十分だ……」

「もういいの???」

 

 俺はユナに頷く……


 ユナはトートバッグから、布で出来た手作りの小さな人形を出す。

 2体あった。

 そして1体を俺に差し出す。

 彼女は最初から決めていたのだ。

 そうでなければ、今ここで人形を手渡せる筈もなく……

 ヒョロリとした人形……大きな頭に黒い目が書かれている。

 ユナを模した人形……

 兵士は戦場で故郷の愛しい人を想う……

 その為の人形……

 妻の人形、

 子供の人形、

 親の人形、

 大事な人を模した人形を懐に仕舞い、戦場に向かう。

 故郷に残された者は、『必ず帰って来て』と願いをその人形に込める。


 胸元の小さな希少金属……

 触る……封じ込められた魔法が起動する。

 ザザザという雑音と共に『お帰りなさい』とユナの声が小さく聞こえる。


「ありがとう……大事にする……」俺は人形を優しく握り胸ポケットに収める。

 丁度人形の頭だけがポケットからひょっこり顔を覗かせる。

「かわいい」ユナは人形の頭を撫でる。

「私が私を撫でてるの……」ユナは笑う。

 俺も釣られて笑う。


「ゼオにもあげて……」もう1体の人形を手渡す。


 ……北ラナ島は激動期に入る……


 もう後戻りできない戦争が始まった。

 ガゼイラの進軍は止まらないだろう。

 今迄受けてきた抑圧と迫害……

 限界まで引き絞られら長弓の如く戦意は高揚していた。

 彼等にすれば、元々の自身の大地を取り戻す戦い……植民してきた俺達は部外者だ。

 矢が放たれれば、後は突き進むだけ。

 有能な将(ユーライ)を得て、全うな目的(大地を取り戻す)を持つ戦い。

 彼等の背中を推すには充分過ぎる理由。

 そしてオルセー王が言っていた。

 希少金属の宝庫に、凄腕の魔法使いが居る。


 その意味を……


 夕焼けが目に痛い……

 沈み行く赤く大きな太陽……

 あの時の血の色に見える……

 ユナには言わない……


 俺の意識が急速に醒める。

 考える……冷えた思考……だが、現時点では正解……

 俺は一つ心に決めた……『うん』そうしよう……

 そうすれば、ユナの為にも良い筈だ……

 ユナには言わない……

 言えば反論するだろう……

 判っている……


 太陽が沈んだ。

 血が見えなくなってホッとする。

「今日は、ユナに話せて良かった……」俺はもう一度ユナに感謝し……立ち上がる。

「帰ろう……自宅まで送るよ……」

「ヤーン……私……」ユナは何か言いたそう。

「お母さんが心配する……さあ行こう……」俺は促す。

「……えっ、ええ……判ったわ……」ユナは名残惜しそうに立ち上がる。


 二人して、薄暗闇を歩く。


 大道芸でいた変わった客の事、

 ゼオが口説かれて困っていた事、

 たわいも無い話をする。


 早々にユナの自宅に着いた。

 ドアをノックする。

 しばらくしてユナ母が玄関先に表れる。

「只今帰りました……ユナ……いや、お嬢さんを夜まで引っ張ってすみませんでした……」俺はユナ母に伝える。

「あら、貴方達もう帰ってきたの???」ユナ母の残念そうな返事。

「……えぇ、もう日没ですし……」俺はユナ母に言い、

「本当にありがとうございました……」と続け、慣れないお辞儀をした。そして、ユナの家を辞した。


 師匠の家への帰り、ユナとの別れ際を思い出す。

 ユナは無言だった。

 そして俺をじっと観た。

 じっと大きな黒い瞳で俺を観た。

 俺はその目に逃れる様に振り返り、夜道を歩き始めたんだ……


 それで良い……多分……俺にはこの人形が似合う。


 夜道は安心する……血が見えない。


 俺の戻る先はあそこだ。


 薄明かりに照らされた、平屋の一軒家……

 師匠の家だ。


 窓からゼオが座っているのが見える。


 アイツにユナの人形を渡さないと……

 俺は、いつものきしんだドアを開けて家に入る。


 中には薄汚い部屋と血みどろの師匠とゼオ……

 しかし居心地は悪くない。


 多分、俺の気持ちを共感できる二人……

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