第24話 refrain
街のメイン通りを歩く。
俺の前をカシムと若年の剣匠達が一塊になって歩いている。
後ろ姿から、恐怖と怯え……負の感情が観てとれる。
まだカシムだけが比較的気楽……他は肩が落ちて足取りが重い。
そうだ俺はまだ幸福なのか……彼等よりも……
この環境を何とか耐えれる術を持つ俺は……
赤黒い……いや、どす黒い……道に残る痕跡……惨殺……
それを解体して、肥料の様に撒いた……昨日の惨劇の痕跡を見る。
異常な環境下だ。若い十代半ばのまだ父母が恋しい彼等には……酷な事だ。
「置いて、行くなよ」突然、後ろから呼び掛けられる、ヴィンスだ。声で判る。
「……堪えられるだろうか……」ヴィンスの言葉に答えず、俺は囁く。
「……さあな。相手の気持ちを自身の気持ちと重ねて観ても……それは自身の思い込みに過ぎぬ。この状況を堪えれるか否かは、本人しか判らぬよ」ヴィンスにしては珍しく突き放した物言いだった。
「まぁ、そうなんだが、年長者として助言できればと……」
「助言が助言に成れば、それは良い事だ。助言に成れば……」ヴィンスの声は徐々に小さくなる。
「……相手の気持ちを理解する、理解出来ていない助言は、助言に成らぬ。そう言う事か……」
「誰しもが『相手の気持ちを理解した気に成っている』と言う事だよ……」ヴィンスは俺を見ずに言う。今のヴィンスはいつもの様な明るさが無かった。
「どうした……らしくない」俺は尋ねる。
「……嗚呼、すまぬ。何でもない、旨い飯を喰いたいな」俺に笑いかける。微かに口角の上がり方がいつものヴィンスではない。作り笑い……
俺はそれ以上訊くのを止めた……誰にでも秘して置きたい事の一つや二つ在るだろう、ヴィンスの作り笑いから察した俺は、何も話さずに彼の横に並び、食堂の観音開きの扉を開けて中に入った。
また遠くから聴こえる。
獣の咆哮……ローレン大将の策略は着々と進んでいるようだった。
食堂の奥の厨房に馬鹿デカイ寸胴が置かれ、中身がグツグツ煮込まれている。早起きして炊事した料理当番の剣匠二名が談笑しながら、丼になみなみ注いだ自作の料理に舌鼓……扉が開いた音を聴いて丼から視線を外す。
「おおっ!!!来たか!!!喰え喰え!!!今日は上手く出来た!!!肉も存分にいれた!!!」
「皆、その寸胴からよそえ、腹一杯喰え!!!」
二人がそれぞれに大声で言うので……半分何を言っているのか判らない。ただ二人の満面の笑みから、おおよその意味はわかった。
俺達は、高く積まれた食器を載せる盆を取る。
隣には、拳が丸々入りそうな大きな丼が積み上げられている。
俺とヴィンスはそれぞれ丼を取り、寸胴から料理らしきごった煮を掬い、丼にいれた。旨そうな肉の匂い、香辛料良い薫り『あぁ、ビーフシチューだ、これは!!!』俺の口の中に唾液が分泌される。
そして長机の上に置かれた大きな木の皿に山盛りのパンから片手で二つ掴み取る。硬い、ズッシリとした重さ。身が詰まっているパン。少食なら1つも食べきらないかも知れない。桶からコップに水をなみなみ注ぐ。
窓際の席に二人で座る。
剣を脇に置いて、外套を脱ぐ……椅子に掛ける。
「頂きます……」二人して食事に感謝する。
太陽が眩しい。パンを千切る。硬いパンはなかなか切れない。ようやく千切った小片のパンを噛む。歯を押し返す弾力、顎に力を籠めて噛み千切る。ビーフシチューをスプーンで掬い……口に放り込む。
パンとビーフシチューが混じる。
……濃厚な旨さ……男二人が作ったのだ。洗練されてはいない、だが野趣溢れる旨さ。野菜は煮込まれ半分液体と化している。
スープが染み込みまくった玉葱は絶品だ。
『……あぁ、生きてる、活きてる』そう思う。
旨いものを旨いと感じ、幸福になる。本当に生きているという事……隣にユナが居れば尚旨いだろうが……
丼は空になる『勿体ない急いで食べ過ぎた、もっとゆっくり味わえ馬鹿が……』と自分を叱る。
しかしそのくらい旨かった。俺に合っていた。この料理……
ヴィンスも先程までのしかめっ面から少し解放され、少しだけ柔和な表情になっていた……丼の最後のビーフシチューをスプーンで器用に掬い口に運ぶ……目を瞑り味わう……
「伝えねばならん……」目を開いて……ただそれだけ言った。
「……そうですか。ではヴィンス生き残りましょう」俺は彼を見て答えた。彼の言葉の意味も判らぬまま……
「そうだな……私の声で伝えねばならん」ヴィンスは顔を上げ、窓の外……光輝く太陽を見た。
「ヤーン……お前の言葉は私にとって金言だ」ヴィンスはいつもの笑顔を俺に向ける。
「そんな、大層な……」俺は恐縮する。何も判らぬまま、口走った言葉がよもや、ヴィンスへの助言に成るとは……頭が千切れる程考えても、相手の役に立たぬ事も多くあるというのに……
……俺はユナとの結婚騒動を思い出してしまう……
自分にとって、ユナにとって、最適だと思い、何とかそれを実行しようともがいて、そして、ユナに先回りされ『貴方……バレバレよ……』と言わんばかりに対応され……そして美しい涙で決着が着いた。
俺の計画していた未来では無かったが……
更に美しい未来へとユナは俺を連れていってくれた。
ヴィンスは食器を綺麗に盆に置くと「大将が待っている、先に戻る」と言い水を一口に飲むと、炊事場に行きコップに余った水で食器を洗い出ていった。
俺は、水をお代わりして一息付く……そして想う。
ヴィンスに何が起きたのかは知らぬが、彼は自分なりに決着を付けて出ていった。
俺の言葉は金言等ではなく、ただ彼の想いを少し後押ししただけに過ぎない。それでも彼にとって多少の慰みになったのだろう。別れ際、彼の顔は決断済みの顔だった。
何を決断したのかは知らぬが……
この戦禍の中、頭を悩ます決断を保留して戦い続ける事など隙を作るだけの行為……
剣匠にとっての判断ミスとは、
『判断するべき時に判断せず、徒に時を浪費する事を指す』とよく言われる。
判断とは、適時相応しいタイミングで実行される故に『ヨシ』とされるのだ。
敵と常に相対する我等にしてみれば、適時とは自身のタイミングだけで無く、相手との状況も鑑み、流動的に可変するもの……
だから、判断とは……何を、するかも大事だが……いつするか、もとても大事。
つまり好機を逃さぬ事が肝要。
その為には、他事を考えている暇等無いのだ。敵はもう今日にも攻めて来るやも知れぬ。自身の脳ミソ全てをこの戦いに向けねば、勝てる戦いも勝てぬ。
ヴィンスには、どうしてもあの想いを絶ち斬って貰わなければ成らなかった。
彼の苦悩が何なのかは知らないが、戦いには不要な感情が、あの時彼を占有していた。
だから俺は訳も分からず『生き残ろう』と言った。
目の前の敵を思い出せ!!!と。
俺が観た白昼夢の罠……俺より老獪なヴィンスの事、大丈夫だと思うが、言わずにおられなかった。
ヴィンスの背中が見える、管理事務所に行くのだろう、メイン通りを歩いていく。
耳元に通信用の希少金属を当てながら……
もう迷いない歩き方……吹っ切れているのが足運びで判る。
俺は椅子を仕舞い、盆の上の食器を洗い棚に戻す。剣を担ぎ、外套を着る。観音開きの扉を出る。
ヴィンスの後を追い掛け様かと思ったが、この晴天、俺は海が観たくなった。
生き残るだけの幼少期、師匠と出会ってからの青年期、修行の日々……その頃の俺は、今を過ごす事で精一杯、王都アーカイムから出た事が無かった。だから海など見たことが無かった。
昨日はもう薄暗く不気味な海でしか無かったが、今はどうなのだろう?俺は気になったのだ。
昨晩使った海岸に出る小さな出入口に向かう。
油はまだ効いていて、閂はスムーズに動く、扉を開けて海を観る。
「おおっ!!!」思わず声が出た。
澄んだ青い空
柔らかい白い雲
深い緑を含んだ碧い海
複雑に屹立する黒い崖
そして白金の如く光を放つ太陽
……その風景の中、唯一動き続ける海波だけが、風景を変える……
打ち寄せ戻る波……その複雑な形状と色の変化……崖に打ち当たり白く変わる波……一部は沫の如く……後から聞いたが波飛沫と言うらしい……それが宙を舞う、そして散る……
「……美しい……」俺は声に出す……ユナに見せたい……きっと気に入る筈、俺はそう想う……
この世は、いやこの自然は、神が創りたもうたと、これを見たなら思える……神の御業……そう思うのも仕方無い、いや実際、そうなのかもしれない……俺の様な粗野な人間に、難しい事は判らないが……
崖を港に向かい歩く……一度たりとも同じ波はない……全てが違う……俺は見入る。
……同じ波の様で、全て違う……少し違う……
……絶え間なく続く反復の中で……
俺は直ぐに過去の波を忘れ今の波を観る……
そしてその波もまた……次の波にかき消され、忘れていく……
……疑問……この事象……永遠に続く様に思えるこの事象……そして全てが微妙に異なる結果……打ち寄せる波の形、爆ぜる様に飛び散る沫、引き戻る波が海岸の砂を引っ掻き持ち去る、全てが毎回、その都度、違う……
……いや、俺は馬鹿か……あぁ、その様だ、確かに馬鹿だ……
太陽も、風も、雲も、雨も、雪も、川も、自然とは、全てそうではないか……
様々な条件が複雑に絡み合い、昨日と同じ風景は無い……昨日は昨日だけのモノ……
決して戻らない、もう一度観る事は敵わない……
その時だけの風景……
こんな事考えもしなかった……何故今、俺はこんな事を考えるのだ……只の日常の風景を観て、俺は……
海岸を横手に観ながら崖を進む……見飽きない……今だけだから……この風景は……
港に辿り着く。
港の波止場の奥、ホンの少しの高台の斜面に、二人の人影が見える。一人は立ち、一人は片膝を突き前方を観ている。海を……
二人に俺は近付く……正体が判る……ヴィンスとローレン大将だった。
膝を突いたローレン大将は静かに、2つの小さな盛土に手を合わせていた……引き結んだ口と額に刻まれた深い皺……
先程の豪放磊落なローレン大将では無い……
横でヴィンスも海を観ながら手を合わせている。彼の頬が太陽に照され、一筋輝る。
ばつが悪い俺は、そのまま港を抜けて管理事務所に向かう。
あの二人の問題なのだ、俺が見て良い訳がなかった。
きびすを返して俺は彼等を視線から外し、街へと戻る道を足早に歩く。
管理事務所では、数人が食事後の軽い鍛練とでも言うように、身体を動かしていた。
「よう、ヤーン、なんだ港に行ってきたのか……」ラースだった。昨日俺にも訳が判らぬまま、敵に絡み付いて仕留めていた剣匠……俺よりおそらく20歳は年上だろう。壮年から老年に掛かろうとしている。そんな年を感じさせない柔軟性で身体を解していた。
「ラースさん昨日はどうも」俺は会釈して応える。
「中々、しぶとく戦った様だな、良き覚悟じゃ……」カッカッと嗤う。話すといい年なのが判る。
「ラースさんこそ、あの時、あっという間に相手の心臓を貫いていましたが、どうやって」俺はあの時の疑問を解決する良い機会と思い訊く。
「……うーん、あれか……あれはまぁ、あまり……上手とは言えんなぁ……」ラースの歯切れの悪い返事、というか返事ですらない。自問自答……
「……いや、あの、結局何で相手を仕留めたんですか?」俺の語気は少し強くなる。
「……おお、おお、そなた、焦るのは良くないぞ」ラースは相変わらずの呑気モード……そして自身の両手を俺の肩に置いて、俺に落ち着けと促す。
「ラースさん!焦らさないで教えてください」俺はバカにされているのかと思いラースの顔を凝視する。
「……隙アリ……」ラースの冷えた声……
肋骨の下、横隔膜を今から下から突き上げ様と、細身の剣が俺の腹にあてがわれていた。
どうやって、両手は俺の肩に……
視線を下に向かわせる。
剣を握っている。指先、指先、いや足先!!!、足の親指と人差し指で器用に挟んで、
「まさか、足で……」
「御名答」ラースの声は冷えたまま。
「足で、尚且つ、この様な力の入らぬ体制では、狙う場所は一つ……」ラースは言葉を止める。本当に冷たい声……
「骨に守られておらず、且つ最短距離で致命傷を与える事の出来る場所……腹から上へ、行き先は心臓」俺がラースの言葉を受けて結論を話す。
「正解、正解、よしよし!!!流石クライスの弟子……」ラースは先程の呑気な口調に戻り、俺の方をポンポン叩く。
「まぁ、実際はこの様に相対した訳ではない、地面に死んだ振りじゃ、死んだ降り!!!」そして又カッカッと嗤った。
「しかし、良い反応じゃ……」ラースは俺の外套を捲る……
丁度、ラースの剣の先、そこを守る様に、左腕の手甲……
「如何にして勘づいた……」ラースの興味津々な声……
「……判りません。気が付いたら」俺は半信半疑、自分の行動に確信が持てない。
「……ははぁ、そうか、そうか、そなたは古き良きキルシュナ人かも知れぬな」ラースは一人納得する。
「……意味が判りません。古き良きキルシュナ人って」俺はもう訳が判らない。
「気にするな。そのまま成長せい……それで良い」ラースはニコニコ。振り返り柔軟体操を再開する。
俺は、解決した疑問より更に大きい疑問が降りかかった事に困惑しながらも、『まぁ、良いか……どうにでもなれ』と思い直す。今のこの戦場には無用だ。ラースさんも「そのまま成長せい」と言った。
ならば考えるだけ無駄。
敵が来る。繰り返し……繰り返し、トスカを奪取するまで続くのだろう。
……生き残る……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます