第29話 会議3(価値)

 進行役の商工会会長が壁の時計を見て、会議の遅延を確認する。

「議題1は結論が出ましたので、議題2に入りたいと思います」進行役は議題を次に進める。

「議題2は国力増強の為、新規及び既存の産業育成についての意見を訊きたく思いますが、私が自身が意見を言うべき担当ですので、一時進行役を代わって頂きます。」親衛隊隊長のエルサールが立ち上がり、進行役を代わる。


 進行役つまり現商工会会長はサイモンだった……そう……ご近所、悪友、仕事仲間、参謀……如何なる肩書きも彼を表すには足りぬ……恐ろしい程に自身の位置や能力を弁えている人間、それがサイモンだった……彼はどの様な仕事を与えられてもそつなくこなす。

 まるでずっと前からその仕事を遂行していたかの様に……


 子供の頃、私の尻に炭で落書きをしていた者とは、到底思えぬ。


 目の前のやんちゃ坊主が務めて冷静に話し始める。

「早速ですが、これから戦時により国家資産が枯渇していく事が予想される訳ですが、その上で、次世代の産業を開発して、国家の財源とせねばなりません」サイモンは前提条件を話した。

「しかし完全なる新規産業など、今から考えても間に合いません……私が提案するのは、輸送の効率化です、それを産業とします」サイモンは皆を見回す。

「産業と言えば、材料の発掘・生産、商品の製造が主ですが、私は、それらの商品を輸送する事を高速化・簡素化し、自国、他国への納品速度を商品の価値に付加したいのです」サイモンは資料を「タンッ」と机に落として、整え、そして皆に一部ずつ配布する。

 皆は、それがどれ程、効果的なのか今一理解出来ていない様子……しかし、サイモンが言っているのだから『良い案』だと盲信している。

 つまりサイモンがこの会議出席者の全員から全幅の信頼を受けている証拠だった……可哀想だが、レイモンドとは比較にならぬ。


 資料の1枚目 

『魔法付与された船舶での大陸への定期便』

 と書かれてある。

 財務を担当するリーズが定期便という文字を見て眉を寄せる……サイモンはそれを見逃さない……そして視線を戻す。

 皆が視線を資料に落としたのを確認して、サイモンは話始めた。

「先ず、現在の輸送方法と手順を大まかに説明します、大陸との貿易は、大陸に輸送する商品が船舶に十分積載された事を確認して出航します、逆を言えば、積み荷が満載されない限り出航はあり得ません」サイモンは再度皆を見る……リーズは顔を上げない。

「何故この様な出航に成っているのかは明白で、船舶輸送には費用がかかります、その費用はバカになりません、大型輸送用船舶には多くの操作・管理する人材、また、船舶の性能維持のする為のメンテナンス人員を要します、つまり、その従業員の給金や整備部品を捻出する為には、出来うる限り積み荷を満載し、出航1回当たりの利益を最大限捻出しなければならず、『少量の積み荷で輸送して、経費を引いたら赤字でした』と言う事ではお話に成りませぬ」サイモンは教師の様に、皆を優しく見回す……学生の頃、教師に隠れて、弁当を喰っていた面影は影も形も無い。

「これが、現状での多くの輸送の形です、これは、利益と経費の関係上、仕方ない事だとも言えます、利益の出ない商売などする意味は御座いません」サイモンは深呼吸。

「では……船舶で定期的に……可能であれば毎日1回大陸まで輸送して戻っているという航行を、継続しようと考えた場合、如何なる恩恵と危険が考えられましょうか?」サイモンが皆に訊く……リーズが顔を上げた。

「サイモン殿……貴殿はもしや、大陸との関係を更に密にしたいとお考えですか……」リーズ女史はサイモンの質問を無視し、質問で返す。

「リーズ女史そうです、我が国が恒常的に利益を獲得して行こうとすれば、大陸との貿易しかない、北ラナ島のガゼイラは敵国、アルテアでは利益はたかが知れている……」サイモンはリーズ女史の質問に答える、自身の質問を無視されたにも関わらず、それを気にもしない。

「……ええ、それは判ります、アルテア自体、希少金属も我が国程でないにせよ、産出しますし、北ラナ島中、随一の平地を持つ農業国ですから……農作物の輸出も期待薄……ですが……」リーズ女史は言い淀む。

「貴女の言わんとしている事は重々承知していますが、この状況下で背に腹は変えられん、と云う事です……」

「つまり、それが我が国の危険……」リーズ女史は独り言の様に言う。

「そう、この定期便による大陸との貿易はお互いの協力と信頼により成り立ちます、『今日、頼んでおけば、明日にはキルシュナより物資が届く』これは、港だけの効率だけでは無い、その先の消費者にまで、何日何時には届けられるという算段が立つ……この意味がお分かりか」サイモンは珍しく大きな声で唾を飛ばして発言した。

「だから……同時に、大陸……否、タナトとの貿易を重視するという……事ですか……」リーズ女史の質問は、サイモンの発言に対する返答では無く……飛躍していた。

「そうです……国益を考え付き合うなら、今はタナトしかありませぬ……フォーセリアは遠い……距離も関係も……」とサイモン。

「しかしフォーセリアから要らぬ恨みを買う」ゴードンがボソリと言う。

 その言葉に、隣に居る、外交官のロッソが付け足す。

「元来、フォーセリアとタナトは永きに渡る緊張関係を今も継続しています、アルテアとガゼイラの民は主にフォーセリアからの移民と植民、キルシュナの最初の移民はタナトに住んでいた少数民族です……まぁ、これは移民と云うより、追い出されたと言った方が良いかも……」ロッソの言葉尻が小さく消える。

「そう、我等のルーツは山や谷の海岸の険しい土地に根差し狩猟や漁業にて生計を立てていたサンカと云われる民だ……タナトだけでなく、あらゆる国境を無視し、大陸を自由に往来し、自然と共に生きてきた根無し草の様な民だ……国という概念上、その様な人間は管理・監視出来ない……だから……」サイモンが付け足す。

「北ラナ島に植民者として……」リーズが答え、そして続ける。

「サイモン様、船舶の定期便化が与える利益は計り知れないかも知れない……それは重々理解しているのですが……輸出入先をタナトとするのは……些か早計では在りませんか?」リーズがサイモンの案の危険性を唱える。

「流石、リーズ女史!」サイモンはパンパンと拍手しながら皆の反応を見る。

「現状のフォーセリアとタナトを平等に貿易している事による平穏が崩れる可能性……」ロッソが言う。

「まぁ、それは正確に言えば、『フォーセリアはキルシュナが平等な貿易をしていると信じている』と言う事だな」サイモンが嫌味な言い方をする。

「そりゃ、そうですが……フォーセリアの斥候が調査している可能性を考えないとイケません」ロッソが眉を吊り上げて言う。

「まぁ、その通り、しかしの輸送方法は『試験運用だよ』で何とかならんかな?」

「試験運用??……」とリーズ女史……

「まぁ、我が国としても、海路を往く船全てに定期便を設定出来れば良いのだが、まだまだ開発中の船舶も少なく……また故障による輸送時間の遅延を鑑みると、現段階では近距離での使用に限定せざるを得ない、今後の試験運用期間を経て、遠方への航路も検討して行きたい」サイモンはスラスラと言う。

「相手国、まぁ、フォーセリアへの返事は今の様に答えよ、と言うことですが……」ロッソが拗ねた様に言う。

「お手数だが、ロッソ君、そう言うことだ……宜しく頼む……」サイモンが意地悪そうに言う。

「もし……その定期便が完全に機能し、本日注文した商品が翌日にはタナトの港に届くとなれば……それは確かに、タナトにとってその部材を利用して造る製品も完成後の製品の納品先にも、またその先の消費者にもある程度の納期決定を伝えられる可能性が出てくる……」リーズ女史が一息着く。

「……成る程……商品価値を上げるので無く、輸送の価値を挙げるのか……」リーズ女史は途中から独り言。

「そして、輸送価値が上がれば、我が国の商品価値も上がると……」ロッソ外交官が続ける。

「そうだ、例えば、我が国とアルテアが同じ商品を輸出したとして、我が国のみ、先ほどの定期便を採用出来れば、相手国はどちらと貿易を密に行いたい???」サイモンは会議場の皆に問いかける……今まで静観していた他の出席者から……「なるほど……」「我が国か……」等とボソボソ声が上がる。

「国家間や、卸売りの観点から観れば商品価値とは、必ずしも商品の品質のみに起因するものでは無い、つまり、どれだけ多量に……どれだけ安価に……どれだけ瞬時に……こういった条件は商品価値となるのだ……」サイモンの今の話で多くの参加者が漸く定期便の効果を認識し始めた。

「再度言うが、価値とは……価格に値(あたい)する、という事、商品には、その物自体が持つ価値と、それに付随する価値がある、それは昔は余り考えられていなかった価値だ……より多量に届くという価値……より安く届くという価値……より早く届くという価値……それら全てに価値があり、商売の競争の中で相手が、我が国を選ぶ重要な条件となる……」サイモンはだめ押しの一発を入れる。

「……我が国が生き残るために、タナトから外貨を獲得したい……フォーセリアに疑われても……そういう事か?」ゴードンが低い声で唸る様に言う。

 サイモンが先程までの明朗快活な表情を曇らせ……

「……そうです、ゴードン……私の見立てでは、我が国には、余裕が無い……ダメ国王から嫌々国王にかわって、国家財政は劇的に改善したが……それでも他国と比較したら余裕は無い、謂わば私の提案は、背に腹は変えられん仕方無しの決断なのです……余裕が有るなら、フォーセリアとタナト、2国に対して平等な貿易を継続したい、当たり前です」そう言った。

 出席者皆の目が曇る。

「……其ほど迄……」司会役のエルサールが議事進行も忘れて呟く、親衛隊の彼には経済や外交の深い話は初見であり、興味深く聞いていたのだが、今のサイモンの話で国家の危機を理解したのだ……『嫌々ながらも、タナトとの関係を密にせねば、キルシュナはやって行けぬ……キルシュナの存亡に関わる事態だ』という事。

「サイモン殿は戦時であれば、優秀な軍師に成りますな……」思わず自身の役目も忘れてエルサールは呟く……直ぐに、「すみませぬ……」と言い顔を赤らめて押し黙った……それを見て今まで無言で真顔だったオルセー王の口角が少しだけ上がり……『ウン……』と小さく独りごち、右手を挙げ、皆が自身に注目するのを確認すると、静かに話始めた。



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