第3章 籠城

第17話 見えない男

 アリーは小柄で細い体格だった。師匠と同じ位……

 剣匠というよりは文筆家とでも通りそうな風体。

 アリーは未成年達を見て話す……

「君達、その書庫で正面玄関を塞いでくれないか」彼等を見て言う。

 そして同時に、未成年の剣匠達から1名を見て、二階の部屋で保護しているトスカ重鎮3名を連れてくる様に言う。

 受付口の奥に置かれた、人の背丈を越える書庫、多分この港を利用する顧客名簿や輸入品・輸出品を記載した書籍が詰まっているのだろう、見るからに重そう……

「こっ、これ、動きます??」カシムが未成年の剣匠を代表して訊く。

「動かないかな??」アリーは逆に訊いてくる。

 未成年達は訳も判らぬまま書庫周辺に集まり始める……

「その書庫……壁から離れてないか……」アリーの言葉、意味が分からない。

「はぁ~」カシムのアリーを意図を理解しかねる返事。

「いや~私にはどうにも移動式の書庫に見えるんだ……」とアリー。

「移動式?」未成年達が鸚鵡返し。

「だってそうだろ……それだけの重量物だ、通常なら壁面に固定して転倒防止でもしそうだが、壁からは離れている……その書庫は二重構造で、手前の書庫の後ろにもうひとつ書庫が在るんじゃないかな……」アリーがさらさら喋る。

 そんな事を言いながら、アリーは羊皮紙を拡げて羽ペンで何かを書いている。

「個人情報や稀にしか閲覧しない書類は奥の書庫、日常頻繁に閲覧する書類は手前の書庫に、といった所かな」アリーは見てきた様にいう。


 確かに書庫は二重構造だ、受付口の切れ目から見える書庫底部には頑丈そうな車輪がついており、動かせそうだ。


 しかし重要書籍だから、受付口の開口部を狭くして書庫は出せない様に成っている様に見える


「……確かに動かせます!」1人の未成年剣匠が嬉々として答える。

 しかしこれはレールタイプのスライド書庫だ、自在車輪で任意に移動できるタイプの書庫ではない……俺にはそんなものが受付から出せるとは思えない……それ以前にこれで我々が敵に勝てる訳でも無かろうに……俺は思うが、黙っている。

 アリーに任せようと思う、現に俺には対策が浮かばないのだから……俺はアリーが采配している間に敵が建物周辺に散らばっている気配を感じる。


 その間に「アリーさんお連れしました」若い剣匠アインの後ろにビクビクしながら3名の民間人がやってくる。


「敵が2階の封鎖を壊しています」俺はアリーにだけ聴こえるように言う。

「うん、そうだね……」アリーは判っていた。

 返事をしながら、羊皮紙を畳んで封筒に入れる。


 未成年達から案の定……

「受付口から出せません……」未成年の剣匠フィリの声。

 他の未成年達も声声に「無理だ……」「ダメ……」とか小さな声が出る。


「そうなら、君達は民間人の方々と共に書庫の後ろに入って裏から押してくれないか」アリーは事も無げに言う。

 もう既に盲信状態の未成年達は、何かの策が有るんだろうと、手前の書庫の後ろに皆が入る。

「アリーさん入りました」アインの高い声……

「ありがとう……」アリーは手前の書庫をスライドさせる。

 未成年達と民間人3名は手前の書庫に出口を遮られ出れなくなった。

「あの~アリーさんこれでは、僕らは……」シュレーンの悲鳴に近い声。

 アリーは答えず……三角の形をした木片を書庫の下に差し込み、車輪の廻り止めも作動して書庫を完全に固定する。


 ……書庫は動かなくなった……

「これを……」書庫の隙間から封筒を未成年の剣匠に託す。


「何も言わず、そこでじっとしていてください……」アリーはそう言い……更に続ける……俺にも意味が判る。

「私達が1時間経過しても君達を解放しなかったら……大声で叫びなさい、『降伏します』と……そして、敵のリーダーにその封筒を渡しなさい悪い様にはされない筈です……」

「俺は行けます、出してください!」カシムの冷静な声……だが、アリーは開けなかった……

「君は引率者なのだよカシム、最悪、我等が負けた場合、君は捕虜として皆を引っ張らねばならん……君は最後の切り札なのだ……戦いには出せん……堪えたまえ」

 アリーは俺を見ながらカシムに話す。

 書庫の奥から「ぐぅぅ……」と声にもならないカシムの唸り声……アリーは俺に話し掛ける。

「ヤーン、君は大丈夫だ……私と二人一組で動く……応援は呼んである、数刻堪えるのだ……そうすれば援軍が間に合う……」と言い、通信用の魔法金属を振る。

 我ら2人対敵19人ですが……どうにか成るもの何ですか??という疑問を呑み込んだ。

「この正面玄関扉はそうそう開けられん、大型の攻撃魔法か、破城槌でも無い限り……敵は泳いで来たのだろう、正門の隊も不可思議な術で開けたのだろう……ならば持ってはおらんだろう……」ヴィンスは正門での出来事を適時、情報共有している様だった

「確かに……泳ぎながらその様な重量物を運べる訳もない」俺は頷く。

「まぁ、出来ない訳では無いのだが、そういった運搬をする道具をもって行くなら、出陣前から予めこの計画を決定していないと無理だね」アリーは口だけで笑う。

「ヤーン、敵は最初からこの計画を立てていたわけではない、現地に赴き、我等を索敵しながら最も効果的な制圧方法を計画した筈だ」アリーが続ける。

「最初から、二手に別れて遠泳して奇襲するなどと考えてはいない、あくまで私達が管理事務所を拠点とした事から挟み撃ちを考えたのだろう、だから、特殊な武器は持っていないんだ、だから相手の行動も読みやすい」とアリー。

「故に、彼等は人が入れる侵入口から実直に入って来るしかない、まぁ、出入口等の封鎖を解いて侵入するしか無いだろう……」ニヤリと笑う。

「獲物は短刀・小刀レベルにしておきなさい、狭い空間です、長剣や両手剣は壁や家具に邪魔されるだけです、拳の方が余程効果的」ローレン大将が事前に言っていた忠告を再度教えてくれる。

「まぁ、貴方は最初から長剣は使う気が無い様ですね」

 アリーは俺が肩に担いだ長剣を見て言う。

「はい、承知しています」俺は答え、先程しまった小刀を抜いて握る、小指は小刀のリングに差し込む。

 アリーは無言で頷く。

「敵の侵入口はこの1階の正面玄関と2階へ登る屋外階段から侵入出来る非常口の2つだろう……そして敵は今2階の非常口封鎖を必死に壊している筈だ……こんな頑丈な正面玄関扉を壊すくらいならね……」

 アリーは腰から鉈の様な武器を取り出す。

 刃渡り20センチは越えている、刃も肉厚で重そうだ。

 アリーの細身の身体には不釣り合いな武器に見える。


 アリーは2階を見る。

 2階の床は頑丈そうな横木の上に木の板が雑多に並べられており、その板も綺麗に切られていない為、微かな隙間から2階を見る事が出来る……飽くまでうっすら隙間からだけだが……階段は、踏み板だけがあるタイプで、蹴込みは無い……だから階段正面から見たら階段の反対側は丸見え。


 アリーは階段の裏に回り込み、突然階段の踏み板を下から乱雑に武器で斬る……1枚、2枚、3枚手の届く範囲の踏み板を斬る……が完全に切断することなく……適当に……本当に適当……


 ……罠だ……俺は思う……2階からの敵を陥れるための罠……但しそんなに簡単に踏み板が割れて敵が落下するのだろうか?疑問だ……更に踏み板はゆらゆらと揺れているモノもあり、観るものが見れば直ぐに罠だと気付きそう。

 こんな安直で良いのか?


 その最中にも建物の2階から「ギィー」「ガコッ」等と音が聞こえる。敵が2階の非常口封鎖を外しているのだろう。

 まだ、館内には入っていない。


 そして事務所の勝手口側外では、剣劇の音がしている。

 ローレン大将の隊が正門から来た敵軍と交戦中なのだ。


 俺達が居る館内の簡素な平面図はこんな感じ。


 ≪ 管理事務所 ≫


 |ーーーーーーーーーーー勝手口ー|

 |    |ーーーーーーー|アリー  |

 |    |未成年・民間人|   |2階|  1階

 |    | 書庫書庫書庫|  |↑  |

 |      ヤーン    |↑ |

 |ーーー窓ー正面玄関口ー窓ーーー|



 |ーーーーーーーーーーーーーーー|

 屋→非常口            |

 外|ーーー     ーーーーー|↓ | 2階

 階|     管理長室    |↓ |

 段|             |1階 |

 ↑|ーー窓窓ーー窓窓ーー窓窓ーーー|



 ~~そしてこの建物周辺の重要な特徴は以下の通り~~

 建物正面と勝手口側は高い石と鉄で出来た非常に頑丈な壁により分断されている。

 これは、輸入品や入国者が不用意に入国しない様に設けた障壁だ……常に管理事務所で審査され、合格したモノ・ヒトだけがその壁に設けたゴツい鉄の扉を開けて向こう側に行ける……故に港側から見た事務所は城塞の如く……実際、自国から不要なモノや悪意あるヒトから護る最初の砦なのだ。


 そういった、城塞の様なこの事務所を通過して、町に入れる経路は今話した扉を含め、2つしかない。


 1:先程の言った壁に設けられた頑丈な扉

(閂とその閂の端に取り付けられた丸穴に両手で抱える程の鉄製のU字型鍵が取り付けられている、そうそうは外れまい)

 2:事務所の従業員が使用する通常は監視が居る1階勝手口

(ただし、市民が皆出ていったこの状況下では、勝手口はいくらでも通れる、仮に施錠されていても、外の扉と比較して簡素な鍵は破壊も簡単だ)



 ※どちらが侵入が容易いかは、考えるまでも無いだろう。だから、敵側は開錠出来ない正面玄関口を諦めて、屋外階段を利用して2階非常口から侵入し、1階に下り、勝手口から外へ出て、正門からの隊とで我等の本隊を挟み撃ちにしたいのだ……そうなればおそらく我等は負ける。


 アリーは階段の踏み板を武器で壊した後……鎧と靴を脱いだ……そして受付と書庫の縁と内壁を掴み身体を引き上げた後、内壁と階段の支柱で足をハの字に突っ張った。


 彼の両腕は壁から離れる……ハの字に張った両足だけで、2階の床下に潜む……腰に差した長剣を抜く……長さの割に細い……斧やハルバードで叩き付けられたら、忽ち折れてしまいそう……それほど華奢な武器、レイピアに近い……刀身だけで60㎝弱。

 不思議な武器、先程の鉈の様な武器とは正反対。


 2階の床下に張り付いたままアリーが静かに言う

「君は正面玄関口前のロビーに居たまえ……敵は全て殺しなさい……如何なる状態であっても……」

 もう信じるしかない、アリーを……

「わかりました、確実に殺します」

 アリが頷き、聞き耳を立てる……

「館内に入った、来るぞ……飛び道具に気を付けたまえ……」

 俺は正面玄関口のロビーに立つ……

『判っている、1階に降りるには階段か飛び降りるか……しかし階段は破壊している……降りれないなら飛び道具が飛んでくるだろう……』俺は思う。

 更に言うなら俺は囮だ……階段から見えるこのロビーに立っている事が理由。

 敵は足音を隠している

 ……俺には流石に聴こえない……アリーは聴こえている様だ……敵は一刻も速く合流して数で我らを圧倒したい……本来の挟み撃ちという目的を達成したい、彼等はその目的に一直線……だが静かに……音も無く進んでいる筈……


 そしてアリーの目は何故か2階を見ていない……1階の壁をただ無表情に見ている……


 1階の俺からは敵が何処に居るかは見えないし、聴こえない。


 ……。。。……

 無音……流石、精鋭部隊……

 もうアリーの上に敵が居るんじゃないか?……

 しかしアリーは奇妙なポーズのまま石像の如く微動だにしない……


 ……!!!……

 階段の上、2階の床が少し見える、そこに見覚えの有る革靴が見えた……先程の逃走時に見た。

 敵の先頭はアリーの居る床下より更に進んで、もう階段の側まで来ていたんだ……アリーは索敵に失敗したのか?


 そんな考えの中、先頭の革靴の拇趾に体重が掛かる、脛が見える……そこで動きが止まる。


 敵が階段の見え見えな罠に気が付いたんだろう。

 そりゃ、そうだろう……俺でも気付く。


 ……そこでアリーが動いた……


 既に長剣は床板の隙間に突き刺さっていた……

 恐ろしい早業……いつの間に……が既に長剣は引き抜かれ、別の床板に刺さっている……

 また抜かれ、別の床板に刺さる。

 アリーの攻撃範囲円形に約1.5m……

 その範囲で空いた床板の隙間全てに剣を滑り込ませる勢い……もうどれ程長剣を差し入れたのか……


 声が聴こえる……絶叫……既に複数の人間の声が聴こえる……

 最早、隠密行動は出来ない……

 そして絶命では無い……絶叫で判る……絶叫が続いている……つまり生きている。


 確かに刀身60㎝の長剣だ……敵がしゃがんでいない限り、致命傷を与える内蔵や頭部を損傷する事は出来ないだろう……

 おそらく脚を切り刻んでいる……

 突然、音が聴こえる……アリーの攻撃範囲から飛び退き、そして着地音した敵の音……また別の音、壁を蹴って横っ跳び、その後床に前転しながらアリーの攻撃範囲から逃れた者……多分、階段の罠に気が付いた人物……

 うめく声の種類から6名程度が脚を斬られた筈、痛みの中役に立たない脚を引きずり、攻撃範囲から逃れ様と這いずる音が絶叫に混じる。

 2階の階段手前に床を這いずる身体が見え始める……

 敵の1人から思わず「バカが!」と怒声が聴こえる……

 亀の様に伸ばした喉に俺の投げナイフが刺さる……喉から口から血を吹き出し敵は階段の手前で絶命する。

 俺の殺した敵は、脚を斬られ、他の敵の様に後方への避難が出来なかったのだ……アリーの攻撃範囲から逃れる為に階段側に逃げたのだが、失策だった……しかし彼にはそれしか策がなかった……跳べない彼にはアリーから離れるにはそれしか……だが俺が居る……可哀想だが……これもアリーの作戦だろう……酷い策だ……


 殺せば単純に一人マイナスだ……

 だが殺さなければ、仲間が助けようとする可能性がある……そうなればこちらは有利……一人を傷付け、ソイツを介護する為に敵が戦線を離れる……一石二鳥……敵は今、仲間を助けるか否か?迷っているのではないか?


 ……出来れば迷え……迷えば迷う程……時は過ぎ……アリーと俺は有利になる……


 ……アリーの作戦が恐ろしい内容だと云う事が判る。

 酷い……情を捨てねば敵は戦えぬ……床に転がる味方見棄てねば……


 そして敵は未だにアリーをマトモに認識出来ていない。


 アリーの作戦は周到だ、自分を見せない為に……

 自分から注意を外す為に、階段を破壊し、判り易い罠を設置する……そしてその罠が成功しようが、しまいが、アリーにとってどうでもいいのだ……相手の注意がソコに向かう……それが大事……

 罠を見ている敵はほんの数秒止まる……

 ほんの数秒で良い……

 俺はぞくりとする……先程、館内に入ってきた時、俺はアリーに気が付かなかった……その意味を……


 この人の凄さは剣術とか戦闘という、目に見える技術では無い……


 怖い……俺はアリーが怖い……

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