第31話 会議5(結)

 徐々に……徐々に……場が静かになる。


 言いたい事を言ったのか、腕組みしながら考え込む委員や、立ち上がり怒鳴っていたが椅子に座る者も出てきた。


 オルセーは今だと思い「……お静かに」と大きな声で言う。


 皆が、王の方を見る。

「この様な、不毛な議会になるならば、今すぐに閉会しても構わぬが……」王は珍しく険しい表情を隠さない。


 全員がビクリとして椅子に座り直し、口を閉じる。

 背筋を伸ばして王の顔を見つめる。


「感情的に成ってはいけない、言葉の意味を考えよ、冷静に……多角的に……思い込みを破棄せよ」王は珍しくキツイ物言い。


「……とは言いましても王よ、ミカ女史の意見は前線を守らないという意味としかとれませぬ!それでは民は護れませぬ!」漁業組合のザックが畏れ多くという体で、しかし強い口調で王に意見する。


「ザック君の心配は最もだ、先ずは君達が真に我が国の存亡を危惧している事を私は誠に嬉しく思う、国民皆が、我が国を心配し、それを護る為に前線で血を流そうとしている、そう皆の父親様や息子殿達が戦場へと赴いている筈、それは間違いない事実だ……君の御子息もそうであったな……」ザックは俯く……机の下で拳を思い切り握りしめているのが、肩の震えで判る……我が子を犠牲にしても国にを護るという彼なりの、覚悟した意見だった。


 それを王は痛い程、理解していた……


「皆さん、私は嬉しい、先ず、カーハート君は素晴らしい資料と現状認識だった、そしてザック君以下参加者皆、我が国を心配している気持ち、肉親を前線に送り出した苦痛は痛い程判る」王は皆を見ながら話す……王の真摯な言葉に、参加者の気持ちが少なからず落ち着く。


「もう一度、ミカ女史の言葉を考えて見てくれ、我等が守るのは領土か?民か?」王は静かに問う。


「……民です、これは違え様が無い……その為に前線を護らねば、その後方の民も護れませぬ……いや……もしや……」ザックは途中まで言い、そして黙る。


 黙っている……サイモンもゴードンも……ほぼ全員が資料を見つめて黙り始めた。


「ミカ女史……」親衛隊隊長のエルサールがミカ女史の顔を見る……ミカ女史が恥ずかしそうな顔。


 エルサールはイケメンだった……ラビオス山の如く左右対称で綺麗な高い鼻梁と、大きな青い瞳の二重、薄く髭を蓄えた鋭い顎は大抵の女性にとって抗し難い大いなる魔力。

 だが、その美しい顔には、過去の戦闘時の大きな刃物傷が右頬に入っており、いつも口が少々引き吊った様になっていた……しかし本人は全く意に介していなかった。

 いや例えば鼻が無くなろうが、目が潰れようが、口が裂けようが、彼にとっては、全くもってどうでもいいのだ。


 これ即ち、彼も筋金入りの剣匠だという事だった。

 しかし有能なる彼は、若干40歳で親衛隊隊長となり、戦地に向かう可能性がほぼ無くなった。

 当時、憤懣遣る方無い彼は親衛隊隊長の座から外してくれと、幾度となく私に進言してきた。

 宥めるのに苦労したものだ。

 頬を赤らめたミカ女史にエルサールは続ける。

「貴女は恐らく、防衛に当たり随時兵站が容易で、且つ兵士が長期間駐屯可能な土地により我が国を護れと、その為には我が国の領土に捕らわれず、先の条件で護れぬ領土は要らぬと言う事ですね」領土縮小或いは自国領土の放棄を口にしながらも当のエルサールは笑顔だ。

「……えぇ、まぁ……一時的に……そんな感じです」ミカ女史は何だかボヤッとした返事、眼鏡の裏の一重の目がキョロキョロと忙しない。

 エルサールが『まだ先があるかも……』と期待して口角が上がる……エルサールは更に問う。

「一時的とは……」半分答えは解っているのだが、エルサールはミカ女史から答えが聞きたかった。

「……すみません、私、戦争の事はよく分からないんで、トンチンカンな事言ってたら申し訳ございません」と前置きして続ける。

「土地やそこから生産する作物や材料は、一時的に奪われても取り返したら、又多くの作物は数年で生産可能です……しかし、兵隊さんは、兵隊さんになるまで生まれてから少なくとも15年掛かります」15年というのは、我が国の徴兵の年齢だ。

 ミカ女史は意を決して、立ち上がって身振り手振りを交えて話す。

「それならば、兵隊さんの生産に掛かる時間やお金の方が高額なので、領土を一時的に放棄しても、兵隊さんを生かす方が得策だと感じました」学校で先生に当てられた学生の様な返答。

「領土はまた取り返せば良いけど、死んだ兵隊さんは取り返すのに15年確実に必要だから、防衛に困難な前線まで兵隊さんを進軍させずに、兵站が容易で、出来るだけ兵隊さんが死なない駐屯地の方は良いと思います、あと兵隊さんの死亡率低下は、議題4の『戦いによる男子青年層の減少』についても、ある程度の回答となると思います、」ミカ女史は一気に話して、鼻息荒く椅子に腰掛けた。


 ……。。。……

 沈黙……


「パンパンパン……」

 エルサールの拍手が会場内に響く。


「ミカ女史、君は冷静だ……素晴らしい」エルサールが評する。

 ミカ女史はビクッとして俯いたままに成った。

 王は『ヨシヨシ』と思い、周囲の参加者が理解しているかを見回す……皆、一様にカーハートの地図を睨み初めた。恐らく合理的な駐屯地を探し始めたのだ。

 しかし唯一レイモンドだけがじっとミカ女史を観ている。

 細い首を前に突きだし……

 骸骨のぽっかり空いた眼窩から……

 仄かに光る蝋燭の様な視線……

『……ヒエッ』はからずも王は声が出そうだったのを何とか抑えた。

 ミカ女史は俯いており、レイモンドの視線に気が付いていない。

『……なんという……レイモンド君はミカ女史に何か恨みでも在るのだろうか?』王はレイモンドから目を離せない。

 レイモンドはミカ女史を観るのに一生懸命で王の視線に全く気が付いていない様子。


 暫くして、レイモンドはミカ女史と同じ様に俯いて押し黙ってしまった。


 レイモンド君に駐屯地の意見を聞きたいのだが……


 そうこうしている内に、建設担当のロビンが、議題進める為に「これはあくまでも提案ですが、ミカ女史の言う通り迅速に兵站を行え、且つ民を守れる駐屯地とした場合、駐屯地より敵軍側の僻地で生活している国民は内地に疎開させる事になろうかと思います、その場合は、住宅設備や生活の補助が必要かと思います」と補足する。


「その通り!ロビン君……タージ君、現在のキルシュナの登録上の国民数の内で、その様な僻地に住まう民の総数を算出してくれたまえ……」王は戸籍や福祉を担当するタージに言う。

「了解しました、さすればカーハート様、エルサール様を主軸として、駐屯地選定を行って頂き、その後、その駐屯地から溢れる僻地を地図上でお教え下さい、戸籍上の在宅住所からおおよその疎開人数を割り出しましょう、その後、ロビンさんと相談の上、建設場所を選定し、住宅及び周辺設備の建設に入ります」タージは皆に向かい話す。

「こちらも了解した」カーハートが答える。

「微力ながら」とエルサール。

 レイモンド君、君にも助言を頂きたい良いかな?」とエルサールがレイモンドを見る。

「……!!!……」レイモンドがビクリと肩を揺する。

「どうした、そなたどうかしたか」ゴードンが心配そうに除き込む。

「……!なっ、なんでも有りません」レイモンドはゴードンの視線を避けて首を捻る。

「ははぁ……」ゴードンがやらしい笑みを浮かべる。

「何ですか!失敬な、いくらゴードンさんでも!」レイモンドは珍しくゴードンに噛み付く。

「……まぁ、ヨイヨイ……エルサール君の質問に答えてあげろ」ゴードンが訳知り顔で言い、レイモンドの背中を叩く。

「えっ……あっハイ!モチロンです」辛うじて話は聴いていた様だ。


 その後、会議は、

 ・カーハートを中心に、エルサール、ゴードン、レイモンド、ミカで国境警備及び駐屯地の選定する。

 ・選定された箇所から、タージにより疎開人口の算出を行う。

 ・ロビンは幹線道路付近に、タージから聞いた疎開人数を踏まえて避難住宅の建設場所を選出する。

 ・サイモンとロッソは定期便の運用コストと売上目標、フォーセリアとの折衝内容を考えている。

 ・タージとサイモンにより、出生時及び年少時の育成補助金の計画。

 ・リーズ女史が上記に掛かる資金を算出する。


 専門家が集結した会議はこういう時に真価を発揮する。


 あっという間に質問に対する回答が担当から返答され、

 小気味良く議題を解決して行く……参加者全員が、その解決速度のスピードに気分が高揚して行くのが判る。

 おおよその、1時間半で、

 1、国境警備のELM敷設場所

 2、兵站可能な駐屯地選定

 3、疎開者の避難住宅の建設場

 4、定期便による輸出品外貨獲得と船舶のコスト

 5、男性青年層の戦死による出生率低下、補助金

 6、1~5に掛かる予算及び経費

 以上の内容が決まる。

 活発な意見が行き交う会議中、サイモンは全体を俯瞰する。

 今回の議題がほぼ全て検討されたのを確認して、サイモンは大きな声で言う。

「有意義な会議、誠にご苦労様です」サイモンの声を聞き参加者が自身の座席に戻り、着席する。

 皆が座ったのを見てサイモンが続ける。

「皆さん、ある程度の結論と、各自への課題が出来たかと存じます、そろそろ会議は終了の時間です」……彼は、このバタバタした会議の中でも冷静に室内中央の壁時計を見て、進行役として会議の進捗管理をしていた様だ。

 サイモンに替わり王が起立して話す。

「先ずはご苦労でした、今回の会議は、議論が進んだという事も収穫でしたが、それ以上に皆が我等がキルシュナを真に愛しているという事を痛感しました」オルセー王はそう言った後、大きくお辞儀をした。

「皆、本当に有り難う、私はそなたらのご子息、家族、友人、愛すべき人を戦争に駆り出す決断を下した……すまない、せめてこの戦争を迅速に終結させ、出来るだけ流れる血を減らす為に協力してくれまいか……」王の最敬礼を見て、全員が椅子を吹き飛ばさん程に起立した。

 顔を上げた王は続ける。

「これからも、様々な決断を我等はせねばならぬ、ともすれば、十分な時間も、判断要素も無いままに決断せねばならぬ事も起きよう、その時、自分だけでは……そう私の浅はかな知恵だけでは、満足な決断は出来ぬ、しかしこの委員会全員が一個の頭脳として動けば、それは大きな力となる」王は卓上で握り拳を固める。

「今、君達はたった数時間で多種多様な問題を解決した、私が数年来、君達を招聘した時から思い描いていたその理想を今、目の当たりにしたのだよ、北ラナ島で最高の組織に成ったのだと私は自負する、我等が一致団結すれば如何なる困難にも対処出来よう」王は皆を一人一人見ながら話した。

 参加者皆、一直線に王に濁りない視線を向ける。

 確かに、最後の議題解決……全員が一個の頭脳となり動いた様な気がした……問えば、即、解答……滞る事無く……ある意味爽快……


 王は着席し、替わりにサイモンが閉会の挨拶。

「会議への参加有り難う、次回は2週間後、同時刻に開会する、予定しておいてくれたまえ、また今回より付与魔法にて会議音声は録音しておる、明日中に会議内容を書面に起こして皆に議事録として配布するので確認する様に」


 サイモンの言葉を聞きながら、

『まだまだ、私のイメージには遠いが、今はこれで致し方無し』王は思う。


 そして会議は閉会した。

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