第1章 若き剣士

第1話 アルテ峡谷の戦い

 俺はまだ、二十歳を越えたばかり……

 総勢50名の剣匠内の1人……

 これから相対する亜人種の約4800名の敵軍を迎え撃つ……ヤツラとの戦闘はこれが最初……

 戦闘能力は未知数……

 警戒しないといけない……

 亜人種は様々な種族が居る……まるで人と同じ背格好のモノも居れば、大きな牙を持つとか、爪は猛禽類の如く、身体は鱗で覆われて居る者と多種多様だと聞かされた……

 どこまで本当か知らないが……

 それも今日判る……

 故に俺達は戦う相手に不足はないと思っていた……

 我らは、最強の兵と云う自負がある……

 寝ても覚めても戦いを考えて、育ってきた……

 このような状況にて我らは真価を発揮する……

 正に、これこそ我らの表舞台……正念場……


 大軍を少数で迎え撃つ……

 俺達は圧倒的不利……

 耐え凌げれば援軍が間に合う……

 ここが腕の見せ所……

 俺はいきり立つ……


 地の利を活かす為に、この場所を俺達は選んだ……


 晴天……峡谷の隙間の様な空間に切り取られれた青空と白雲……これからの血みどろに似つかわしい……


 ……青・白・赤……


 ……いや、1点の『黒』……

 ……峡谷の尾根……程よく垂れた木の枝に立つ漆黒の鳥……烏(カラス)……

 ……じっと頭を垂れて我等を観ている……視ている……

 ……アイツ……何故か気になる……俺はソレを睨む……

 ヤツは俺の視線を意に介せず……

 この合戦を俯瞰している……

 気のせいか……

 俺は意識を烏から離し、戦場に気持ちを戻す。


 俺の斜め後ろには弟のゼオが立っていた。

 俺と違い切れ長の目で、優男だ。

 静かに前方を見つめている。

「空を見ろ、ハギが観ている。手を抜くなよ……」俺は烏を見ながらゼオに言う。

※ハギ:剣匠の神の事

「兄貴、僕は怖い」ゼオは俯いて話す。

「まさかビビっているのか?」ゼオらしくないと思いながら、俺は尋ねる。

「怖いよ……何十?何百人?僕は殺さねばならないんだろう」ゼオは俺を見る、弟の心配は自分の生死では無く、相手の生死だった。

「数えるなよ。死者に引っ張られるぞ!」ゼオの横のカシムが横槍を入れる。

「……判ってるよ!なんかお前こそ右脇の防御が甘いから注意しろよ」ゼオは突っ込む。

「皆、前を見ろ……」静かな、だが良く通る声、後方に居るトラバー隊長の声だ。


 敵軍の先頭が見える。

 峡谷を埋め尽くす勢いで敵軍が溢れ出てくる。

 

 遠いが敵が見えた。

 特異な姿に剣匠達の視線が集まる。

 敵は何故か、顔を布で隠している。

 だぼだぼの粗末な服を着ている。

 これでは戦い難い様な気がするが……

 そこから伸びる手は人間と変わり無い。

 その手には粗末な槍や斧の様な武器。

 服の内側には鎧を着ているのかもしれない?亜人種の武器や衣装はこういったモノなのか?

 我らの様な近代的な武装は装備していないのかもしれない。それでも牙や爪を持っているなら要注意だ。

 無駄事を考える暇は無い。

 俺はヤツラを殲滅する方法を考える。


 背格好は人間と同程度……


「弓兵が居ない……」俺は敵軍を観る。

「金属音がしない……」最年少だが腕の立つライドが聞き耳を立てる。

 こいつは耳が良い、深夜の隠密行動の成績は隊中で5本指に入る、視界に頼らず聴覚での状況把握がピカ一だった。

 そしてトラバー隊長の息子だった。


 敵軍の全体が見えてくる。


 皆が動揺しだす……


「なんだ、覆面」

「鎧着ていないのか?」

「革鎧じゃないのか?」

「あの服装なんなんだ」

「えらく粗末な武器だな」

「あれは鎌じゃないか」

「顔を隠しているのが怖いな」


 剣匠の皆が一斉に話す。

 目の前に近付いてくる、異様な兵士達。

 俺は思う『何かおかしい……見た目だけで無く。

 単なる歩兵ではない……』頭の中の俺が『注意しろ』と囁く。


 俺は襲い掛かる敵軍を観る。


 顔は見えないが何も考えていない走り方で伝わる……


 ……彼等はもうどうでもいいと思っている……


 考え始めたら「死」しか出てこないから、だから考えない……


 彼等はそんな気持ち……


 生死を分かつ戦場で誰でもそうなる……


 特に初陣の際は酷いものだ……


 ただ……まるで敵軍は、ほぼ全員がそれだった……


 統制している者や、熟練者の居る気配がない……


 誰も彼も、否応なしに走ってくる姿からそれが判る……


「これは隊か???一揆の様だ……」中年の剣匠が言う、皆がその言葉に頷く。


「烏合の衆……」また別の剣匠がボソリと言う。

 敵軍は『軍』では無かった。

 数が多いだけの『個』だった。

 連携が無い。

 指示命令が無い。

 覚悟が無い。

 ただ、我等に突進してくるだけ……


 だから烏合の衆……と彼は言った。


「ガチン!!!」

 トラバー隊長の歯を噛み合わせる音が聞こえる、小さな音だが、何故か全員が聴こえた。


「捨!!!」トラバー隊長が叫!

戦意以外の全ての感情を捨てろ!という意味。戦う前の準備の掛け声だ。


「応!!!」剣匠全員が反射的に応える。

 50名の声で峡谷内の空気が痺れる。

 自動的に身体に叩き込まれた動作が始まる。


 剣を抜くモノ。

 投げナイフを持つモノ。

 無手のまま構えるモノ。

 皆がそれぞれ自身の戦闘体勢を整える。


「兵士……じゃない……」ライドが小声で言う。声が震えている。

 小さな声でも皆に聴こえた。各自の身体が少し揺れる、動揺。

 しかし、我が国とて平時は農民、有事は兵士など多く抱えている。

 当たり前の事だ。だが隊として機能しない程の集団を送って送る敵軍の意図が解らない。

 我等は相手を鏖殺出来るだろう。

 我等は人殺しに特化した部隊。

 皆の心に動揺は有れど、目の前の敵を殺害する強固な意思を持つ。


「捨!!!」トラバー隊長は再度叫ぶ!


「応!!!」再度皆が戦闘体勢を取る!


「ここを抜かれれば!王都までは目と鼻の先だ!我らは彼等の行く手を遮らねばならん、対する敵軍を殲滅せよ!」トラバー隊長の良く通る声。

 しかし俺は見た。眉間に深い皺を刻んだトラバー隊長の苦悩が俺の長剣の刀身に映っている。


「もう一度言う!眼前の敵、全てを殲滅せよ!」トラバー隊長は更に大きな声で命令する。


「ゼオ……覚悟しろ……」俺はに言う。

「判ってる……全員殺す……罪を……すみません……」ゼオは歯を食い縛りながら言う。


『良い覚悟だ……』俺は思う。悪業を積む事を彼は覚悟した。そうでないと生き残れない。


 もう、敵軍は各自の顔が見えるまで近付いてきた。

 近付けば、近付く程、渓谷は狭くなり、敵軍は細長く隊列が伸びる。

 例え、5000人弱の大軍でも、道幅が狭ければ、一度に我らと相対する敵の数は知れていた。だからトラバー隊長は戦地をここにしたのだ。


 、

 、

 、

 「ヒュン……」


 敵軍から木の枝を尖らせた槍らしきモノがヨロヨロと自軍に数本飛んできた。殆どが我等に届かない、手前で地面に落ちる、しかし2・3本が我等に届く、それを数名の剣匠が手甲や剣で弾く。攻撃とも呼べない攻撃。


「毒です!」1人の剣匠が叫ぶ。

 皆が、木の枝の先端を見る、ドロリとした液体が付いている。

「蛇毒だと思います。傷口や口内に入ると発熱や嘔吐、最悪患部が壊死します。傷を受けた際は直ぐに止血を!!!」と続ける。彼は毒殺に詳しい剣匠の様だ。


「散開!!!」トラバー隊長の命令。


 50名にとっては広い渓谷で密集隊列から、各自の5m程の距離を保ち隊列を広げる。


 敵との距離、30mを切る。


 彼等がよく見える。


 俺はこの作戦を考えた敵の軍師は情け容赦ないと思う。自国の国民をなんだと思っているのだ。

 まるで特攻だ。

 素人同然の半民半兵の彼等に、死ねと言わんばかりに、戦闘特化した我等にぶつけ、武器には『毒』を塗る、『万が一でも相手の身体にカスれば殺せるぞ』と一縷の望みを与え……


 更に近づく、敵軍。


 恐れ、

 慄き、

 自暴自棄、

 自棄っぱち.、

 破れかぶれ、

 捨て鉢、

 やけくそ、


 何も考えていない全力疾走。

 顔は見えないが伝わる。


 彼等はもう、どうでもいいと思っている。

 考え始めたら「死」しか出てこないから、だから考えない。

 彼等はそんな気持ち、否応なしに走ってくる姿からそれが判る。


 彼等の突進は止まらない。止まったら終わり、逃げ出したくなる。だから絶対に止まらない。

 彼等を支配する、それは死の感情、農民の日常では感じる事の無い圧倒的な感情。

 自身の許容量を越えた激情は、

 身体の震えとなる、

 それが痛いほど判る、

 だが、それだけでこれ程まで、

 何か彼等を戦いに駆り立てる理由は、

 俺には判らない。


「こいつぁ、ダメだ……」剣匠の誰かが言う。

「あぁ、そうだな……」別の方から同意の声。


 あぁ、俺にも判る。


 これは、鏖しだ。


 大人が赤ん坊をくびり殺すが如く、

 これは下衆の所業。


 人数差は最早意味を為さない。


 そう思う間に……敵軍が眼前に……


 俺はいつもの訓練の如く、反射的に敵の頭に剣を振り下ろす。

 考えなくて良い。

 体の動くまま。

 鎧も兜も持たない敵は避ける事も満足に出来ず。

 俺の剣を自身の頭蓋で受け止める。

 俺は焦っていたのかも、力を入れ過ぎ、剣は敵の喉元まで食い込んだ。


「それは悪し……」頭の中で師匠が言う。


「殺せれば良いのだ、破壊してどうする、剣を痛めるだけぞ……」俺の中の師匠が嗤う。


「すみません……」俺は心の中で謝り、倒れた敵の肩口を右足で蹴りながら、剣を喉元から抜く。

 そして相手の肩口を踏んだまま。

 剣を横に凪ぎ払う。

 向かってきた敵2名の喉元を裂く。    骨には達しない肉だけを斬る。

血脈を切り裂く。

骨を斬れば刃が痛む。

『これは良し……』俺は思う。

 走って心拍が上がっていた敵は盛大な血飛沫と共に絶命する。

 血を被る。

 気にしない。

 血飛沫2名の倒れた身体に引っ掛かり、後方の敵兵が転ける。

 転けた敵兵の後頭部に俺の横に居た剣匠が剣を突き立てる。

 苦々しい顔。

 せめて即死させようと思っているようだ。

 そして剣がふさがっていると思い、襲い掛かってきた敵兵の眼球に2本貫手を突っ込んで、眼底を貫手で引っ張り、己に引き寄せナイフで首を斬った。

そして死体を蹴飛ばし、敵軍に浴びせる。敵数名がまた死体で転ける。

 今度は俺が、首を斬る。


 死体の覆面が捲れ、我等と同じ顔形が見える。


 『嗚呼っ、亜人種も我等と同じ容姿の者も居るのか?』


 また殺す。

 胴体の麻の服が破れ、腹が出た。身体を動かす事を諦めた肥満した腹。


 、

 、

 、

 次々と敵兵が殺される為に向かって来る。

 痛みを出来るだけ与えず。という縛りでの殺しは、最早出来なく成りつつあった。


 手甲で鳩尾を殴り、呼吸を断ち、

 貫手で眼球を突き、視界を奪い、

 投げナイフを投げ、腹部を刺し、

 鉄芯入りのブーツで、金的を潰し、

 そして、剣で首を斬る。


 殺人武具を身に纏い、殺人技術を身に付けた俺達がほぼ丸腰の敵軍(農夫)を蹴散らす。

 思った通りの構図、王都のお嬢なら悲鳴を上げる。


悪者は俺達。


 死体の山が邪魔で歩くのが不自由だ。

我等はそれでも、悪行を続ける。

散らばる死体のお陰で、規則正しい隊列を組むのが難しくなってくる。


 しかし、構わない。

 元々、剣匠は隊列を組んで集団戦を行うより、乱戦にて個々の持ち味を活かす戦い方が本来だ。

 その為、徐々に各々が自律して自身の周囲の敵を殲滅し始めた。


 後ろに居たゼオが俺の横まで前進してきた。

「兄貴、もう後戻り出来ない」ゼオがボソリと言う、俺には判る。

「今更だ、俺は真っ直ぐ突き抜ける」俺が言うと、

「ありがとう」ゼオが悲しそうな微笑を浮かべる。

 ゼオが剣で敵の首を突く。

 掴んでいた剣を離す、剣は死体と共に地面に倒れ墓標の様に地面に立つ。

 無手のゼオに死体に刺さった剣を奪おうと敵が斧を振る。

 予備動作の大きい攻撃は簡単には避けられる。

 同時にゼオは右手を左手前腕に廻す。

横に凪ぎ払う。

右手には10センチ程の少剣が握られている。

前腕の手甲内に隠していた武器だ。

 敵の首から血が噴き出す。

 左手で死体に刺さったままの剣を抜く。

 ゼオは大小の剣を巧みに使う二刀流だった。

 長剣は俺と同じ剣匠が好んで使う片刃剣だ。

 そして少剣はグリップの部分が握った拳を覆う様に鉄でナックルガードが作られており、グリップ小指側には鋭利に尖った鉄芯が付いていた。

 その鉄芯を器用に使い、ゼオは相手のこめかみや鳩尾、鎖骨を破壊していた。

 そんな感じで皆、各自の得意分野の武器を使用して死体を生産している。

 長剣・短剣・拳・蹴 etc

 バラバラな行動と使用武器だった。

 素人目には単独行動の様に観える。


 しかし良く見ると、個人プレーの様な戦闘でありながら、要所要所で、隣の剣匠の背中を守ったり、

 隣で殺し切れなかった敵のトドメを刺したり。

 なんとも奇妙な連携プレーを剣匠達は行った。

 乱戦でお互いに意思疏通を取っているようにも思えない。

 それなのに敵は1対1で戦っている時に、別の剣匠から脚を引っかけられ転げ、剣の柄で殴られ、そして必殺の一撃を浴びせられた。

 剣匠達は常に多数を相手に攻撃をする。


 基本1対1の戦闘など想定しない。


 1対1でも常に多数を想定する。


 困惑する様な言い方だが剣匠の戦闘に1対1は無い。どこから敵が現れるかもしれない。

 だから、眼前の敵1人だけに注力して周囲を観察しない様な戦闘はしない。

 目の前の敵を殺しながら、周囲の状況を定期的に確認する。

 

 弓兵からの矢は?

 相手の陣形の変化は?

 違う方角からの挟撃は?

 後方の魔法使いの詠唱は?


そして隣の仲間が相手している敵の状況も、


この50名は、須らくこれを実行できる人間達だった。


 敵は1対1で戦いたいのだが、剣匠はそれを許さない。

 敵は前方だけでなく、後方からの攻撃も注意しなければならない。


 卑怯と言えば、誠に卑怯。

 合理と言えばこれ程、合理も無い。


 アルテアの騎士なら正々堂々戦えと激昂するだろう。1対1で戦え!!!と!


 こんな殺人教育を受けた相手と4800人は戦っている。もう既に半数が命を落としている。

 酷い、勝ち目が無い....。

 だが半狂乱で残りの2000人が襲い掛かる。


 通常の兵士であっても、回避困難な状況を、農民に毛が生えた程度の兵士が避けれる訳が無かった。

 剣匠の思う様、彼等は切り刻まれ、

 そして鏖殺された。


 そして、敵軍は亜人種では無かった。我等と同じ人間だった。つい先程、俺は腹の出た中年男性を殺したのだ。


 敵国は亜人種の国だと聞かされていたが、違ったのか。しかし今はもう考えてもいる暇は無い。


 剣匠50人は皆が既に判っていた。亜人種は居ない。我らは人を殺している、何らかの策略にて。

 だから、ゼオは言ったのだ「もう後戻り出来ない」と……


 それでも殺人は続く、

 毎秒敵軍の数が減って行く、

 殺しているのは人間と知りながら、


 俺はもう血みどろになりながら死体の山を築いていた。

 もう作業だった。

 多分周りの剣匠もそうだと思う。

 人殺しを作業と思う自身の気持ちに吐き気がした。

 俺の剣が口から後頭部に突き抜けた敵が、俺にもたれ掛かりずるずると地面に落ちる。

 剣が上顎の歯に引っかかる。

 目の前に半狂乱の敵が鍬を振り回し突撃してくる。

 引き抜く時間が無いのを理解して、畑を起こす様に鍬を振り上げた敵の間合いに飛び込み、振り下ろす鍬の柄を掴む。

 掴んだ柄を支点にして回転させる。鍬の刃がグルリと反転し、相手の顎の下に食い込む。

「ゴァッ」と声にならない叫びを上げて敵が悶絶する、膝をついて両手で鍬の刃を外そうとする敵を蹴り、倒れた敵に刺さった鍬の刃を足で踏む。

 農具故のなまくら刃が、それでも俺の体重で更に食い込む。

 鮮血と泥が混じる。


 気が付けば雨が降っていた。


 地面はぬかるみ「ゴキリ……」と鍬によって頸椎が折れた音がした。俺の体重で後頭部が地面に半分埋まっている。

 その間に、鉄芯の入った拳を使ってもう1名の顎を射貫く。

 顎が砕けた敵の首を捻り、殺した。

 後ろで首に刺さったままの剣を引っこ抜く。

 死体の歯が跳ぶ。

 周囲を見る。

飛んできた、やる気のない自家製槍を手甲で弾く。

 鎧の胸元に挿したナイフを抜き投げる。

 自家製槍を投げた敵の右眼球に刺さり、敵は後ろに倒れる。


 もう、何体殺したのか?だが、我が隊は一人の死者も出して居ない。多分……


 だが後方から、「ギャア……」と言う叫び声、暫くして後方で脚を引き摺っている剣匠が居るのが耳で判る。


 これは多分ライドだ。

 トラバー隊長の息子。

 彼は脚に傷を負っている。

 歩行時に地面に擦る音がする。

 疑問?彼はまだ15歳の若年だが、

 腕は確かだった筈だ?

 この敵で怪我を負う筈が無かった……


 何故?彼は戦闘前「平民です」と言っていた。

 罪悪感、考えられるのはそれ、

 そこにつけ込まれた。

 敵にでは無く、自身の心に……

 いや、それは正義感と言っても良いのかも知れない。

 今、俺達がしているのは悪行だから……


『それでも、ライド生き残れ……』俺は思う。ライドが剣を振るっているのが判るからだ。

 殺しているのだ。

 傷を負って尚、そのまま敵に殺される事をヨシとしなかった。

 ならば『生き残れ……』生き残って俺達と同じく後悔と自責の念を感じ、悔やむ時間を与えられる事を喜ぶが良い!!!


 俺は生き残る!!!


『零』に等しい可能性を信じ、

『生』を掴む為に必死になって、

我らに襲い掛かってくる敵(農民)達を、作業の様に磨り潰す俺。

 それでも生き残りたいんだ。

 アイツが待ってんだ。

 あのとびきり美人だが、少し抜けてる可愛いアイツが。

 そんな欲望の為に、俺は命懸けの農民を殺す!

 俺は『俺の意思』で殺すよ!

 そんな俺は悪いか?悪いよな……

 でも、生きてアイツに口づけしたい……


 ……だか、これ程までに返り血を浴びた俺を、彼女は受け入れてくれるのだろうか……


 ぐるぐる回る思考の中で、身体は勝手に殺戮を継続する。

 そして殺した人の事を、顔から身体から何一つ覚えていない!

 全く何一つだ!

 認識せずに殺している!

 酷い事だ!

 何て事だ!

 まるで飯を食う前、知らず知らずの内にナイフとフォークを持つかの様に……

 意識せず、当たり前の様に、

 相手の人生を終わらせる。

 それは、殺した相手の家族・親友・恋人を不幸にしている。

 俺はもう何百・何千人を不幸にしたのだろう。

 4800人を愛してる多くの人達を不幸のドン底に叩き落とし、それでも俺は……


 雨が止んだ。

 白い雲と青い空が戻る。


 コイツら『撤退』の文字は無いんだろうか???もう彼等の兵は1000人を切ったと思う。


無意味だ!

学習できる筈だ!

振り返り逃走しろ!

逃げてくれ!


「何だ、もう、諦めろよ……」という声変わり間近の声が上がる……

 ライドの声だ。息が上がっている。

 俺と背中合わせのゼオが顎をしゃくる。俺は頷き、前方の敵軍を他の剣匠に任せ、後方に下がる。


「捨て置け!」鋭い、良く通る声!

 いつの間にか前線に出ていたトラバー隊長の声。両手持ちの大剣で前方の敵、2名を串刺しする。


 ライドに向かう俺の動きは止まる。

 途中で俺は背中を向けている敵の首にナイフを突き立てる。


「お前は人殺しよ!!!いい加減!!!覚悟せい!!!」トラバー隊長の叱責!これは今まで我慢してきた親父としての声。


「ハイッ!!!」ライドの高い声が渓谷内に響く。


 俺はライドを見る。

 右脛に小型の斧が深々と刺さっていた。脚を引き摺る理由はこれか。ライドは目の前の敵の眼球に短剣を突っ込み殺す。

空いた手で、腰から止血帯を引っ張り出す。止血帯を右太腿に巻き縛る。

止血完了。

深々と刺さった斧を歯を食い縛って抜く!

「あ”あ”ぁ!!!」呻く、身体がくの字になる。

 、

 、

 、

 しかしライドは甘かった、

 殺した筈の敵が、

 自身の右手の二本指をライドに!

 彼は咄嗟に身体を起こして攻撃を避ける!

しかし敵の両指先から二筋の赤「グッがぁぁぁぁっーーー!!!」とライドの悲鳴!


 俺は投げナイフを敵の後頭部に投げる。

 頭蓋の付け根に深々と刺さり、敵は泥に顔から突っ伏す。


 ライドは目突きをされた。

ライドの戦い方を見て敵は学習したのだ。

敵は渾身の力で突いたのだろう。

指は両方とも第二関節で折れ曲がっていた。

 俺はライドの被害が判る。

失明だ。

彼は永遠に光を喪った。


 ライドの右眼球は眼窩から飛び出していた。


 左の眼球も突かれた際に指で掻き回されたのか瞼から千切れた視神経が飛び出して、瞳は見えない。


 可愛い俺達の弟だった、それが……


「ガァ!!!」ライドが痛みに唸る!


 それでも、指が脳まで達していなくて良かった。


「判るか……」俺はライドに肩を貸し、渓谷奥の無戦地帯まで引き下がろうとする。


「イヤだ!!イヤだ!」誰の声だ?俺の耳元から、

 どう考えてもライドだった。


「お前、何を……」俺は問う。


「戦う!僕は、戦う!!!」ライドは言う。そして、役に立たなくなった眼球を握りちぎり!


放る!


空になった眼窩に水筒の水をぶっかける!


「ぐぁぁぁぁっーーー!!!」幼い顔に似つかわしくない叫び声。


 腕の衣服をナイフで裂き眼帯替わりに頭に巻く。


「……戦える!僕は!持ち場に戻って!!!」切れ切れの声でライドは俺を見て言う。盲目の目で俺を見つめるのが判る。

「お前……」俺は口ごもる。

「まだ、耳も鼻もある、索敵出来る!」ライドは冷静に言う。

十代半ば、少年と青年の間のコイツがそんな事を言う。『俺はお前を尊敬する』俺は思う。

「そうか、ならば俺の背中をお前に預ける」俺はそう言いライドと俺は背中合わせで動く。

 ライドは俺の動きにあわせて動く。

 彼は定期的に舌打ちを行う。

「チッ……チッ……チッ……」

 俺の知らない動作。

 彼は周囲に対して舌打ちを行いながら俺について来る。最初は、彼を気遣いながら、ゆっくりを移動、ライドは目が見えないとは思えない程、俺を綺麗にトレースする。

右脚を引き摺りながらとは思えない。

死角の無くなった俺達は周囲の敵を殲滅しながら最前列に向かう。

次第に、俺はいつもどうりに動き始める。

それでもライドは追い付いてくる。

何かは判らぬが、彼が急成長しているのが判る。

 ゼオとトラバー隊長の姿を見つける。


 我が国にはリョウメンスクナという化け物の伝承がある。

 そいつは上半身を二体持つ人間みたいな化け物だ。頭は2つ、腕は4本ある。

俺達は正にそれだった。


 トラバー隊長の横まで近づく。

隊長は右側の敵を大剣で突き刺す更に正面から向かってくる敵を見据え、腰から抜いた仗を左手で握る。鉄で出来たただの短い棒。

 相手は樫木を削った槍、

 突き出された槍を仗で反らす、

 と同時に仗を円を描く様に相手の槍の上に走らせ、

 そして、仗を下げる。

 相手の槍も仗と共に下がり、地面に刺さる。

 刺さった槍をトラバー隊長は左足で踏みつける。

 相手の手から槍が引き落とされる。

 仗を捻ると、仗は筒状になっており、中から細身の苦無が出て来る。

その苦無で相手の首を突き刺す。

空気の混じった血液を口から溢れさせ敵は昏倒する。

 トラバー隊長はこの動作を一瞬で行う。


 目だけを俺とライドの方に向け、

「吹っ切れたか……」と言う。

「ハイ、覚悟しました」ライドは答えた。

「そうか、盲いても、悪夢は見えるぞ」父親は息子に言う。今までずっと隊長でいた男に少しばかり父の感情が漏れる。悲しそうな顔、

「止血は完璧か、しかし足の切断はやむを得まい」息子の足を見て父親は静かに言う。

 その間にも、敵の首を大剣で跳ね飛ばす。

「父さんの剣で落として下さい」息子が頼む。

「承知した」父親は応える。


 息子は両の眼球と片脚を無くした。

 それでも気丈に戦う。

 父親として、今すぐ抱き寄せたいだろう。

 それでも隊長は隊長として、責務を果たす。


 もう、敵軍は残り僅か。

 流石に、我らも疲労して来ていた。

 怪我をしている者はライド以外居ない。

 しかし、そのライドにしても、もう盲目とは思えない歩行、相変わらず「チッ、チッ、チッ、」と舌打ちしながら顔を左右に振り、的確に敵軍を殺害していた。

 俺には判る。

 彼は今は1秒毎に成長している。

 目を無くてしも尚、いや目を無くしたからこそ……

 コイツは今、恐ろしい能力を開花させようとしている。


 透き通った青空の下で。

 泥と血を混ぜた絶叫が続く。

 一方的に。


 俺は見た。

 まだヤツがいた。


 烏。


 まるで意識有る様にじっと我らを観ている。


 そして唐突に叫び声が消える。

 前方には峡谷しか見えない。

 相手は居なくなった。

 敵全てを抹殺した。

 敵の断末魔が聞こえない峡谷は、全くの静寂。


「ケーーーッ」烏が鳴く。

 そして、飛び立つ。

 青空に黒い染みが動く。


 我等は皆、生き残った、

 皆、血みどろだった、

 皆、疲労していた、

 皆、心が擦り切れた、


 怪我はライドのみ、しかし何事も無かったかの様に直立している。

 盲いたのに、もう敵が全滅した事を誰よりも判っていた。

 アイツは喪った以上のモノを既に手に入れている。

 視覚を喪い、それ以上の感覚を手に入れた。


 弟のゼオが俺を見る。

「終わってしまった……兄貴」

「そうだ……終わった……もう戦闘に酔えない」弟に言う。

「そして業を受け入れる……」俺は言う。

「そうだね……そして死者に魘される」ゼオが自身に言い聞かせるように言う。


 トラバー隊長が口笛を吹く。


 1回……


 集合の合図……


 皆が隊長の元へ集まる50人……


 後悔と自責の念に埋もれる。

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