お題:ごかし (コカシの転)体言・動詞の連用形に付いて、そのようなふりをして相手をだまし、自分の利益をはかる意を表す。「親切―」「おため―」「寝―」

 目が覚めると辺りには誰もいなくなっていた。

 空は明るくなり波と潮騒の音だけが聞こえていた。寝ごかしを食ったのかと思ったが、昨日泊まった宿に戻って聞くと船は嵐で遅れているとのことだった。


 1万7000以上の島々からなるインドネシアでの移動手段の中心は船である。

 国家の西端から東端までの距離はアメリカ合衆国よりも長い。近年、地震による津波の被害があったスマトラ島1個だけでも日本の国土より広い。

 小さい島々の往復には数十人乗りの定期フェリーを使うが、国内を大移動するような船便はドイツの豪華客船を払い下げた5階建ての巨大船が走っている。べらぼうに移動距離が長いため、僻地の港には2週間に1回しかその船が停泊しない。


 東京の電車が分刻みで正確に停発車することが本当は異常なのだ。途上国では乗り物がのは当たり前で慣れてしまった。


 フローレス島をひと通り周り、次は北上してセレベス島へ向かおうという予定でいた。

 インドネシアの島ではまだインターネットは整備されておらずWiFiなんてもちろん無い。日本のガイドブックは主要都市以外は役に立たず、英語の旅行書ロンリープラネットをバンコクの古本屋で買って持ち歩いていた。マウメレという港から水曜日の夜に船は出るということだったがそれも数年前の情報だ。英語も通じないので正確な情報がわからない。だから早めに港に行き寝袋で寝ていたら朝になったというわけだ。


 それから毎日、宿と港を徒歩で往復し船を待った。

 港には人が溢れ屋台まで立つ。2週間に1度来る船の停泊が1つのお祭りなのだ。

 3日目の夜にようやくドでかい客船が港についた。しかし船内には個室などなく座席もない。観光客が移動するためのものではなく、インドネシアの人たちが民族大移動するための船である。日本の春の花見シーズンかのように早い者勝ちで場所をとり寝場所を確保するゲームが始まる。自分の体より大きい荷物を運んで家族親戚で乗っている様子も見られる。

 船が大幅に遅れたため溢れるほど人が乗り込んでくる。人数制限など無く乗せられるだけ乗せるのが途上国のルールである。途中で沈まないか不安になるほどだ。


 船内で数泊することになるが食事は持参すべきである。一応なにかグチャッとした米をつぶしたようなものがお玉で1杯たまに配られるが、皿とスプーンを持っていなければ食えないし不味い。それでも周りは嬉々として並んで配給を受けている。

 やることもなく立っていると船酔いするので、甲板の日が当たらない所で横になる。盗難が心配だ。起きると、歯磨き粉のわずかな甘さに寄ってきたのか歯ブラシに小さなゴキブリが付いている。経験したことはないが難民船とはこんなものだろうか。


 船で2泊したあとセレベス島に着いた。

 ここには伝統的なトンコナンハウスがある。住居の上には屋根の替わりに巨大な箱舟が天地逆さまに載せられているような奇異な形だ。過去に大洪水があった時にその船に乗り逃げ出したのではないかという伝説からのようだ。

 というような話を頼んでもいないのに片言の日本語でおためごかしで説明してくるガイドがいる。聞いたのだから金を寄越せと言ってくる。断ると、これを維持するのにはとてもお金が必要です。助けてください。無くなってしまってもいいのですかと泣き寝入りをしてくる。ふてぶてしい。


 あまりにしつこいので少額を渡してその場を去った。

 彼らの商売熱心さには感心するがだいたいどこの観光地に行っても同じように嫌な気持ちになることがある。よいいなし方を知りたいものだ。

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