お題:けいずかい【窩主買】 盗品と知りながら、これを売買すること。故買。また、その商人。

 今回の旅行ではiPhoneに似た平たい鉄くずをたくさん用意した。奴らに復讐するためだ。


 EUに統合したことで国境が実質的になくなり、ヨーロッパでは犯罪集団が国をまたいで活動することが容易たやすくなった。なかでも手軽な小銭稼ぎとして増加しているのが、観光地でのiPhoneのスリ・盗難である。

 パリ、ローマ、ロンドンではiPhoneの窃盗に関する事件が、犯罪件数全体の4割以上にもなっている。中身が安定しない財布よりもiPhoneは手軽に売ることができ、SIMカードも持ち主に停止されるまでは使い放題である。

 ある旅行者は盗難された後15時間で契約解除したが、その短時間で100万円を請求されたという。

 窩主買けいずかいといい、転売屋も盗品だと知っていて買ってすぐに売りさばく。だいたい1台1万円で仕入れて3~5万円前後で売る。あまりにも被害が多く大使館も処理しきれないため、パリの地下鉄では日本語の音声で注意喚起アナウンスまで流れている始末である。


 数年前、ユウジが彼女との初の海外旅行に選んだローマの地下鉄であっさりiPhoneを盗られた。一日観光地を周って撮りためた写真を車内で互いに見せ合っていると、突然男の手が伸びてきてひったくられた。追いかけようとするも、ちょうどドアが閉まり男はホームへ逃げ去った。地下鉄は走りだし男の顔も姿もわからない。旅行の初日で浮かれていたこともあるが、まさか自分がという慢心があった。盗難届は出したが、もちろんiPhoneも思い出も返ってこない。


 あとで聞くと外国ではよくある手口で、日本で生活している時と同じように見せびらかしたり胸ポケットに入れたままにしたりというのは盗んでくださいと言っているようなものだという。電車に乗る時もドア付近の席に座るのは危険だから避けた方がいい。

 他にも物乞い少女やケチャップかけや警察に変装など手口はさまざまあるが、犯罪を遂行する役割が分担され集団で仕掛けてくるので防ぐのは難しい。親切そうに近づいてくる輩はまず怪しいと思っていい。

 彼女とはそのあとギクシャクして別れてしまった。だから恋人と行く先にヨーロッパはオススメしない。経験談だ。


 そして今回ユウジは、いかつい暴力団員1人とITエンジニアを1人雇ってローマに戻ってきた。発信機を付けた偽物のiPhoneをわざと盗ませて、探知機で犯人を見つけて警察に突き出すという作戦だ。


 まずは小手調べに、ホテルの部屋のセキュリティBOXに偽iPhoneを潜ませて出かけてみる。外出から戻ってくるとすぐに無くなっていた。3つ星以下のホテルは従業員さえ信用出来ない。フロントにかけあってみるがもちろん知らないという。

 発信機をたどってみれば地下倉庫にあるようだ。ベッドメイクのスタッフを脅したらあっさりと盗難を白状した。首尾は上々である。金に困って盗るケースが多いそうだが、ホテル自体がグルで組織犯罪している場合もある。


 幸先の良い結果に満足したユウジたちは、次に地下鉄で罠を張った。

 あえてドア近くの座席に座り偽のiPhoneを使いまくって周りが見えていないフリをする。それらしい男が近づいてきて横目で狙っている所がわかる。その脇にユウジが連れてきた暴力団員が待ち構える。当然男はこちらがグルであるとは認識していない。しかも事を起こすタイミングは電車が発車直前のドアが閉まる時とわかっている。逃げやすいからだ。


 電車がカヴールに止まる。ドアが開く。男はまだ動かない。乗客が何人か乗り降りする。発車のベルが鳴る。ドアが閉まりかける。

 その時、男の手が動いた。素早くユウジの偽iPhoneを奪ったと思うと車外に飛び出した。すかさず暴力団員がタックルをくらわせてホームに叩き倒した。顔面から倒れた男は額にアザを作り血をにじませている。

 電車も緊急停止しドアがもう一度開いた。ユウジは男の顔を靴の底で踏みつける。あの時と同じ男ではないが一応の復讐は果たした。しかし彼女もiPhoneも戻っては来ない。


 それから何人もの男を罠にかけ捕まえた。が目立ちすぎたため、マフィアのボスがでてきて拳銃で脅され逆に身ぐるみを剥がされた。


 ボスに罠の手口が評価され、今では組織の末端として観光客から盗みを働いている。そういうわけでこの手の犯罪は増え続けつ一方で減ることはない。

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