お題:やらずのあめ【遣らずの雨】 人を帰さないためであるかのように降ってくる雨。
あきる野市がドローン特区に認定された。
ドローンとは無人の飛行ロボットを主に指し、これを使って配送を全自動化しようという試みである。山中を切り開いて巨大な物流会社の倉庫が存在しているという事実もあるが、マンションが少なく一軒家が比較的多いというのもドローンにとっては好都合である。
まず屋根の上にドローン駐車場を設置する。だいたい1メートル四方くらいの平面で四角の中に×の字が描かれている。空を飛ぶドローンはカメラでこの図形を見定めてうまく着陸するようにできている。屋根上駐車場に降り立ったドローンは両足で抱えているダンボール等の荷物を置き、その後倉庫へ飛び戻るという仕組みだ。
まだβテストの実証実験段階であるが、一世帯につき月額500円を払うと全ての配送料が無料となりこのような屋根の上の駐車場を設置してくれるサービスである。逆に世帯の屋根に置かれた荷物を持っていくというのはまだ技術的に難しいようだ。
このサービスの良い所は、住人が不在であっても配送してくるので再配達という無駄が一切ないこととこれまで人海戦術で行っていた分の人件費が必要なくなるという点である。
呼び鈴を押さずに届くのでいつ荷物が来たかという情報はスマホのアプリが通知してくれる仕組みだ。アパートやマンションとなると、ひとつの建物に複数の世帯が住んでいるので特定の住人を目指して配送するのは困難なためサービスしていない。
ただ問題がいくつかあり、ひとつは、屋根の上に荷物が届いたはいいがこれは自力で屋内に降ろさなければいけないという点である。屋内から屋根に上ることができるような構造の民家ならよいが、そうでなければ外からはしごをかけて登り荷物を降ろす必要がある。両手で抱えるほどの重い荷物だったりすると無理である。
広い庭のある屋敷だと、庭にドローン駐車場を設置することもできるとのことだ。お年寄りのために、屋根から荷物おろしますサービスを始める会社が現れて、これでは本末転倒である。
そしてもうひとつは、ドローン泥棒である。
あきる野市では特区に指定されてから毎日朝から夜中まで米軍の演習機よりも多くのドローンが空を飛んでいる。カラスやハトやトンボよりも多いかもしれない。
子どもたちは、偽のマークを地面に描いてそこがあたかもドローン駐車場のように見せかけて間違って荷物が降りてくるよういたずらして遊んでいる。
これはサービス初期から懸念されていた問題で、ドローンが識別する図形をQRコードのように複雑化させたり人間の目には見えない赤外線で描くなどして対処されてきている。
中学生くらいになると、パチンコや野球のボールを投げて飛んでいるドローンを直接撃ち落として遊ぶ悪ガキが増えてくる。これにはドローン自体を強固に武装したり、急速に接近する物体からは自動で避けるようなプログラムで対処している。
また子供が寝ている夜間にのみ配送するというオプションもある。
大学生以上にもなるともっと大胆な行動に出る者があり、特定の家の屋根に配送された直後を見計らってその屋根に登りそのまま荷物をかっさらうという不届き者が現れた。
これにはセキュリティー会社と連携を取り、本人以外が駐車場から荷物を降ろそうとすると警告音がなり警備員が出動するという方法で対処している。
そしてここはある一人暮らしの女性の家。
今日もマウスをクリックして欲しいものを注文する。早いと1時間位で家の屋根に届く。
便利になったはいいがまったく家の敷地から出なくなってしまった。食品や化粧品、下着や洗剤、必要な物はなんでもすぐ手に入る。ピザやマクドナルドなんかも温かいまま着荷する。
ベランダから屋根まで登るのが億劫だがそれくらい運動しないと太るし鈍ってしまう。
女はいたずら心が芽生えて、ドローンに連続でたくさん配送してもらおうと考えた。30分毎にPCからネット注文して次々に屋根に届けてもらう。
ドローンは、1個目のダンボールの上には正確に2個めのダンボールを置いてく。さらに3個、4個と到着したがさすがドローン、綺麗に積み上げて傾く気配はない。
だが10個まで重ねた所で大きく揺れジェンガのように崩れてしまった。特に必要はないものを注文したので壊れても問題はなかった。ベランダや裏の駐車場に荷物は散乱した。
数分後に呼び鈴が鳴り、若い警備員が駆けつけた。窃盗か強盗ではないですか? 大丈夫ですか? と問う。
女は荷物が少し崩れただけで問題はないと答えた。人と話をするのは久しぶりだ。人間関係が億劫になってひきこもりに近い生活をしていたがしばらく日本語を話していないとなんでもいいからしゃべりたくなるものだ。
帰ろうとする警備員を呼び止め、散乱した荷物を運んでくれないかと頼んだ。お安い御用とばかりに青年はすぐに片付けてくれた。
再び帰ろうとするところに雨が降ってきた。
ドローンで届くまで小一時間、少しでも長くおしゃべりしたかったのだ。青年も他で警報がならない限りは大丈夫ですと居間で会話に付き合ってくれた。
青年が帰る頃には雨は止んでいた。
本当は言えない。この雨もお天気ドローンに頼んで女の家の周りにだけ降らせてもらったものだなんて。彼を足止めするために。
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