お題:はんりょう【蟠竜】 地上にわだかまって、まだ昇天しない竜。
私は伝承・神話を研究している。
3流の国立大学の、真夏だというのにクーラーもない研究室で窓を開けて扇風機をかけながら資料を選り分けている。妖怪、幽霊、神様、UMA…あらゆるものが対象だ。
昭和50年代、まだスマホもインターネットもない平和な時代。大学の予算で世界各地にフィールドワークに行くことができるいい身分だ。昼飯は博多天神の替え玉無料ラーメン。濃厚豚骨細麺で飽きが来ない。お腹が満たされると脳が眠くなる。
ドラゴンに乗って空を飛ぶ夢を見た。緑色の体に大きな黒い羽。8の字のように天空を蛇行し口から炎のブレスを吐く。
元は「鋭い眼光でにらむ者」というギリシャ語のドラコーンが由来であるが、世界各地の神話や伝承に登場し現代まで語りつがれていることから、私は近代まで本当に存在していたと信じている。
タイに旅行した時、宿のロビーで外国人にドラゴンの話を聞いた。インドネシアのある島で生きているのを見たそうだ。さすがに火を吐くことはないが凶悪で年に何人か人間が喰われて殺されるのだという。島内では神のごとく信仰の対象として敬われ恐れられているそうだ。
伝説上のドラゴン、それをこの目で見るために現地に赴くことにした。
まず日本から飛行機の便が多く9時間で着くバリ島で情報を集めることにした。インドネシアはイスラム教徒とキリスト教徒で占められているのだが、この島だけヒンドゥー教徒が多く独自の祭りや芸術、音楽が根付いていて面白い。ドラゴンのことを聞くとここからずっと東にいった島にいるというアバウトな話だった。
船とバスで島を渡り歩き丸3日かけてようやくコモド島へたどり着いた。弱肉強食の野生生物の世界で、この島は海流の粗さと鎖国的な土地状態のおかげで天敵が存在せず、ドラゴンが現代にまで生き残ったのだという。
驚いたことに簡素ではあるがこの島には宿が多数あり、外国人観光客が多く泊まっていた。日本ではあまり知られていないが、ドラゴンが見られるということで海外では有名な観光スポットとなっているとのことであった。
翌朝早く、ドラゴンの巣へ行くので子ヤギを買えという話になった。彼らの大好物だというのだ。一匹200ドル、この国の物価を考えれば高い。ツアーに参加する人数で割ればまだなんとかなる値段だ。
朝4時に起こされてガイドに連れられて歩く。先頭のガイドはヤリのような武器を持ち薙刀のように振り回しながら歩く。
おおよそドラゴンは自分たちの巣の近くに潜んでいるのだが、たまに野生に出て人や家畜を襲うことがあるという。牙の猛毒で即死する危険もあるので島で歩くときはこうやって襲ってきたものを避けるのだという。そんな槍ごときでドラゴンが倒せるかと心配である。後方にはポーターが生きた子ヤギを肩に担いで運んでいる。地面はサバンナといえば聞こえはいいがほぼ草が生えていない砂漠状態である。作物は育ちそうもない。
日が上り始め明るくなったころ、ゴツゴツとした岩場でできた、大きなアリジゴクのようなスリバチ状になった土地に到着した。その崖の上方から生きた子ヤギを投げ込む。岩に打ち付けられながら跳ね回り底にヤギが落ちた。まだ生きている。そこへ岩陰からノッシノッシとワニのような爬虫類が10匹以上這い出てきた。朝食にありつけるとみて現れたのだ。
正直拍子抜けだった。私の描いていたのは天まで届くかという首長の恐竜のイメージに近いドラゴンだ。
ここにいるのはどう見積もっても大きさ3メートルくらいの大きなトカゲでしかない。子ヤギは真っ赤に血を流して食べられている。その光景は残酷だ。牙で噛み付き引っ張り肉を頬張る。なるほど獰猛だ。しかし羽など生えていないし飛ぶこともできない
日本から遠くここまで来たものの、これが伝説のドラゴンの元だといわれると物足りない。語り継がれる中で尾ひれ葉ひれがつきイメージが肥大化したのだろうというのが私の論文の結末である。
そして私は今日も世界の伝承の真実を探し資料を読み渡航先を探している。
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