お題:しゅうこう【讐校】 二人が相対して書物の誤りを考え合わせ正すこと。校讐。

 古ぼけた木の机を挟み男二人が向かい合っている。一方は眉間みけんに皺を寄せ、もう一方は天を見上げなにやらうーんと呻いている。

 彼らだけを傍から見るとまるで将棋の名人戦でも対局しているかのようだ。終盤の勝負を決める難しい一手の場面なのだろうか。いや違う。

 讐校しゅうこうの最中だ。一字一句を誤字脱字がないか念入りに確認し文字を組み上げていく気の遠くなる作業だ。


 出版不況と言われて10年近くたった頃、タブレットの普及もあいまって紙の書籍の新規出版はほぼ壊滅した。書店も出版社も在庫を抱えて何部売れるかわからぬ博打で損をするよりも、安易に電子書籍化して経費を削減する道を選択した。

 ただそれでは全国の書店がつぶれてしまうので、自店舗の在庫本は自由に裁断・スキャンし電子書籍化して販売してもよいという苦肉の策が法律で認められた。

 ある書店ではあとがきに書店員のコメントを入れたり表紙にオリジナルのイラスト描いたりと同人誌的な販売方法で生き残りをかけていた。


 紙にインクという書物は、火で焼けることがなければ保存手段としてはなはだ優秀である。1000年以上前の万葉集や2000年前の聖書が、現代でも読み、解読できるのだ。

 それに比べデジタルデータは怪しい。例に上げるとほんの10年前のカセットテープやビデオテープすら、再生できる機械がなければただの黒い紙切れにすぎない。CDは物質として残るだろう。ハードディスクやクラウドサーバの2進法のデータはデリートされずに1000年先まで保存することができるのだろうか。

 またその時代の未来人が現代のデジタルデータを再生し解読する術があるのだろうか?


 男二人は、大事件に揺れる激動の平成日本を活写する、数十万後の物語を書きあげた。ネットでは評判を呼び電子化された書籍はそこそこ売れた。

 これを本として後世に残しておきたいと考え数多の出版社にかけあったが、採算が取れないとどこも出版してはくれなかった。

 この時代、本は高級嗜好品であり、一握りの金持ちだけが自伝などを道楽で作るものとして残っていた。手書きで作ろうとしても紙も墨も1枚数万円・1滴数千円という手が届かない代物になっている。


 二人はペットボトルに目を付けた。人類が死んでも地球に残り続けるだろうと言われる最悪のゴミである。

 およそ自然界のものは死ぬと分解し土に帰り、他の生物の養分となることで循環している。しかし人間が発明したこのプラスチックは特殊な焼却炉で焼かない限り未来永劫その状態のまま残る。

 インドネシアを旅行した時、あるローカルビーチに行くとおよそ足の踏み場もないほどのゴミの波が押し寄せていた。おそらく世界のどの海岸もこんなものだ。人気があり集客でき儲かるビーチは、そこを掃除する人がいる(雇うことができる)からこそ成り立っているのだと知った。


 二人は試しに空のペットボトルを切り開いて平らになめしてみようとした。が重さだけではなんともならずコンロで熱すると溶けてしまう。

 うまく平面にできればあとは文字を圧着して刻印していくだけだ。透明のままだと読みにくいが、色のついた水をかければその圧着した文字部分に水が貯まり文字が浮き出るという仕組みだ。これを1文字1文字作っていくという気の遠くなる作業が待っている。

 結局ペットボトルの加工は諦めて、飲料会社に頼み込み円筒状にする前の平らなプラスチック版を大量に安く仕入れることに成功した。


 1メートル四方のプラスチック板に、文字の形が刻まれた鉄のハンコのようなものを熱してガチャンと数秒押さえ込み1文字1文字跡をつけていく。

 英語だったらアルファベット26文字で楽なのに、日本語はひらがな漢字を合わせれば5000種以上ある。その型を作るだけでもひどい労力だ。1ヶ月で約1万字の1ページ分ができればよいほうだ。これが数十ヶ月。終わりは見えない。


 しかし希望はある。1000年後の未来。今の時代の物語を伝えることができるのが二人の書物だけであるとしたら…。

 子孫が、人間が生きていたら読んで欲しい。そして現代と同じ過ちを犯すことのない歴史の教科書にして欲しい。平和で、戦争やテロのない世の中であってほしい。そう願って今日も1文字ずつ刻んでいる。

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