お題:らんかん【闌干】 ①てすり ②星または月が輝いて、きらきらするさま。 ③涙がとめどもなく流れるさま。

 私は涙の研究をしている。人体生理工学という、一応化学の一分野であるのだが知名度は致命的に低い。

 専攻してくる学生は他のゼミの抽選に外れたというやる気のない者ばかり。とりあえず卒論が通り卒業できればよいという考えなのだろう。就職のコネもないし将来的に注目される可能性も少なく現実生活に役立たない研究室では、予算が出て存続できているだけで奇跡である。


 涙の発生メカニズムにはまだ謎が多い。

 現代人はコンタクトレンズをはめる人の数が急激に増加しているので、涙の量をいかに少なくするか?という研究をコンタクトレンズメーカーと協力して解明している所である。

 基本的に人間はコンタクトレンズをはめると目が痛くなり涙が出る。その量が多すぎると目ヤニが増え充血し痒みや腫れも伴う。その痛みを抑え涙を抑制するための形や色、原材料などを探求する研究をしている。

 しかし涙の量がゼロでもいけない。目が乾燥し過ぎるとまばたきの回数が増え、レンズの位置がずれることが多くなる。目薬を多用しなければならないのでは本末転倒である。固いレンズではなく柔らかいゼリー状のコンタクトレンズも開発中で、この製品は目に優しく専用の目薬で溶かて涙とともに流してしまうことができるので寝る前に外す必要がないという利便性もある。


 しかし私は涙を抑えることよりも涙を人工的に発生させる方法に強い興味がある。

 目にゴミが入った、乾いた、あくびをした、暗い場所から突然明るい所に出た、花粉症、そのような場合に人間は涙が出る。これは生理工学的に人体の自然の反応である。

 それとは別に感情で涙が出ることがある。うれしい時、悲しい時、悔しい時、怒った時、人間は喜怒哀楽の感情で涙が出る。身体的には何の信号も受信していないのに、心理的な心の動きだけで涙が流れる。自分が直接体験したことでなくても、本や映画で他人の感情を間接的に体験して泣くというのも不思議である。

 私はその仕組みを研究している。


 視神経には約百万本の神経線維がある。外から電気信号で特定の神経線維を刺激することで人工的に涙を出すことができることはわかっている。その量も調節できるようになってきた。

 昔、中国で『涙、闌干らんかんたり』と詠んだ詩家がいた。滝のようにボロボロと泣いている様子である。

 電気信号を利用することで、それと同じようにある一人の人間に体内の水分がなくなるまで涙を流させることも物理的には可能である。また最近の実験では、悲しい時と楽しい時に出る涙の成分が微妙に異なることがわかってきている。つまり本人の表情や言葉、行動を観察しなくとも涙の成分を解析することで、その人の感情を把握できてしまうのである。これは将来的にロボットやアンドロイドが、人間の感情を理解しコミュニケーションするのに役立つだろう。


 涙には感情がある。素敵で画期的な発見である。

 精度や信憑性はともかく、涙占いというアプリも配信されてブームになった。人は自分で自分の気持ちすらわからないことがある。好き、嫌い、嬉しい、悲しい、お腹すいた、エッチしたい。アプリを起動してスマホの画面に涙を一滴落とし、乾くまで待っていると今の自分の気持ちを解析して教えてくれる。恋している人たちの間でアプリを使って告白したり、本当の気持ちを見せ合ってアプリに代弁させたりするのである。言葉に出しにくい本音を言ってくれるので現代人にぴったりである。


 私は逆に、特定の涙を流させることで人の感情をコントロールできるのではないかと考えた。

 例えば視神経を電気信号で刺激して、嬉し涙を出すという方法はできないだろうか。という研究である。実験すると、その人はウキウキとした気分になりいつもよりおしゃべりになった。成功だ。


 やがて衛星放送の静止衛星をハッキングし、日本全土に微弱の電波を流すことで国民の感情をもコントロールできるようになった。人は陽気になると買い物をし、陰気になると財布の紐を締める。電波を調整し経済効果を促し、株価を予測することであっという間に大金持ちになることができた。神になった気分だ。


 窓を開け空を見ると目から水がこぼれた。

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