お題:そぞろがみ【漫ろ神】 何となく人の心を誘惑する神。

 人間はどうやって自分のやりたいことを決めて行動するのか。そのプロセスは単純ではない。

 少年の頃は、周りのみんながやっているから自分もやりたいと親におねだりすることがあっただろう。ポケモン、バトルエンピツ、ミニ四駆など…。その頃は自分が本当にやりたいと思っているからというよりは、友達がやっているから、仲間はずれになりたくないので、勝ち誇って自慢したい、そんな気持ちが優先されているようだ。

 結果としてドハマリして大人の今まで趣味が続いているということも少なくはないだろう。


 服の選択ひとつをとっても個人個人で千差万別である。

 憧れの芸能人やスポーツ選手に近いブランドを選ぶ者、ただ安くてそれなりのもので十分だとファストファッションを選ぶ者、暖かさなどの機能性を重視する者、悪目立ちしない無難なスーツで通す者、かわいいが正義と信じる者…。

 同じ都会で生きているのにそこには確実に一人ひとりで違う思考が存在する。欧米人は金や銀の光るアクセサリーを好むが、日本の女の子はキュートなアクセサリーを集める傾向がある。民族によって嗜好の違いもあるようだ。


 服以外の製品となると、ネットで買い物をすることが多くなる。アマゾンでは過去の履歴からあなたが興味をもちそうなものを並べてオススメしてくる。

 例えば、あるマンガを購入した人の五割が別のマンガを購入していたという統計結果があるのだとしたら、やはりあなたもそのマンガを面白いと思うに違いないという絶対的事実からは逃れられないだろう。

 アメリカは自国の映画を全世界に公開することで、若者たちをコーラとジーンズのとりこにしたという。あからさまにCMを流したわけではないが、スクリーンの中の俳優の生活を見ることが、サブリミナル効果のように我々の欲望をかきたてたのである。

 また、期間限定、個数限定という言葉で煽り、品薄となると人々はその商品を求めて殺到し右往左往する。なぜだろうか。


 この世には神がいる。人間の心を誘惑する漫ろ神そぞろがみだ。

 人間が自分で決めていると思っていることの大半は漫ろ神が決めている。操られているといってもいい。決めさせられているのだ。ネットやスマホに依存している人ほど顕著であった。

 やがて人々は漫ろ神を無意識的に信じ、抗うのを止めた。それが楽だから。


 タカシもその一人であった。

 考えを整理、検討し答えを出すという過程が億劫になり、流れに身を任せるだけで思考することをやめた。食べるものも志望大学も付き合う恋人も部活も卒論テーマも就職する会社も漫ろ神に任せて従った。その方が間違いがなく失敗もなく無駄もなく平穏に生きていけるとわかったからだ。怒られることもいじめられることも傷付けられることも裏切られることも騙されることもない。


 例えば昨年、ある東北の書店で、新刊の文庫本を普通に販売したところ、当初は全国で六十部しか売れなかった。が、ある書店員が同じ文庫本を_b_覆面X_b_というタイトルに替え、作者もジャンルも不明な本として販売しようと試みた。

 中身はわからないが、書店員が薦める絶対読んでもらいたい本という販売方法に変更した所、十八万部を超える大ヒットとなった。


 自分で探すよりも誰か信頼できる人に薦めてもらった方が面白いものがみつかりやすいしハズレが少なく楽である。結局みんな、時間もお金も労力も無駄にせず効率よく達成感と満足感を得たいのだ。今の世の中には情報が溢れすぎていてその真偽も不明であいまいである。だから多くの人の五つ星による評価や、いわゆるまとめサイトの情報を信頼する。

 松尾芭蕉は漫ろ神に従い旅に出て句を残した。科学絶対主義のホームズを書いたコナン・ドイルも晩年には、霊や妖精、死後の世界を信じるようになった。


 タカシは大きな病気を患うこともなくつつがなく税金を納め子孫も残し75歳で満足して死んだ。幸せであっただろうか。そんなことすら考えもしない、まるでゾンビのように本能だけで生きていた存在なのかもしれない。


――


 この文章を読んだあなたたちも漫ろ神に誘われてココにたどり着いたにすぎない。それで満足したならば、同じ作者の別の作品を読み続けると良いだろう。

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