お題:からすうら【烏占】 烏の鳴き声によって吉凶を占うこと。

 夜中にカラスがガァと鳴いた。

 都会では珍しくないが、これだけ寒い今年の冬の、しかも真夜中であることを考えれば異常なことではある。明日のプレゼンの資料を朝までに仕上げなくてはならない。3杯目の熱いコーヒーがカラスの黒光りした目玉に見えてくる。奴も俺と同じく生存競争に必死なのかもしれない。


 夜中にカラスの鳴き声を聞くのは縁起が悪いことだと田舎の村では言っていた。迷信めいたもので信じてはいないが、誰かの身に不幸が起こった象徴なのだという。地球上には七十億も人がいるのだ。毎日のようにどこかで誰かは死んでいる。いちいち気にはしていられない。手を止めて烏占からすうらというものを調べてみる。こちらは烏が鳴いた時間によって吉兆を占うもののようだ。


丑の刻:大いなる喜び事・楽しみ事がありて大吉


 全くの正反対。いい加減なモノだ。占いなんてものは、時代や為政者の都合で書き換えられてきた歴史の上にある。大方、不幸な兆しという話も親が子供をはやく寝かしつけるための方便にすぎないのだろう

 と、ノートパソコンの受信箱に一通のメールが届いていた。何年ぶりだろう、同期入社の富沢からだった。件名はない。彼も会社の生存競争から脱落した一人だ。二年で会社を辞めて放浪の旅に出たはずだ。仕事がなくとも何かを食べて生きていけているならそれでいい。むしろ羨ましい。俺のほうが二十四時間会社に飼われているゾンビなのかもしれない。


 メールの本文にはウェブページのURLとパスワードしか書かれていなかった。ウィルスの類かと怪訝に思ったが、ページを開くと動画が流れ始めた…。


 青い空は綺麗だが地表は赤く緑は少ない。袈裟けさを着た僧侶たちが何かの塊を運んでいる。それを地面に置くとおおぶりのナタを振り下ろし切りはじめる。ノコギリのように引いて切るというよりは薪を割るように寸断している。血しぶきが飛び散り、骨と肉が露わになる。ナタを持った僧侶がその場からはなれ、別の僧侶が指笛で合図をする。すると、その肉の塊に何十匹というワシやハゲタカが一斉に集まってついばみ始める。


 何か宗教的な儀式で生け贄として動物を差し出しているのだろうか。僧侶が指笛を吹くと動物たちは食事を止める。もう一度僧侶がナタで切り刻み、またワシとハゲタカがつつく。そんな状況が三十分ほど繰り返され地面にはわずかな骨だけが残る。


 この動画は本当に富沢からのものなのだろうか。本人だとしても、こんなものを俺に見せて富沢は何を伝えたかったのだろう…。


 と、その地面に残った黒いものに見覚えがあった。富沢はいつも左手に黒いブレスレットをしていた。特徴的なそれがその動画の中に落ちている。それはつまり鳥に喰われた塊が人間のものであり、富沢本人だということに他ならない。


 何かのトラブルに巻き込まれたのか。違う。そうならばもっと早くに助けを求めているはずだ。テロ組織などの捕まり見せしめに撮られた動画だろうか? いやそれならばメールで俺だけに送信する理由はない。ならばなぜ…。


 チベットには鳥葬ちょうそうというものがある。人の死体を鳥に喰わせて処理をする方法だ。火葬・土葬などに較べ残酷すぎるという理由で世界的にはタブーとされている。十年ほど前から観光者の見学は制限されたが、伝統として現地では今も続けられている。その動画に厳粛とか追悼とかいう感情は全く沸かない。野生動物の食事風景でしかない。


 富沢は会社を辞めて日本を離れる時、「生きる意味を探しに行く」と言っていた。

 人間は生命を維持するために、他の動植物の命を奪って生きている。たまたま食物連鎖の一番上に位置しているに過ぎない。自分は何のために生きているのか?誰もが一度は考える疑問だ。他の生命の餌となることでその答えを見つけたのだろうか。動画は彼の葬式で、誰かに見送って欲しかったのかもしれない。


 カップに残ったコーヒーを飲み干すとまた、外でカラスがガァと鳴いた。

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