お題:しおぜ【塩瀬】 ①奈良に古くからあった饅頭屋。中国人林浄因が渡来して日本で饅頭を作ったのを起源とする。のち京都烏丸通に、さらに江戸日本橋に移った。

 饅頭まんじゅうの起源は14世紀までさかのぼる。

 海を越えて渡来した中国人が、肉食が許されない僧侶のために小豆あずきを煮詰め甘葛あまづらと塩味を加えて飴を作り、これを皮に包んで蒸し上げた。

 ふわふわとした皮の柔らかさと小豆飴のほのかな甘さのバランスが僧侶だけでなく、寺院に集う貴族の間で評判となった。中に柿や栗を入れたりと試行錯誤が繰り返され、時の天皇にも献上されるまでとなった。


 時代は移り、その饅頭は塩瀬しおぜとして現在でも残っている。その塩瀬に勝る饅頭を作ろうと世界中から素材を厳選し調理に工夫をこらし菓子職人たちが腕を競い、できた最高の饅頭がここにある。

 昔、美味しんぼの巻末コラムで作者が究極のラーメンを作る旅をして、最高級の厳選素材でできたラーメンは旨いが原価数万円もかかったという話がある。この饅頭はそれ以上である。


 ただひとつ問題があり、この饅頭は旨いが食べるとあまりの美味しさのため昇天し死に至るということだった。その饅頭が狭い部屋の四角い机の上の皿にいくつか載せられ、2人の男が向かい合っている。


「なぜそんな高いものをあんたが持っているんだ?」

「理由はどうでもいい。食うのか食わないのか、それだけを答えてくれ」

「毒だとしたらフグか?それともキノコか?飴か皮をそれで作るとしてどうしてそんなもので作る理由がある?まずその前に饅頭が本物とは限らないだろう?」

「毒が無かったら食べるのか?」

「当たり前じゃないか!」

「マズくても?」

「こんなことで命を失うのは割にあわんさ」

「こんなこと?では聞くが君はなんのために生きているのだ?金か?女か?長生きのためか?そんなことよりもこの世で一番うまい饅頭の方が意味があるとは思わないのか?」

「明日世界が滅亡するなら食べるさ。だが今の俺には家族も会社も愛人もいる。全てを捨てるわけにはいかない」

「君が死んだらその全てを引き受けよう。責任を持って」

「いや駄目だ。俺が必要なんだ。誰かが替わりになれるものではない」

「そう言うと思ってあらかじめ聞いてきたよ。

 妻『お金がいただけるなら問題ありません』

 愛人『今までありがとうございました。新しい人を探します』

 会社『君がいなくとも会社は回る。好きなだけ休んでくれたまえ』

と。さて退路は絶たれた。饅頭を食う理由ができただろう?」

「本当に旨いんだろうな?」

「文字通り死ぬほど、ね。それは保証する。さっき食べたよ。まもなく私も死ぬだろう」


 男は観念し、饅頭を1つ取り口に入れる。

 ふわりとする皮の口当たりと絶妙な甘さにわずかな塩加減と芳香な香り。この世のものとは思えぬ絶品だ。という満足げなとろけた顔をしている。


「フハハハ。食べたな。どうだ旨いだろう。これはゲームだ!この死の饅頭を誰かに食べさせることができたなら私の勝ち。賞金5000万円がもらえる手はずさ。お付き合いいただきありがとう。余生を楽しんでくれ」

と扉を開けて歩き去ろうとする。


「待て。あんたの負けだ。俺は食べていない。減っていないだろう、饅頭の数が。自分で持ってきた饅頭を食っただけだ。いやーやっぱり奥さんの手作りが一番だね」

「なん、だとっ!?」

「さて今度はあんたが絶望する番だ。饅頭を食べてもらおうか?」

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