お題:かんざまし【燗冷まし】 一度燗をした酒の冷えたもの。

 米で作るライスワイン、いわゆる日本酒は意外なことに日本および東南アジアでのみ作られている。近年の和食ブームでSUSHIにつづいてSAKEもヨーロッパやアメリカなどで飲まれるようになってきた。

 それとともにカナダや北欧などに蔵元が建てられ、オリジナルの米酒が作られ始めているようだ。寒い冬に赤ワインを温めることはあるけれど、基本的に温めて美味しく飲むというスタイルの酒は日本酒だけである。


 50℃~60℃の熱燗あつかん、それより少し低い温度の上燗じょうかん、温め方にも色いろある。さらに一度温めた酒をぬるくなるまで待って飲む燗冷かんざまし。飲む温度も様々だが火を入れても美味しさが保たれるのは純米吟醸酒に限られる。


 ベトナムのハノイで道に迷った時、地元のベトナム人に家に招かれた。外国人がくるのは珍しいらしくそこであれやこれやと料理を振る舞ってくれた。

 その時にベトナムにも米酒があると知った。東南アジアを旅している間、いろいろとお酒を飲んだがスーパーで買う缶ビール以外は保存状態が良くなくだいたい酸化してまずくなっている。日雇い労働者が多いこの地域では、いわゆる安く酔っぱらえればそれでいいという、アルコール分だけで香りも味もイマイチな酒ばかりだ。


 しかしこの食卓に載った酒は格別だった。芳香な香りが充満し口当たりも滑らか。変な癖や酸味はなくするりと飲みやすい。舌の奥でもキリッと感じアルコール度もそこまで高くなくいくらでも飲める。

 これは?と驚き聞いてみるが日本語も英語も通じないのでよくわからない。さぞかし高い酒だろうと厨房を覗いてみると大きな陶器の瓶があった。これが全てその酒だという。


 これならもしやと思い鍋と瓶を借りて酒を燗にさせてもらった。ベトナムで酒を火にかけるのはもしかすると僕が初めてかもしれない。

 温度はアバウトだが持って少し熱い程度がちょうどよいだろう。何をスルのだ?とベトナム人たちも驚いていたが、その熱くなった酒を飲んでもらったらみんな一様に驚き喜んだ。酒本来の力もあったと思うがうまいうまいと大騒ぎである。これが文化の交流というやつだろうか。


 酔っ払って覚えていないがその日はそのうちで泊まらせてもらって寝ていたはずだ。

 翌日起きてみると原っぱで仰向けになり身ぐるみをはがされていた。パスポートも金もカバンも一切ない。その後、なんとかヒッチハイクで大使館まで行き日本へ帰国させてもらったのだがあれはルオウカンというベトナム一の米酒らしい。


 ベトナムでは『地球の歩き方』という日本のガイドブックが絶大な効力を発揮し、ココに写真付きで載せてもらうことで多くの日本人が訪れて相当儲かる。

 僕もその歩き方にしたがって美味しいというレストランを探して歩いたのだがこのザマだ。ボクが方向音痴というわけではなく、これがここベトナム人のこずるくしたたかな所だ。もともとそんなレストランなんか存在せず、金で情報を操作しガイドブックに偽の内容を書かせて、それを頼りに歩いて迷った馬鹿な日本人に近づき、酔わせてから全財産を巻き上げる。


 もちろん次の年の『地球の歩き方』からその情報は消えるのだが、その1年の詐欺だけで一生遊ぶ金が手に入るという仕組みだ。

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