お題:つちひき【槌引】 同年内に2人死人があった場合、3人目の続くことを怖れて行うまじない。2回目の葬式の際、槌を作り、これを加えて3人とし、槌の墓も別に設ける。近畿地方でいい、関東では槌松という。

 藁人形わらにんぎょうがよく売れている。

 家具職人のトモヤは特に誰かに恨みがあるということはないのだが、世の中は他人を呪い殺したいという憎しみをいだいた人々で溢れているのだろうか。


 呪いの藁人形に、対象とする相手の髪の毛を入れ五寸釘を刺す。すると相手は何らかの不幸にみまわれ最悪の場合命を落とすという。もちろんただの迷信で気休めのまじないにすぎない。


 父親の仕事を継いだトモヤは、伝統的な手作り家具だけでは収入が少なく食べて行けず、器用な手先を活かして裏山にある豊富な藁で人形を作って売ることにした。

 科学全盛の時代であっても呪いの力に頼ろうとする人々が多いのだろう、毎日一個以上は注文がある。そしてときたま「ありがとうございます。○○を死に追いやることができました」と、手紙も届く。


 本当だろうか? 偶然にすぎないのではないか? と冷静に考えるのだがその感謝の手紙が増えるにつれトモヤは恐ろしくなってきた。自分自身が信じてもいない藁人形で実際に人が死んでいる。

 間接的に殺人に加担したトモヤは何かの罪に問われたりするのだろうか? いやそんなことはないはずだ。ナイフで刺したり車の事故で人が死んだとしても、それを作った職人の責任はないのだから。


 噂が噂を呼び、藁人形は爆発的に売れそのたびに死亡する人間も増えた。その頃から恨みの手紙が届くようになった。


「おまえのせいで○○が死んだ。復讐してやる」と。


 トモヤに恨みを抱くなどお門違いもいいところだ。ただ注文があった藁人形を作って販売しているにすぎない。違法な薬物や銃を製造しているのではない。が、悲劇は起きた。

 ほどなく父親が死に、続けて母親も死んだ。死因は不明だ。どこかの誰かが藁人形を使ってトモヤの両親を呪い殺したのかもしれない。

 トモヤは商売をやめて残りの人形と藁を焼いて処分した。


 次は自分の番かもしれない。助かる方法を調べたトモヤは、木槌を作り葬儀をして埋めた。槌引つちひきという田舎の風習で、立て続けに身内に不幸があった場合、同じ不幸が続かないように木槌を人間に見立てて埋葬する儀式だ。これも迷信にすぎないが、藁人形に念のパワーをこめることができたトモヤになら木槌にも効果があると信じることができる。


 それからトモヤは結婚し静かに木槌を作り売りし、もとどおり家具職人として五十歳まで生きてきた。病気も怪我もなく健康だ。

 ただひとつの心配は、おおきくなった息子が藁人形作りに興味を持ち始めていることだ。

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