お題:ざんてん【慙靦】 恥じて顔を赤らめること。

 慙靦ざんてんする動物は人間だけである。

 恋をした時、失敗した時、怒った時、人前に立った時、泣いた時、驚いた時、人は顔を赤らめる。心理的な緊張状態になると交感神経のスイッチが入り、反射的に体が防御態勢を取り発汗などをする。専門的な分析によると、ウォーミングアップした時の状態になり、いつでも応戦できる臨戦態勢に入る。

 訓練されたスポーツマンはパフォーマンスが向上するが、一般人は言葉がしどろもどろになり心と体のバランスが崩れうまく動けなくなる。


 恋する女の子サツキは、生まれつきの可愛さとスタイルの良さでよくモテる。

 中学生の頃から男の子によく話しかけられるのだけど、すぐに顔が真っ赤になってしまってうまく会話を返すことが出来ないのが悩みだった。いいなと思ってお友達になりたいとか付き合ってみたい男子がいても顔を見られるとドキドキしてしまって目を合わせることもできない。


 恥ずかしくてほてったピンクの頬もかわいいと言われるのだけれど、昔からのこの性格をサツキは治したいと思っている。告白されて返事が出来ない時に、

「今がダメならあとでLINEで返事くれ」

なんてことになるのだけど、そのLINEの送信ボタンすら怖くて押せない。女の子友達となら全く問題ないのに不思議でならない。


 大学に入ったの機にいろいろ試してみた。

 女の子に男装してもらったり逆に男の子に女装してもらったり、度の強いメガネをかけて視界をボヤけさせてみたり、美白のファンデーションを塗ってごまかしてみたり…。

 どれも対して効果はなかった。

 パソコンを通しての動画チャットでも無理だった。ホルモンの分泌を抑える注射を打つといいという噂を聞いてやってみたけど、顔が能面のように表情がなくなり怖いと言われて止めた。


 ただ、対人恐怖症というわけではない。特定の男の子と一緒だとダメみたいだ。

 ある時、街中で歩いている時に芸能事務所にスカウトされ、何十人かいるアイドルグループの一員になった。持ち前の愛嬌と、努力したダンスと歌声でやがてセンターの次くらいのポジションを張るまでになった。

 対面のインタビューとかはまだ苦手で無理なのだけど、多くの観客がいるステージで歌ったり踊ったりするのは平気になった。適度な緊張やほてりは身体をスムーズに動かしてくれ、バックミュージックのリズムもよく聞こえ歌声も伸び滑らかになることを知った。


 ライブ以外の映画やドラマやバラエティの出演は全て断ったが、とっても大好きなバンドボーカルのヒデキから対談の申し込みがあった。

 行きたいけれど自信がない。カメラでの撮影は無くて文字だけが雑誌に掲載されるという形式だというので、受けてみようと思った。その場で失敗しても雑誌の企画がなくなるだけだ。事前に出版社を通して事情を説明し、どんな話題でどんな質問があるのか教えてもらい答えを用意して鏡の前で一生懸命練習した。

 でもダメだった。当日は赤面して何も話せなくなり、用意していたメモをヒデキに渡すだけで終わってしまった。人生一番のショックだった。


 そのあとしばらくしてわかったのは、対談の本当の目的が、ヒデキのライブのゲストボーカルとしてサツキに一曲歌って欲しいということだった。

 サツキだけソロで他のバンドとコラボするということに事務所は、光栄なことだからやってきなよと応援してくれた。送られてきた音と曲が入った自分のパートのファイルをデータが擦り切れるほど聞いて練習した。

 でもどんなに練習してもスタジオでのリハでは声が出なかった。狭い空間で男の子だけのバンドの中に自分だけという状況がサツキにはどうしても無理だった。


 やがてライブの当日が来た。

 合わせは一度もうまくいっていない。でもファンは待っている。ぶっつけ本番。適度な緊張。

 ライブは中盤にさしかかる。まもなくサツキの出番。一人では歌えてた。ヒデキが書いてくれた最高の曲。ここでならできるかもしれない。

 せり上がるステージ下からのエレベーターで舞台に立つ。真昼のようなライト。たくさんの歓声。BGMが流れてくる。目を開く。ステージには私一人。ヒデキたちはいなかった。


 歌える、声が出る、いつもより。


 やがてバックステージからヒデキたちが登場する。これは私のための演出。彼らの配慮。嬉し涙。慙靦。でも歌える。

 やがてヒデキとサツキの声は交じり合い調和しスタジアムは素敵な響きに包まれた。

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